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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第二章 信じる者の儚き幻影
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第五話 この上なき秘宝 その三

 そしてとうとうやってきたその日の夜、エミリアは全ての仕事を片付けると、後は寝るだけだと憂鬱な気持ちを抱え、まだ書斎で仕事をしている魔法使いのもとへと顔を出した。


「じゃあ、私はこれで休みますので、後はお願いします」


 すると、それに魔法使いはニヤリと笑い、


「いい夢を」


 嫌味だ、嫌味としか受け取れない……。


 魔法使いの言葉にエミリアは更に気持ちが落ち込むのを感じながら、よどんだ空気を醸し出し、自分の部屋へと向かっていった。そして、


 それから毎晩のように悪夢にうなされるようになり、恐ろしさの為に眠れなく……


 魔法使いの言葉が頭を巡る。

 自分もその依頼主の奥さんと同じようになってしまうのだろうか。眠れないあまりに気がおかしくなって、指をチョッキンと……。緊張と不安を抱えたまま、エミリアは身支度を整えてベッドへと入る。普通の人間ならば、恐らく指輪の悪夢がなくとも怖さで眠れなくなってしまう状態だろう。だが、さすがというかなんというか、どこでも熟睡のエミリアは、恐れを知らぬようすぐ眠りに入ってゆくのだった。そう、吸い込まれるような安らかな眠りに。すると、


 ギ、ギ、ギ、ギ、ギ……


 一度は深い眠りへと入っていったはずのエミリア。だがすぐに意識は夢の淵まで押し上げられ、起きているような眠っているような、不確かともいえる現実世界の境界をエミリアは彷徨うことになった。


 ギ、ギ、ギ、ギ、ギ……


 聞こえてくるのは耳につくいやな音。何かの獣が声を漏らしているかのような……。

 そしてエミリアは何かが体の上に乗っかってくるのを感じた。かかるのはかなりの重さ。その重さにエミリアは胸苦しくなり、そこから何とか逃れようと息を吐いて身じろぎする。そして、何かの爪のような尖った切っ先が胸元に刺さる感触がして、その痛みに目を開けてみると、そこには、


 ギ、ギ、ギ、ギ、ギ……


 虹彩の小さな金色の目、尖った牙、見るからに硬そうな鱗、巨大なトカゲのような、小さな竜のような生物が、そこにいたのである。その生物は牙をむき出しながらエミリアへと顔を近づけてゆくと、まるで取って食らおうかとでもいうように大きく口を開けてきて……。そして、


「いやー!」


 エミリアは叫び声を上げながらベッドから飛び起きる。すると、そこはいつもの変わらぬ自分の部屋で、胸の上にも、どこにもあの生物の姿はなかった。


 ゆ、夢……。


 これが、その依頼人の言っていたという夢なのだろうか。あの息使い、あの重さ、あの感触、あの質感、それにしては随分と現実味を帯びた夢だった。

 だが、こうして目覚めて何もないのなら、やはりこれは夢だったのかもしれない。

 信じられない気もしたが、あれが夢ならあくまでそれは夢でしかないのだ。決してその身を傷つけることはない、儚いまぼろし。そうなのだ、眠りを得る為にはそう思わねばと、ひたすらそれを胸に言い聞かせ、エミリアは再びベッドへと横になった。すると、

 

 ギ、ギ、ギ、ギ、ギ……


 聞こえてくるのはまた同じあの音、のしかかる体重。確かに感じる現実の……そして、

 エミリアはガバリと起き上がった。


 わ……私の頬を、なめた~!!


 あまりにリアルなその感触、それにもう我慢できないとエミリアは、おののきと共に枕を抱え、魔法使いの元へと駆け出した。


   ※ ※ ※


 その時魔法使いは、もう大分夜は更けてきたというのに、まだ書斎の机に向かって書き物をしていた。シャンデリアの灯りは既に消してある。卓の上や机の上などにおいてある職台の蝋燭だけが部屋を照らし、薄暗い幽玄な空間がそこに作り出されていた。だがさすがにもうこの時間、いい加減眠りにつこうかと、時計に目をやり一つ伸びをすると、


「おししょ~さま~……。で、出ました……」


 ノックもせずに扉が開き、表情を暗くしたエミリアが、その向こう側から顔を出す。まぁ、髪を乱れさせて薄倉闇に浮かび上がる、そのエミリアの姿の方が出たというに相応しい感じではあったが。


「ほう、指輪の呪いか? 悪夢を見たか?」


 あまりことを深刻に受け止めてないというか、楽しんでいるようにも見える魔法使いの調子であった。それにエミリアは眼を大きく開けると、必死の形相で彼ににじり寄り、


「そんな余裕かましてる場合じゃないですよ! ほんとにでました! あれは夢じゃないです。実物です。これっ位の、金色の鋭い目をして、それで……」


 この目で見たあの恐ろしげな様相を、何とか言葉で表現しようとする。だが、うまくそうできないもどかしさにエミリアはああ! と叫ぶと、魔法使いの机の上のメモ紙を取り、ペンを取り、絵を描き始めた。


「鎧みたいに硬質な皮膚で、多分四本足、それから顔は……」


 思案に思案を重ね、それを紙に描き込んでゆくエミリア。そうしてようやく出来上がった力作を魔法使いに見せると、


「……サンショウウオか?」 


 つぶらな瞳が可愛らしい、丸みを帯びたのっぺりとした物体が紙の上に踊る。

 そう、どうやら、自分がこの目で見たのとは大分様相の違うものが出来上がってしまったらしい。思わずエミリアはクシャリと紙を丸めると、


「違いまーす! サイズは大分小さいですが、どちらかと言うと、竜に近いような気がします。獰猛をむき出しにしたような、恐ろしげな面構えです」


 それに魔法使いは丸めたその絵をわざわざ伸ばして見つめながら、


「獰猛、ね……。その小竜とやらが夢に出てきた訳だ」


「だから、夢じゃないんです! 大きな口をくわっと開けて、舌で私の頬をペロッとなめたんですよ! ううう、もう駄目です。指チョッキンです。二度と眠ることなんて出来ないんです~」


 涙目で訴えるエミリアに魔法使いはやれやれといったようにため息をつくと、


「じゃあ、もう一度眠ってみるといい。私が確認しよう」


 あんな体験をしたばかりだというのに、その無体とも言える言葉、それにエミリアは魔法使いから数歩後ずさると、


「また、ね……眠るんですか?」


「何かがあったら、すぐに起こす。とりあえず確認しなきゃ何も始まらないだろ」


「ううう、私から離れないでくださいよ。一人にしないでくださいよ」


 怖いあまりに魔法使いのローブの袖を引っつかみ、まるで子供のようなことを言うエミリア。それに、魔法使いは半ば投げやりに「分かった分かった」というと、早速二人エミリアの部屋へと向かっていった。


   ※ ※ ※


 それから魔法使いとエミリアは部屋に到着すると、まず燭台に炎をともして暗闇の中に灯りを得た。そして不安げな表情を隠せないエミリアをベッドへと寝かし、その傍らに椅子を持ってきて魔法使いは座った。


「ほんとに一人にしないでくださいね! 何かあったらすぐ起こしてくださいね!」


 相変わらず心配な様子で念を押すエミリアに、魔法使いは「分かったから寝ろ!」とたしなめながら布団をかぶせる。すると、ようやくそれに渋々といった感じで、エミリアはベッドの中で目を瞑った。

 そして、やはりというべきかなんなのか、こう見えて神経が図太いのだろうか、エミリアはこんな状況でもすっと眠りに入ってゆくのだった。愛らしい寝顔は安らかそのもの。そして何かおかしな変化というものは、まだ彼女の身には起こっていなかった。だが、しばしの時を置くと、


「ううっ」


 不意にエミリアの表情が苦悶に歪んだ。苦しげな息を吐き、何かから逃れようとでもするかのように身悶える。そして両手は、自分の身に迫る何かを退けようとでもするよう前に差し出され……だが、その上には何もなかった。苦しむエミリアの姿以外、何も。その、何かがあるような様子でありながら何も無い空間に、魔法使いは眉をひそめると、


「ああっ!」


 突如そう叫び声を上げて、エミリアが起き上がる。

 全身に汗をかいて、肩で息をするエミリア。そして、


「ね、ね、いたでしょ。強面の、小竜が!」


 それに魔法使いは無言で首を横に振った。そう、明らかなる否定。


「そ、そんな……」


 あんなにはっきりと感じていたのに、何もないとは。エミリアは気が抜けたようにガックリと肩を落とした。こうして確認した人間がいるのだから、それを受け入れる以外に方法は無いのだろうが、あれが全て夢だとはエミリアにはどうにも信じられなかった。そしてエミリアは腑に落ちない気持ちのままかいた脂汗を拭うよう、こめかみから首筋へと手を這わせる。するとその時、魔法使いはエミリアの首筋に浮かぶとあるものにふと目を留めた。


「エミリア、寝間着のボタンを二、三外してみろ」


「え?」


 突然の魔法使いの言葉に、エミリアはきょとんとする。そして、思いもかけない要求にポッと頬を染めて身をよじると、


「いやん」


 照れるエミリア。 

 それに魔法使いは頭が痛いものでも見るようにして額に手を当てると、


「グダグダいわずにさっさと外せ」


 その言葉に、エミリアは渋々寝間着のボタンを一つ二つと外してゆく。そして胸元近くまではだけてゆくと、そこには、


「……なるほど」


「何か、あるんですか?」 


「鏡を見てみろ」


 それにエミリアはベッドから抜け出すと、壁にかかっている鏡へと自分の姿を映した。そして、エミリアは驚きに目を見張る。そう、そこには、いく筋もの線を描く、何かが引っかいたような真っ赤な蚯蚓腫れの痕が映っていたのだから。


「これは……」


「おまえの話も、あながち嘘じゃないのかもしれんな……」


 そう言って、考え込むように魔法使いは顔をうつむける。そして、


「何か他に特徴とかは覚えてないのか? 竜にも色々種類がある」


 それにエミリアは頭を悩ませた。何せ恐怖で頭がいっぱいで、細かいところにまで目をやる余裕などなかったのだから。


「うろ覚えなんですけど、なんとなく背に黒い翼があったような……」


「黒竜……か? いや、そう決めるのはまだ早いか……だが、だとすると……」


「だとすると?」


「竜は禁域である霧隠れの森で保護されている幻獣だ。それ故まだよく分かっていない部分も多いからなんともいえないんだが……黒竜だとすると、それは肉食の、人も襲う凶暴な種の竜だといわれている」


 それにエミリアは目が点になった。


「肉食……凶暴……」


 そしてしばしの思考の空白の後、


「やっぱり私はもう眠れないんです~! 指チョッキンです~! その前に竜の餌なんです~!!!」


 泣き言を言うエミリアを横目に、魔法使いはうるさいよう耳に手を当てながら、しばしの間考え込んだ。


「うーん、本当はそんな予定はなかったんだが、おまえも仕事に連れてかざるをえないようだな……」


「指輪の謎を解きに、ですか?」


 そこでエミリアははたと動きを止める。するとそれに魔法使いはコクリと頷き、


「出発も早める、明日だ」


 眠れないのでは早いところこの謎を解かねばエミリアの精神衛生上にもよくない、そう判断しての魔法使いの言葉であった。王宮からの探査の魔法も、もう大分前に消えている。なのでエミリアも当然の如くそれに賛成で、了解を示して力強く頷いた。

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