依頼はスマッシュボアの討伐だけど〜追いかけっこは柔軟な対応能力が試されます!
「ブモッブモブオオオオォォー!!」
「はっはっはっはっ」
追いかけっこ。
森に山に入り少し行けば、どでかいイノシシに会いました。じりじり後ろに下がり駆け出せば、獣はそれを追い回し、あれよあれよと山中で、捕まれば死が来る地獄遊び。死に物狂いで走ります。(※良い子も悪い子も真似しないでね)
いやはや、どうしてこうなった。
長い長い急勾配の坂を下り去る。
地面を滑り落ちるのをなんとか踏みしめて転ばなくて済んだ。
さすがにこの急勾配の坂を下るのを諦めたか。上にいたボスボアは引っ込んだ。
てっきりこの坂でさえ来るかと思っていたのだが。
無理した甲斐があった。
一息ついた。
一安心。かと思いきや、上に何か動いた気配がしてまさかと、上を見る。
巨体が滑り降りてきた。
低速で。
音に出すならば、スルスル。
まるで平面エスカレーターだ。
あれ以上早さは出せないようで、今のうちに距離を稼ごう。わざわざ泥だらけにした身体を鞭打ちながら走る。
少しだけだが、体力回復することができた。一旦村に帰り仕切り直そう。
ドドドって音がした。
継続して聞こえてくる音は、地から伝わってくる。
何度目かのまさかにしつこい、ねちっこさ。うんざりしてきた。
そう思ったのが行けなかった。
「ねっこぉ?!」
大木の根のボコに足を取られたと分かったのはヘッドスライディングした後だった。
「いててっ」
後ろを振り向けば、木々に当たりながら、一直線に追いかけてくるボスボス。あの、あれを見るに酷い興奮状態だ。
あいつ、あんな傷だらけなのかと出会い頭鬼ごっこして巨体を見えなかった部分が見えた。
それに、先の長い急勾配の坂、最後はどうしたんだろうと少しだけ場違いなことを思いよぎった。
猛々しく天に反る大きなツノはヤツの興奮状態を表している。見ていて痛々しい。
激しい息づかいが嫌に気になってしまう。
だが、そんなヤツに構っている暇はない。ボスボアは正気を失っているのだから、足を止めればボスボアにいよいよ追突されて、車にはねられた人形のように飛んでいくことだろう。瀕死か即死か、運良く打ち身の打撲か。
(やばいな…足が棒足じゃねぇか)
ザザッザーーと繰り返し下りる早さは考える選択肢を少なくさせる。
平地ならすでに引き倒され、何回も繰り返し突進されることだろう。赤マントに闘牛が猛るごとしだ。
そんなことを一瞬でも考えたせいだろうか。反省しなかったせいだろうか。
身体は宙を舞っていた。
「…」
すぐそばまで来ていた影にぶっ飛ばされた。
叫ぶボスボアにピクッと指が反応し、ガバッと四つん這いに変身した。
沈黙からカエルに変身。おたまじゃくしの手足の進化をすっ飛ばす身のこなし。ものすごい転身だ。
(危なかった。意識が飛んでた)
ボスボアを一瞬の瞬きで視認するなりポケットをまさぐり丸っこいものアイテムを取り出した。色付きの玉だ。
ペイント玉。
地面に思いっきり叩きつけた。
パシュッボフン
もくもくもく、もくもくもくもくもくもくーーーー
「げほっ!?げほげほげほっ煙っ多っ!!」
割れたもくもくしている成功だと思いきや、その後もまあまあたくさんの煙が出てきて咳き込んでしまう。
あっという間に見えなくなった。
ということは、ボスボアも目視できまい。
ほくそ笑むとあっと気づいた。
人間であるナノスは目視にほとんど頼っているのだから見えなくなったらまずいのでは、、?
少なくとも足元に叩きつけたのはよくなかった。やってしまったことを反省する。
そして、ナノスは地面に転がり大地に身をのりつけ始めた。
目を封じられたら後は、他の五感を頼る他ない。
ーー目耳舌鼻皮膚
相手は獣もとい魔物。錯乱状態。目は封じた。耳はある、舌は除外。鼻をヒクヒクさせて嗅ぐが、あたりは無臭、森の匂いは今はない。皮膚、ヘビのような熱感知に、風が生毛に当たるがこれもなし。長そで長ズボンにリュックをかろてる。
出揃ったところで感覚を鋭敏にする。打撲なり傷があるが気分は絶好調。
ボスボアはあらぬ方角へ突進し、今はツノを振り回し煙を晴らそうと錯乱状態だった奴の、らしくない行動をしている。
今のうちにとばかりに一時撤退の前準備として、高速で泥身につけているのだ。
体臭を消す。鼻で追えなくする。
さあ、選択肢が狭まってきた。
煙が晴れる。
(よし、つけ終わった)
仕上げに顔や髪に泥をつけてナノスはその場を後にした。
煙が晴れて、ボスボアが見える頃にはナノスの姿はどこにもなかった。
イラつくように感情的にその場を足踏みしたボスボアは、しばらくそのままだったあと、ふらふらと動き出した。
一時撤退した後、ナノスは焚き火場に来ていた。石積みされ簡素な囲いの中に火が燃えている。大木に腰を下ろして体を休めていた。
ここは岩山に挟まれた空間で、両側は石崖で覆われており、出入り口は前後二つ。その出入り口は巧妙に隠されていて事前に聞いてなければ分からなかったほどだ。
うえを見上げると空が見えて圧迫される空気はここにはなく、こわばった体をほぐすのに役立ってくれている。
休憩所兼追い込み場と聞いている。
小休憩するにちょうどよく、警戒するところは出入り口の二ヶ所と天上の限定された場所とあってナノスの警戒も緩んでいる。
もっとも感覚による警戒を行っているものだからまるっきり休んでいるわけではない。
計画を練る。
ここにおびき寄せることは村にとってよろしくないだろう。憩いの場を破壊されたら悲しいから。出入り口に地雷を置ければと思ったが。
でもナノスの内心は、
(やっぱり使うか。著しく損なわなければ良いか。そういうニュアンスだったよな?いや、しかし良心が痛む…やっぱり使うか)
使わせていただくことにしたらしい。その代わりきっちり仕事をすると決意。
休憩所の中央には大岩がある。ここには仕掛けた痕跡があるので利用させてもらう。成人男性の腰まで埋まっている大岩の周りを歩き計画を練る。
こう、ボスボアをおびき寄せて、こう、いい感じに大岩を回り込んで、こう、地面にある場所を飛び越え待ち構えて自分を囮にする。そして、狙い通りにボスボアが来たらドカンと爆発してバタンキュー。完璧だな。
しめしめとほくそ笑んで地雷を設置した後、すぐさまボスボアを誘き寄せに行く。
ナノスは出入り口を潜って行った。
と思ったら、血相変えて戻って来た。
そして、ナノスの後ろから藪の木盛大に音立てて大きなものが入って来た。
「ブモォーーー!!」
ボスボアだった。出入り口を出てすぐにボスボアと鉢合わせ、反転して戻って来た。
予測通りではないが、作戦通り大岩の元へと走り、回り込む。
待ち構えて体を翻し見た。
ボスボアは勢い止まらず大岩にぶつかろうかとしていた。
ぶつかるのかと思った。いや、まさかという思いを見た。
ボスボアは大岩を、跳んだ。
そして、着地し地雷が爆発。
「心臓に悪い」
巨体に似合わずよく飛んだ。
うこうごとひっくり返った体を動かすボスボア。この分だと大した知恵はなく、そうそう寝返り打って起き上がることはなさそうだ。
ナノスに心理的余裕が生まれる。観察することにした。
注意深く観察してみると、ひたい眉間の部分に何かがあった。体毛でわかりづらかったものが、ひっくり返って見えるようになっている。
(宝石?魔石?)
それは赤く輝いているルビーのよう。薄気味悪くミミズがのたうち回っているように石の中を動き回っていた。
(気味が悪い。なんだこれは…)
石に力を感じるし、ドス黒い泥のような負の感情を込められている気がする。
(ん?くるくる回る。もしや文字か)
石の中で動くミミズのような何かは、規則性があった。文字羅列が石の中を動いている。
縛り 人狩り 暴走
ミミズがのたうち回っているようなものが文字羅列とわかったのは、翻訳機能のおかげだ。
じっと見つめていると、意識が引き込まれそうになり、意志がゾワっと全身に駆け巡る。
「こえぇ」
離れると感じなくなった。言いようのない感情の濁流に支配されそうになった。
ナノスは魔石を見るのをやめて距離を取った。
(きっとこれだ。これがボスボアを狂わせている)
そう直感したナノスは、ごそごそとリュックからナイフを取り出した。
ひっくり返ったボスボア。
必死に起き上がろうとするが、足は宙を掻くだけ。首を時おり豪快に振っているが風をつくるだけ。
ナノスはずいっとボスボアの頭部に近づくやいなや、額にある魔石に目掛けて力いっぱい殴りつけた。
パリンッキーン
というような高い音を立てて割れた。
精神的にも物理的にも響き音。
存外、魔石は脆かったようで簡単に割れた。
サラサラと粒子状になった魔石の粒は宙に消えていった。
そして、嫌な空気がなくなった。
張り詰めていた緊張も解ける。
だが、ボスボアの様子を見逃さなかった。
「・・・」
「・・・」
瞬き多くするボスボアに意識ありと見て、少しだけ身じろぎしてしまう。
ボスボアと目が合った。
その瞳は理性があった。
逆さまのボスボアと見下ろすナノス。
お互いどういうやりとりがあったのかわからないが、しばらくしてナノスが距離を取ると、ボスボアは寝返りから起き上がった。
平常であったらとどうなっていたかと想像して冷や汗をかく。デカイと改めて対面して思った。
そして、緊張がぶり返してきた。いくら理性が戻ったと感じても、襲われるかもしれないという考えがよぎる。
(ほら、地雷とか額打ちとかの報復があるかも)
そうナノスが身構えている時に、ボスボアは体を揺らしている。
体調をみているのだろう。
満足したのか、フゴフゴと鳴けば、ナノスに近づいてくる。
すわ来たかと身構えるナノスの目の前まで来て止まった。
トコトコと歩く。その巨体さに身合わぬ慎重さと気遣いを感じ取ったからナノスは動かなかった。
ナノスを覆いかくす。
顔が見えなくなった。影は動かずナノスを見ている気がする。
時折フゴフゴと鼻が鳴る。緊張から困惑に移る。
(何してる?)
視線がある、フゴフゴと鼻で嗅がれた気もする。
それでいくばくか過ぎて、満足したのか背を向けて歩いていく。出入り口の方へ。
終わりかと思いきや、短い尻尾をぺしんぺしんと揺らして、ナノスを見てくるではないか。
(これはついてこいってことか?)
「ついてこいってことか」
ボスボアの伝えたいことがなんとなくわかったナノスは、一歩二歩と前へ進み始めた。
すると、前に向き直りボスボアは進む。
時折ナノスがついて来ているか確認する仕草が愛嬌に見えた。
(合っていたらしい)
出入り口を出て、森の奥へと進む。
まだ日が高いがあっという間に日が暮れるだろう。少なくとも今日は村で一泊だろうなとナノスは思った。
これから急ぎ、王都に帰り着く頃には門が閉じているだろうから。
(しかし、いったいどこまでいくのだろうか)
ボスボアのあとをついて行く。
しばらくして開けた場所に出た。
「すげぇ…」
そのには美しい湧き泉があった。
鳥たちが翼を休め木々に止まり、鹿のような生き物は水辺で水をチロチロと舐めている。
さらに奥には熊のような、横にいるボスボアと同じくらいの大きさと思われる巨体が毛づくろいをしている。
ナノスが幻想的光景に目を奪われていると、ボスボアはジャブジャブと音を立てて泉へと入って行く。
(お?どうした?)
ナノスが不思議そうにしていると、ボスボアは振り返ってナノスをじっと見つめている。
今まで見た行動だ。
(ついてこいってことか)
しかし、少しげんなりとしてしまう。水に濡れるのに躊躇する。無遠慮に泉を闊歩するのははばかられる。動物が水辺で穏やかに過ごしているというのに邪魔するのも良くないだろう。
そう理屈をつくろうところで、ボスボアの巨体に見合わぬ瞳に有無を言わせない意志が前に進むようにと促している。
ナノスは靴を脱ぎズボンの裾を折り曲げて泉に足を入れた。
チャポチャポ ザパァザパァ チャポチャポ ザパァザパァ
思いのか泉は浅かった。ひんやりしていて気持ちいい。
なるべく波立たないように進む。
行き先は見た感じ奥のようだ。
奥へと向かえば、やはり深くはなるが膝より下で足首より上といったところ。
なんで迂回せず突っ切るか疑問だったが、理由があるのだろうと思い着いていく。ボスボアに先導されることにも慣れて、清涼感ある景色を見てこういう光景をもっと見ていたいなと思うのと同時に今を大切にしたいと心が洗われるような気分になった。
少ししてだんだんと水かさが浅くなってきた。また、水面からそこを見ると苔のような水草が生えている。新緑がキラキラとしてきれいだ。ツルツルする。足を滑らせないように足裏全体で水草を掴むようにして歩く。
そして、行き着いた先には、水草が水面に出たところまで浅くなり、水草の表面から湧き水が出ている。
この辺りは湧き水が出て来て水草を伝うように落ちていく。その水流は下流に流れて泉となっていく。
まじまじと見たことのない自然の風流に見惚れるナノス。
そんなナノスをよそにボスボアは少し奥まで向かったらしく、奥まった所で巨体を向け、ナノスを見つめて待っていた。
(ようやくか。ここに、何かあるのか)
視線に気づいたナノスは、興味が惹かれるようにして側による。
山で死の危険を潜り抜けたとはいえ疲れがないとはいえない。それを自覚しつつも気力は充実していた。なかなかお目にかかれないであろう光景や冒険をして、現にナノスの面は笑みが溢れている。
着いた先に一頭のボアがいた。乾いた水草の上に横たわっている。
ここまで先導して来たボスボアよりも一回りほど小さい。
ボスボアは横たわるボアを見つめている。匂いを嗅いでは鼻をくっ付けている。
(連れてこられた理由はなんだ?)
ナノスは連れてこられた意図が分からず、しばらく眺めていることにした。
ここまで来る途中は、この場が明るく見えたが今は薄暗く感じる。
辺りを見渡せば頭上の岩壁から水滴が落ちるを見た。
岩壁は屋根のようになっていて雨宿りできる広さが横に続いている。尾根には緑色が見える。草だろう。日の光が奥まで照らしている。
後ろを振り向けば、泉の縁が円状になっているように見える。ここからでは動物たちが見えない。おそらく上空から見れば、三日月のような形になっているのだろう。月が欠けている場所には岩壁、反対側は木々が生えている。
岩壁を撫でるように風が吹く。冷気が火照っていた身体を冷やす。
そう涼んでいると、フゴフゴと鳴き声がして背を押された。
「うおっと」
今日、死の鬼ごっこをしていた相手に対して安心しきっていたナノスは振り返って、二頭二対の眼が見つめていて本来の用事?を思い出した。
ナノスを見ている眼は訴える目に見える。
ボスボアがずいっと顔を寄せて来た。
「おわ!?落ち着け落ち着け」
なんとかなだめて顔を押し返す。今のでなんとなくわかった。何して欲しいのか。
「見て欲しいのか?横になって子を?」
ナノスの言葉に反応して、ボスボアが鳴いた。
フゴフゴと言って場所を開ける。
横たわるボアもまあ大きい。ボスボアはキリッとした目だが、こっちは垂れ目の優しい感じだ。
本人もとい、横たわるボアの了承を得て身体を見てみる。
(やはりメスか。メルボアは伴侶かな)
外傷はなさそうだ。
腹部あたりが膨らんでいる。
これはもしやと思い、「触るよ」と声をかけて腹部を触れてみる。
フゴッとタイミングよく返事をすることからメスボアも言葉を理解している節あり。
エネルギーが感じ取れることから、メスボアの他に胎内にいるようだ。
「赤ん坊がいるようだね」
横たわっていたのは、姿勢が楽だからか。体調がすぐれなのもあるかもしれない。
ナノス修練して会得した気の放出を使用する。気の滞りを癒やすイメージをして癒しの波動を送る。
腹部から全身に癒しの波動を行き渡らせる。氣の流れは血の流れと似通っている。めぐり帰らせることはまだ練度不足であるが、今できる最善の結果だ。気の放出だけでもやりようはある。全身くまなく満たしたら両掌に意識を集中させて患部に当てる。翡翠のような粒子が放出される。
メスボアは気持ち良いのか、強張っていた身体が解れてリラックスしている。
フゴフゴと気持ち良いと言うような鳴き声が聞こえる。
くたっとなったメスボアにボスボアはフゴフゴと声を掛けている。
ナノスはしばらくの間、気の放出を続けた。
「ふぅー」
澱んでいたところは滞りなく流れるのを見て気の放出をやめた。
なかなかに応えた。修練とは勝手が違う。自然相手に気を送るのと生き物相手に気を送るのでは、後者の方が難易度が高いことがわかった。
自然相手ではすぐに受け止めてくれる感覚があったが、メスボアは反発というか、内包するエネルギーがある。相手にも治りたい受け入れる思いが必要だと感じた。
メスボアが協力的で助かったものの、いつか、気を失っている人や拒絶する者に対しての気の掌握のようなことをしなければならないだろう。
まだまだ練度を高めねばとナノスは思った。
フゴッフゴッと寝息を立てるメスボア。途中から完全に身を任せて寝てしまった。
気のめぐりが良くなっている。遠からず子を産むだろう。
フゴッと隣からいかつい声がした。
隣を見ればフンフンと首を振っているボスボア。伝わるそれは感謝の現れだった。
「どういたしまして」
相手はボアだが感謝されるのは良いことだ。
初めて他の生き物に対してスキルを使ったが上手くできた。やはり実地で使ってこそ要領良くなるのかと失敗できない緊張を久しぶりに思ったナノス。
ボスボアは首振りをやめて、じっとナノスを見つめた後森の方へと入っていった。
ボスボアの意図を汲み取るのはなかなか難儀する。こういうのも経験を重ねれば否応なしに蓄積されてできてくるんだろうし、良いことも悪いことも自分次第とわかるのが優しいのか厳しいのかわからない世界だとナノスは思う。
(すぐに帰ってくる。待ってろ的な感じだったが、さてさてしばらく待ってましょうかね)
とりあえず、メスボアを愛でながら待つ。
日が天辺から傾き、ここ辺りは数時間と過ぎれば夕方になるだろう。
「王都に帰れないかもな。せめて村で一泊したいぞ」
何回か野宿を経験したがまだ早い。知らないところでの野宿は早い。ナノスは自分にはハードルが高いと言う。しかし、山で鬼ごっこをする人が何を言っているのか、妙なところで尻込みをしている。
わからんでもないが、時くればそう言ってられないだろう。安心や安定はひどく不安定な天秤なのだから。
(良く眠るな。敵と教わったけど、接し方でこうも変わるのか?ボスボアは人である俺に任せてどっかいってしまったし…魔物ってなんだなんだろうな。)
眠っているメスボアを触ろうかどうかと思案していると、森の木々が揺れ始めた。豪快に葉っぱを揺らして出てきたのは見知った巨体で、牙と背には何かぶら下がっての登場だ。
ボスボアは、こちらに気づくとドドドと音を立てて歩く。
(おいおい、そんなに音を立てればメスボアが起きてしまうぞ)
ナノスを見てか眠るメスボアを見てか、トコトコ歩きに変わる。
大切な伴侶に気づかうところに人間だけとは限らないのだと、無器用な気遣いと共に心温まるのを感じた。
ボスボアはナノスのそばまで来ると、眠るメスボアを見て、ナノスを見た。じっーと見られている。
困惑しながらナノスは見てくる瞳を見る。
フゴフゴ言って、その巨体を揺らし始めた。
それでは牙と背にあるものが落ちてしまう。そう思ったナノスは、身振り手振りで落ちるぞと伝える。それでも揺り落とそうとするのをみて、牙や背にあるものを落としたいのだということに気づく。
「それ、取りたいのか?」
ナノスは声に出していた。
フゴッと鳴く声が聞いて牙と背にあるものを取ってあげた。
あるものとは風呂敷のような籠だった。器用だ。巨体のボスボアがどうやって籠を背負っていたのか不思議でならない。
「フゴフゴ」
ボスボアに促されてナノスは籠の中身をあらためた。
「フゴッフゴ」
「宝石?魔石か」
「フゴ」
あらためて出てきたのは、魔石だった。
肯定するように鳴いたボスボア。
考えを巡らせていると、魔石の山から一粒転がった。
その一つを手に取ってみると紫色に近い赤色の魔石。天をあおいで見れば赤、地を通して見れば青にも見えた。
この前冒険者ギルドで解体の手伝いをした時に見た魔石と似ている。
これは魔石だ。
(こんなに濁っていたか?)
今まで見た魔石より濁っているとナノスは感じた。
「これ魔石だろ。いらないのか?」
魔物は魔石を吸収して強くなると本に書いてあった。愛読書なるマグヌエルシリーズ作品、魔物生態図鑑。生き物倒し食べて技を磨き、魔石を吸収してレベルを上げるようだ。
ボスボアに聞いてみたが、否定的な仕草が返ってきた。要らないらしい。
よほどなのだろう、嫌悪感をその仕草から感じ取れるのだから。
ナノスは不思議に思った。
魔物は魔石を好むらしいが好き嫌いあるとは聞いていない。
ボスボアは一山ある魔石全てに嫌悪を抱くらしい。前足で砂かけしている。
ナノスは目の前にある魔石の善し悪しがわからない。嫌な気配はしないし、むしろ空っぽの石だから魔石かと思えた。エネルギーは宝石も魔石もある。中が伽藍堂なのは一体どういうことなのか。
一山の魔石から一粒取って見てみた。
同じカットの同じような濁り。
「ん?おかしい。これも、これもか。いやいや、全て同じなんてありえない。でもありえないことに、ある」
直感してナノスは思った。
一つとして同じ魔石は存在しないと、聞いたし、書いてあった。
新たに魔石が生まれたのだろうか。今わかっているのは、この山のようにある魔石に対して思ったことは、偽物。
つまり、人工物だ。
同一のカット同一の大きさ同一の色。
これまで見た魔石を思い浮かべて比べてみても、どれひとつとして同じものなどなかった。同じ種の魔物であっても。違いがあった。双子のような魔物でも。
そもそも魔物がどうやって生まれるのかわからない。
悶々として考えこむナノス。
その後ろから影が差し、どついた。
「へぶっ」
頭から地面に行ったナノスをどついたのはしびれを切らしたボスボア。
立派な牙を悠々させている。ただし、目が笑っていない。
「ごめんな。放ってしまって。魔石ありがとう。村に帰らないとな」
そう言って、ナノスは急いでバッグに魔石を詰め込む。動くたびに石がぶつかる。両手が空いていた方が何かと対応できる。リュックの上に魔石を置いて安定したのを確かめると下山しようとボスボアに別れの挨拶をする。
「じゃ。村に戻るから、もう操られたりするなよ。あと、奥さん大事になっ」
背を向け下山するナノスにフゴッと鳴き声がしたかと思うと、ナノスを追い抜いて通せんぼされた。
「?」
ナノスは立ち塞がった横長の図体を眺めて首を傾げた。
ボスボアと見合うと、自身の背を見る仕草をする。フンフンとなるボスボアはどこかかわゆい。
「乗れって?送ってくれるのか?」
「フゴフゴ」
ナノスの問いかけにボスボアは応えた。
驚きとワクワクを胸に、感謝の言葉をのべて、前屈みになったボスボアの気遣いをありがたく思いながら俊敏に飛び乗った。
立ち上がるボスボア。
見晴らしがいい。良い景色だ。
「ありがとう」
ポンポンとモサモサした毛を撫でた。
そんななのを横目で見て体制を整えると、走り出す。
「ははっ」
思わずナノスは笑って声を上げた。
気持ちいい。
動物の背に乗るという行為自体初めてだったナノスは言いようのない嬉しさと感動を覚え、自然と笑顔が溢れる。
泉を沿うようにして走り、木々に突入。
風に乗る髪はすくようにしてなびていく。
ドドッドドッドドッ
力強い足音。大地を踏み締める音を聞いて前方にいた動物は散っていく。
どんどん力強くなっていきスピードが乗る。
(・・・っ)
ナノスは嫌な予感を覚えた。
気のせいではない。
興が乗ったのかナノスを乗せていることを忘れているのか、巨体がブレた。
上に躍動。締めて乗っていた太ももが痛い。
どどんどどんと振動してめちゃくちゃ痛い。
ロデオだ。今ロデオをしている。超弩級の。受け身を取ることは難しい。落ちたらいけない。死ぬ物狂いでナノスは降りられないロデオにしがみつく。
馬に乗せてやるあれがない。裸馬だ。
自前の筋肉に頼るしかない。
(筋肉っ筋肉っ・・・やってらんねぇっっ!!)
そんなナノスは知らぬとばかりにボスボアは山を下りていく。
このイノシシ、カーブや崖でスピードを落とすということはしないらしい。ものすごい速さで景色が流れて行く。
そうして爆走する中、開けたところに出た。
走る横目でちらっと見れば、岩盤に穴がいくつか空いていおり、隅には山になっている石っぽいもの。
(廃鉱場か)
過ぎ去る穴を見つつ、木々の奥に何か見えた。
その時、
『キュウ』
と鳴き声が聞こえた気がした。
(今なにか聞こえたような…)
ボスボアの走る音が聞こえる。
この声、脳に直接聞いたとナノスは感じた。
なんだと思う暇もなく、ボスボアには聞こえていないようで、止めることなく廃鉱場を後にした。
その後も、
「うほっおっほほ、おおおぇー」
「ブモーーーー!!」
絶好調だぜ!!なんて聞こえてきた。
もうダメかもしれない。
(イカン!イカンよーー!)
トイスト○リ○の某カウボーイ主人公さながらの暴れっぷり。
下からの突き上げ左右無遠慮にゆすられ人形状態。手を離さないことが奇跡だ。
気づけば村に着いた。
ドッドッドと足音を聞きつけ、村から村人がわらわらと出てきた。武器を構えて。
ナノスはプルプル震えて地面に落ちた。
もう乗らねぇつらいとかなんとか悪態ついているナノスに陰が差す。
「大丈夫か?立てるか?」
心配する声に耳を傾け陰を見ればダッチが立っていた。
「ああ、ダッチさんに村長さん。依頼無事なんとかなりそうですよ」
「そ、そうか」
「…とりあえず私の家に行こうか」
のんきなナノスの言葉に、ダッチはボスボアにチラチラと視線を向けている。
村長は落ち着いて村人を解散させて、家に案内しよう言った。
ナノスは村長の言うことに従い、村長の家に向かうことにした。
その前に、ボスボアに別れを告げて来た道を爆走する背中を見送った。
村長の家で出された緑茶をしばきながらこれまでの話をした。
「そうか。確かに大丈夫そうだったな。助けられてよかった。ありがとうな」
「うむ、ナノス君が無事で何よりだよ。あわよくばだったが、討伐よりも難しいものを、ありがとう」
ダッチと村長はナノスにお礼を言った。
そして、ボスボアが操られていたのかに話は移り、ダッチはここ何日か見慣れない靴跡や人の気配があったのを思い出す。
「そういえば、山の中に人の気配がある時があった。軍靴らしき足跡も」
「山に入る人間は決まっている。ひどく目立つだろうな。目的は何か…して、それはどのあたりだったかわかるか?」
「廃鉱山の祠辺りだ」
(ほこら?ああ、安全祈願の鎮守する祠か)
ナノスが置いてけぼりになっているが、ほこらと聞いて祀るための物が近くにあるのだろうと当たりを付ける。
「祠の中を見たのだろう。中は荒らされていたか?」
「いいや。祠の周辺をうろついていただけだな。中に入って確認した。間違いない。そん時も報告したろう?」
「ああ、そうだったな」
村長は目をつぶって思い出すように言った。
ナノスは話が終わったようで、祠について聞いてみた。
やはり推測通り、活気あった鉱山を鎮める意味合いの祠だった。
「なんにせよ、情報が足りん。今は依頼が完遂されたことを喜ぼう。偶然にしろ誰かがやったにしろ、わからんものはわからん。そういうことがあったと注意する。そして、上に報告する」
ダッチとナノスは村長の締めくくる言葉を黙って聞いた。
「ナノス君、今日のところは泊まって行きなさい。ダッチもご苦労さん。明日、ボスボアの様子を見たら、サインしよう。」
そう促され部屋を借りた。
ベッドに寝転がり、今日の出来事を振り返ってみる。
ボスボアを見た時は身が縮む思いがした。今思うと相当危険な橋を渡っていた。結果オーライというか、行き当たりばったりというか。
初見の山の環境は危険だとわかっていたはず。スキルがあるのだと自惚れていたかもしれない。自分は絶対に死なないと思ってもいた。
省みねばならない。
(なんとかなってよかった…)
未知との遭遇の際、対応力があると知れたのはよかったことだ締めくくり、また明日に備えて眠りにつく。
出会い頭の鬼ごっこ
合って助かったアイテム達
狩人の休憩所
ひっくり返ったイノシシ
地雷(人にやっちゃダメなやつ)
メスボア
湧き泉きれい
村長の家に泊まる
翌朝、朝日によって目覚めて意図的に深呼吸を繰り返すと、部屋を出てリビングへ下りる。
ちょうどばったり、台所からお盆に料理を乗せた村長と会う。
ナノスは村長と笑顔で挨拶すると、自身も配膳をする。
「ではいただこうか」
「はい、「いただきます」」
料理を口に運ぶ。
村長の料理は美味しい。舌を筆頭に身も心も喜んでいるのがわかる。わかるから理解や共有が生まれ笑顔で作ってくれた村長に「美味しいです」と感想と共に言った。
昨晩も思ったが、村長の主夫力がべらぼうに高い。一通り家事ができて尊敬する。家のことを一人でこなして、仕事で村人をまとめているのだから本当にすごい。それは微笑む村長が"常に"だから望んでやっていることがわかる。
ゆっくり味わって食べる二人が食べ終えると、どちらかと共なく「ごちそうさまでした」と言い、洗い終え食後の緑茶を飲む。
「和むなあ」
「ふふ、気にってもらえて嬉しいよ。」
「毎日常飲したいくらいです」
「そうか。少し分けてあげるよ」
「いいんですか?!ありがとうございますっ」
本当に毎日常飲したいとナノスは思っていたからものすごく嬉しかった。思わずその言葉に乗っていたのは求めていたのかも知れない。故郷を感じられる物を。そして何より心落ち着くから。
その嬉しさが伝わっているのか、村長は笑みを深めている。
「ダッチがボスボアの様子を見てくるとようだから、その時連れて来れるなら連れてくるとも言っていた。夜が明ける前に出たからそろそろ帰ってくるだろう。来たみたいだね」
村長と今後の話をしていると、村長の家に声がかかった。
ドアを開けると、ダッチが入って来た。
「よう、ナノス。村長、いるか?」
「いるよ。どうだった?」
「いつも通りに戻っていたぞ。ただ、今は動きたくないみたいだ」
「そうか。番がいるものな」
ダッチはいくつか報告をすませると、これから仕事があるらしく長居せず出て行った。
「これで依頼は完了だね。サインするよ」
ナノスの出した依頼書にサインをする村長。
ナノスが依頼書をリュックに詰め込み支度が終わるのを見計らって、村長は言った。
「ナノス君、ありがとう。無事に終われたのは君のおかげだ。また何かあったら依頼すると思うが、その時はよろしく頼むよ」
「はい、お世話になりました」
差し出された手を握り、握手をする。
「また来なさい。緑茶もある。ボスボアと仲良くなったのだろう?気が向いたら会いに行ってほしい。私も待っている」
と言って、村長は微笑んだ。
ナノスはまた来ますと言って、村を後にした。




