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――酒は人生の良き友である。

 良き伴侶は、どれだけ努力しようが、いくら望もうが手に入らないが、酒場で数枚の銅貨や、ちょっと奮発して銀貨を払えば、友は簡単に自分の傍にやってきて来れる。

 後腐れのない娼婦のようであり、それでいていつでも再会を喜ぶことの出来る存在。


 たとえばそう、苛酷な道程の終わり、猫マンマを、無理やり喰わされた後でも、それは変わらない。


 だが、そんな大切な友人と上手に付き合えない者がいることもまた、悲しい事実だった。


「で、なんで、エルフはこんなに扱いが悪いのよ! 別に、お姫さま扱いをしろってわけじゃないのよ! 女の子扱いしろってそんなに難しいことかしら! だってわたし、とっても可愛いでしょう?」


「――あ、ああ。全くそのとおりだと思います、はい」


 酒で赤くなったセラフィマは、隣の男に同意を求める。

 男の方は素面で、必死に首を縦に振っていた。

 恐らくセラフィマの話している内容などどうでも良いのだろう。


――それもしかたがない。セラフィマの手には、砕けた酒瓶が。

 その尖った先を、鼻先に持ってこられては、下手な返答は命取りになる。


 男は先程から、必死にゴズーに助けを求めているのだが、自業自得、巻き込まれるのも嫌なので、それを無視している。


「美人なのに、エルフってだけで、そう扱ってもらえないのよ。人の街を歩くだけで、好奇の視線に晒されて、、村の幼なじみ共はどんどん恋人を作っていっちゃうし。あいつら全員、私よりブスのくせに。それが、こっちを見下したように鼻で笑うの。行き遅れで、可哀想ですねって! ふざけんじゃないわよ! これがどんなに辛いことかあんたに分かる?」



「はい、わかりますとも」


「男のあんたにわかるわけないでしょ――もしかして、馬鹿にしているの?」


 セラフィマの声音が、一気に低くなる。

 先程までの激しいものではなく、暗く沈殿した濁った瞳に変わった。

 男は急いで、横方向に何度も首を振る。

 

 その際、セラフィマに酒瓶で殴られた傷から血が飛び散った。


「まあ、いいわ、許してあげる。で、話は戻るけど、あんただって、わたしが魅力的だから声をかけたわけでしょう?」



――冒険者風の男は、最初『あんたこいつの所有者か。このエルフの姉ちゃん、一晩、幾らだ?』そう言って、エルフの腰に手を巻きつけた。


 その時点で既に酔っ払っていたセラフィマは躊躇うことなく、酒瓶を脳天目掛けて振り下ろす。


 頭から血を吹いて倒れる男をもう一度殴り、気付けをすると、白猫がいなくなって空いた席に座らせた。


 セラフィマの蛮行に抗議するため、席を立とうとする隣のテーブルにいた男の仲間。

 そこに据わった目で、ひと睨み、今度は杯をそのうちの一人に命中させる。


 この時点で乱闘に発展しそうなものだが、昔話で伝わるエルフの力を恐れたのか、たんに、酔っぱらい暴力女の相手をするのがいやだったのか、男一人を生け贄に、無関係を決め込み、向こうのテーブルでひっそりと酒を楽しんでいる。


 手元の杯が空になったのか、セラフィマは手に持っている酒瓶から注ごうとする。

 当然、砕けた酒瓶の中に葡萄酒が詰まっているはずもない。



「ちょっと、酒がないわよ! 早く追加を持って来なさい!」


「は、はい。ただいま!」


 召使いのように、給仕の娘が戦々恐々、急いで追加の酒を持ってきた。


――お姫様ではないが、セラフィマの振る舞いはもはや王様。


 この宿にいる誰も彼女を止められない。


「それなのによ、わたしじゃなくて、あの猫をちやほやするって、エミリオの頭はどうなっているの? 年頃の男の子として、間違ってるわ!」


 そこがもっとも気に入らない理由か。

 ゴズーは、なんとか確保した一瓶を大切に味わう。


 エミリオが、セラフィマを女性扱いしていないとは思わないが、彼は無類の小動物好き。

 白猫に構う時間を取るために、セラフィマとのそれが削られているのは事実だ。


 今も部屋の隅で丸くなって寝息をたてている白猫の尻尾を、突っついて満足そうにしていた。

 ちなみに、暴飲が過ぎるセラフィマと違い、エミリオは一杯で、夢見心地になっている。


 白猫の尻尾にじゃれるその顔はとても幸せそうで、それがまた、酔っぱらいエルフの機嫌を最悪なものにしていた。


――今日はこの旅の目的地について話すつもりだったのだが。


 セラフィマが飲んだ酒の代金、そして壊した食器の弁償、あと、そろそろ出血が多くなりすぎて、意識が朦朧としてきている男の治療費、いや、葬式代。


――それらをどう踏み倒そうか。

 ドワーフは払わなくても済みそうなものから指折り数えていく。

 が、それらを悩むことは、友との一夜に無粋なこと。

 結局、エルフも青年も白猫も、死に近づいていく可哀想な男のことも、それら全部放置して、ドワーフは美味い酒を楽しんでいた。



 一夜明けての、村の入口。

 なぜか周りの視線に敵意を感じ、村を出ることにした一行。

 

「さあ、目的地はヴイエル領、その中心都市、ポロッカ!」

 

 ドワーフは先頭で歩き出す。


「ねえ、エミリオ、一体、ボロッカに何の用なの?」


「さあ? 僕も詳しくは教えてもらってないんだけど」


 その後ろ、エルフが尋ねるが、青年も首を横に振った。

 ゴズーは二人を置いてけぼりに。

 セラフィマは、肉厚の背中を追いかける。

 だが青年だけが、入り口から動こうとしない。

 左右を確認、後ろを振り返る。

 離れた二人に声を上げた。


「ねえ、あの猫くんがいないんだけど?」


 新しく加わったはずの旅の仲間の安否を尋ねる。


「はて、あやつなら、今朝から姿を見ないが――」


 ゴズーは顎鬚をいじる。


「さあ、知らない。飯を食わせてもらった恩も忘れていなくなるなんて、薄情な猫ね。さすが、畜生だわ」



 セラフィマは、それ見たことかと鼻で笑う。

 昨晩は、エルフと白猫はあんなに仲が良さそうだったのに。


――夜半、エミリオが酒場で目を覚ました時など、このエルフ、白猫を枕に寝息を立てていた。


 それを指摘すると、真っ赤になって怒りそうなので黙っておく。

 そんな、猫のくせにどこか人間味のあるあの子が仲間になることを、エミリオはとても喜んでいたのだ。

 

「ねえ、おじさん、ちょっと村の中を確認してきてもいいかな?」

 

 エミリオが提案する。

 ゴズーはエミリオとセラフィマの顔を覗ってきた。

 

「まあ、坊っちゃんと、セラフィマが、どうしてもと頼むなら――」


「別に、頼まないわよ! なんでそこで私を引き合いに出すの? さあ、今度こそ、街道を通って、『まともな』旅を始めましょう!」


 セラフィマは、一行を危機的状況に追いやってくれたことを当てこすり、ドワーフに皮肉を吐く。


 だが、言葉の割にセラフィマの歩みは心なしかゆっくりだった。

 その背中を、ゴズーがニヤニヤと笑いながら見つめている。

 エミリオもついゴズーの視線を追ってしまう。


「約束を破る形になってしまうが、お主がそこまで言うなら仕方ない。出発することにしよう」


「――そうだね。この先が、苛酷な旅ではないという保証もない。ここでお別れするのも、あの猫くんの為か」


 エミリオもそれに賛同した。

 

 急に意見をひっくり返したエミリオを不思議だと、首だけで二人を窺うセラフィマ。

 エミリオがその後ろ姿を笑顔で見つめているのに気づくと、顔を赤くして歩みを早くした。


――さあ、仲間も揃った。


 胃袋は満たされ、睡眠も十分にとった。

 故郷の村を離れ、見るもの全てが初めての旅。


「ところで、おじさん。いつから気づいていたの?」


 この先にあるものに期待する。


「ああ、朝、セラフィマを起こしに行った時に潜り込んでいるのを見かけてな」


 空は快晴。


 小さくなっていく、エルフの背中と、背負われた荷物袋の口から呼吸のために飛び出している黒く小さな鼻。


 


 先頭を行くのは鈍感なエルフ、そして、その荷物に紛れ、健やかな寝息の白い獣。

 そして心優しい青年に、老獪と言うにはまだ経験が足りないドワーフ。


 これが白猫の新しい旅の始まりだった。



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