第37話 大型ポスターとリーリャの想い
「うわぁ……、すっごい綺麗なところですね、ここ、冒険者じゃなくてもいけるんですかぁ?」
ミミがリーリャに聞いてくる。
リーリャはあの日見た光景を脳裏に思い起こしながら、
「そうね。とてもきれいなところだったわよ? レシルアの町から山道を一時間ほど登ったところで、森の木々の間に忽然と姿を現すって感じだったわね」
と、答えた。
ミミとリーリャが見ているのは、来週創刊号が発売される『エクスカーション!』という雑誌の大型ポップだ。
店頭に大きく貼り出されたそのポスターに、雑誌の表紙で使われている投影画がおおきく映し出されている。その投影画の被写体が「レシルアの滝」だった。
「88(ペアエイト)」でこんなに大きなポスターを掲げたのは初めての試みだった。
オーナーが本気で力を入れているということが、リーリャだけでなく、全従業員にも伝わっていることだろう。
「こんな風に観光スポット情報がいっぱい詰まってる本なんて、今までなかったから、発売日がとても楽しみですね!」
と、ミミも発売を心待ちにしている様子だ。
「そうね、私たちも発売日に向けて頑張って告知をしていきましょう。この創刊号の売れ行きで、これからのこの書籍分野の趨勢が決まると言ってもいいぐらい、大事な商品になるわよ」
と、リーリャも力を込めている。
それにしても、まさか本当にこうやって実現させてしまうとは。リーリャは、オーナーの行動力の偉大さに改めて感心している。
そもそもは、書籍売り場での単純な日常会話から始まった話だった。
リーリャが零した何気ない言葉に反応したオーナーが、そのあとすぐにギルドへ向かったというのは聞いている。
そこから、レシルアへの小旅行、エリュート出版との打ち合わせ、それと同時にギルドへの情報収集の依頼に、投影画を作れる魔術士の手配など、あっという間に成し遂げてしまった。
そうして、あの日からたった数週間で、「新しい商品」を製作してしまったのだ。いや、おそらくは「商品」などと言う小さい枠組みの話ではなくなるだろう。
この『雑誌』という形態の書籍は、今後一つの『ジャンル』となり、確立されていくに違いない。
(まったく、どうして高々20年そこそこしか生きていない「人間」にあれほどのことが出来るのか――)
たしかにこの世界において、社会で自分の技術を使った店を開く「人間」は早いものでは15、6歳ぐらいと言われる。
「コンビニエンスストア88(ペアエイト)」をオープンさせた今年、オーナーは22歳だというから、その「人間」たちに比べれば若干「遅咲き」という感は否めない。
が、齢100以上を数える「エルフ」のリーリャにとってみれば、たかだか6、7年ほどの差など、無いに等しいものだ。
むしろ、自分は100年以上も生き続けてきたにもかかわらず、今と昔でこの世界に大した変革がないことも見てきている。
それがどうだ。
少なくともオーナーに出会ってからのこの数か月の間に、リーリャはこれまでに見たこともないものをすでにいくつも見せ続けられてきた。
コンビニエンスストアという全く新しい形態のお店、携帯食料や握り飯に代表される白米料理、そして今度は『雑誌』だ。
細かく言えば、箱菓子、袋菓子などもそうだ。
それまで菓子と言えば、店頭で裸で売られているものを持ち帰る際に包装するというシステムが主流だったものを、この「88」では、棚に並べて陳列販売するために考案された形状で、ある一定の分量ごとに紙の小箱や袋に詰めて密閉してある。この包装には期限付きの魔法がかけられていて、ある程度の時間、鮮度が保たれる仕組みになっている。
これも、オーナーが考案した販売方法である。
リーリャはこの街で仕事を探していた時に、王族の系譜に微妙に絡んでいるが、一般市民であるエルト・レンド卿の話を聞いた。
そして、実際にそのエルト・レンドに出会い、彼の言う「新しい形態のお店」に非常に強い関心を持った。
幸いにして、自分の「鑑定魔法」のスキルが高かったこともあって採用されたわけだが、その面接の折に言っていた彼の思い描くお店が一体全体どのようなものであるのかという単純な好奇心の方が強かったと言える。
(でも、まさか、これほどのものだったとは思いもよらなかったわ――)
今となっては、このお店、いや、エルト・レンドという「人間の若者」に出会えた幸運を心から感謝していると言っていい。
(私たち「エルフ」は時間を結構無駄にしてしまう傾向が強いと言えるわ。それは、種族的に平均寿命が長いことも大きいけど、基本的に厭世主義的で世俗と深くかかわることを避ける傾向が強いのも事実。寿命の短い「人間たち」に関われば関わるほどに「別れ」も多く経験することになるから――)
それでも、リーリャはこの仕事を選んでよかったと今は思っている。
この先どんなことがあっても、この店とオーナーの行く末を見届け、自分が生のある限りはこの店を守っていきたいとそう思うほどになっていた。




