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あやかし金継ぎ工房 ~つくも神、繕います~  作者: 森 湖春
二章 ティーボウルを繕う
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第25話 ティーボウルのつくも神

 喫茶マリーに新しいスタッフが入ったのは、それからすぐのことだった。


 艶やかな黒髪に、抜けるように白い肌。

 ヨーロッパ系とアジア系が混じるハーフ顔は小さく、小柄なのにスタイルがいい。

 

 彼女の名前は、マリエ。

 宇賀野(うかの)さんの遠い親戚――ということになっているが、ティーボウルのつくも神である。


 マスターは、マリエさんがティーボウルのつくも神であることを知らない。

 繕ったティーボウルを渡した時に聞いたとおり、真理子さんの遺影とともにマスターの帰りを待っていると思っているはずだ。

 

 どうしてこんなことになっているのかと言えば、真理子さんとマリエさんが望んだからである。

 

 真理子さんが生前、マスターに言っていた言葉がある。

 

『あなたは私を好きすぎる。私がいなくなったらすぐに追いかけてきそうで心配だわ。私の使命は、一秒でも長くあなたより長生きすることね』

 

 しかし、彼女の言葉が実現することはなかった。

 二人のやりとりを聞いていたマリエさんは、真理子さんの意志を継いでマスターを見守ることにしたそうだ。

 大切に慈しんでくれた、真理子さんへの恩返しに。

 

 ティーボウルが割れてしまったのは、事故ではない。

 マスターのうっかりでもない。

 

 あの日、何があったのかは分からないけれど、マスターはひどく落ち込んでいた。

 このままでは真理子さんのもとへ行ってしまいそうで、マリエさんはその身でもって彼を制止したのだ。


 人の役に立つことを生きがいにしているつくも神は、時に自分のことよりも人の願いを優先してしまう。

 それは、つくも神にとっては当たり前のことなのだそうだ。

 

「僕もそうですよ」

 

 なんでもないことのように答える狐白(こはく)は、いつも通り胡散臭かった。

 うそをついている様子はない。

 

 冗談だったら良かったのに、と思う。

 つくも神の常識は、わたしには重すぎる。

 

(恐るべし、種族間ギャップ……)

 

 今よりもつくも神を身近に感じていた昔の人は、戸惑わなかったのだろうか。

 

 その時ふと、祖母の言葉を思い出した。

 

『昔の人は、節分になるとつくも神になりそうな古い道具を捨てていたそうだよ』

 

 古い道具を捨てるのは、つくも神にならないようにするため。

 つくも神になれば、悪さをするから。

 

 だけど、真実は別のところにあるのかもしれない。

 

 つくも神になれば尽くしすぎてしまうから。

 何代にもわたって大切にしてきた道具が自分のせいで壊れてしまうなんて、ご先祖様に申し訳が立たないし、なによりとても悲しい。

 そんな思いをするくらいならば、つくも神になる前に「お疲れさま、ありがとう」と手放す方がずっといい。

 

(うん。そう考える方がしっくりくるわ)


 わたしもいつか狐白の気持ちに耐えかねて手放したいと思う日がくるのだろうか。

 ちっとも想像ができなくて、想像ができないことに安堵(あんど)する。

 

(わたしには、豆皿で三献の儀を執り行うっていう夢があるんだから)

 

 今はまだその時ではない。

 これから先も、ないことを願うけれど。

 

 何はともあれ、喫茶マリーが通常通りに営業しているのはマリエさんのおかげだ。

 彼女の献身がなければ、喫茶マリーはなくなっていたかもしれないのだから。

 

「くるみのおすすめは柚子胡椒(ゆずこしょう)パスタとプリンなんですよね。この前は食べられなかったので楽しみです。味を覚えて、再現しなくては」


「狐白が作れるようになったら、喫茶マリーで食べる特別感がなくなっちゃうよ」

 

「柚子胡椒か~。暑い日にピリッとした料理っていいよな」


「ふふ、楽しみねぇ」

 

 コロコロと笑っていた宇賀野さんが足を止める。

 

「あら、綺麗ね」

 

 喫茶マリーの店先に、花が咲いていた。

 つい最近まで空っぽだったプランターに土を入れ、花を植えたのはマリエさんだ。

 わたしはたまに、水やりを手伝わせてもらっている。

 

「サルビアの花言葉は家族愛だそうですよ」

 

 膝に手を置いた中腰の姿勢で、わたしたちはサルビアを眺めた。

 

「へぇ。喫茶マリーにぴったりだね」

 

 空腹に耐えかねた埴安さんが喫茶マリーの扉を開ける。

 わたしと狐白と宇賀野さんは顔を見合わせた。

 

 埴安さんに情緒というものはないのだろうか。

 付き合いの長い宇賀野さんは早々に諦め――いや、あれはお説教の顔だ――やれやれと肩をすくめて店の中に消えていく。

 

 ほどなくして聞こえてきたお叱りの声に、わたしと狐白は「あーあ」と苦笑いを浮かべたのだった。

 


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