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漆黒の魔術師エルト、勇者パーティを引退してコンビニを始めます!  作者: 永礼経


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第36話 エレモアと『雑誌』


「いかがでしょう? レンド卿――」


 エレモアは、応接間のテーブルの向こうに腰かけて雑誌の校了紙ゲラを眺めている「コンビニオーナー」に声をかけた。

 

 このような「本」を製作すること自体が初めてだったエレモアにとって、この「コンビニオーナー」の眼鏡に適うものが作れているかはとても不安なところだった。


 確かに、ある程度は打ち合わせをしてはいる。

 が、やはり、口で説明するものと、頭の中にあるものとの「ギャップ」というのはどうしたって生まれてしまうものだからだ。


 エレモア・バスティゼンはエリュート出版を若くして継いだ。

 それは先代が自身の「放蕩ほうとう」の為に早く仕事からのがれたかったからとも言われることがあるが、実はそうではない。

 エレモア自身が、この「書籍製作」というものに非常に情熱を注いでいるのを見て、先代が「好きなようにやってみろ」と任せてくれたのだ。


 「言葉を形にする」。もしくは、「思想を表現する」。


 このようなものは「美術品」に通ずるものであると、エレモアは考えている。


 絵描きであれば絵を、彫刻家であれば彫刻を、建築家であれば建造物を、庭師であれば庭園を、料理人であれば料理を――。


 皆、自身の「想い」や「願い」、「祈り」や「希望」を込めて製作していると、エレモアはそう考えているのだ。


 ――そして、私は「書籍」を製作している。


 エレモアにとっての「書籍」は、まさしく、自身の内なる祈りや想いを表す「創作物」そのものだった。


 モノづくりの根底にあるものは、人に伝えたいと想う心だ、と、エレモアはそう規定している。



「――すばらしいです、エレモアさん! 僕が思っていた以上の出来栄えですよ!」


 その「コンビニオーナー」、エルト・レンド卿は、表情をぱぁっと輝かせて、とても嬉しそうに微笑んだ。


「――よかった……。正直ほっとしていますよ」

と、エレモアは心から染み出すようにそう告げた。


「特に、この、巻頭記事! もう、今すぐにでも、この『レシルアの滝』に行ってみたいって思えるような臨場感が溢れていますね。この雑誌の船出にふさわしい出来栄えですよ!」

と、レンド卿は大満足の様子だ。


 エレモアが、エルトからこの話を聞いたときは、そんなジャンルの書籍が存在すること自体初耳だった。いや、おそらくこれまでにはこのような形の書籍は発行されていない。


 これまで書籍と言えば、物語ストーリー小説ノベルのような「フィクション読み物」や、論説・随筆などの思想書、各地宗教に関する宗教書、あとは、歴史上の出来事を編纂した歴史書などのようなものばかりだった。


 この中で、「現在のこと」について書かれているものと言えば、論説文や随筆文などの思想書が主体で、各地の情景や料理、特産品などについてまとめられているような書籍は無かった。しかも、それが、公的な記録物ではなく、大衆向けに広く出版されるなどと言うことは前代未聞である。


「お話を頂いてすぐに、人伝の話だけでは表現しきれないと思い、現地に行って見てきましたから、そう言っていただけると、わざわざ出向いた甲斐があったというものです」

とエレモアが言った。


 エレモアはこの話を聞いて、自分の伝手を使って情報を集めていたが、やはり、自身で目にする方が確実だと考え、冒険者の護衛を雇って現地に視察へ行ったのだ。そうして、自身が見たものを文字に起こしてみたという訳だ。


「エレモアさんが書いた記事、文章がとても臨場感があって、投影画フォトに花を添えています。これを呼んだ方々が、いったいどれほどのものだろうと期待に胸を膨らませることでしょう。現地までの道のりや、道中の危険個所はもちろん、冒険者や現地町人の案内役の手配方法まで詳細に書かれていますから、グランエリュート(このまち)からでもすぐに行って見ることが出来ることが伝わってきますね」


 エルトがそう言って、誉めそやしてくるものだから、さすがに少し気恥ずかしくもある。


「来週の月曜日には刷り上がって火曜日には納品が可能になりますが、いかがでしょうか?」

と、エレモアが納品期日の決定を促す。


「それでオッケーです。あ、あと、店頭に大判のポスターを掲示したいと思います。この表紙とタイトルが入った形で、作成していただけませんでしょうか?」

とエルトから返事が返ってくる。


「大丈夫です。そういう事もあろうかと思って、そちらも進めております。明日中にはお店にお届けいたしますので、ご確認ください」

「さすが、エレモアさん、用意がいい。とりあえず創刊号は来週火曜日発売ということで、決定ですね。納品は、夕方ごろですか?」


「はい。いつもと同じ便で間に合わせます」

「では、そういう事で。よろしくお願いします」


 そう言うとレンド卿は立ち上がり、右手を差し出してきた。


 エレモアも、少し遅れて立ち上がると、その手を取って固く握手をかわす。


「エレモアさん、今後この雑誌というジャンルは多岐にわたって一般市民の共感を得ることになるでしょう。これからも、いい「本」をたくさん作ってください」

「ええ、私も同感です。まさかこんな形態の書籍があるなんて。目から鱗でした。本当にありがとうございます、レンド卿」


 二人はそうやり取りを交わすと、互いの右手に力を込めた。


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