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円香の話

 

「桜がいい」


 妹の名前を最終的に決めたのは姉の私だった。

 母と父が読んでいた分厚い名前事典に並ぶ、たくさんの女の子の名前。

 病室の椅子に座ったまま、十歳の私はその中で一番綺麗な名前を指した。


 春に咲く美しい花の名前は、私の「円香」という名前よりかわいく思えて、正直ちょっとムカつく。

 それでも「桜がいい」と言ったのは、姉としての意地だ。

 ふくふくとした顔で呑気に眠る赤子に向かって、心の中で語りかけた。


(あんたの名前がカワイイのは、お姉ちゃんのおかげなんだからね)


 私の妹の名前なのだ。素敵な名前じゃなければもっとムカつく。

 本人より私の方が、「桜」と呼ぶ回数は多いもんね。


「さくら、桜。私がお姉ちゃんだからね」


 歳の離れた妹の、柔いほっぺたをチョンとつつく。

 桜は眠ったまま口をムニャムニャ動かして、少し笑ったような気がした。

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