温もりの朝と悪だくみ
右腕に感じる重みと、さらさらとした髪の感触でカレヴィは目覚めた。
彼の腕を枕にしたリーゼルは、まだ安らかな眠りの中にいる。
室内は暗く、日の出までは間があるようだ。
「そうか、部屋に寝台が二つしかなかったのだったな」
カレヴィは小さく息をついて、リーゼルの無防備な寝顔を見た。
「剣術大会」の開催によって普段より街に人が増えた結果、宿屋も混雑していた。その為、カレヴィたち四人に対し寝台が二つの部屋しか取れなかったのだ。
ティボーとイリヤは、こういった事態に慣れているらしく、交代で寝台と床に分かれて寝るということで解決していた。
カレヴィは寝台をリーゼルに譲り、自分はどこでも寝られるからと床で寝ようとした。
しかし、この部屋の寝台は大きめだから大丈夫だと言うリーゼルに説き伏せられ、結局は一緒に寝ることになってしまった。
最初は背中合わせに寝ていた筈が、いつの間にかリーゼルがカレヴィを枕にしていたという訳だ。
リーゼルの重みと温もり、そして甘い匂いが心地よく、カレヴィは、もう少しこのままでいたいと思った。
――まだ起きるには早いし、動いたらリーゼルを起こしてしまう……
カレヴィは再び目を閉じたが、自分の考えが、どこか言い訳がましい気がして、少し後ろめたくもあった。
「……カレヴィ、そろそろ起きたほうがいいよ」
いつの間にか眠っていたカレヴィは、リーゼルの声に起こされた。
「ああ、すっかり寝入ってしまったな」
「よく眠れた? 私、鼾かいてなかったかな」
「静かなものだったぞ。だが、他人の温もりとは不思議なものだな。これまでになく、よく眠れた気がする」
言ってから、カレヴィは少し恥ずかしくなって、顔を赤らめた。
宿の食堂で朝食を済ませたカレヴィ一行は、闘技場へ向かった。
入り口付近には出場者たちの名が記された対戦の組み合わせ表が掲げられている。
その前では、幾人もの客たちが手にした紙片と組み合わせ表を見比べ、難しい顔をしていた。
「ほう、本戦では対戦結果に金を賭けることもできるんだね」
客たちの様子を見たティボーが、なるほどという顔で頷いた。
「じゃあ、カレヴィとティボーに賭ければいいのね」
リーゼルの言葉に、イリヤが渋い顔をした。
「博打には賛成できない。外した時の損害が勿体ないぜ」
「イリヤらしいな。もっとも、私は負ける気はないが」
三者三様の仲間たちを見て、カレヴィは微笑んだ。
まだ試合が始まる前だというのに、観客席の多くは既に埋まっている。
「それじゃあ、僕たちは出場者の待機所へ行こうか」
ティボーに促され、カレヴィがリーゼルたちと分かれようとした時、一人の男が近付いてきた。
「あんたたち、今日の本戦に出るんだろ」
「そうだが……」
カレヴィは答えながら、男に見覚えがあるような気がしていた。
「君、予選に出てなかったかい?」
ティボーの問いかけに、男が頷いた。
「予選で、ちょっと怪我したから、あんたとの対戦を棄権したんだ」
言って、男はカレヴィを見た。
「俺が予選で戦ったのは、前回優勝したダリオって奴の取り巻きの一人だが、奴ら不正をしている可能性がある。取り巻き連中が本戦にも何人か残ってて、あんたたちも、どこかで当たるかもしれない。だから、伝えておこうと思ってな」
男の思わぬ言葉に、カレヴィたちは驚いた。
「それって、審判は気付かなかったのか?」
イリヤが訝しげに口を挟んだ。
「実際に戦った俺も、はっきりと分からなかった位だし、証拠もないんだ……だが、戦っている間、ずっと自分の感覚が普段と大きく違っている気がしていた。試合には勝ったが、普段なら食らわないような攻撃を当てられてな」
「何か、そういう作用のある魔導具を使っていたのかしら……だとすれば、反則よね」
リーゼルの言葉に、男は痛めたのであろう脇腹をさすりながら頷いた。
「俺は毎回、本戦に進むところまでは確実だったから目を付けられたのかもしれない。あんたたちも予選じゃあ目立っていたから、気を付けろよ」
「そうか。わざわざ情報を提供してくれたこと、感謝する」
カレヴィは、男に礼を言った。
「ダリオは、とある金持ちのお抱えなんだ。本戦では多額の金が動くから、それも関係あるかもしれない。じゃあな」
そう言い残し、男は足早に去っていった。
「あのダリオとかいう奴を勝たせるのに、目障りな出場者は潰しておくということかな? どこにでもいるんだねぇ、そういう連中は」
肩を竦めるティボーに、カレヴィは言った。
「なに、誰が見ても分かるように一本勝ちすればいいということだ」
「そうね、カレヴィとティボーなら、きっと大丈夫よ。でも、私も対戦相手が魔法を使う気配がないか、気を付けて見るようにするね」
「ああ、頼りにしている」
カレヴィの言葉に、リーゼルが微笑みながら頷いた。
いよいよ本戦が開始された。
リーゼルとイリヤを観客席へ残し、カレヴィとティボーは出場者の待機所で試合の開始を待っている。
「これだと、僕とカレヴィが当たるとすれば、決勝だね」
対戦の組み合わせ表を見ながら、ティボーが言った。
「待て、その前に、君は、あのダリオと当たるかもしれないぞ」
カレヴィは、ティボーとダリオが勝ち進んだなら準決勝で当たることになると気付いた。
「ほう、お前らも残ったのか」
取り巻きを連れたダリオが、カレヴィたちの前に現れた。
「嬢ちゃん、本戦は甘くないぜ。棄権するなら今のうちだ」
「なるほど、そう言われるということは、私も、お前たちにとって脅威だと思われているのか」
大柄なダリオを見上げながら、カレヴィは皮肉な笑みを浮かべた。
「ハッ、気の強い女は嫌いじゃねぇ。言うことを聞けば、俺の女として可愛がってやるぜ。どうだ?」
まるで恩を着せるかの如きダリオの言葉に、カレヴィは怒りを通り越して失笑しそうになるのを堪えた。
一方、ティボーは苛立ちを露わにしている。
「彼女に、ちょっかいを出すな。貴様らに干渉される謂われはない」
「へぇ、今ここで勝負をつけるか?」
にやにやしながら言うダリオの周りで、取り巻きたちが下卑た笑い声をあげる。
「ティボー、落ち着け。出場者同士の暴力沙汰は、仕掛けたほうが失格になると規則にある。挑発に乗るな」
カレヴィは、壁に貼られた注意書きを指して言った。
「ああ、君が穢されたようで気が立ってしまったよ。彼らは、そうして目障りな相手を妨害して回っているという訳だね。マメなことだ」
冷静さを取り戻したティボーが、そう言って鼻を鳴らした。
「決着は試合でつける。それでいいな」
「痛い目に遭わないよう忠告してやったのに、馬鹿な女だ」
カレヴィの言葉に、ダリオは、これ見よがしに肩を竦め、取り巻きたちと共に歩き去った。




