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  □


 一夜明けた森。

 道なき道を、ドワーフ、青年、エルフの三人が、遅い歩みで進んでいく。


「だ、か、ら! なんでついてくるのよ! なに、私達が野垂れ死んだ後の屍肉でも狙っているのかしら? しっし!」


 振り返り最後尾のエルフがその後ろを睨みつけた。


「ナゥ!」


 三人の後方、調子の良い鳴き声は、別にセラフィマを肯定しているわけではないのだろう。

 朝になり、多少、体力が戻ったとはいえ、それなりに重い足取りの三人。

 体力、気力と振り絞っての道行き。

 それに比べて、軽やかにテクテクと白猫の歩み。

 その差にセラフィマが苛立つなとは無理な注文なのかもしれない。


――もっともエルフが怒っている最たる原因は、その顔に赤くついた無数の肉球の痕のせいなだが。


 それに、先頭を行くゴズーは長い草や邪魔な枝を払いながら何かを考えているようだし、動物好きのエミリオがチラチラと振り返り白猫に構ってもらいたそうにしていること。

 そんな男性陣が、寝ている間に汚された不幸な少女のことなどどうでも良いと、一緒に憤ってくれないこと。

 探せばまだまだ心穏やかになれない理由は増えていくことだろう。

 気を取り直し、少し遅れたエルフは早足で二人を追いかける。

 同じように早くなる、小さな足音。

 エルフが止まれば、それも図ったように止む。

 

 引きつった顔のエルフは腰ベルトの剣柄に手をかけた。


「――あれよね、ここは危険な森だし、小さいとはいえ獣、用心に越したことはないわ。そうよ! 追っ払うくらいはしておくべきね――私を舐めたこと、あの世で後悔させてあげる!」


 自問自答ののち、殺気を纏う。

 白猫は尻尾をピンと立て、尻を振り笑う。

 頭を傾けたその表情は『おう、長耳の分際で俺とやんのか。よし、ちょっと遊んでやるよ』といった余裕があるように思えた。


――この小さな猫は、絶対にセラフィマを舐めきっている。


 この際、不安はあるが『唄』を使うことまでも検討し始めたセラフィマと、前足で地面を確かめるように踏みしめる白猫。

 

 かなり馬鹿馬鹿しい戦いを止めたのは、一人と一匹の間に、体で割って入った青年だった。


「ちょっと、セラ! きみは何をしようとしているんだ!」


「人の顔面を足蹴にしてくれた無礼な害獣を駆除。なにか問題があるの?」


 セラフィマの答えに、幼なじみの青年は額を抑えて首を振る。

 何が気に入らないのだろうか。


「――この子の食糧を奪って、その上、今度は命を盗ろうなんて。人として恥ずかしいよ。僕の幼なじみは、野盗か何かだったのかな?」


「ナァ!」


――それは、まあ、至極、もっともな言い分だった。


 少しの沈黙。

 じっとこちらを見る青年に、セラフィマは踵を返し、再び歩みを続ける。



「こほん。そ、そうね、ちょっと冷静さを欠いていたわ。ごめんなさい」


「ナアーゥ!」


 早口で言い訳を落としていくセラフィマに、先程からちょこちょこ入る相槌の主は、許してやろうと首を縦にふる。


「うるさい! アンタに、謝ってるんじゃないわよ!」


 ドワーフの背中を追いかける一人と、その尻に一匹が続く。


「――いや、僕じゃなくてご飯を盗られたこの子に謝ろうよ」


 そして呆れたようにため息を吐いたエミリオも、仲間を追い、森の出口を目指した。




 遅々とした歩み、今まで無言で前を行くドワーフが戯れ合う二人と一匹を振り返る。

 これは説教でもされるのか。

 頬を掻くエルフの前に来ると、ゴズーは右を見て左を確認し、果ては天を見上げて告げる。


――どうにもならないほどに迷った。


「ちょっと! だったらなんでずんずん先頭を歩いているのよ!」


「うむ。だって、わしにも年長者としてのプライドがあるわけじゃし。――みっともなく叱られるのはもう嫌なんじゃ!」


 頭の痛くなる年長者の言い訳にもならない何か。

 セラフィマの目がこの旅始まって以来、もっともつり上がった。

 そして強く固めるように拳を握る。


「――まさかこの旅で初めて奪う命が、敵じゃなくて味方になるなんて、なんて皮肉なのかしら。し、死にさらせ! この老いぼれがぁ!」


 エルフの小さな拳が、ドワーフの顎の中心を、正確に直線で貫く。

 骨同士が接触する甲高い音が森に響いた。


「まあ、待ってくれ、セラフィマ。何もこの森を抜ける手段が他にないわけではない。じゃかから、涙を浮かべてまで興奮せず、落ち着いて話を聞いて欲しい」


 ドワーフの言葉に、青年は頷き、目配せで続きを促す。

 セラフィマはその場に蹲り、涙目で殴った手を擦っていた。

 二人の言葉がないことで、聴く姿勢が整ったとゴズーが判断する。


 そしてゴズーは、二人から視線を離し、低い位置にいる一匹を見下ろす。


「ところで後を追いかけてくるということは、オマエさんは、わしらの旅についてくるつもりなのかな?」


「ナゥ!」


 元気の良い返事ではあるが、白猫に言葉が通じているはずがないのでは。

 そこら辺、気にしていない素振りで、ドワーフは続ける。


「ふむ、しかしな。わしらも遊びで旅をしている訳ではない。おぬしのような物を、二つ返事で心よくというわけにはいかんのだ。そこは理解してくるな?」


「ナゥ!」


 先ほどと全く同じ小気味の良い鳴き声。だからこそ、ゴズーの言葉を理解しているようには到底思えない。


「じゃから、オマエさんがもし仲間になりたいというのなら、わしらの役に立つところを見せて欲しい。つまり、この遭難している現状をどうにかしたいんじゃが。道案内を頼めんか?」


「――ゴズー、あんた正気?」


 まだ手のひらの痛みは取れないのだが、そんな場合ではない。

 森での極限状態のせいで、ついにこのドワーフは正気をなくしたのか。

 野生動物に物を頼むこと、まして道普請など狂気の沙汰。

 彼の精神を確かめるためじっと瞳を合わせる。


「ふむ。ではセラフィマが先頭を歩いてくれるのか? それなら構わんが、もうそろそろ本当に命が関わってくるぞ」


「そ、それは、無理だけど」


 存外、落ち着いた声音に、たじろいでしまう。


「観察してみたが、この白猫は賢い。今まで言葉は通じずとも、こちらの意図を理解している伏が何度もあった。それに、わしらは迷っておるが、この森の住人であるこいつはどうじゃ?

迷ったわしらでは最悪何処にもたどり着けんかもしれんが、この猫は別じゃ。あの街道に戻れれば僥倖。この白猫の水場でも構わん。それが川なら、辿れば森を抜けれるかもしれん」


 反論はあるかと二人を見回す。

 たしかに、あてもなく進めば、永遠に森を迷い続けることになりかねない。

 ここはそういったことが起こる規模の深い森。

 昨日の事もあるのでセラフィマは渋っていたが、これ以上、反対するには切羽詰まりすぎている。

 もともと猫に好意的であったエミリオは頷き、手を振ってセラフィマも同意を示した。

 ドワーフが言葉と手振りで必死に白猫に、伝える。


「ナゥー? ナァ!」


 通じたのだろう。

 白猫は一鳴きすると、三人を追い越し尻尾を揺らして先頭に出る。

 そして、横に転がっていた小枝を咥え、それを空に放り投げた。

 枝は猫の前で転がり、ちょうど真横を向く。


――白猫は頭を横に向け、その枝の指した先、草むらをかき分けて行く。


「ふむ、では行きましょうか。坊っちゃん、セラフィマ」

 

 荷を背負い直し、ドワーフが白猫を追い、その後を青年が歩く。

 二人は今の光景を見逃していたようだ。


――あれは、道占いではなかろうか。


 もしそうならば、白猫は当てずっぽうで進んでいることになるのだが。



「――あのなあ、セラフィマ。いくらなんでも、野生の獣が占いという概念を持っているはずがなかろう。ただの偶然じゃて」


 魚を焼くという直接的な利益が伴う行動と違い、占いと結果の間にはなんの因果もない。

 動物が理解するには難しすぎる。


――大きな樹が歩みを阻む。白猫は、また枝を放り投げた。


 今度は左に曲がる。

 

「ほ、ほら、またやったわよ!」


 二人はセラフィマの話を聴くため振り向いていたので、また機会を逃した。


「はあ、分かったぞ、セラフィマ。あの白猫は占いを理解出来るとても賢い猫なんじゃな。じゃったら何の問題もなかろう?」

 

 いい加減疲れているのだろう。

 セラフィマを諭すようゴズーは質問する。


「問題がないって、問題しかないじゃない!」


 その態度にむっとしてセラフィマが問いを返す。


「じゃあ、セラフィマ。賢い者と愚者。切羽詰まった状況でおぬしは、そのどちらの差し出した手を掴むのじゃ?」



――それは賢者に決まっている。

 

「じゃろう? で、おまえさんが賢いとお墨付きを与えた猫の後を追っているわけじゃが」


 ドワーフの言葉を少し考えてみる。


「――えっと、問題ないのかしら?」


 ようやくわかってくれたかと頷き、ゴズーは踵を返し、猫を追いかけた。

 何か、納得がいかないのだが、ここで駄々を捏ねても、男どもに置いて行かれるだけ。

 渋面のまま、セラフィマは二人を追う。


――三度、宙に枯れ枝が舞う。


 最後尾のセラフィマ、先行きの不安、彼女の眉間がますます険しくなった。


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