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棘のある花

 カレヴィは、間もなく自分の試合が始まると告げられ、係員から渡された簡易な革鎧を身に着けた。

 試合で使用される剣は、刃がないことを除けば材質も重さも標準的な長剣と変わらない。無防備な状態で攻撃が命中すれば負傷は免れないだろう。


 やがて順番が回ってきたカレヴィは、試合の行われる舞台に立った。

 どこからどう見ても女性であるカレヴィの姿に、観客たちが驚きの声を上げる。


「おいおい大丈夫かよ! 女の子だぜ!」

「でも、凄ぇ美人だな」

「見て、あの凛とした(たたず)まい、素敵ねぇ」

「ははは! 泣き顔も綺麗なんだろうな!」


 彼の美しさに感嘆する者もいれば、揶揄(やゆ)するように口笛を吹く者など、その反応は様々だ。

 女だというだけで(はな)から負けると決めつけられている――カレヴィは複雑な気持ちになった。


「カレヴィ! 頑張って!」


 カレヴィは、歓声に交じるリーゼルの声に気付いた。

 見上げた観客席にリーゼルとイリヤの姿を認め、カレヴィは二人に向かって手を振った。

 それを受けて、リーゼルも懸命に手を振っている。カレヴィは彼女の様子に愛おしさを感じると共に、負ける訳にはいかないと気を引き締めた。

 少し遅れて、試合の相手が現れた。引き締まった体つきから、それなりに修練を積んでいると思われる若い男である。


「へぇ、前回は本戦まで行った俺の相手が女の子とはな。棄権するなら今のうちだぜ。綺麗な身体に傷を付けたくないだろう?」


 挑発とも脅しとも取れる言葉で、男はカレヴィを煽った。

 腕に覚えがあるらしく、対戦相手が女であることに不満を抱いている様子だ。


「気遣いは無用だ。さっさと始めよう」


 全く動ぜず淡々としたカレヴィの態度に、男は鼻白んだ様子だった。

 二人が剣を構えると、審判が試合開始を宣言した。

 それと同時に、素早く踏み込んだ男が上段から鋭い打ち込みを繰り出してくる。

 

――力と素早さもそこそこ、だが荒削りで大振りだ。ティボーの剣はどこかで正式に習ったもののようだったが、この男の剣は実戦で編み出した自己流という感じだな。


 男が次々に放つ攻撃を紙一重で(かわ)しつつ、カレヴィは相手を観察した。

 

「逃げ回ってばかりだな! 所詮は女、いざ実戦で怖気(おじけ)づいたか?」


 自らの技が(かす)りもしないのに苛立ったのか、男がカレヴィを更に挑発しながら再び剣を振るった。 

 すかさず、カレヴィは自分の剣先を相手の剣に絡める如く巻き上げた。

 次の瞬間、男が握っていた筈の剣が舞い上がり、派手な金属音を立てて地面に落ちる。

 男は攻撃体勢のまま、空しく転がる剣を見つめた。


「そこまで! 武器を取り落とした時点で敗北です! 勝者、二十九番!」


 審判がカレヴィの勝利を宣言すると、闘技場が割れんばかりの歓声に満ちた。


「なんでぇ女の子に負けちまうとはな」

「馬鹿言うな! あの姉ちゃん、凄い達人だぞ」

「いいぞ姉ちゃん、これからも応援するぜ!」

「綺麗なだけではなくて強いなんて、素敵だわ!」


 先刻まで揶揄(やゆ)嘲笑(ちょうしょう)交じりだった歓声が、賞賛の()()に変わっていく。

 自らの敗北を信じられない様子の対戦相手が、我に返った表情でカレヴィを見た。


「……参った。女だからと侮っていたが、大したものだ。俺も冒険者として場数を踏んできたつもりだが、まだまだだな」

「いや、君も強かった。一度でも攻撃が当たっていたなら、ただでは済まなかっただろう」


 きまり悪そうにしている対戦相手だったが、カレヴィに(ねぎら)われると照れたように顔を赤らめた。

 カレヴィは、観客席のリーゼルとイリヤを見やった。

 喜びを隠しきれないのか、リーゼルは手を振りながら子供のように飛び跳ねている。

 傍らにいるイリヤも、カレヴィの勝利を称えるように右手の親指を立てていた。

 待機所に戻ったカレヴィのもとに、ティボーが駆け寄ってきた。


「相変わらず、君の剣捌(けんさば)きは美しいな。カレヴィが本気だったら、さっきの男は十回は死んでいただろうね」

「十回は言い過ぎだ。せいぜい三回くらいだろう」


 冗談とも本気ともつかないティボーの言葉に、カレヴィは面はゆい気持ちになった。

 そこへ、大会の係員が近付いてきた。


「ああ、二十一番と……二十九番の人だね。一緒にいてくれて、探す手間が省けたよ」


 カレヴィとティボーは、彼の言葉に首を傾げた。


「次に、あんたたちと対戦予定だった選手が揃いも揃って棄権しちまってね。そういう訳で、明日の本戦への出場が決まったよ」


「それは僥倖(ぎょうこう)……と言っていいものか分からないが、怪我でもしたのかい?」

「ああ、大したことはないそうだが、試合中に負傷したんだ。冒険者は身体が元手だと言って、無理はしないことにしたんだと。それじゃ、明日はよろしくな」


 ティボーの問いに答えると、係員は忙しそうに立ち去った。

 予選が終わったのは夕刻であり、カレヴィとティボーは、リーゼルとイリヤに合流して、宿の併設されている食堂へ向かった。

 

「剣術大会で人が増えてて、この宿も満室になる寸前だったんだぜ」


 案内されたテーブルに着いて、イリヤが開口一番に言った。


「イリヤが、途中で抜け出して宿を取っておいてくれたのよ」

「そうか、相変わらず気が利くな」


 リーゼルの言葉に、カレヴィは感心した。


「カレヴィとティボーが体張ってるんだから、俺も、それ位はしないとな」


 イリヤは、少し得意そうな顔をした。

 

「この街、有名な酒の産地でもあるんだ。何か飲まないか?」


 運ばれてきた料理に舌鼓を打っていたティボーが言った。


「明日も試合があるし、今日は酒を控えて体調を整えたほうがいいのでは」

「それもそうか……君が言うなら、明日の祝勝会まで我慢するよ」


 カレヴィに(たしな)められ、ティボーは残念そうに頷いた。


「うふふ、祝勝会って、気が早いわね。でも、きっとカレヴィとティボー、どちらかが優勝するよね」


 リーゼルに釣られて、一同の間に笑いが起こった。

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