妹「桜」の話
「円香、さぁちゃんどこに居るか知らない?」
母から名前を呼ばれて、私は宿題の手を止めた。
さぁちゃんとは我が家のやんちゃな末っ子、桜のことだ。桜は少し目を離すと勝手に庭の土を掘り起こしたり、廊下でかけっこを始めるエネルギーの有り余った幼稚園児である。
中学三年生の私にとって「おねえちゃん!おねえちゃん!」と後ろをチョコチョコついて来る五歳の妹は可愛さ半分、鬱陶しさ半分といったところだ。
「知らなーい。どうせその辺に隠れてるんでしょ」
遊び相手がいなくても、一人で延々と遊んでられる子だし。
五月に入り、最近はずっと穏やかな晴れの日が続いている。
きっと庭で遊んでるのだろう。
そのまま勉強机に向かっていると、部屋の入口からひょっこり何かが突き出た。
白い、猫の頭を模したお面。
ピンクのクレヨンでぐるぐるとした目が描かれている。
間違いない。桜が幼稚園で作ってきたお面だった。
「桜!お母さんが探してたよ」
私の声に、桜は「見つかった!」とでも言わんばかりに頭を引っ込めた。
ぱたぱたと軽い足音が部屋から離れていく。
今、逃げられたら「どうして捕まえてくれなかったの!」と後で母に嘆かれる。
「桜ちゃーん、どこかなー?」
部屋から出て、悪い魔女みたいなしゃがれた声色を出せば、廊下の奥からくすくすと笑い声がする。
「みつけたぞぉー!」
「きゃーっ!」
階段の影に隠れていた桜を捕獲して抱き上げた。
お面をどこかで外したのだろう。
ちょっと癖毛気味の黒髪を更にボサボサにして、キャアキャアと楽しそうに騒ぐ桜を速やかに台所の母の元へ連行した。
母は料理の手を止め、私が受け渡した桜の身体を抱える。
「あぁ、良かった。目を離すとすぐどっかに行くんだから。さぁちゃん、どこにいたの?」
「お面被って私の部屋の前で走り回ってたよ」
「お面って、ネコちゃんのお面のこと?どうりで見当たらないと思った」
母は不思議そうに居間の方に目線を向ける。
つられて私も同じ方向を振り返った。
居間の壁には私たちの写真だけでなく、私が部活の大会で貰った賞状や桜の描いた絵が貼られている。
桜のお面を飾っていたスペースを見上げた。
私の身長でようやく手が届くその場所は、ぽっかりと空いたまま画鋲だけが突き刺さっていた。
「さぁちゃん、お面どうやって取ったの?」
母の言葉に、桜はキョトンとした顔をするだけだった。
お面は失くしてしまったのか、家の中をどれだけ探しても見つからなかった。




