第34話 進展しない犯人探し
実地訓練があった日から、一週間。
結局、時雨たちを襲った犯人は分からずじまいだった。先生たちが血眼になって捜索してくれているらしいが、今のところ進展はないらしい。しかし、これ以上の欠席は単位にも関わる。そのため、ようやく学校へ行く許可が下りたのだ。
「くぅぅぅー……! やっと外に行けるぜぇ!」
「本当は、学校内でもお側にいたいのですが……申し訳ありません。」
「はぁ?冗談じゃない…。」
この一週間、どれだけ御影が近くにいたと思っているんだ。朝起きればいる。食事をすればいる。廊下を歩けばいる。部屋に戻ってもいる…。挙句の果てに、トイレにまで当然のようについてこようとするのだ。
「護衛ですので。」
「そこまでしなくていいだろ!」
「必要です。」
「必要じゃないって!マジで過保護すぎる!」
そんなやり取りをしながら、御影に送られて学校へ向かう。久しぶりに御影と離れ、意気揚々と校門をくぐる。少しだけ懐かしく感じた。
教室へ向かって廊下を歩いていると、先の方に見覚えのある姿が見えた。
「……あ。」
(神楽だ。)
いつもなら、こちらから避けて通るところだ。しかし昨日の出来事が頭をよぎる。澪と話すと言っていたが……あの兄妹はちゃんと仲直りしたのだろうか。なんとなく気になった時雨は、そのまま神楽の前へ行こうと歩みを進めた。
その時――
「…………」
神楽と目が合った。いつもなら、こちらに気づいた瞬間に近づいてくる。昨日だって、あれだけ甘味屋に誘ってきたのだ。当然、今日も何か言ってくると思っていた。
――しかし。
「…………」
神楽は一瞬だけ時雨を見つめると、すぐに目を逸らした。そして、そのまま時雨とは逆方向へ歩き出す。まるで故意的に避けているようだった。
「…………え?」
(……今、無視された?)
思わず足を止めてしまった。関わるなと言ったのは自分だ。本来なら、神楽のとった行動が正解だ。
(……なんか、気分悪いな)
自分から突き放しておいて、いざ距離を取られると妙に引っかかる。昨日とはあまりにも違う態度。
(……まぁ、いいか)
「おれも教室入ろ……。」
教室に入ると、生徒たちが一斉にこちらを向いた。実地訓練で起きた襲撃事件のことが気になるのか、あちこちでコソコソと何かを話している。そんな視線を気にすることもなく、時雨はいつもの空いている席へドカッと腰を下ろした。
(はぁ…無駄にいい天気だなぁ…。)
ぼんやりと窓の外を見る。これでもかというほど、太陽がギンギラと輝いていた。眩しさから逃げるように、視線を校庭へうつすと、木の枝に一羽の鳩が止まっているのに気付く。…見覚えのある鳩だ。
(……ハクだよな、あれ。御影のやつ、心配だからってハクに見張りさせてやがるな。)
監視されているような気分になり、時雨は大きく息を吐いた。
「はぁー……。」
「しぐちゃん! おはよう!」
「!あ、えーっと……高瀬か。」
声のした方へ振り向くと、高瀬がニコニコとこちらへ近付いてきた。実地訓練の時の忍装束とは違い、袴を着ている。
「ちょっと!今、忘れかけてたでしょ?失礼しちゃうなぁ。」
「ははは。悪い悪い。」
(そういえば、同じクラスだったな。)
改めて教室を見回すと、少し離れた席に真田も座っているのが見えた。
「あれ…佐伯は?」
「ああ、れんれんなら職員室にいるよ。実地訓練のことで色々聞かれてるっぽい。」
「あー……そうか。」
(御影が、まだ解決してないって言ってたしな。)
あの襲撃事件の犯人は未だに見つかっていない。高瀬と真田も何か聞かれたのか?俺は…正直心当たりなどあるはずもなく、色々聞かれたとしても役に立たない。時雨が考え込んでいると、高瀬が突然身を乗り出してきた。
「そんなことより、しぐちゃん!神楽くんの妹と元婚約者なんだってね!びっくりしちゃった!」
「……え?なんで知ってんだよ。」
「城下町であんなに大きい声で話してたら、そりゃすぐ広まるよー?」
「……。」
「しかも名家同士の話でしょ?噂好きの婦人たちが、あちこちで言いふらしてるらしいよー!」
「何でお前は楽しそうなんだよ…。」
(どこの世界にも、そういう話が好きなやついるんだなぁ…。)
高瀬は楽しそうに笑うが、こちらとしては一応、澪にフラれてんだけど…?と、どこか複雑そうに頬杖をついた。
(……元婚約者、か)
その言葉を聞くたびに、胸の奥に妙な違和感が残る。この世界にいた時雨は、確かに澪の事が好きだったんだろう。でも俺は違う。あの時初めて顔を見たけど、ドキッとかキュンッみたいな少女漫画によくあるトキメキは感じなかった。
「でもしぐちゃんも知らなかったのは驚きだね。」
「何が?」
「神楽くんが、元婚約者のお兄さんだってこと。」
「まぁ……。」
高瀬は「そっかぁ」と力なく頷く。あの兄妹を見ていたら何となく察しがつく。きっと仲は良くないのだろう。神楽自身、妹の婚約者に会うことすらしていなかったんだし。
「でも、神楽くんも罪深い男だよねぇ…。」
「何が?顔が?」
「顔って…。確かに罪な男って感じのカッコイイ系だけど…ってそうじゃない!」
「じゃあ何だよ。」
「婚約破棄を申し出たのって神楽くんの妹なんでしょ?」
「まぁ、そうみたいだな。」
「なんで他人事なのよ…。自分の妹が友達の元婚約者なんてさっ。知らなかったとはいえ、しぐちゃんに合わせる顔ないよねー。」
「……そういうもんか?」
「えぇ!?逆に気にしてないの!?」
「まぁ……」
(元々、俺は妹と婚約してた時の記憶ねぇしな。)
時雨にとっては澪との婚約も、その破棄も、自分自身の記憶として残っているものではない。だから、過去のことで責めようとは微塵も思わなかった。
(それに、神楽が悪いことしたわけじゃねぇし…。)
「しぐちゃんって、大らかというか…鈍感というか…。」
「褒めてんのか?それ。」
高瀬がケラケラと笑い、時雨もつられて小さく笑った。
――けれど。
その笑顔の奥には、さっきからずっと引っかかっているものがあった。先程の神楽の様子だ。高瀬の言う通り、妹のことを気にして俺を避けたのだとしたら…。
(真面目なんだか、不器用なんだか…。)
ガララ――
「席に着けー。」
月城の後ろには佐伯もいた。生徒たちが慌てて席へ戻っていく。久しぶりに受ける授業…少し気合いが入る。
(よし…頑張るかぁ。)
♢♢♢
時雨は机に突っ伏しそうになりながら、ようやく息を吐いた。久しぶりの授業は――やはり難しかった。
いや、正確には。
(……何言ってるか、全然分かんなかった)
黒板に書かれていた忍字を思い返す。実地訓練の復習として、各班が出された問題を皆で解いていく授業だ。しかし一文字も忍字が読めない時雨が分かるはずもなく…。
(はぁ…。やっぱ忍字、覚えないとダメかぁ…?)
「朝霧くん。」
「?」
声をかけられ顔を上げると、そこには佐伯が立っていた。
「どした?」
「月城先生が、放課後に職員室へ来るようにと。実地訓練のことについて、色々聞きたいそうです。」
「ええぇ……めんどくせぇ。高瀬と真田は?」
「朝霧くん以外の三人には、もう話を聞き終えています。」
「俺以外の三人に聞いたんなら、もういいだろ……。」
「そういうわけにはいかないと思いますよ。」
「へいへい…。」
「ちゃんと伝えましたからね」と何度か念押しされ、そのまま教室を出て行った。時雨はしばらく自分の机に座り、天井を見上げていた。
(……行きたくねぇ。)
以前も放課後、月城に呼ばれたことがある。その時は無視して家に帰ろうとしたが、結局捕まってしまった。
今回も逃げたい気持ちはあるが、後々もっと面倒なことになるのは目に見えている。
「……行くか。」
時雨は渋々立ち上がり、教室の窓から外を見る。木の枝にはまだハクがいて、こちらをジッと見ている。
「……ハク。職員室行ってくるから。」
時雨はハクへ目配せをするが、当然返事はない。
「……伝わってんのか?」
首を傾げるハクを横目に時雨は鞄を持つと、教室を出た。月城の待つ職員室へ向かって、少しだけ早足で廊下を進んでいく。
(早く終わらせて帰ろ……。)
職員室の引き戸を開けると、紙をめくる音や筆を走らせる音が一斉に耳へ入ってきた。職員室には、何人もの教師がそれぞれの机に向かっている。壁際には生徒たちの成績表や授業予定がまとめられた書類が並び、棚には忍術の教本や古い記録書がぎっしりと詰め込まれていた。
意外と散らかっている職員室内を見回すと、すぐに月城先生の姿が目に入った。机に向かい、何やら大量の答案を採点しているようだ。
「月城せんせー。」
「!朝霧か。今日は真っ直ぐ来たんだな。」
採点していた手を止めると、月城は時雨へ手招きした。
「こっちへ来い。」
「ほーい……。」
足取りを重くしながら、時雨は月城の側まで歩いていく。
「悪いな。何か用事あったか?」
「ないですけど……。」
「そうか。なら、長く聞き取りできるな。」
「…やっぱり用事ありましたー。」
「ないと言っただろ。」
「今できました。」
「さ、実地訓練のことを聞きたいんだが話してくれるか?」
時雨の言葉を無視し、月城が机の上の書類を脇へ寄せる。
「他の三人と一緒っすよ。洞窟で爆発してー…。」
「それじゃない。実地訓練後の話しだ。あれだけ釘を指したのに、小屋の外へ出ていただろう。何故だ?」
「あぁ…そっち?…確か、物音がして気になったから…。」
「物音?」
「うん。桐谷先生は板が倒れた音だとか言ってたけど、俺は違う気がしたからさ。見に行こうと思って小屋の外に出たんだ。」
「板が倒れた音?桐谷先生が、そう言ったのか?」
「うん。まぁ結局、なーんも倒れてなかったけどな。」
「…それで?」
「外に出たら、足跡があって、『何だこれー…?』って思って見てたら、後ろから忍者が来てやられかけた。」
「…忍者の姿は?」
「さぁ。暗くてよく見えなかったし。そこは真田の方が分かるかも?」
「真田は朝霧を助けるのに夢中で見ていないらしい。」
「あらー…。」
「他に覚えていることはないか?」
「武器持ってた!苦無…だったと思う。」
時雨は腕を組み、他になにか覚えていないか、必死に記憶を探る。しかし思い出せない。あの時は考える余裕なんてなかったからだ。突然背後から襲われて、必死に振りほどこうとして…。気が付いたら真田に助けられていた。
「……ごめん。あんまり覚えてないや。」
「そうか。」
月城はそれ以上時雨に質問することはなかった。何か気になることでもあったのか、手を顎に添え考え事をしている。
「姿を見られたから、相手は朝霧を始末しようとしたんだろうが…それ以前になぜ、そいつは小屋の周りをうろついていたんだろうか…。」
「さぁ…。小屋に何か用でもあったんじゃねぇの?」
「………。」
周囲では教師たちが書類をめくる音や、筆を走らせる音が聞こえている。それなのに、二人の間だけ時間が止まったようだった。
「……朝霧。犯人が見つかるまでは、とにかく注意して生活しなさい。いいな?」
「わ…わかった。」
「あと、敬語が二割程度しか使えていない。言葉遣いも佐伯から学ぶように。」
「はーい…。」
そして時雨は職員室を後にし、学校の外で待っている御影の元へ向かって歩き出した。校門へ向かう途中、神楽のいる教室をチラリと除くが本人はいなかった。
(帰ったのか…。)
もしも妹のことで罪悪感を感じているなら気にしないでくれと伝えたかったが…。伝言を頼めそうな生徒はいない。時雨は諦めまた歩き出した。




