Fall Vacation Ⅲ
毎週水曜、および一部祝日。それが中華料理屋『青龍』の休日。
なので今日は、珍しい休みの日で……竜華は『青龍』の厨房に立っていた。
「……」
「……」
一人作業をする竜華を、俺と龍也さんはカウンターの向こうから見守る。作業というのは、もちろん料理だが。
……知っている人なら、高校でのあの弁当を思い出して、逃げ出したくなるだろう。許されないけど。
「……よし、出来たぞ」
少しして、竜華の料理が完成。俺達の前に置かれたのはシンプルな五目チャーハン。
「……」
龍也さんが無言でレンゲを手に取ったので、俺も真似てレンゲを右手に。
ゆっくりすくって、なるべくゆっくり、口に運ぶ……
「……」
……知っている人なら、高校でのあの弁当を思い出して。違い過ぎる味の変化に驚くだろう。
普通に食べられる。あの竜華の作った料理が、普通に食べられるのだ。前なら一口食べただけでその後数十分の記憶が無くたっていたのに、今ではもう一口を運ぶところも覚えていられる。
これも竜華の父、龍也さんのおかげだ。
竜華と共に里帰りしてから数日。俺呼ばれた理由は、言ってしまえば手伝いの為。
普段なら一人アルバイトの人がいるのだが、あの人はこの時期だけこうして長い間休む。その度に人を雇うわけにもいかず、こうして俺が呼ばれたというわけだ。
その手伝いが終わり、店も閉まった後。俺が帰った後に、竜華は龍也さんに料理を教わっていた。
その成果が、今のコレだ。食べて記憶が飛ぶ料理が、食べても記憶が飛ばない料理にまで進化したんだ。
食べられるという点では、これで全然良い、これから先を普通に生きていくだけなら十分な能力。
だが、竜華はそうはいかない。
「……ダメだ」
一口食べた龍也さんが、そう呟いた。
「進歩は認めよう、だが味が足りない。この1,4倍調味料を足せ」
「……はい」
竜華は再び作り始めた。
数分して、再び完成。龍也さんが口に運ぶと。
「……具の切り方が小さい。ネギは形が残る程度に小口切りだ」
またもや指摘。竜華は注意点を踏まえてもう一度作り始めた。
……竜華は、この『青龍』の跡継ぎ。本人もそのつもりで、そのために『青龍』のメニューを全て再現出来なくてはいけない。あの、料理下手の竜華が。
それはとても大変なことだと、ずっと見てきた俺はよく分かっている。高校でよく作ってきた弁当も、全てはこのための練習だったと言える。
「……今日はこのくらいにしておこう」
その後、もう一度作り直したところで認めてもらえ、本日は終了となった。
龍也さんは店の奥に行き、竜華は自分の使った調理器具などの片づけを始める。
「竜華、手伝うぞ」
「いや、これは私のしたことだ。全て私が片づける。気持ちだけ受け取っておこう」
手を止めることなく告げ、竜華は最も使った包丁から片づけを始めた。
「良かったな、認めてもらえて」
「あぁ、これで5つ目。このまま徐々に行きたいが」
『青龍』のメニューは全部で30。竜華は数日でようやく6分の1を認められ、本人の目標は秋休み中に全てのメニューを認められることだという。
正直、このペースでは無理に近い。それに今までは割と簡単なものばかりで、後になるほど難しい調理法が必要になる料理が待ち構えている。それらを越えなければ、到底無理な話だ。
「次はどの料理なんだ?」
「そうだな、このまま炒め物系統を終わらせてしまおうと思っているから……回鍋肉か、あるいはレバニラ炒め、もしくは…」
片づける手は止めないまま答えてくれる竜華の声を聞きながら。
俺は、ある計画を考えていた。
「そうか、じゃあ、頑張ってくれよ」
俺は席を立ち、扉へと歩いていく。
「また明日な」
「あぁ、明日もよろしく頼む」
「もちろん」
外へ出て扉を閉めると、携帯を手に持ってあるところへかけながら俺の家へと向かった。
数回呼び出し音を聞いていると、相手が出た。
『はい。青川です』
竜華の家の電話にかけ、龍也さんが受話器に出た。
「あ、龍也さん。俺です、緑葉です」
『彰君か。あの話だな』
「はい。3人には連絡がついたので、最低でも3人、これに1人か2人くらい増えるかもしれないので、その報告を」
『了解した。最終的な人数が決まったら早めに連絡を頼む、こちらにも準備があるからな』
「もちろんです。竜華の為にも」
『……ありがとう』
お礼を言って、龍也さんは電話を切った。俺も携帯をしまうと、丁度家の前に辿り着く。
「……」
一度、『青龍』の方を見てから、俺は家の中へと入った。
……この計画は、竜華に知られるわけにはいかない。
なぜならこの秋休みの内に、俺と龍也さんの二人で、竜華に―――