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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第二章 信じる者の儚き幻影
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第六話 背信の愛 その十七

 そして再び王宮のレヴィンの部屋。


 もしかして……いやまさか……。


 色々考えを巡らすレヴィンの脳裏に、一つのもしやが過っていた。


 確かに手紙からという可能性も無くはない。だがその存在を知っていた者はごくわずかだったのだから、あれに原因を求めるのは少し性急かもしれない。とりあえず手紙は誰にも読まれていない、と仮定すると……レヴィンは表情を曇らせた。すぐ目の前に転がっている、できれば想像したくなかった一番の疑惑に。


 そう、最も疑わしい位置にいるのはリディアではないか、と。確かに、自分の盾になって弾を防いでくれたことを省けば、彼女はフレイザーと並び最も疑わしい位置にいるといえばいるのだ。いや、今こんなことになった以上、フレイザーよりも疑いは高いかもしれない。そう、あの身をもって助けてくれた事が、あらかじめ示し合わされていたことであったら? ああなることこそが、元々の筋書きであったとしたら?


 レヴィンは深い考えに落ち込む。そして、目を背けられない現実にため息の出るような思いになる。それは……何故リディアが疑いの範疇から外れているのかという、その理由の為。今まで信じて疑わなかったが、考えてみれば、身をとして守ってくれたというそのことだけが、彼女への信頼という気持ちにつながっていたように思えるのだ。ひとえにそのことだけが……。


 レヴィンは眉根をひそめ、きゅっと唇を引き結んだ。そして、


「えーっと、リディアは今日どうしてる?」


 ざっと辺りを見回してみて、並ぶ護衛係の中にリディアの姿が無いことに気づき、目の前の者達にそう問う。


「彼女は今内勤であります。午後から交代で殿下の護衛にはいると思いますが?」


 それになるほどとレヴィンは頷くと、


「ちょっと話があるから、呼んできてもらえるかな?」


 また何かの命か、そう思ったのだろうそれに近衛兵の一人は何の疑問も無いよう頷いて、リディアを呼ぶべくその場から背を向け去っていった。そしてしばらくすると、


「殿下、お呼びと伺いましたが……」


 いつもの如く、冷静かつ生真面目な様子で、リディアはレヴィンの前に姿を現す。だが、その顔がどこか青ざめたように見えるのは、気のせいだろうか。まるで、どこか体調でも悪くしているかのような……まぁ、その理由はすぐ分かるだろうと、レヴィンは用を済ませるべくリディアを更に近くへ呼ぶと、


「みんなはちょっと下がっていて」


 レヴィンの言葉に、やはり素直に、この部屋にいる者達はそこから退出してゆく。そして、やがて皆いなくなると、


「実は、あの本のことだけど……」


 するとレヴィンのその言葉に、まるでそう来るのを予想していたかのよう、リディアは表情を強張らせ真摯な眼差しで見つめてくる。それは、どこか切羽詰ったかのような様子で、その様子のまま、リディアは、


「クリフォード氏のことは非常に残念に思います。ですが、私は!」


 どうやら、リディアもあの新聞を読んでいたらしい。そして自分のおかれている立場、そう、疑われるべき立場にいるだろうということも察しているようだった。恐らく、それが故のこの態度。そしてなんとか疑惑を晴らそうとしたのだろう、表情を強張らせたまま、そう言ってレヴィンに弁解しようとしてきて……。だが、それにレヴィンは胡乱げに目を細め、


「問い詰められて、はいそうですかと言う間諜も中々いないだろうからね。まあ、それは置いておいて」


 リディアの言葉を退け、レヴィンは眼差しを真剣なものに変えて彼女を見つめる。


「実はね、この前話した本、僕が預かってるんだよ。大事なものだから王宮に預けておくのが一番安全なんじゃないかって、アシュリーに言われてね。そしてこの前したお忍びの時、僕が預かった。アシュリーがクリフォード氏に渡したのは、写本なんだよ」


「写本……」


 なるほどという感じではありながらも、何故このような話を、呼び出してまで自分にしてくるのだろうかとでもいうように、リディアは不思議そうな顔をする。すると、レヴィンは続けて、


「クリフォード氏の件で、君が気に病んでいるんじゃないかと思ってね。でも僕は君を信頼している。だからこの話を君にした。この話を知っている者はアシュリーとエミリア、そして僕と君だけだ。君が犯人じゃなければ、本は盗まれることは無い、だろ」


 そう言って、話は伝わったかと問うような視線をレヴィンはリディアに送る。

 するとそれにリディアは、瞬時に言葉の奥底にあるその意味を察したとみえ、衝撃を受けたように大きく目を見張った。そして、 


「で……殿下は、わたくしを試しておいでなのですか? 信頼しているといいながら、それは全く……」


「本の場所は、僕の寝室の金庫の中だ。更にこれは君と僕しか知らない」


 動揺する彼女などお構いなしに、更に畳み掛けるようにそう言うレヴィン。

 明らかなる疑いの言葉であった。その屈辱ともいえる言葉を前に、リディアは唇を噛み締めると、厳しい眼差しでレヴィンを見つめてゆき、


「お話はそれだけですか!」


「そうだ」


 怒りの中に悔しさをにじませ、リディアは再び唇を噛み締める。そして勢いよく立ち上がると、


「では、失礼させていただきます!」


 レヴィンに背を向け、その場から去っていった。

 大きな音を立てて閉まる扉。だがその扉が閉まる寸前、彼女の背に向けるようレヴィンは小さな声でこう言った。


「僕は信じてるからね」


 痛む心をにじませ、もう一度。


   ※ ※ ※


 リディアが去り、自分一人だけが残った部屋。一時の間静けさが覆ったが、すぐに護衛の近衛兵が任務に戻るべく部屋に入ってきて、再びざわめきが戻る。時計を見てみれば、既に時間は十時を少し回っており……。いつもならもう朝食を食べ終わってゆっくりしているところだが、朝からの出来事でそれすら済んでいなかった。なので、レヴィンは椅子から立ち上がると、


「これから出かけるよ」


 それは全く予定に無い外出であった。当然の如く、それに護衛の者達は慌てる。


「で、ですが、今日は全くそんな予定は……」


「朝食にはちょっと遅い時間だ。外に出かけて、ブランチでも取ろうと思ってね。これはお忍びじゃない、護衛がつけば、文句は無いだろ」


「はあ、確かに……」


 納得いかないながらも、渋々といった感じで護衛達はそう言う。すると、ここぞとばかりにレヴィンは、


「じゃあ、早速出かけるから、準備して。それから……ラシェル、フィリス、ティーナ」


 その呼びかけに、控えの間にいた三人はそこから顔を出すと、


「ハーイ!」


 明るい返事と共にちょこまか歩いてレヴィンの下へとやってくる。


「君達はどうする? 朝食はまだだろ。よかったら一緒にいくかい?」


 いつもならレヴィンが朝食を取っている時に彼女達も別室で食事を取るのであった。だが、今日はレヴィンがそれをまだ済ませていなかったので、彼女らも朝食を口にしていなかった。なので、


 それに三人はどうしようかと顔を見合わせると、ごにょごにょとしばし相談をし始める。そして結論づいたようにレヴィンに顔を向けると、満面の笑顔で、


「行きます!」

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