まずはご挨拶
街でも有名な「工房」に徒弟入りする事になった少年。
明日から彼の、護符職人生活が始まります。
「僕の名前は”リョウ”です。よろしくお願いします」
少年は久方ぶりに名乗った自分の名前に、どこか緊張感を覚えていた。
「おう、よろしくな! うちは厳しいから、覚悟しておけよ」
ぱっと見脅すような物言いだが、筋骨隆々ながらどこか人懐っこい顔のガルドの笑みが、それを相殺して有り余る愛嬌を示している。
「最初は配達と得意先の用聴き、あとは工房の掃除が終わったら”組み板”で勉強だ」
「すいません、組み板ってなんですか?」
これまで聞いたことの無い単語である。
「ああそうか、普通の魔法使いじゃあ”組み板”って言われても何のことかわからんよな」
そう言って彼は近くの棚から、手のひら程度の大きさの”木の板”を持ってくる。
「魔法式が刻印されている、一種の護符だ。だがこれ一枚だけじゃあ効果が出ない。色々な式が刻印されたものを組み合わせて使うんだ」
見た目は、六角形の木の板だ。端が多少丸くなっているが、綺麗に六角形で形作られており、表面に色々な文字や絵が描かれている。
作業台の上に、組み板を並べる。表面に光を意味する文字が書かれた板を中心に”範囲”や”時間”の意味が書かれた板、そして色々な”調整”を意味する板などを並べた。
少年は言葉を挟まず、ずっと男の作業を見守る。
「調整が甘いがまあ、こんなもんか。魔力を流すぞ」
男はそう言って”起動”を意味する組み板に手を載せ、魔力を注いだ。組み板に魔力が流れ仄かに発光、定められた手順で魔法式が転写されて効果が発揮される。
明るすぎず、暗すぎず、一センチ大の魔力光が浮かぶ。ほんの数秒、部屋を照らし終えるとゆっくりと光が消えた。
「ちょっと極端な設定だが、今の組み板で使ってる魔法式は、<持続光>の護符と同じもんだ」
男は少年にあごで組み板を指し示す。魔力を通してみろという事と判断し、同じように魔力を通した。そして同じように効果が発揮され、再び部屋に光が現れる。
「構成に使ってる命令式は、世間で言えば”古式”にあたるがな、魔力だけで効果を得られるから今でも廃れて無いのさ」
「なるほど、僕はこれを使って刻印する魔法式の形と構成術式を覚えるんですね」
少年の察しの良さに満足気に男が笑みをこぼす。
「そういうこった。まあ今の魔法式とは違うから、古式を手本に覚えることが多いのは覚悟しろよ」
「わかりました。さっき、最初の頃の仕事について教えてもらいましたけど、皆さんの仕事の大まかな所は、どんな感じなんですか?」
少年が様々な雑用をこなして職人たちが雑事に関わらず、仕事に集中するという分担。その中で、もしも先に進めるならどんな仕事をしていくようになるのかという質問だ。
「そうさなぁ、俺のすぐ後輩を例にするなら…」
護符職人の朝は早い。
「まぁ好きではじめた仕事ですから」
最近は良い型が取れないと愚痴をこぼした
まず、素材の入念なチェックから始まる。
「やっぱり一番うれしいのはお客さんからの感謝の言葉ね、
この仕事やっててよかったなと」
「毎日毎日温度と湿度が違う(以下略)」
「オナ●職人のコピペかっ!?」
「うおっ!?」「うわっ!?」
横からの突然の大声に、男と少年が目を白黒させる。見れば、工房来訪時に少年へ見事なフットスタンプを決めた少女が戸口に居た。
「なんだよ”ミユ”、戻ってたのか」
気を取り直して、男は”ミユ”と呼んだ少女に向き直る。少年は椅子から立つと、恐らくは先輩になるであろう少女に向かって礼をした。この辺りは、村の学校での教育の賜物と言った所か。
「今度からお世話になるリョウです、よろしくお願いします」
「あ、ああ、そうなの、一応先輩になるのかな、私はミユよ、よろしくね」
利発そうで礼儀正しい少年の姿。まだ素の部分はわからないが、少なくとも好感を覚えたのは確かだ。顔も少女にとって好みの部類であり、また、成長の余地も十分にある。
だが、次に解き放たれた質問に、少女は自分の迂闊さに後悔をする羽目になった。
「所で、●ナホってなんですか?」
少年が首を傾げて年上の少女に問う。本気に正直に、何の事かわからないと言った風情だ。少女は先ごろ、衝動的に言ってしまった件について、顔を今更ながら赤面させていた。
この迂闊さは、恐らく自分の母譲りであろう事に少女は頭をかかえた。
「あ、えーと、その…」
男は呆れ顔とニヤケ顔が半々。少年はなにか触れてはいけない事を聞いてしまった事に気づき、
「こ、答えられないならいいです、何か問題ありそうだし」
危機回避は上手だった。ここで一歩踏み出しての質問は、自身と先輩格の少女の関係を悪化させかねないと、自分に囁く何かが警告していたのだ。
「ごめんなさい…、うん、ありがとう」
「えと、ど、どういたしまして?」
微妙な空気が流れる。そんな二人の姿を見ていたガルドは、少年が踏み抜かなかった地雷への期待に失望しつつ、わざわざ爆弾を投げた。
「ボウズ、オ●ホってのはな、向こうの大陸で作られた道具でよ、一人寂しい男が…」
「ぬぎゃー!? セクハラですよ!? 訴えますよ!?」
目標は見事に地雷に命中して誘爆する。
「こいつは耳年増でな、俺ら男衆がぼかして話してても、大抵わかっちまうんだよ。な?」
「知りません! そもそも女の子の前で、娼館の話をするとかありえませんよ!?」
「あれー? 俺ら店の名前とか、なにがどーしたとか、直接は言ってないのによぉ?」
男と少女の言葉の応酬。少女からは聞いたこと無い言葉が連続して飛び出すせいで、少年は三割も意味は理解できない。
男は男で同じく完全に理解はしていないが、少女の慌てぶりが余程面白いのか、話の雰囲気を掴んで少女をさらにからかう。
半刻ほど言葉の応酬が続いた所で少女が力尽きる。男は勝ち誇った顔で腕を振り上げている。少年は完全に蚊帳の外だ。
「ま、口喧嘩で勝とうと思ったら俺のカーチャン位、いい女にならんとな」
「…奥さん自慢する割に、女の子の居る店に通うとかありえませんよ」
「はん! 俺ぁ余分な欲は他でさっぱりして、心底の愛と殆どの稼ぎをカーチャンに捧げるのさ。欲の解消にちっとの金を払うのは、仕事してる女達への迷惑料よ!」
カーチャンにも許可も理解も貰ってるしな、と男が言う。理解がありすぎて理解できないと少女は白旗をあげた。
この国においては別に珍しい事でもない。王族の後宮は元より、余裕のある貴族や商人、あるいは一山あてた金持ちと、余裕があるなら伴侶を複数持つのは当たり前の事だし、日銭の余裕があるなら相手に相応の対価を払って楽しむのもまた、甲斐性の一つだ。
男もそうだが女もそうなので、その意味では双方が逞しいのだろう。
複数を持てるほどの余裕のない、一夫一婦に近い生活の村だったため、少年はカルチャーショックを受けつつも街での常識を理解した。ただまあいきなり聞いた事もあり、男と少女のやりとりの激しさに呆気に取られていたのは仕方ない事だろうか。
「っと、わりぃなボウズ、うちはまあこいつも含めて変わり者の集まりだ。親方もかなりの変わり者だがな。
数日したら、お前が住む部屋も用意してやっから、それまでは紹介する宿で我慢してくれ」
そう言って、魔力が込められたインクで紹介状にサインをし、木札を手渡した。木札には近くにある宿の名前と、少年の名前が記載されている。
「今日の所は終わりだ。商工会で手続きを終わらせてゆっくり宿で休むといい。明日の朝は遅くなるなよ」
遊びに出てもいいが、ほどほどになと付け加える。
「は、はぁ…、それじゃ明日からよろしくお願いします」
「この子の歳でそんな夜遊びする訳ないでしょ」
「いんや、俺ぁ親方に世話ぁなる前、このボウズに近い歳の時は、遊び歩いてたぜ?」
「ガルドさんと一緒にしないで下さい!」
やいのやいのと続ける二人。少年は苦笑しつつ、挨拶して工房を後にした。
商工会の窓口で、真新しい身分証を受け取った少年は、無くなさいよう近くの商店で頑丈そうな紐を買うと、首から下げ、革のベストの裏にあるポケットに入れる。ちょっと誇らしげな所は若さ故か。
生活用にと持ってきた荷物の鞄を背負い直し、案内板を頼りに紹介された宿へ向かう。
「えっと、ここ、だよな?」
これまで街で見た建物の中でも、一際大きな建物だった。武装をした男女が多く出入りしており、看板には「傭兵・探索者組合」の文字がある。その下に、小さめに「宿兼酒場」を意味する記号が描かれている。
「お、ぼーや、仕事先は見つかったのかい?」
振り返ると、村からの道中で一緒になった傭兵の一人が立っていた。隣には同じくその相棒の男と行商人の姿がある。
「こんにちは、お姉さん。傭兵さんも商人さんも」
「おう、その様子だと良さそうな所が見つかったようだな」
「うんうん、幸先がいいな。君は先に、宿を取るのかい?」
「はい、奉公先でここを紹介されました」
「それなら、荷物を置いたら一緒に食事でもどうだい。無事を祝って少しならおごろう」
傭兵二人は「俺らは割り勘かよ」と失笑気味。
「良いんですか?」
沢山食べますよ、と言外に少年が言うと、
「若い証拠さ、それに将来の職人への投資を惜しんでたら、商人なんかやってられない」
「そういう事なら、甘えさせて貰います」
宿兼酒場は盛況だ。傭兵と探索者の窓口は、今日はもう閉じているが、掲示板にはまだいくつもの依頼の木札が貼りだされている。
少年が宿の受付に行くと、担当の男が口を開く。
「いらっしゃい、部屋が入り用かい?」
「はい、工房で住処を用意するまでの間、こちらにお世話になるように言われました」
紹介状と木札を置くと、男が営業用の笑みから変わって、少し驚いた表情になる。
「ほほう! 工房を選んだとはね、ここ数年じゃあの嬢ちゃん以来だよ、続けて珍しい事もあるもんだ」
「あの、そんなに厳しいんですか?」
今更ながら、不安げに少年が尋ねる。
「そりゃまあ、職人の仕事だからな。だが給料と待遇で新興の所に流れる奴が多い中、わざわざ工房を選んだんだ、少しは驚くってもんよ」
「ほう、あの跳ねっ返りに続いてか、んじゃ少年もなんか、変わり者か?」
先に宿の手続きをしていた探索者らしき男が聞いてくる。少年は旅の汚れだけではない、使い込まれた装具を纏った探索者の迫力に感嘆と驚きの目を向けつつ言葉を返す。
「ど、どうなんでしょう? 一端の職人になるのは、目標ですが…、何か変ですかね?」
「はは、悪い悪い、工房って言えば、変わり者と職人芸が渦巻いてるって場所だからな、わざわざそこを選ぶ以上はって邪推もするもんさ」
「おいおい、あんまり若いのを不安にさせるなよ、数日はうちに泊まるんだ、関わるうちも変人の集まりに思われたらどうするんだよ」
宿の受付が、呆れた顔で探索者に言う。
「へっ、傭兵や探索者をわざわざやってたり、それを相手に仕事してる連中なんざ、十中八九、変わり者の集まりさ。工房の依頼で作ってもらう護符は、俺らの我儘もなんとか形にしてくれるんだ」
そりゃあ変わり者も集まるってものだ、という探索者の言葉に、少年は曖昧な笑顔を返す他なかった。
平民が使う宿の部屋は、馬小屋、簡易寝台が並ぶ大部屋、標準部屋、一式の大部屋、高級部屋、とランクがある。この分類については大昔に宿の部屋について定めたとある国の法律が原型となっていて、規定される待遇も細かく決まっている。
貴族や王族に至っては専用の施設を使う事になっているが、住み分けの意味もある。地方の村程度では貴族や王族専用の宿泊施設は存在しないため、地方領主の館に厄介になるか、近くで土地を借り受けて天幕と陣地を展開する事になる。
それはさておき、少年が紹介された部屋は、一人で使うには少々大きめの標準部屋であった。本来は二人程度が寝泊まりする規模だ。少年が村で両親と共に住んでいた部屋よりも高級感があるため、少し落ち着かない。
「お、お金とか後で請求されたりするのかな」
村で手伝いをして溜めた金は、金貨一枚にはまだ届かない数しかない。聞いて置かなかった自分の迂闊さを少し呪う。
扉を開けて部屋に入り、持ってきた鞄を二つある寝台の一つに置いた。
「もし請求されたら、商人さんに借りれるよう、愛想よくしとかないと…」
少し絶望的な心境になる少年。これだけ高級そうな部屋の数日分の宿賃だ、奉公での金で考えると、数年規模になる可能性もある。
が、ここで一つネタバレをしておこう。
傭兵や探索者は、命を対価にする事から、そこそこ実入りの良い仕事である。そんな彼らも仕事ばかり続けていると心がささくれ立つので、懐に余裕があるときは、身の安全が確保された宿を拠点にのんびりするのが通例である。
そこで重要になるのが宿の待遇だ。組合運営の宿は、そういった彼らの心境を良く心得ていて、泊まるだけならそこそこの安値で、清掃の行き届いた清潔な部屋で休むことができるようになっている。
備え付けの高級酒やルームサービスやらが充実した最高級の部屋であれば、居ながらにして酒も食い物もその他の快楽も楽しめる。まあこちらは別枠だろうか。
酒と食い物、その他の娯楽で金を落とす事が、旅をして国や街を渡る連中には求められているのだ。その為には、安らかに居られる宿の準備は、組合や為政者にとって必須とも言える。
また、近場にはこれまた組合運営の公衆浴場があり、旅と仕事の汚れを綺麗サッパリ流せるようになっている。
この辺りは、かつて渡ってきた転生者や転移者の内、風呂に拘った連中が居たのが大きい。国によって風呂の普及は異なるが、大帝国を築いた国の知識を受け継ぐ技術者の努力の賜物とは言っておこう。
阿●寛には似てなかったが。
それ以後にこちらの世界に渡った連中の内、日本を起源とする面々は、目の当たりにした努力と成果に対して涙を流して喜んでいたこと、風呂の文化の無い所に居た連中は、別の国で風呂文化の発見に、歯噛みした事も付記しておく。
少し話がずれたが、街で日銭だけを稼ぐ仕事をしている平民はともかく、備品を壊したり部屋をあまりにも汚せば請求額は増えたりするが、少しの余裕があれば清潔な部屋で過ごすのに、そんなに多くは金はかからないようになっている。その為、仮住まいとして工房が用意したこの部屋は、工房の売上からすれば端金に過ぎない。
尚、この内容は青い顔をして宿の一階に降りた少年に、何事かと問いただした傭兵二人の口からも語られた。
「な、なんだ…よかったぁ…」
安心に腰砕けになった少年。食事も終わり、酒が入り始めた傭兵達は安堵の後、憮然とする少年の姿に大笑いである。
「あっはっは、まあ、端の開拓村とかだと金のやりとりも無いだろうし、仕方ないっちゃ仕方ないねぇ」
街の標準的な食事一食が半銀貨一枚程度。素の宿代にして、銀貨二枚が少年の泊まる部屋の代金だった。因みに、銀貨十枚で金貨一枚と交換される。銀貨一枚は、青銅貨百枚との交換となっている。
「笑い事じゃ無いですよ、身売りまで考えたんですから」
「身売りねぇ。なあ商人さんよ、ボウスだといくら位になるもんかね?」
「ううん? そうさな、一年の労役なら金貨百枚位かな」
労役というのは、定められた期間中は労働奴隷として働くという制度だ。購入者は衣食住と労働環境で一定の保障をしつつ、労役者を安価な労働力として用いる事ができる。
これは、比較的軽い犯罪を犯した者も労役をこなし、その対価として国や為政者が売却する形で返済をする制度としても用いられている。この国の場合は、精神的な縛りを施す護符を首と手足に取り付ける。他の国は強力な精神制御をする首輪を付けたりするが、国によって扱いは様々である。
「安いなオイ」
自分の稼ぎも多い方ではないが、数ヶ月ほど、月に一回でも街と村の間を通る護衛の仕事をすれば稼げる値段だ。身の安全を考えても、余りにも安いと感じる。
「軽い懲罰みたいなのも兼ねてるからなぁ、五体満足なら普通に働く方が稼げるさ。ああ、奉仕許諾するなら、もっと高いぞ、金持ちの身請けとかで」
奉仕許諾とは、所謂、性的な仕事に従事する事も承諾するという契約だ。
「や、やらないですよ!」
そう言った方面は多少は聞いているが、概ね少年は初心な方だ。少年に比べれば、村の女達の方が余程、そういう方面に詳しい。
また、この年頃の少年を買う連中の中には男も居る。そうして買われた場合を考えると、背筋に喩えようもない怖気が走った。
「売りだしたんならアタシが買ってるよ、こんな可愛い子、どこぞの変態親父に買われるなんて可哀想じゃないか」
「なんで男に買われるのが前提だよ」
男傭兵は苦笑気味。女傭兵は酒臭い息を吐きつつ、少年を抱きすくめていいこいいこの姿勢だ。ただ、着ているのが固めの革鎧なのでごつごつとした感触に少年は涙目である。
「おっと、もうこんな時間か。ボウズ、子供はもう寝る時間だな、明日も早いんだろ?」
壁には、昼を示す絵と夜を示す絵が描かれた、回転する「時計」が置かれているのだが、それが、そろそろ深夜を指し示していた。
「は、はい」
「それじゃまあ、俺らもこの宿を使ってるから、暇になったらまた一緒に飯でも食おうや」
「次はちゃんと、自分で払いますね」
聞いた宿代と、手持ちの余裕、工房でガルドが約束してくれた給料を考えれば、この宿と食堂から移っても次も同じ程度の値段なら幾分かは余裕がある。最初の給料日は、明日を入れれば八日後だ。贅沢をしなければ問題ない。
「ばーか、こっちは大人だよ、ちゃんと自分で稼げるようになってから一端の口を聞くんだね」
タカってくるならぶん殴るけどね、と女傭兵は付け加えた。誘った時は素直におごらせろとも。
「ふふ、わかりました。それじゃまた…、とその前に、お名前、教えて下さい。僕はリョウです」
「そういや名前、教えてなかったな。俺はザック、相方のこいつはドーラ。商人さんは?」
「私はテイラーです。小さいですが、この近くで”生活雑貨のテイラー”という店を開いてます」
「ザックさん、ドーラお姉さん、テイラーさん、これからもよろしくお願いしますね」
傭兵のザックとテイラーはにこっと笑みを返す。ドーラに至っては、酒が入っただけではない満足気な微笑みを浮かべている。少年への教育は十分な成果をあげたのだ。
少年は頼れる大人の知り合いが、街到着の初日にできた事に内心喜びつつその場を辞した。
「どう思うよ、テイラーの旦那?」
エールの器を飲み干しつつ、男傭兵が商人に問う。
「旦那ってのは止めて下さいよ、同じくらいの歳でしょうが」
「おう悪い。んじゃテイラーさんよ」
「まあそれでいいです。あの少年については今の所は何とも。でも工房に入ったなら、かなり期待できますよ」
「へぇ、やっぱりそうかい。うちらも良く買ってるけど、てにはいり難い分、質が高いからねぇ」
そう言って愛用している金属製の護符の一つを手に持った。刻印は<水濾過>、水から生物に有害な大抵の成分を濾過する魔法式を使える。魔力量はそれほど必要ないが、構築難易度が上級に分類されるため、これを使用できる魔法使いは少ない。
ろ過した水は耐熱性の器や瓶に入れて<限定加熱>の護符を使って沸騰させるだけで安全な飲水に変える事ができる事や、泥水や、最終手段としては下水の汚水の類も綺麗な水に変える事ができる為、この稼業を始めてかなり早い段階で買い求めた物だ。
「ほお、工房製のこれですか。需要に対して数が出ませんから、よく買えましたね」
「運が良かったんだよ。駆け出しは、量産品の方によく飛びつくし、中央の工場製がよく売れてた時期だったし」
工場というのは、主に中央で大量の護符を生産している国と貴族、大手商会の大規模な護符量産の組織や施設の事だ。ただ確かに安いのだが、その質にはバラつきがある。
先ほどの工房製の護符を礼に取れば、同じ機能をもった工場製の護符は、余りにも汚い水を濾過しようとすると、刻印への負荷がかかりすぎてすぐ破損する。
しかし工房製のものは、数年経った今も、相変わらず同じ性能を維持している。逆に、予備に買った安物の工場製の方が、先に壊れていた程だ。
「工場も、国の肝入で試行錯誤してるそうですが、中央の研究所があんまり」
「さくっと口だけ煩い連中を排除できりゃ、もう少しマシになるんかな」
「はは、どうでしょうな。古式嫌いが多いでしょうから、職人は大概、四方の街に拠点を移してるそうで」
魔法式の規模から、護符への刻印は古式が昔から使われている。工場製のものは、魔力消費は大目、応用はあまり効かない、刻印は半新式のため二回りほど大きい、だが安いっちゃ安い、という代物である。
「古式か…、少年、あのリョウってボウズなら、いろいろ期待できるかな」
思案げにザックが言うと、ドーラもテイラーも考えこむ。個々人の要望を汲んで作られる戦闘用の護符は、工房の職人によって作られている。特に<身体付与>に分類される各種の身体能力の強化護符は、中級を脱した傭兵や探索者にとっての必須装備だ。
集中を乱すこと無く使用できるため、自身が魔法式を使える場合でも、必ずと言っていいほど用いられている。
「まあ、すぐに成果が出る訳でもなし、のんびり成果を期待するのがいいだろ。俺らが結婚式あげる頃には、何かしらの成果は出てるんじゃないかな?」
「いきなり振るか!」
「はいはい、ご馳走様です。自分はそろそろお暇するんで、後はお二人でのんびりと」
「テイラーの旦那まで! ああもう」
これ以上は惚気話を聞かされたらたまらない、という風情でテイラーが支払いを置いて去ると、酒の分も入った赤い顔でドーラが残った酒を空けて、ぼそりと呟いた。
「…今日は流石に一回な、疲れてる」
「おう、一回な」
尚、前戯除いての一回は一回でも、朝まで抜かずの一回だったのは、ザックの我慢の賜物だった事を付記しておく。
因みに、感度は悪くなりますが工場製の(限定された一部を覆う)コーティング系護符は使い捨てでも安いので大人気です。また、旅が続く女性の傭兵や探索者には、ある錬金術師が作った、生理調整剤(ぶっちゃけ低量ピル)が出回りつつあります。
流石に転生者や転移者が多いとそっち関係に明るい人も来る訳ですな。
それはさておき、少年の初日はまだ終わりません。宿の部屋、二人用でしたよね? ええ、ラッキースケベのイベントですが何か。よかったな少年!(イイ笑顔で)




