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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第二章 信じる者の儚き幻影
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第六話 背信の愛 その十

 そしてその時から少し時間は戻る。


 一方のリディアは朝出勤して夜勤勤務者との仕事の引継ぎを終えると、すぐさま隊長に殿下から頼まれた用事がある事を告げ、王宮を出ていった。


 目指すはフレイザーが居住する建物。そして、リディアは中々に瀟洒な造りをした門の近くにやってくると、物影に身を潜め、何かを待つようじっと様子を窺った。そんなリディアの視線の奥には、その門と同様瀟洒な造りをした屋敷が。そう、ここにフレイザーが住んでいるのだ。そしてこの建物とは、独身の近衛兵専用の寮なのであった。そう、身分が高かったり裕福だったりするものが多いこの近衛兵であったから、その寮もそれ相応のつくりをしていたのだ。そして、類に違わず地方の郷士の息子という身分であったフレイザー、実家が遠いという理由でここに住んでいたのである。


 だが何故、そんなフレイザーの居住地にリディアがいるのだろうか。


 そう、それは……今日彼は、夜勤勤務の日だからなのであった。そう、いつもなら、仕事をしながら彼を監視することも出来たのだが、夜勤勤務となれば、恐らくリディアと顔を合わせるのは引き継ぎの時以外ではないだろう。ならばこの任務、監視をどうするかが問題になってくるのだが……。


 リディアは悩みに悩み、結局彼の住まいに張り込み、今日一日その動きを追ってみるということになったのである。確かに、そこまで急ぐ必要もないという者もいるだろう。だが、今日から仕事というのがレヴィンとの約束、真面目なリディアはそれを守らずにはいられないのであった。そう、彼がいつ寮から出てくるか、いや出勤までに外出することはあるのかすら全く分からなくても。もしかしたら待ちぼうけをくらって、徒労に終わってしまう可能性も無きにしも非ずだったとしても……。


 だが幸いなことに、それは懸念に終わった。そう、じっと門近くの物陰で待っていると、二時間程の時を置いて、彼がそこから出てきたのである。それは見慣れない私服姿で、その足取りは中々に軽やかなものであった。

 そう、本当に、全く。

 そうして、口笛でも出そうなその軽やかさのまま、フレイザーは道を行き始めると、

 

 しめた!


 それを目の前にして、リディアはそう心の中で呟き、早速彼の後をつけてゆく。そう、その姿を視界に入れ、距離を取り、ちょこちょこと物陰に隠れながら。


 そんな彼女の服装は……。


 今は近衛兵の服も、男物の私服も着てはいなかった。中流以下の一般市民の女性が着るような地味な服を身にまとっており、街の風景と溶け込むかの如く普通の格好をしていたのである。そして頭にはボンネット。これならば横を向いていれば顔も見えづらく、相手に正体を悟られることなく後をつけられるのではないかと思われた。そう、特にリディアのドレス姿に見慣れていないフレイザーであれば、気付きにくさもこれで倍増か、と。


 そして、一方のフレイザーは、段々街の中心部へと向かって歩いていっていた。人の数も次第に多くなってゆき、その中に身を紛れさせながら、ひたすら呑気にフレイザーは道を歩いていっていた。そう、なんとか見失わないよう、必死でついてきているリディアの存在にも気も付かず……。


 そして目抜き通りにある大きな商店の前まで来ると、フレイザーは不意に立ち止まり、何者かに声をかけたのであった。しばしその様子を観察するリディア。すると、二人は親しげな雰囲気をかもし出しながら、気安い態度で言葉を交わし始めたのである。その姿から、どうやら彼らは知人同士らしいことが窺え……。


 待ち合わせか……


 そう察してリディアは納得すると、更に注視して、彼らの行動を観察してゆく。そう、特に態度におかしいような点は見当たらなくも見える彼らを。だがそれ故、いつまでこれをしてようかとリディアは思っていると……その時、


「!」


 友人らしき人物が、フレイザーに紙袋に入った何かを手渡したのであった。それは片手でつかめるくらいの大きさの、角ばった形をしたものであった。


 あれは一体、何?


 疑問に思ったリディアは逃さぬようそれを目に焼きつける。だがフレイザーは特に中身を気にするでもなくそれを受け取り、二人連れ立って道を行き始めたのだ。


 まずは追跡か……。


 早速、観察から追跡に切り替えるリディア。

 だが、リディアはその紙袋の中身が気になって気になって仕方がなかった。どうにかして知ることは出来ないかと思ったが、それよりも先ず先にやらねばならないことがあるのだった。

 そう、それは追跡。あの中身も気になるが、今は追跡なのだ。そして、


 そうだ、彼を見失いさえしなければ、もしかしたらその中身だって、いずれ分かってくるかもしれないのだ。分かってくるかもしれないのだから、今は耐えて後をつけるのだ。


 自身に言い聞かせるようそう胸で呟き、リディアは再び彼の後をつけてゆくのだった。




そして数分後、




 彼らは街中のカフェにいた。さんさんと光が差し込む明るい店内の、窓際の席に二人は座っている。それをリディアはしかと確認して店に入ると、素早く彼らの後ろの席へと陣取った。


 そして耳を澄ませ、その話を聞いてゆく。


 それは、まだ昼すら迎えていない時間のカフェ、人はまばらで普段のざわめきには程遠く、全てではないが、大体の二人の話を聞き取ることが出来た。その内容は、仕事の愚痴、彼女の話、最近起こった出来事についてなどなど、誰もが友人を前にすれば交わすだろう他愛の無い会話で、特におかしなところは無かった。そう、それはゆったりと過ぎ行くリラックスした時。だがしかし、それもしばしの間のことであった。会話が切れると同時に不意に改まったような雰囲気になり、何か秘密のことでも話すかのよう、フレイザーは声をひそめ出したのだ。


 リディアは怪訝に思って更に耳を澄ませるが、残念ながらよく聞き取ることが出来ない。それに苛立って何とかできないかと思っていると、今度は何か紙でもめくるような音が聞こえてきたのだ。そして、しばしその音が続くと、


「じゃあ、十万セラーだ、これでいいな」


「ありがたい、確かにいただくよ」


 不意にふさがれていたものが取り払われたかのように、そんな会話が耳に飛び込んできた。

 どうやら何か金銭的なやり取りが行われているらしい、それも結構な額の。それにリディアは眉をひそめていると、おもむろに椅子が引かれる音がし、


「じゃあいくか」


 二人は席を立ってこのカフェから出て行った。


   ※ ※ ※


 カフェを出るとそこで友人と別れ、再びフレイザーは一人で街を歩き始める。


 そんな彼の足取りは、何故か更に軽くなっているようであった。鼻歌など歌いながら、時々立ち止まっては商店街のウインドーを眺めている。それは宝飾店のものだったり、時計店のものだったり、結構値の張るものが置いてある高級商店のウインドーであった。彼もそれなりの家柄の子息であったから、そういったものを購入するのも特におかしなことでは無い。


 だが先程の金銭のやり取りの件もあり、彼が店に立ち止まってショーウインドー眺めてゆく度、リディアも立ち止まっては怪訝な気持ちを抱え、様子を窺っていってしまうのであった。


 そうしてしばし観察していたリディア、どうやらじっくり眺めてはいつつも、彼に買う意志は無いらしいことがその観察から分かり……。


 そう、そんな風にしてフレイザーは寄り道を繰り返していたが、不意に通りに沿って歩いていたその足を右へ向け、脇の道へと入ると、メインストリートから外れていってしまって……。


 見失わないようにと、リディアは慌ててその後を追う。だが、それからの彼の行動は彼女の理解を超えるものであった。真っ直ぐ歩いていたかと思うと、不意に反対側の歩道へと渡ったり、早歩きで歩き始めたと思ったら、途端にゆっくりになったり。何をするでもなく、ただ歩いているだけなのに。そして、あっちを曲がったり、こっちを曲がったり、めちゃくちゃとしか思えない道順を歩いていたフレイザー、不意に人通りの少ない路地で駆け足になると、その勢いのまま更に道を左に曲がった。


 慌ててリディアも駆け出し、そして彼が曲がった道を曲がる。すると、


「!」


 不意に腕をつかまれ、それを後ろに捻られた。フレイザーだった。どうやらつけられていることに気がついていたらしい。それであの不可解な行動だったのかとようやくリディアは納得する。だがこの状態をどうしようか。全く身動きもとれずリディアは頭を悩ませていると、更に、


「何者だ! 何故つける!」


 フレイザーはそう言って、背けて顔を見えないようにしていたリディアからボンネットを引き外していったのだった。彼の前に露になるその顔。そして、


「リディア……」


 呆然としたようにフレイザーは言う。


「何故? 何故……」


 あまりに不自然なこの変装、そしてこんな形での出会い、もう尾行は明らかであった。そう、ここまで尾行が露になってしまっては、もう隠し通すことも出来ないだろうと、リディアは仕方なく観念し、


「とある方から、あなたについて調べるよう申し付かりました」


「とある方?」


 それにフレイザーは眉をひそめる。そしてしばしの時の後、確信を持ったよう、


「殿下だな」


「……」


 沈黙するリディア。だが、それが全てを物語っていた。そう、うまく言葉をかわせばいいのにそれが出来ないあたり、生真面目な彼女らしいといえば彼女らしくもあり……。


「俺を疑っているんだな。俺が、王宮に潜むねずみと! 確かに俺は暗殺者を取り逃がした、だが、あれは裏も何も無い正真正銘の失態だったんだ!」


「では、先程受け取った紙包みはなんなんです!」


 わだかまる疑問をリディアはここぞとばかりに吐き出す。すると、


「貸していた本だよ! ほら!」


 そう言ってフレイザーは袋の中身を見せる。


「では、カフェで突然声をひそめて話し出したことは? その後あなたは十万セラー受け取りました。それは?」


「彼女の誕生日が近いってのに、競馬ですってお金がすっからかんだったんだ! ちなみに付け加えれば、色々商店のウインドーを覗いていたのは、そのプレゼントをどうしようか考えていたからだよ!」


 紙袋の段階からつけていたのであれば、その後のショーウインドーのことも疑問に思っているに違いないと察したのだろう、先回りしてフレイザーはそう言ってくる。

 そして、彼は怒りをぶつけるようドンと壁を叩くと、


「あの失態で、俺はもうさんざん取調べを受けているんだ! もういいだろ、分かってくれ! 俺は違うんだ!」


「……」


 真摯な眼差しでそう訴えてくるフレイザー。確かに疑問への説明はちゃんと筋が通っているようにも思えた。訴えるその姿にも偽りは無いように見え……少なくともリディアには。ならば疑う理由はないではないかと、彼を前に、ただ困惑して口をつぐむばかりのリディアだった。

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