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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第二章 信じる者の儚き幻影
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第六話 背信の愛 その十九

 ああ、何故手が届かない。こんなにも近くにあるのに。

 ずっと探し続けていた。その為に自分はここにいた。そしてようやくその場所が分かったというのに、後少しの所で手が届かない。

 今日のあれだって、余りにも突然過ぎて……。

 だが、しっかり準備を整えて挑戦すれば、きっと自分にも出来る筈だ。そう、諦めるな。諦めないで、今はまたの機会をじっくり待つのだ。待って周囲が落ち着いて、皆の気が緩む頃に……。

 大体、最近の自分は少し動き過ぎであったのた。そう、時には、ヒヤリとすることさえある程で……。ならば、事が収まるまでしばし待つというのも、一つの手なのかもしれない。

 皆が忘れ去った頃にもう一度、と。

 そう、あれを手に入れる為に、今まで自分はさんざん待ってきたのだから。なので、少しくらいの我慢なら……。


   ※ ※ ※


 それからレヴィンはその身を図書室へと移していた。目の前に並ぶは小難しい題名が書かれた歴史の本、本、本。そう、またレヴィンはバートラム三世のことが書かれている本のある棚の前へと来ていたのだ。そしてその中の一冊を手にとってパラパラとめくっていると、


「おや、殿下じゃありませんか。いらっしゃっていたんですね。護衛もつけずにめずらしい」


 返却された本を元に戻すべく棚を回っていたのだろう、カートを押しながらアルヴァがレヴィンにそう声をかけてきたのだ。それにレヴィンはちょっと困ったような微笑を浮かべながら、「まあね」と答える。


「また、バートラム三世の指輪についてですか? 随分熱心ですね。まだ何か分からないことでもあるんですか?」


 その言葉にレヴィンは本を閉じ、アルヴァの方へ顔を向けてもう一度微笑んでみせる。そして、


「うん、あれから指輪に隠された宝ってのが分かってね」


「指輪に隠された宝? 一体なんだったんです?」。


「一冊の本だよ」


「本?」


「そう。古代魔法について書かれた本」


 それにアルヴァは驚きに目を見張る。


「バートラム三世の時代のものですか? だとしたらそれは……」


「すごいものだよ。それ故欲しがる者も結構いるみたいで……」


 何かを含むような言い方だった。それにアルヴァはよく意味が分からないというように首を傾げ、


「欲しがる者?」


「そう、今その人物はどうしてここに僕がいるのか疑問に思っている。出かけていて王宮にはいないはずなのに、何故と。それも護衛も連れずに。それは自分と関係があるのだろうか、何かを探ろうとしているのだろうか、もしかして何かミスでもおかしてしまったのだろうか……などなど、後ろめたい出来事の後故、僕の心の中が気になって気になってしょうがない」


 そう言ってレヴィンはどこか痛む心をにじませて、アルヴァに悲しげな眼差しを送った。すると、


「殿下が言いたいことがよく分かりません。それは誰を指して言っているのでしょう?」


 相変わらず、訳が分からないとでもいった様子のアルヴァだった。そんな彼を前に、レヴィンは思わず深いため息を口からこぼしてゆくと……。


「僕はクローゼットの中に潜んで、全てを見ていた。そして聞いた。本の入っている筈の金庫の前で封印を解こうと、呪文を唱えた者の声を。それは明らかに僕の知る者の声だった……そう、アルヴァ、君だろ」


 それにアルヴァは驚いたように目を見開いた。その言葉にただ単に驚いただけなのか、見破られておののいているのか、それはどちらとも分からない。だが、その驚きの後、アルヴァは、


「殿下、それは濡れ衣ですよ。第一私は殿下が出かけたことなど知らなかった。本のことも、それが古代魔法について書かれたものだということも! 一体どうすれば殿下の部屋に忍び込んでそれを盗もうなんてこと思いつくっていうんです!」


「とぼけないで! 君は全てを聞いていた。僕の部屋と尋問室に盗聴の魔法をかけていた、違うかい? 最初、僕自身に盗聴の魔法をかけているのかと思ったけど、まんまと君は引っかかったからね。もし、僕自身に盗聴の魔法をかけていれば、あのお忍びでの会話も聞いていた筈。あれを聞いていれば、これは罠だと気づいたはず」


 その言葉に、アルヴァは呆然としてレヴィンを見つめる。そして、


「罠……」


 まるで言い訳することも忘れたかのように、脱力してアルヴァはポツリとそう言う。


「そう、罠さ。金庫に本などありはしない。犯人をおびき寄せる為の罠だ」 


「罠……」


「アルヴァ、認めてくれ。ここは王宮内、結界を破らなければ逃げることは出来ないんだ。手荒な真似はしたくない」


 まだどこか呆然とした様子で、アルヴァはレヴィンの言葉を聞いていた。だがやがて、全てを肯定するかのように、アルヴァはクツクツ笑い出すと、


「認める? それは大人しく投降しろということでしょうか? 冗談じゃありませんよ。一体私がどれだけの労力を注いでそれを探していたか、知っておいでですか?」


「労力?」


「ええ、二十年以上ですよ」


 彼の人生の約半分を占める時、そのあまりに長い時間に、レヴィンは呆然とした。


「何故、そんなにしてまで……やはりルシェフと関係があるのか? ルシェフの為にと」


「ルシェフ……さあ、ルシェフの為だったのか、自分の為だったのか……少なくともルシェフは私を認めてくれました。満足の行く仕事を与え、高い報酬を払い! そう、魔法使いという資格を持っていながら、能力が足りないばかりに司書という職業、私は納得がいっていませんでした。勿論、司書が嫌だった訳ではありません。そう、せっかく魔法大学を出たというのに、魔法が全く使えないこと、それが私のプライドを傷つけたのです。そして、望まない環境に身を置くことへの虚無感、それに苛まれながら毎日を過ごしている時、ルシェフは私に近づいてきました。自分の手で、この世界を作り変えてみないか、と」


「世界を作り変える?」


「そう、ルシェフはこの世の中をより良きものにする為に動いていました。そしてある日、その一端を担わないかと、私に声をかけてきたのです。それは私の自尊心をくすぐるものでした。私の力が必要と言われ、満足いくほどの報酬を提示されれば、そんな気分にもなるでしょう。そして、私はその依頼を受けた」


「本を探すこと、だね」


 それにアルヴァは頷いた。そして、


「まだ世に出てない、当時のノーランド貴族の日記をルシェフは手に入れたのです。そこには、古代魔法使いから押収した古代魔法に関する本が、ノーランドの王宮内図書室に収められたと書かれていたのですよ。それで王宮内図書室の司書であった私に白羽の矢が立った。その本を探せ、とね。ですが、探しても探しても見つかりませんでした。目録も見当たらず、日記はガセネタなのかとも思いました。流石に諦めかけたその時、私は過去に確かに収蔵されたという記録を見つけたのです。やはりモノはありませんでしたがね……紛失したか、誰かに持ち去られたのか、これだけ探しても無いならそうなのかもしれないと思っていました。ですが……まさか指輪の中に隠されていたとは。それもバートラム三世自身が持ち出したとなれば、見つからない訳ですよ。あまりにも伝説が有名すぎて、見逃してしまっていました」


 自嘲するようにアルヴァは笑う。

 すると、そんなアルヴァを前に、相変わらずレヴィンは信じられないような顔をして、


「それは……君が僕の家庭教師につく前の話だね」


「話をいただいたのは、そうですね。思いもかけず殿下の家庭教師につくことになり、それは中断されましたが」


「じゃあ、家庭教師の仕事は、君にとって望まないものだったの? あの親身な態度も、師としての立派な態度も、皆偽りだったというの? 心の中では全てルシェフの為にと? ノーランドを裏切って?」


「偽りではありませんでしたよ。教えるということは中々楽しいものでした。自分の手で何かが育ってゆく様を見るのは、何よりも得がたい体験です。それに、与えられた新たな使命もあいまって、私はやりがいを持ってその仕事をしていました」


 そこで、レヴィンは怪訝な顔をした。


「新たな使命?」


「そうです」


「なんなの……その使命とは?」

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