第五話 この上なき秘宝 その一
第五話の始まりです!エミリア&アシュリー中心のお話です!
その日、エミリアはいつにない程不機嫌であった。
はたきを手にパタパタと振りながら、棚の上、置物、シャンデリアと、薄くかぶった埃を落としていっていたのだが、その不機嫌を示すよう端々の仕草にはどこか荒さが見えていた。それでも何とか堪えてエミリアははたきを振り続けると、やがてポーズを作ってにっこりと微笑む陶器の貴婦人の人形の前へとやってくる。
「……」
お嬢さん、何がそんなにおかしいの?
湧き上がってくるこの苛立ち、一体どう紛らわせようか、そう思っていた時のこの人形の登場であった。彼女に罪はないのは分かっていたが、今のこのタイミング、その微笑すら自分を嘲っているように感じて、思わずエミリアは貴婦人の頭を小突いてしまう。それでもなんとか気を取り直すと、今度は棚の上のほうへとはたきを移していった。パタパタパタパタ。……だが、やはり思い出されるのはあの出来事、湧き上がる腹立たしさに抑えきれず、パタパタパタがバサバサバサバサになり、そしてバッサンバッサンバッサンバッサンになってゆくと、
あー、駄目だわ!
その角をぺちっと叩いてしまう。全くらしくも無い行動であった。やはり原因は先程のあれ、分かっていつつも止められない不機嫌行動にエミリアはため息をつくと、再びはたきをかけながら、この苛立ちの理由を思い浮かべてゆく。
そう、それは今から一時間ほど前、その日も行われた魔法の授業のことだった。ようやく切り花に花を咲かせることに成功して、さて次の段階へと進もういうことになった時、
「ここから先はまだおまえの実力では難しい。色々な魔法の基礎を学んで魔法の力をつけてから、先のステップへと進むことを勧める」
また枯れた花を蘇らせる魔法へと近づいた、そう思って胸をわくわくさせていた矢先のこの言葉だった。何だか目標が遠ざかってゆくような、回り道をしているような感じがしてエミリアはガックリきたが、師匠がそう言うのなら仕方がない。これがきっと自分の為なのだろうと、エミリアは納得を示して頷く。すると、
「次は何の魔法にするかだが、おまえの希望は……」
魔法使いから希望の打診。だが、ある意味これはいい機会であった。そう、エミリアには、是非習っておきたい魔法があったのだから。なので、魔法使いのその言葉にエミリアは元気良く手を挙げると、
「攻撃魔……」
「却下」
間髪を入れない却下だった。
この前の一件で、自分の身ぐらい自分で守れなければと、つくづく感じていたエミリアであった。なのでこう申し出たのだが、考える風も見せないこの却下、いくらなんでも早すぎるのではないのかとエミリアは頬を膨らませる。
するとそれに魔法使いは、
「攻撃魔法とは、その文字の如く、人などを攻撃する為に使う魔法だ。自分の身を守ることも出来るが、また逆に人を傷つけることにもつながる。使い方を誤れば大惨事にもなりかねない魔法だ。魔法学校でも、高等科へ上がってから習う科目、未熟なおまえに教える魔法ではない」
と、まあそういうことらしい。
ならば仕方がないと、渋々諦めてエミリアは何か他にと頭を悩ませる。
例えば師匠の得意とする魔法。それは再生魔法の他に転移魔法があるが、あの真っ暗プラス強風吹きすさび空間は絶対ごめんこうむりたかったので、エミリア自身の心の中で却下。ではそれ以外のものということになるが、名称は知っていてもその内容が良く分からなかったり、いまいち心惹かれなかったりで、エミリアは中々一つに決められず、更に深い悩みにはまってしまった。すると、
「おまえはあの一件で、自分で自分の身を守れなかったことを気に病んでいるのか? それで攻撃魔法と」
「はい、そうですけど……」
でも、攻撃魔法は駄目なんでしょと、エミリアはちょっとむくれた表情をする。するとそれに魔法使いはそれならばという感じで、何か思いついたようにうなずくと、
「なら攻撃の反対、攻撃された時にそれを防ぎ、身を守る防御魔法がいいかもしれないな」
「え? 防御魔法……」
魔法使いの言葉は予想外のもので、エミリアは思わず目をぱちくりさせる。
「そう、防御魔法だ。うん、我ながらいい選択だ」
そう言って魔法使いは一人納得顔でうんうんうなずいている。そう、全くエミリアに尋ねることもせず、それでもう決定とでもいうかのような様子で。何かを言い返すこともできないその雰囲気に、エミリアは思わずきょとんとしていると、それを魔法使いはどう受け取ったのか、
「そうだな、それがいい、それで決まりだな。教科書は後で私が選んでおこう」
そうして卓の上の置時計を見ると、
「ああ、もうこんな時間か。もうすぐ来客があると思うから……今日はこれで終わりだ」
そう言って魔法使いは席を立ち、さっさと自分の部屋へと戻ってしまったのだ。
え? え? え? え?
エミリアは一瞬ぽかんとした。そしてしばしの思考の停止の後、
えー!!
希望を聞いておきながら、その希望を却下して、挙句の果てに勝手に次の魔法を決められてしまっているらしい。そこでエミリアはようやく事の成り行きというものを理解すると、
もー!!
ふつふつと湧き上がる怒りに、エミリアは再び頬を膨らませた。
最初っから決まってるなら、希望なんて聞かないでよ!
そして埃を落とす仕草も荒いパタパタはたきということなのであった。
もうこうなったら、部屋の隅々まできれいにしてやると、エミリアは怒りの勢いのまま埃をはたいてあちこち回る。居間も自分の部屋も書庫も使っていない空いている部屋も、はたきにはたいてそしてとうとう後は魔法使いの書斎だけという状態になった。だが、今そこは来客中で、はたきをかけに中には入れないのだ。後一部屋で仕事が終わりそうなのに、それが出来ないことに、エミリアの苛立ちは更に募る。はっきり言ってそれは先程の怒りからくる八つ当たり以外何物でもなかったのだが、どうにも湧き上がってきてしまうものは仕方ないのだ。そう、それは部屋の中にいる来客すら恨めしく思ってしまう程に。
だが、その苛立ちもしばしのこと、
「では、後はよろしくお願いします」
「かしこまりました」
来客と言葉を交わしているらしき魔法使いの声が階段上から聞こえてきたのだ。どうやら話は終わって、部屋から出てきたらしい。やがて階段を下りる音、それに引き続き玄関の方へと向かって、二人の会話の声が遠ざかってゆく音が、エミリアの耳に届いてくる。そしてしばしの時の後、客を見送ったのだろう、魔法使いが居間の方へと戻ってきた。
「お客様は帰られたんですか?」
「ああ」
そう言いながら、魔法使いは食卓の椅子に腰掛ける。
「お仕事の件で?」
「そう、仕事の依頼で、依頼人の代理の人間がきていた。また何日か家を空けることになるが……」
それにエミリアの目が輝く。まるで今までの不機嫌などすっかり忘れてしまったかのようきらきらと。そう、出張。出張と聞いて第一に思い浮かぶとあるお楽しみがあるのだ。それは……。
「……みやげはなしだぞ、みやげは」
期待の眼差しを前に、そんな浅はかなエミリアの思いを察して、先回りをしてそう釘を刺す魔法使い。それにエミリアは、口に出すより以前に蹴られたお楽しみにガックリ来ると、
「そうですか……」
うなだれながらも仕方がないと思ったのか、意外と素直に引き下がる。そして、
「分かりました。今度はちゃんとお留守番してますね。ところで……書斎はもう空きましたか? 掃除したいんですけど」
「ああ、勝手に入るといい」
「では、ちょっと行ってきます」
そう言ってエミリアは、ずっと気になって仕方がなかった残り一つの部屋、魔法使いの書斎へと向かった。