第六話 背信の愛 その十二
その頃魔法使いは、本の解読を頼んでいた知人の家へと向かっていた。そう、頼んでいた本の解読の期限が来たので、早速それを受け取ろうと思ったのだった。そんな魔法使いの傍らにはエミリアもいる。そう、本を預ける時はエミリアを連れて行かなかったのだが、何がかいてあるのか早く結果が知りたいとしつこく言うものだから、今回は彼女を伴っての訪問となったのである。さんざん、「もし……だったらこれはすごい」を連発していたので、どうやらその本の正体が何なのか否が応でも興味が湧いてしまったらしい。
向かう場所は王都の外れ、小洒落た背の高い建物がギュウギュウに建ち並ぶ区域で、どこにでも見られるような都会の風景の中に、その者が住むアパートがあった。そう、中々瀟洒なつくりのアパートである。
「予想通りの結果だといいですね。なんだか、私までドキドキしてきちゃいます」
緊張を隠せないような様子でエミリアはそう言う。だがそれに魔法使いはあまりいい顔はせず、
「そう願いたいところだが……それはそれでまた色々考えないといけないことが出てくる。当たって欲しいような欲しくないような、複雑な心境だ」
「そう、なんですか……」
予想通りならこれは喜ぶべきこと、そう思っていたエミリアは、魔法使いの言葉に少し意外な顔をする。
そうして魔法使いとエミリアはアパートの前までくると、玄関をくぐり、早速ホールから続くきつめの傾斜の階段を上っていって……。そう、まずは二階を経て、三階を経て、更に上へとあがってゆくと、やがて四階でようやく階段を外れ、とある扉の前までやってきて。多分、恐らくここにその者が住むのだろう。そして、
トントントン
魔法使いがドアをノックする。すると、しばらくして「どちら様ですか」という声が聞こえてきた。
「アシュリーだ、本の訳をお願いした」
魔法使いの答えに、「ああ!」という声が返ってきて、すぐに扉が開かれた。
中から出てきたのは、色白の細い面立ちに眼鏡をかけた、知的な雰囲気をかもし出す青年であった。青年はその顔に笑顔を浮かべると、「よく来たね」と言って魔法使いを歓迎してきて……。そして、
「期限が来たんで、本と訳を受け取りに着たんだが、もう出来ているか?」
それに、青年は期待に応えるかの如くにこやかに微笑むと、
「ああ、出来ているよ。早速本の話といきたいところだ。まあ、上がって……っと、あれ、連れもいるのかい?」
魔法使いの後ろにたたずむエミリアに気がついて、青年はそう言う。
「ああ、私の弟子のエミリアだ。結果が気になるといってきかなかったので、連れて来ることになった」
「こんにちは、エミリアです」
にっこり笑ってエミリアはドレスの裾をつまみ、膝を少し曲げて挨拶をする。それに、青年はうっとりするようエミリアを見つめて頬を染めると、
「か……かわいいね。いいなぁ、こんな可愛い子が弟子だなんて」
一般的な目から見れば、確かにエミリアは可愛い部類に入るのだろう。だが魔法使いは冗談じゃないとでもいうよう顔をしかめ、
「厄介ごとばかり持ち込んでくるぞ、こいつは」
「いやいや、こんな可愛い子の厄介ごとなら大歓迎だよ。僕の名はクリフォード、よろしく」
そう言って胸に手を当てクリフォードはエミリアへと向かってお辞儀をする。そして、「さあさあ、入って入って」と二人を中へと招いてゆき……。
そんな二人が通された部屋は応接室兼書斎になったもので、そこの応接コーナーに案内されると、すすめられるままソファへと腰を下ろした。そう、中々にきれいに整えられたその応接コーナーに……。だが、やはり仕事柄なのだろうか、書斎の机は書籍や資料、書類群が防護壁のようにうずたかく積まれており、エミリアのいる場所とは対照的に雑然とした感じになっていた。そして、壁いっぱいに並ぶ数々の書籍類。それは本当に空いているところに詰め込んだといった感じで、見ているこっちが息苦しくなってしまいそうな程のものだった。だが、魔法使いの屋敷のように有り余る程の部屋は流石にない都会の住宅事情、そうなってしまうのもきっと致し方のないことであって……。そう、それは魔法使い達のものとは余りに違ってしまう程に。すると、
「ちょっと待っていておくれ、今お茶をいれるから」
早速二人におもてなしをしようと、クリフォードがその場を立つ。
「ああ、すまない。だが、そんなに長居をするつもりは……」
「まあまあ、そう言わず」
気を使わなくてもいい、そんな遠慮を見せる魔法使いだった。だが、それに構わず、座っていてとクリフォードは手で合図し、お茶の準備をすべくその部屋から出て行き……。
後に残されたのはエミリアと魔法使い。そしてエミリアはクリフォードが扉の外に姿を消すのを確認すると、どこかほのぼのとした様子で、
「なんか、優しそうな人ですね。どういう関係のお知り合いなんですか?」
対照的な二人、そんな意外ともいえる二人の組み合わせに興味が湧いて、思わずエミリアはそう問いかける。すると、興味津々としたそんなエミリアの眼差しが気に食わなかったのか何なのか、深く突っ込まれるのを心良しと思わなかったのか何なのか、魔法使いはどこか面倒くさいような表情を浮かべると、あっさり、
「魔法研究所時代の友人だ」
「へえ……じゃあ、彼も魔法使いなんですね。ローブはおってないんで、そんな風に見えなかったんですけど」
「いや……彼は魔法使いじゃない。だがジャメヲ語を専門としていたこともあって、呪文学の研究者として研究所に在籍していたんだ。私の研究でも、呪文のことではよく彼に協力してもらっていた。勿論ジャメヲ語の古語にも造詣が深い」
魔法使いじゃない人間も研究員として研究所に在籍しているということは、エミリアにとって初めて聞く話であった。意外といえば意外であったが、呪文という言語を扱う部門であれば、そういうこともありえるのかもしれないと、エミリアは少し驚きながら魔法使いの説明に納得する。そしてこれも納得の二人の関係にエミリアはうんうん頷くと、
「なるほど、そういう訳なんですね……でも、魔法研究所時代の友人って事は、もしかして久しぶりの再会って事になりますか? あの事故以来の?」
「ああ、この前訪れた時は大層驚いていたな、流石に」
色々あった後の再会、訪れる魔法使いにも戸惑いがあっただろうし、訪れられた方の驚きも相当なものだっただろう。懐かしく、嬉しくもありながら、躊躇も隠せない……そんな二人の姿があったかどうかは分からないが、エミリアはそう勝手に想像してゆくと、あの本のことを思ってみた。そう、二人の再会のきっかけとなったのがあの本なのだから。そうして考えた末やがて行き着いたのは、縁というものは意外なところに転がっていたりするものだなぁ、ということだった。まさかあれがこういったことにつながるなんて、と。それに、エミリアは思わず感慨深い気持ちになっていると、不意に部屋の扉が開いてクリフォードが中に入ってきた。そして、
「待たせちゃってすまないね」
そう言って「はい、どうぞ」とお盆の上に乗せた紅茶を魔法使い達にふるまっていった。すると、それを見つめながら、
「それで、早速結果を聞きたいんだが」
魔法使いの促しに、クリフォードは何か含みを持った笑いをする。
「いやね、中々興味深い内容だったよ。そう、君が予測したとおり、あれは……」
「やっぱり」
「そう、凄いものだ」