第六話 背信の愛 その十八
そうしてレヴィンはぞろぞろと供を引き連れ、食事を取るべく外へと出かけていった。そう、馬車二台に騎馬の兵四人、大仰とも言える列を成して。そして王宮から少し離れた一軒の高級レストランに到着すると、個室を貸しきってレヴィンと侍女達は席を囲んだ。それは、侍女達を中心に中々に和気あいあいとしたもの。だが……そう、周囲を見てみれば、当然の如くあの護衛陣が、目を光らせながらうじゃうじゃと立ち並んでおり……。
それは、なんとも落ち着かない雰囲気ではあったが、こういう状況であるから致し方ない。ならば、さっさと済ませてしまおうと、差し出されたメニューを見ながら四人は素早く食事を選んでゆく。そして、料理が運ばれてくるまでのしばしの間にと、レヴィンは席を立って部屋を出ると……それに何事かとでもいうような表情で、護衛係が後をついてくる。
「トイレだよ」
レヴィンは不機嫌にそう呟くと、
「ご一緒します」
悲しいことに当たり前のようになってしまった護衛付きのトイレへと向かうことになった。そして、高級レストランらしく豪華なそのトイレには誰も人はいなく、
「見られるのは嫌なものだからね」
と言って、レヴィンはトイレの個室に入っていった。そう、そこなら流石に護衛も中には入ってこないから。そう、一人になることがここにきたレヴィン最大の目的であったから。そして、入るとすぐさまレヴィンは小さく呪文を、そう、転移魔法の呪文を唱えてゆき……。
すると、その呪文が終わってすぐ、そこからフッとレヴィンの姿は掻き消えていったのであった。そして、外で待つ護衛たちを置き去りに、レヴィンは一人場所を移動すると、そこは、
うわ!
体中が何かに押しつぶされるような圧迫感に襲われる。
そう、ここは自室の寝室に備え付けられているクローゼットの中だった。衣装もちのレヴィンであったから、クローゼットと言っても一つの部屋のように広く、人一人入ることも全く容易なものなのであった。だが、降り立った場所が丁度服と服の真ん中で、レヴィンは押し寄せる服に挟まれて息がつまりそうになり……。
で、でも、何とかピンポイントで移動できたようだな。
どうやら、元々この場所に移動する予定だったらしく、レヴィンはホッと胸を撫で下ろす。
そして、鎧戸のようになっているクローゼットの扉の隙間から、寝室の方を窺いてみると、当然の如く、そこには誰もいない部屋が広がっており……。だが……。そう、レヴィンはリディアに話したあの金庫を確かめるべく、ここへ戻ってきたのであった。食事をしに外へ出たのも、そうやってこの部屋にほとんど人がいなくなるようにしたのも、本を盗むことを容易にする為、ねずみにチャンスと思わせる為であったのだ。確かまだ侍従が残っている筈だったが、もし相手が魔法使いならば、それをかわすのはたやすいこと、本を狙うならこの機会を逃す訳がまず無いと思われた。そしてその通り……。
不意に、寝室の中央に黒い人影が現れる。
そう、それは明らかに、転移魔法を使っての侵入で……。
やっぱり、相手は魔法使いだった、か……。
するとその者、そう、頭の天辺から足の先まで黒い装束に覆われたその者、残念ながら覆面のようなものをかぶっており、顔を確認することは出来なかった。それにレヴィンは歯噛みしたい気持ちになるが、せめて特徴だけでもつかもうとじっくりその者を観察してゆくと……。
身長は百七十センチ少しぐらいか、ゆったりとした服を着ていて、男性ならば華奢、女性ならば大柄で骨ばった体型に見え、いまいちどちらなのか判別に困った。
だが、あえて言うならば男性の体に近いだろうかと推測すると、その者は……まず入ってくるかもしれない者を警戒したのだろう、部屋の扉の鍵を閉め、そして寝室のベッドのある側の壁の扉を開いた。
そう、そこに金庫が隠されているのだ。
迷い無くそこへ行き着いていることから、どうやらその者は部屋の配置にも詳しいらしいことが窺えた。そして、その者は金庫の鍵を解こうというのだろう、金庫の前面にあるダイヤルに手を伸ばしてゆき……。いや多分、本当は無理やりにでもぶち壊してやりたい気持ちだったのだろう。だが、そうすれば音で気づかれてしまう、なので面倒ではあるがまずはそういった行動から出ていったのであって……。そう、確実にお宝を手に入れる為に。
だがこの金庫、鍵だけでなく、魔法でも封印がしてあるのであった。いわばそれは小さな結界。解くのが得意なら、作るのもそう難しいことではなく、かなり強力な封印を施した自信がレヴィンにはあった。力のある魔法使いならば、時間をかければ解けるとは思うが……。
そしてその通り、賊はようやくこの金庫に魔法の封印がしてあることに気づいたようで、ダイヤルを動かす手を止めてゆく。すると次に出てくる行動は……そう、まずはそれを解かねばと思ったのだろう、予想どおり呪文を唱え始めたのだ。恐らく、封印解除の。すると、そこでレヴィンは、
「アザヅメ・ヒイアヲ・レアツモリ・ヅメ・チュリョテ・タオヨ・ビセキ……」
……まさか。
信じられないものを聞いた。そんな馬鹿なと、もう一度よく確かめるべくレヴィンは耳を澄ましていった。だがやはり、それは目のそらしようの無い現実で……。レヴィンは唖然とした。そう、今目の前で行われている賊の行動すら全く意識に入ってこない程に。そして……、
いけない!
ぼけっとしている場合ではない、そう思ってレヴィンは慌てて自分を取り戻すと、目を覚ますべく頭を振って再びその者に意識を戻していった。すると、
それは、いつ人が入ってきてもおかしくない状態。そこからくる焦りもあるのだろう、その者は中々封印を解くことが出来ないでいるようだった。そしてとうとう最後の手段とでも思ったのか、賊はポケットから何かを取り出して床に置くと、鍵穴に手をあて再び呪文を唱え始めたのだ。すると、
ドン!
くぐもった小さな爆発音のようなものが辺りに響く。
そう、無理やり封印を魔法で破壊し、扉をこじ開けようという大胆な行動に賊はでたのである。
そして素早く金庫の扉に手を当て、ガチャガチャと開けようと試みるが、やはり扉はうんともすんとも言わない。それにその者は「チッ」と舌打ちすると、もう一度試みようとしたのだろう、またも再び呪文を唱え始める。だが、
「誰かいるのですか?」
不意に寝室の扉をトントンと叩く音がする。どうやら残っていた侍従が物音に気がついたらしい。そして中へ入ろうとノブを回すが、鍵が掛かっているので当然のことながら扉が開くことは無い。
ドンドンドン、ドンドンドン!
「誰か! 誰かいるのですか!」
部屋には誰もいない筈、なのにかかっている鍵に不可解に思ってか、声色に緊張をにじませて侍従はそう問いかけてくる。
それは、突然割って入ってきた邪魔。それにこれ以上仕事を続けるのは流石に無理があると思ったのか、その者は「クソ!」と呟いて立ち上がると、今度は違う呪文を唱えていった。そう、それは恐らく転移魔法。そしてその通り、しばしの時の後、賊はその場から忽然と姿を消していって……。
何事もなかったかのよう、静まり返る寝室。
慌しかった扉の方も、今は静けさを保っていて……。そう、恐らく部屋の扉の鍵を取りに、侍従はどこかに行っているのだろう。ならば、彼が戻ってくるまでの間、少しは時間があると見て、レヴィンはクローゼットから外へと出て行った。そして、賊がいたあの場所に立ってみる。すると床には……。
「金ボタン……」
近衛兵の金ボタンだった。賊が扉を壊す前に床に置いたそのモノの正体である。恐らく音を聞きつけて人が来ることを計算に入れてのこの小細工だろう。侵入者が近衛兵と思わせるよう、わざわざご丁寧にも……。
これでリディアは、白か……。
だが……。
レヴィンの胸中は複雑であった。
それに思わずため息をつくと、受け入れたくない現実から逃れるかのようにしっかりと目を瞑り、ぎゅっと唇を噛み締めた。