第五話 この上なき秘宝 その十六
「誰だ、そこにいるのは?」
銃を構えた一人の男性が、そんな言葉を吐き出しながら、入り口の方から近づいてきていたのだ。よく目を凝らしてみれば、それは男爵で……。
男爵の方も部屋の奥にいる者は誰なのかと、目を凝らして確認している。そして、
「ほお、客人か。こんなところで会うとは。どうやらこの部屋を見つけてしまったようだね。ああいけない、いけない、人の屋敷を家捜しするようなことをしては」
「家捜しされて困るようなものが、あるからか」
それに、男爵は面白いものでも見るようクツクツと笑い、
「価値観というものは人それぞれ、なのに世の中にはそれを分からぬ輩がいる。仕方がないといえば仕方がないけどねぇ。君もそんな腹立たしい輩の一人ならば、死んでもらわねばならないな」
すると、その言葉に反応してか、まるでエミリアを守るよう竜が前に出て、二本足で立ち上がって両手を広げた。それに男爵は訝しげに目を細める。そうそれは、ここにいるはずのない生きた竜、思ってもいないその姿に男爵は、
「竜? まさか、成功したのか? 指輪の魔法を解くことに」
竜の姿を見て、男爵は途端に何かを崇めるような陶酔した表情になる。そして少しずつ前へとやってくると、確認すべくまじまじとそれを見つめ、「ああ、やはり、やはりそれは……」と呟く。それに魔法使いは確信した。
「そうだ、おまえの目標は指輪に隠された秘宝ではなく、この竜だった。違うか」
「そうともいえるし、違うともいえるな。私は、この竜こそが指輪に隠された、失われた過去の秘法だと、思っている」
「どういうことだ?」
「この竜は金毛小黒竜だ。大分昔に絶滅したとされている。つまり、失われた過去の秘法だ。一見小型の黒竜に見えるが、その背に生える金色の毛が金毛小黒竜の証」
見てみれば、確かにこの小竜の背には、背骨に沿うように金色の毛が生えており……。
そう、これで分かった。どうしてここまで男爵がこの竜にこだわるのかを。そしてそれを示すよう、
「小型な所が禍して、密猟者達の格好の餌食になってしまった竜だ。その皮に希少性があったからね。だが……ああ、素晴らしい。その姿をこの目で見ることができるとは。時を経て、蘇った小竜、是非とも私の手の中へ……」
「駄目です! この竜は森に返すんです。保護種だと、自分でそう言ったじゃありませんか」
だが、エミリアの言葉を聞いて、男爵は呆気に取られたような顔をする。そして、
「森へ返す? そんなもったいないことを。この金毛小黒竜は恐らくこの地上で確認される最後の一匹。森に返してもその絶滅を待つだけだ。朽ちて土に返してしまうのなら、私の手で美しい姿のまま保存しておくのが最もいいと思わないか?」
「それは言い訳です! 自分の欲求の為、ただコレクションの一つに加えたいだけじゃないですか!」
するとその言葉に、男爵はイライラしたような様子を見せながら、
「ああ、君も分からず屋の一人だね。もういい、早くその竜をこっちへ渡すんだ」
「嫌です」
相変わらず、苛立たしげな様子の男爵を前に、エミリアはそうはさせるかと小竜をその手に抱く。そう、それは硬直状態。それに、ならば竜もろとも撃ち殺してやろうかとでもいうよう、男爵は再び銃を構えてくる。だが……。その時、エミリア達の後ろにいた魔法使いが呪文を唱えてきた。それは防御魔法の呪文。低く響く呟きの後、すぐさまふわりと光沢のある丸い球が現れ、まるでエミリア達を守るようそれは彼女らを包み込んだ。そしてその前に立ちはだかるよう魔法使いはやってくると、
「覚悟するのはおまえの方だ。ここは魔法で防御した、弾を貫通させることは出来ない。銃を放った瞬間、私の攻撃魔法がおまえを襲うだろう。観念して自首するんだ」
「ふざけるな! 何故おまえらにしろ、娘にしろ、自首しろ、自首しろって言うんだ。獣を集めることが、そんなにいけないことなのか! 鹿は許されて、何故竜は許されない!」
娘を殺しているというのに、その罪を忘れるかのようそう言い放って、男爵は構えた銃の引き金を引こうとする。すると、
パン!
部屋に銃声が響いた。だが、それは男爵が発したものではなかった。それを示すようエミリア達の周囲には何の変化もなく、代わりに男爵が地面に崩れ落ちて、苦しげに表情を歪ませていたからだ。どうやら、足をやられたらしい。そしてその後ろにいたのは、
「男爵夫人!」
男爵夫人が長い銃身の猟銃を、男爵の方に向かって構えていたのであった。他に銃を持つものはいない。この状況から考え合わせて、どうやら男爵は男爵夫人の銃によって撃たれたらしいことが窺えた。
魔法使いは身構えた。男爵夫人は男爵を撃ったが、まだ謎が多く残っている存在。彼女が自分達の味方なのかどうなのか判断がつかなかったからだ。すると、
パン!
再び男爵夫人の銃が今度は男爵の肩を襲う。そして、
「お話は聞いておりました。色々ご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません。ですが、これは私達が背負うべき罪、私達の間の問題。どうか、この先は私の手に委ねて下さいますようお願い申し上げます」
感情の揺らぎを見せながらも、努めて冷徹に、沈着にそう言う男爵夫人。発する言葉の内容からして、どうやら敵ではないらしい、が……。
「私達が背負うべき罪? では、やはりあなたも……」
それに男爵夫人は心痛するような表情でコクリと深く頷いた。
「はい、私はこの人の罪に手を貸すようなことをやってまいりました。全く心では望んでもいないのに、この人への恐ろしさに負けて……」
「ディアナ! きさま!」
「あなた! もうここまできたら、逃れられません。テルシェさんの為にも、自首してください!」
「おまえ、裏切るのか!」
「ええ、裏切りますとも、私はずっとこの日を待っていました! 私はもう嫌なんです。あなたの言いなりになって罪に手を染めるのは……」
「罪とは一体何の? まさかテルシェさんを……」
罪、その言葉が気になって、エミリアはそう尋ねる。
すると、そこで男爵夫人は今そこ抑えこまれていた感情を吐き出すべき時だとでもいうよう、堰を切ったように……
「はい、私は密猟を知っていながら口を噤んでいました。殺すことはしてはいませんが、テルシェさんの遺体への防腐加工の手伝いもいたしました。あなた方の前にも、何人かの魔法使いにこの指輪の謎を解くよう仕事を依頼しています。そしてその魔法使いが失敗、もしくは依頼を断ってくるたび、主人は口封じの為その者を殺していました。その後処理の手伝いも私が……。段々エスカレートする主人の行い、私の胸は常にきりきりと痛んでおりました。そしてこの指だって……この人は抜けなくなって悪夢を見るようになると分かっていながら、実験台として私に指輪をはめさせ、夢で見たその内容を克明に報告させたのです。詳しく竜を特定する為、その為だけに何度も、何度も! そして気が狂いそうになって、もう出来ないと訴えたら、この人は私の指を切り落としたのです! こんなの私はもう嫌です。あなた、自首してください!」
「ふざけるな。私はここの主人だぞ。おまえ如きが偉そうな口をきくな。この屋敷で、男爵夫人として悠々と過ごしていられるのは、誰のおかげだと思っているんだ! 私が自首すれば、おまえも道連れ、地獄への道だ」
何という言い分、何という捻じれた思考。それを聞いて、流石の男爵夫人も、思わずといったようため息を吐いていって……。そして、やがてゆっくりと、
「あなたは……あなたは何も分かっていらっしゃらない。私が恐れたのはそんなことではありません。私が恐れたのはあなたに潜む心の闇。それがどうして分からないのです! 地獄がなんです、あなたに罪を償わせるためならそんなもの怖くありません。さあ、覚悟を決めてください。それでもあなたが自首出来ないとおっしゃるのなら、今ここで、死を以て償ってくださいませ!」
そう言って、男爵夫人は男爵へと向かって銃を構えなおした。狙うは男爵の額である。だが、そうは言っても、実際引き金を引くのはためらいがあるのだろうか、指先ががくがくと震えている。するとそれを見て、
「撃てるか! おまえに撃てるのか! やれるもんならやってみろ」
変わらず男爵夫人の指は震えている。男爵の言うとおり、とても撃てるような状態ではないように思えた。それを見て、まだ勝機はありと思ったのか、男爵は残った自由の効く手の方だけで銃を構える。勿論正確に照準など定めることは出来ないが、威嚇には十分であった。だがその時、男爵は見た。男爵夫人の後ろに、にっこりと微笑む我が娘の姿を。その笑顔は天使の如き愛らしさだが、どこか不敵なものも含んでおり……。
「テルシェ……」
あるはずのない姿に、男爵は呆然とした。まさかという思いで、男爵の目はその姿に釘付けになる。
すると、亡霊であるテルシェの薄ぼんやりした手は、震える男爵夫人の引き金を引く手にそっと添えられ……、
パン!




