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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第二章 信じる者の儚き幻影
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第五話 この上なき秘宝 その十五

「!」


 なんと、そこにはガラスのケースが置かれており、中で愛らしい少女が眠っていたのだ。それはまごうこと無きあの少女、テルシェであった。そう、幽体ではなく、ちゃんとそこに存在する実体の。その肌の艶、みずみずしさ、どこから見ても眠ってるようにしか見えなかったが、


「生きて……いるんでしょうか?」


「いや、彼女は殺されたと言っていた。死んでいるんだろう。だが、何故ここに飾られるように陳列されているのか……」


「私も、そのコレクションの一つだからよ」


 その時、不意に背中から声が聞こえてきて、それに驚いて二人はそちらの方へと振り返った。するとそこには、少女テルシェの今度は幽体の姿があったのだ。言葉をなくす二人を前に、少女はにっこりと笑い、


「見つけてくれてありがとう。この日をずっと待っていたの」


「いえ、それは別に構わないのですが……でもそれより、コレクションの一つって?」


「その死体には、ここにある剥製たちと同じように防腐処理が施されているの。まあ、いわゆるミイラよね」


 ミイラ、その言葉を聞いて思い浮かぶのは、からからに干からびた皮膚が張り付く骸骨のような姿。だが、ここに飾られているテルシェはそんなものとは程遠い、生きたままの人間の姿をしていて……、


「でも、一体誰が……」


 その完璧さが逆に事の狂気をひしひしと感じさせ、思わずエミリアはテルシェにそう問う。すると、


「これを私に施したのは父」


「男爵?!」


 あまりの行為に、もしかしての可能性を否定していたい気持ちでいたエミリアであった。だがそれは見事に裏切られ、エミリアは大きな衝撃を受ける。


「そう、私は父に殺されたのよ」


「何故……実の娘にそんなことを」


 それにテルシェは少し寂しいような表情をして、


「父の愛していたものは、何よりも竜だったからよ」


「愛していたのは、竜?」


 テルシュはコクリと頷く。


「そう、私は父を信じていた。確かにおしゃべりで時々鬱陶しく感じることもあったけど、私なりに父というものの存在を認め、愛情だって持っていた。でもある日、私は見つけてしまったの、この部屋を。すぐに私は父を問い詰め、このことを公にして罪をあがなうよう迫ったわ。そう、誰にでも過ちというものはあるもの、これを切っ掛けに心を入れ替え、反省して欲しいと思ったの。確かにショックだったけど、その時私はまだ父の良心を信じていた。だけど、父は首を縦には振らず……」


『何故、何故こんなことを! お願い、すぐに自首して。そして殺した竜のために罪をあがなって!』


『自首? 何故私が自首しなければならない。この竜達を集めていたことでか? だが、密猟なんぞ頻繁に行われていることだ。その皮を剥がして高値で売る輩もいる中で、私はこの美しい姿を保存しようと努めているのだ。私は他の密猟者達とは違う』


『やっていることは同じじゃないの、自首して』


『おまえは……自分の親を売るような真似をするのか、こんな些細なことで。分かってくれ、テルシェ。私の竜に対する愛情というものを分かってくれ! 名ばかりの禁域に押し込められ、密猟者達の餌食となって数を減らしてゆく彼ら、そんな彼らの美しい姿を、私は後世まで伝えようと努力しているのだ。ほら、よく見てごらん、本当に美しいだろう。この美しさは地上最高のものだ。おまえもじっくり見れば、その素晴らしさが分かるに違いない。私の深い愛情も、この手に集めようとした私の気持ちも!』


『永遠に分からないし、分かろうとも思わないわ! お父様のやっていることは罪なのよ! 欲しいおもちゃを集めるのとは訳が違うの、どんな言い訳も通じないの! 目を覚まして!』


『目を覚ますのはおまえの方だ。欲しいおもちゃ? そんな低次元なレベルで私は竜を集めているのではない。もっと崇高な目的の為だ。いいか、私のこの仕事は、滅びゆく美を保存するという、いわば神から課せられたといってもいい程の崇高なものなのだ。その為に、私は竜を……』


『なんだかんだ言いながら、結局色んな竜を手元に集めたいだけじゃないの!』


「……自己弁護、明らかにそれがばれているというのに、自分の正当性や、竜に対する飽くなき感情、その美しさについて父は延々と語っていった。そう、何とか私を丸め込もうとして……父はもっともらしいことを言っているつもりだったのだろうけど、明らかにそれは正常ではなかった。そして、その歪んだ感情にとうとう我慢できなくなって、私は言った。自首しないなら、私が告発する、と。そしてまさにそうするべく、私は荷物をまとめ、街へと出発していったの。この屋敷にはとてもいられそうになかったからね。すると父は馬で、街へ向かう途中の私の後を追ってきた。再びの口論。何とかなだめすかそうとしばらく父は下手に出ていたけど、私の意志の強さを知った途端、その態度は豹変し、そして……私は殺されたの」


 こうなった時のために、まるで用意していたかのような短剣。それを男爵は懐から出すと、テルシェの心臓へと突き刺していった。刺さる短剣から伝うよう流れるのは真っ赤な血、それをテルシェは自分自身から抜け出して、宙から見下ろすように眺めていた。そう、死への道はあっという間であったのだ。そしてこのことは一部の人間以外にはひた隠しにされ、こっそり後処理がなされた。竜の密猟はこの屋敷では公然の秘密であったから、この地下室に何が運ばれようとも、何がなされようとも、また竜か……という感じで、疑問に思う者は残念ながらいなかったのである。


『何故……何故……』


 そして、男爵はテルシェを前に滂沱の涙を流した。自分で殺したというのに、まるで目の前の現実が信じられないとでもいうかのように。そしてなされた殺人の理由付けは、『自分は決してこんなことをしたかった訳ではない、おまえがあまりにも分からず屋だったから……』であった。明らかなる殺意を感じて刺されたテルシェにとって、その都合のいい言い訳は怖気が走る以外の何物でもなかった。そして、


『愛しいテルシェ、美しいテルシェ。人の親として、私はお前を朽ちさせるなんてこと、出来やしないよ』


 まるで、愛する竜でも見つめるかのような眼差しだった。その眼差しでそういいながら、美しい姿のままテルシェを保存すべく、男爵は彼女の体に防腐加工を施していった。そう、丹念に、丹念に……。そして、隠された奥の部屋にて、テルシェはガラスケースに収められると、そこで静かに眠ることになったのであった。そう、大切なコレクションの一つとして、自分の手元へと置くべく……。


「中身のない私の体。それでも天国へ行く道はあったのだけど、私はここに留まった。このことを暴き、父に償いをさせるために。そう、ひたすらこの日を待ち続け……お願い、このことを世間に知らしめて欲しいの。それで私は安らかに眠れる」


「それは構わない、が……告発するのは男爵だけなのか? 男爵夫人はどうなんだ? 仲が悪かったと、聞いているが……」


「そうね、確かに性格は合わなかったわ。だけど……あの人は可哀想な人。ほんとに……」


 するとその時、コツコツと足音が近づいてくる音がした。それにエミリアと魔法使いは振り返ると、そこには……。

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