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 街道沿いから少し離れた小さな村、マルカ。

 人口は七十程度。

 マルカは農業を基本、街道から入る旅人を副収入源とする村だ。


 その村の中央にある宿屋兼酒場は、一日の労働を終えた村人と、今日訪れた旅人でそれなりに賑わっていた。

 外観は古く、領都の町にあるような立派なものではない。

 親族で経営する小さな宿の給仕の娘は、木製のトレイに料理を載せ、テーブルの間を移動する。

 今日は、忙しい。

 酒場内、三つあるテーブルの全てが埋まっていた。

 一つは早めに農業を切り上げた馴染みの村人達が、昼から夕まで酒と料理を楽しんでいる。

 その横、もう一つのテーブルには剣を携えた、中年の男達が陣取っている。

 髭は胸元まで伸した粗野な格好は、遺跡荒らしか、それとも傭兵くずれか。

 ほんの少し前に、酒を飲み始めたばかりなのに、早い調子で飲み続け、既に赤ら顔になっている。

 振る舞いも乱暴で、あまりお近づきにはなりたくない。

 それでも客を選り好みは出来る立場ではない。

 他の客に迷惑かけない限り、一歩引いて愛想笑いを振りまいてはいた。


 そして最後のテーブル。

 日が沈む頃に、扉を開けて入ってきた珍しい三人組。

 ここいらでは、亜人種というだけで目を引く。

 その上、身なりが汚れ、表情も疲れきっている。


「――す、すまぬ。水を、それと何か食べ物を」


「それじゃあ、パンと腸詰め入りの野菜のスープでいいですか?」


「うむ、他に――」


 注文のあと、三人の中で年長に見えるドワーフの男は崩れるように椅子に躰を預けきっていた。

 それは人族ではありえない整った顔立ちの長耳の女性も同じこと。

 給仕の娘は、エルフを初めて見る。

 だが、彼女の容姿に見惚れられていたのは、半目になり涎を垂らすまで。

 唯一の人族である青年は、テーブルに突っ伏したきり、少しも動かなくなってしまっている。


 村周辺はのどかで、ここまでくたびれ格好になる原因が思い浮かばない。


「あの、お客さん。そんなにボロボロになって、街道に賊でも出たんですか?」

 

 

 それならば、届け出をし、近くの街に待機している領主直轄の戦士団を派遣してもらわなければ。


「ん、ああ。そうではない。運悪く一つ目熊に出くわしてしてしまっての。すまんが、注文を、せめて水だけでも先にもらえんか。丸一日半、ろくに口にしておらんのでのう」


 それは本当についていない。

 一つ目熊が街道に降りてくるなんて余程のことだ。


「はい、これお水と葡萄酒です! でも、良かったじゃないですか、こうして無事で。街道じゃなくて見晴らしの悪い森でなんて出会ったら、それこそ一巻の終わりですよ!」


 テーブルに木製の杯を三つ置く。

 齧り付くように、三人は口に運ぶ。

 エルフと青年は一気に飲み下し、ドワーフは途中で嚥下をやめ、一息つき、葡萄酒を味わっている。


「うーむ、いける。――なに、確かに森であやつと出会った時は死を覚悟したわ。逃げ切れたのは日頃の行いが良かったからじゃろうな! すまぬがお代わりもらえるか?」


 それでも三口で杯を空けたドワーフが、赤く染まった頬で笑う。

 空になった杯をトレイに乗せて、厨房の瓶まで行き、すぐに往復する。

 そして先ほど、ドワーフの話の気になる点を尋ねてみた。


「あの森って? お客さんたちって、街道を通ってきたんじゃないんですか?」


「いや、確かに森の中の街道を、歩いてきたんだが? なにかおかしなことでも? ああ、もう一杯お代わりを貰おう!」


 話が咬み合っていなことよりも、酒の方が大切なのか。

 空っぽの杯を自らトレイの上に載せてから、ドワーフが首を傾げる。



 トレイを片手に持っているので、手を打ち合わせることは出来なかった。

 だが、少し言葉を交わし、得心が行ったと娘は笑みを浮かべ、改めて驚く。


「ええっ、わざわざ旧街道を通ってきたんですか、なんでまた?」


 物好きな客もいたものだと、呆れた視線を向ける。

 

――するとドワーフの首が傾げたままで固定されてしまっている。

 額から流れる汗と、せわしなく上下左右に逃げ動く瞳のおかげで、意識があることはわかる。

 そして亀の歩みのごとくゆっくりとした動作で、ドワーフを睨みつけている視線からずらそうとした。


「だって、五年前にモンス川に橋が架かってから、街道はそちらに移ったじゃないですか。今じゃあんな森の道。通る命知らずなんて、いるはずないって思っていたんですけど」


 だが隣りに座るエルフの手が伸び、戻ろうとする頭を押さえつける。


「――ふむ、わしの最後の旅は、ちょうど六年前。新しい街道のことなど、知ろうはずもないわ、カッカッカッ!」


 押さえつけられたまま、これはまいったと、エルフの迫力にそぐわない明るい声でドワーフが笑う。

 給仕の娘にもはっきりと分かるごまかし笑いだ。


「ねぇ、老いぼれ。村を出るときあんた、年長者で熟練の旅人でもある、わしに全て任せておけって言っていたわよね? その後も、荷物の纒め方や、剣の手入れ、やることなすこと小言を並べ立ててくれたわよね。――経験が少ないってのは実際そのとおりだし、私も、精一杯の努力で敬っていたのよ。それなのに、道の下調べもなし、全滅させかけたことの弁解は?」


 部外者でそうなのだから、当事者のエルフに通じるはずがない。

 むしろ、エルフの顔に浮く血管が増えた気もする。


「敬うって、セラフィマ。それであの態度か?」


「ていっ!」

 

 左手で耳を掴み、右の手刀を付け根に振り下ろした。

 口答えを許す気はないらしい。

 

 エルフの腕力などと高を括り、油断していたゴズーは、痛みにのたうち回る。


「エルフの知慧に、腕力馬鹿のドワーフが敵うわけないのよ! エミリオ、その葡萄酒を処分しなさい!」


 エルフは追加注文で持ってきた小瓶を引っ手繰ると、青年と己の杯に注ぐ。

 痛みから回復したドワーフが、物欲しそうに眺める中、葡萄酒を飲み干す。


「ちょっと、そこのあんたも、ボーッとこっち見てないで、早く何か食べ物を持って来なさい!」


 幻想的な、森の佳人。

 物語の中にだけ存在するはずの、エルフは透き通った声で、給仕の娘を怒鳴りつける。


「ナァ!」



 娘は急ぎ足で、調理場に。


 鍋の中、温まったスープを皿によそう。

 そしてその横、野菜くずを小鍋で煮たものを、一緒のトレイに置いた。


 三人の前に戻ってきて、娘は改めて、皿の数を確かめる。


 腸詰め入りのスープと、野菜くずと固くなったパンを一緒に煮たもの。

 計四つの皿。


――これって、どれを誰に配れば良いのだろう。


 もちろん、尋ねればすぐに分かることなのだろうが、それで気分を害する者も存在する。

 娘は、一行を観察する。

 

 同盟内での亜人種の地位は高くない。

 そう考えると、この一行の関係性も決まってくる。

 おそらく唯一の人族である青年が主で、亜人二人は、その従者、もしくは奴隷といったところだろうか。


 そして、エルフとドワーフの間にも地位が存在するようだ。

 その証拠が、料理に格差をつけていること。

 村から出たことのない娘。

 小さな宿の料理など、値段もたいしたことはないし、好きなものを頼め良いと思うのだが、そうはいかないらしい。 

 

「ちょっと! 早く置きなさいよ!」

 

 空腹なのだろう。

 怒った声のエルフだが、トレイから漂う匂いにつられ頬が緩んでいる。

 急かされ、娘は決心し、皿を配っていく。


 まず、主である青年にスープを。

 木匙で掬い、口に運ぶと、彼は満面の笑みを浮かべる。


 よく観察すれば、眼元に光る雫がこぼれるのが分かる。

 父の腕前は中々のものだが、涙を流し感動するほどのものではない。

 けれど、堰を切ったように匙が止まらない青年を見ると、給仕としてなんだか誇らしい。


「ふふ、まだおかわりはありますから、ゆっくり味わって食べてくださいね!」


 娘は柔らかく笑う。

 皮肉を言ったつもりはないのだが、青年は少し顔を赤くすると、木匙の速度を遅くした。

 それは微笑ましかったのだが、これ以上見つめているのも、失礼になるだろう。

 娘は青年から視線を外す。


――そういえば、ドワーフとエルフはお気に召したのだろうか。


 視線の先を、二人に向ける。

 だが、二人はまだ手を付けていない。

 何か問題があったのだろうか。


――娘はちゃんと、大食漢で知られるドワーフに、スープを二皿配ったのだが。


「あれよね。この旅で亜人差別って物を何度も味わったけど、ここ程ひどいものはなかったわ」


 低く唸るような声は、間接的に人の寿命を縮めるような怨嗟に満ちている。

 エルフは人差し指をクイと動かし娘を呼んだ。


――これは、あれだとても怒っている。

 理解し、背筋が震える。

 標準的な体格の青年が二皿も頼むとは思えず、それよりもさらに細いエルフは言うまでもない。

 だから、数的に残った皿をエルフに配ったのだ。

 エルフの目は鋭く細められている。

 


「で、言い訳は?」


 娘の言い分を聞いてくれるのか。

 でも聞いた後に、エルフの妖しい術で、心臓を抜き取られるかもしれない。

 そう思うと口からは、息しか出てこない。


 そして時間が過ぎるほどに、エルフの顔がどんどん険しくなる。

 ちなみに主である青年は、エルフの迫力にオロオロするだけで役に立たず、ドワーフはこちらを無視して食事を始めていた。


 調理場の父は臆病者で、頑張れと視線を向けるだけ。助けてくれそうにない。

 生まれて以来、この上ないほど追い詰められている。


――そんな娘を救ったのは大きな鳴き声だった。



『ウナァァアァアァ!』


 突然、酒場に響いた唸り声。

 娘だけでなく、客達も驚き、主張したものを探す。

 だが姿がない。

 

「もう、悪かったわよ。ほらこれがあんたの分でしょう? 忘れていたわけじゃないのよ。だから、お腹がすいたからってあんまり大きな声を出すんじゃないの」


 その鳴き声に、毒気を抜かれたエルフは、自分の前にあった皿を横にずらす。

 娘はそこで、三人の視線が人がいないはずの四人目の椅子に注がれていることに気づいた。

 

 テーブルの下から、伸ばした白い前足が、ペシペシとテーブルを叩いている。

 角度をずらせば、白い毛玉が、蒼い双玉をこちらに向けていた。


――可愛らしいお客さんは、自分の分がないとひどくご立腹な様子。



 不機嫌だったエルフも、それ以上に怒りを露わにしている白猫を見て、溜飲を下げたのか。


 ようやく、皿の正しい配り方を理解した娘。


 ドワーフの前の一皿をエルフに配り、そしてエルフの前の皿を、白猫に持っていく。


「ごめんね、猫さん。はい、これはあなたのご飯よ。ゆっくり召し上がれ」

 

 今度は、黒く小さな鼻だけだし、フンフン匂いを確かめる。

 その仕草に、緊張した場の空気が弛緩する。


 これで、どうにか乗り切れた。

 娘がほっと息をつく。


「ナァー、ウッ!」


――そんな娘の眼前、白猫は伸した前足を横に払い、皿を隣に滑らせる。


「って、ちょっと、何するのよ! これは私のだって! あんたは、あのクズ野菜で十分でしょ!」


 白猫は爪をエルフの皿に引っ掛け、懸命に己の前に引っ張っろうと試みる。

 それをさせまいと、白猫の頭を上からエルフが抑えていた。


 言葉には出せなかったが、人と獣の本気の争いは、かなり見苦しい。


「はあ。セラフィマよ。少しくらい分けてやればどうじゃ? おまえは本当に欲深いやつじゃの、まったく」


 呆れたように、首を振るドワーフ。

 その態度は、エルフにとってカチンと来るものだったのだろう。


――娘は詳しく知らないが、このドワーフは一行を全滅させかけたらしいし。


 白猫の瞳と、エルフの視線が重なる。

 そしてエルフは、そっとドワーフを指差した。


――あれならやる。


 白猫は行儀悪くテーブルの上を駆け、ドワーフの皿を咥える。

 余裕を気取っていた、ドワーフは呆気にとら、その早業を見ていることしか出来なかった。


 慌て追いかけようとするドワーフをエルフが制止する。


「さすが、無欲なドワーフ様ね。自分の分を全て差し出すなんて! でも、それじゃあ、お腹がすくでしょう? はい、これをどうぞ」


 親切なエルフは、野菜くずの入った猫用飯を、ドワーフに差し出す。

 ちなみに、この後すぐに、娘はこの場を去ることになる。

 エルフに邪魔だと追い出されたからだ。

 なのでドワーフは新しいスープを注文することは出来ない。


 エルフに、睨みつけられたままの食事。

 ドワーフは時間を掛けゆっくりと、頑張って皿を空にする。

 それに満足したのか、エルフはまた追加の料理を注文した。

 そのテーブルの下、足元で、白猫も、皿を綺麗に舐めまわす。


 ちなみに、このやりとりに参加しなかった青年は、一部始終、羨ましそうにエルフを眺めている。


「いいなぁ、セラは猫くんと仲良さそうで――」


 酒場の喧騒はまだ収まらない。


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