第六話 背信の愛 その十一
昼時、レヴィンは図書室から帰ってくると、大人しく王宮内のダイニングで昼食を済ませ、早く戻ってこないかなとリディアのことを何度も心に思いながら、部屋への道を辿っていた。
だが考えてみれば、そうそうすぐに相手の尻尾なり何かの証拠なりつかまえられる訳がないのだ、帰りもきっと遅いだろう。ならば、今日中に用事を頼むのはさすがに無理かと、期待する半面、諦めの気持ちなんかもじわじわ湧き上がってきて、ついため息がこぼれてしまうレヴィンだった。特に急ぐ用事ではないから今でなくてもいいのだが、何となく中途半端な状態に心が引っかかったような気持ちでいると……前から見たくもない者の顔がやってくるのをレヴィンは発見した。その人物とは、
「いやいや、殿下、珍しい時間にお会いしましたな。今日は大人しく王宮内で昼食ですかな?」
宮廷魔法使い達を束ねる、長のオージアスであった。そう、犬猿の仲と誰もが認める相手の……。
そしてその長、気味が悪い程にっこにっこ笑いながら、レヴィンに向かって更に歩みを進めてくると、
「いやぁ、珍しい、ほんとに珍しい」
彼がお忍び禁止になっていることを知っているのだろう、そんな嫌味を放ってきて……。
ったく、何でこんな所で……。
突き刺さるその嫌味を胸に、心の中で渋い顔をするレヴィン。そう、もう顔を合わせるだけで、お互いがお互いを鬱陶しいとしか感じられない、そんな存在なのであった。だが、煙たくとも避けることは出来ない相手、レヴィンはグッと我慢すると、
「おかげさまで、ここしばらく王宮の料理を堪能させてもらっているよ。僕だって、流石に事態は把握しているつもりだからね」
にこやかにそう言葉を返す。
だがそれにしても、そうしてまでお互いがお互いを煙たがる理由、とは……。
そう、二人は王宮内に張られる結界を巡って、破って強化して破って強化してのいたちごっこを続ける天敵同士なのであった。ご存知の如く、魔法研究所で開発された新しい結界を採用していっても、すぐにレヴィンは破っていってしまうのだから、そうなってしまうのも当然だろう。つい昨日も最新の結界をいとも簡単に破っており、宮廷魔法使いにとってレヴィンは目の上のたんこぶといっていい存在であったのだ。まぁおかげでノーランドの防御魔法は、世界最高水準といえるものになっていたのでもあったが……。
そしてそのレヴィンがお忍び禁止とあって、この長の上機嫌さ、なので彼の言葉も長は大らかに受け止め……、
「ほー、それにしては昨日もやんちゃっぷりを発揮したようですが……いけませんねぇ、事件の渦中にいる人物がそんな勝手なことをしては」
いやいや、全く大らかでなく、意外というような表情を大げさに浮かべ、きつい一発をレヴィンに食らわせる。それはまるで彼が容疑者とでも言っているようで、思わずレヴィンはカチンときて、
そんなら、僕が頭を悩ませるくらいの結界を作ってみろっ!
思わず心の中でボソリと呟く。それは確かに心の中の声。その筈だったのだが……まるで長はそれを耳ざとく聞きつけたかのよう、
「まあ、良識ある大人であれば、抑えるべき時はしっかり行動を抑えるものですがね」
畳み掛けるように更なる言葉を投げつけてくる。
すると、それには流石のレヴィンも我慢の限界を超え、
「でも、事件の渦中にいるのは宮廷魔法使いも一緒なんじゃないの? なにせ魔法封じが破られて殺人が行われたんだから。そうする実力のある者が揃ってるのは宮廷魔法使い。案外一番怪しいのはそこだったりして」
ふーんといった感じで、痛くもかゆくも無いような素振りを見せながら、でも心では負けていられないと思ってそう言う。すると、その言葉はどうやら長の痛いところをついたようで、一気に彼の笑顔が引きつったものに変わってゆき……。そして、
「魔法封じは一種の結界のようなもの。それも最も強い魔法をかけておりました。なんといっても殿下は結界破りのスペシャリスト、いやいや、色々疑われてお互い大変ですなあ、はっはっは」
全然おかしそうに聞こえない笑いを漏らしながら、チクリ、いやグサリとした嫌味を長は放ってくる。
そう、それはあまりのたぬきっぷりで、レヴィンも流石に嫌気が差すと、早くこの場から逃れたいとついついそんな気持ちになってしまう。そう、誰かここから連れ出してくれないかと。すると……その願い叶ってか、その時、その長の後ろから、見知った顔が近づいてきているのにレヴィンは気づき……。そう、リディアである。
いつもは小うるさいと思ってしまうリディアだが、今のこの相手を思えば十倍天使に感じられた。思わぬ助けの到来にレヴィンは神に感謝したい気持ちになると、「すまないけど用事があるんで、失礼するよ」と、丁度いい話の区切りを見計らって長の下から退出してゆく。そしてリディアの方へと向かってゆくと、そちらもどうやらレヴィンに用事があったらしく、その存在に気づいて表情を変え、彼の側に寄ってくる。
「殿下、すみません。お食事中かとも思ったのですが、報告したいことがありまして」
「いや、大丈夫だよ。僕も丁度君に用事があったところだったし。でも、随分早かったね。フレイザーの行動を調べていたんだろ?」
「はい。ですが……」
予想通りの答え、だが何故か表情を曇らせるリディアに、何か言いづらい事情というものがあるのを感じてレヴィンも怪訝な表情をする。そして、彼の後ろに控えていた護衛にちょっと下がっているよう命じると、彼女の顔を覗き込み、
「それで、フレイザーは?」
「はい、今日の午前中、フレイザー殿を尾行し、その行動を監視していたのですが……申し訳ございません。尾行は途中で見破られてしまいました」
あまりにもあっけない監視の終了。思わぬその言葉にレヴィンは目を丸くする。
「えっ、見破られたの?」
「はい。でも、監視していた限り、怪しい行動は見当たらず、本人も自分は違うと……その訴えは私にはどうにも嘘には感じられなく……」
彼女にとって、これ以上フレイザーを疑うということは苦痛でしかないのだろう、曇らせた表情のままそう言ってくる。
そう、それは、沈痛な面持ちのリディア。彼女がどのようにしてこの結論に至ったのか、それはレヴィンには想像するしかなかった。だが彼女なりの理由があっての言葉だろうと、レヴィンは納得して頷くと、
「そうか……」
「とにかく、見破られてしまった以上、自分が監視することはこれ以上無理だと思われます」
それにレヴィンは少し考え込むが、状況がこうであるならば致し方ない。
「……分かった。とりあえず、フレイザーにおかしな行動は無かった、ということだね」
「はい。それで……殿下の用事とは?」
「うん、それなんだけど、君にお使いをお願いしたくってね。手紙を、僕の知り合いに届けて欲しいんだ」
「手紙?」
魔法使いである王子からそんな人為的な用事を頼まれる理由が思い浮かばないのだろう、リディアは怪訝な顔をする。
「そう、ちょっと王都から離れてて分かりづらいところにあるんだけど……今から地図を描くから、僕の部屋に来てもらっていいかな」
それにリディアは了解を示して頭を下げると、
「かしこまりました」
そう言ってレヴィンの後へと続いて部屋の方へと歩いていった。




