Autumn Holiday 紀虎
今回は、普段とは別の人視点の物語となっています。
「ついにこの日が来たか……」
秋休みの5日目。今日陸上部では、ある大きなイベントが行われる。
今年は一年生の入部が少なかった為、規模が小さくなると思っていたら、その逆。部外からアシスタントを呼び、更に観客有りになったので、まるでスポーツ大会の時みたいに賑やかだ。つか、普通に考えたらなんで今まで隠してたんだろうか? 三年生になってから思った。
アシスタントによって作られた看板を見上げる。高校の名前の後、『第十三回 陸上部学年別記録計測会』と書かれていた。
「てことは、最初に出た時は十一回目だったんだな」
1年の頃は、看板なんて気にしてなかったからな。
けど今回は違う。アタシも3年生で、つまりは最上級生。1年、2年とは思い入れが違うんだ。
別に全部の競技で一位を取りたい、とは言わない。
唯、アイツには……灰中狼にだけは負けられない。
「あれだけ練習したんだ。後はその成果を全部出しきって……それで、狼に勝つ」
「やる気満々みたいだな」
後ろから声がした。
振り返り見ると、
「奈津保、藍田も」
「応援に来たよ〜」
「スゴい数だな。スポーツ大会みたいだぜ」
それさっき思ったな。
「ところで、りゅーちゃん達知らない?」
「竜華達なら、部室の方にいんじゃねぇか? 行ってみようぜ」
奈津保、藍田と一緒に部室前に行くと、目当ての3人はすぐに見つかった。
「りゅーちゃ〜ん」
「ん? 奈津保」
「陽斗も一緒か」
「紀虎さんもいます」
竜華、彰、雀耶さんと合流する。
「ここにいたんだね、探したよ〜」
「手伝いをしてくれた生徒達は、今日はマネージャーとしての仕事をするんでな」
「先ほど、どの競技をお手伝いするかくじで決めたところです。ですが、3人共バラけてしまいまして」
「そういや、まだ手伝える人探してたな。2人共、今からでもやらないか?」
「あー、ナツはどうする?」
「もっちろんやるよ! 先生に言いにいこう!」
「んじゃ、アタシはここで」
5人と別れ、アタシは部員達の方へ。端の方にいたアイツを見つけて、声をかけた。
「よっさ、狼」
「はい。こんにちは」
壁に背を預けていた狼の隣に、同じように背を預けて並んだ。
「今年こそ、勝たせてもらうからな」
「そのままお返しします。1、2年生の時とは違いますので、今回は必ず勝たせていただきます」
「当たり前だろ、3年生で最後、1、2年の時とは違うさ」
「いいえ、それだけではありません」
「え?」
それだけじゃない? それが全部だろ普通。
他に何かあったか……?
「あ、もしかしてお前」
「……」
一瞬、狼の表情が動いたような気がした。
「この記録会の上位者が、内心良くなるってあれか」
簡単に言って、部活の評価が上がる。そうすれば体育系の大学とか有利になるらしいけど、
「……そんなの気にしてませんよ」
だよな、だってアタシ達は…
「そんなものではなく、もっとちゃんとした理由ですから」
「ちゃんとした理由って、なんだよ?」
「……そろそろ、始まりますよ」
それだけ言って狼は行ってしまった。
「あ、ちょっ、おい」
ちゃんとした理由って、いったいなんなんだ?
「これより陸上部の学年別記録計測会を行う。今回は部員数の減少から部外からアシスタントを呼び、こうして観客制を設けたが……この程度で緊張して記録を落とさないようにな」
谷門先生の挨拶も終わり、ついに記録会が始まった。
3つの競技を学年別に、運動場の三ヶ所で行うこの記録会。
3年生の最初は、高跳びだった。
本来部員達で行う記録の集計はアシスタントの生徒達がやっている。知ってる顔は……
「あ、とらちゃん」
お、奈津保だ。手伝い出来たんだな。
「三年生はまず高跳びなんだな」
竜華もここか。他には……
「はい、次の人」
あぁ、中紫。これくらいか。
「……あれが、灰中か」
竜華はスタート位置についた狼を見て、アタシに訊いた。
「そうだけど、どうかしたのか?」
「いや、陸上部でのライバルだと彰から聞いてな。なるほど……」
竜華の奴どうしたんだ? 何か狼を見て納得したように頷いて。
アタシと奈津保は見合わせて首を傾げる。
「竜華、どうしたんだ?」
「さぁ〜、ライバルのライバルは、自分のライバルでもある。とか?」
「あー、なるほど」
「なっ!? ち、違う! そんな事は思っていない!」
そんな大声で否定しなくてもいいだろ。回りの視線がちょっと集まったぞ。
「じゃあなんだよ」
「……言っていいかは解らないが」
「いいよ、紀にせず言えって」
「ならば……」
その時には、
「恐らくだが、紀虎、お前は灰中には勝てない」
竜華の言葉を、冗談として聞いていた。
しかし、
「ちくしょー! 後少しだったのに……」
高跳びの結果。アタシは狼にわずか5cmで負けてしまった。
「竜華の言う通りになった……まさかアイツ、預言者だったのか」
「そんな訳ないだろ」
後ろからつっこまれた。
「やはりという結果になったな」
「な、なんで分かったんだよ。アタシ、どこかおかしいか?」
「いや、紀虎は自身の実力を発揮している。それは灰中も同じだった」
「じゃあ……」
なんでアタシは負けたんだ。
「それは、灰中にしかないものがあるからだ」
狼にしかないもの?
つまり、アタシには無いものってことか?
「何だよ、それって」
「それはな…………ん?」
言いかけた竜華は口を閉ざして横を見た。
その方向には、
「……」
狼がこちらを見ていた。
「……なるほどな」
竜華はまた納得したように1人頷いた。
「紀虎」
「お、おぅ?」
「知りたかったら、次の競技で勝て」
「は?」
何だよその、知りたかったらこの試練に耐えてみろみたいなの。
「んなこと言わずに教えくれよ」
「大丈夫さ。次は紀虎の得意分野だからな」
そのまま教えてくれず。竜華は次の準備に行ってしまった。
「あ、おい、竜華!」
なんだっていうんだよ。狼といい、竜華といい、秘密が多すぎるぜ。
次の競技は幅跳び。竜華の言った通り、高跳びよりアタシは得意だ。
「にしてもなー……」
前を見ると、
「それでは次、灰中狼さん」
「はい」
アシスタントの雀耶さんに呼ばれ、狼がスタート位置についた。
スタート合図を出す陽花が右手を挙げる。
「よーい……」
「……」
若干前屈みに狼が構える。
「ドン!」
「……!」
合図と共に加速開始。
適度な助走をつけた狼は、踏み切り場で―――
バッ!
「うへー、気合い入ってるな、灰中」
隣で見てた剛が関心していた。
「だな……」
アイツ……本気だ。多分自己新記録出したろう。
あそこまでさせる、アタシに無くて、狼にある理由って、何なんだよ?
「白本、呼ばれてるぞ」
「え?」
「白本紀虎さーん」
あ、アタシの順番か。
「はーい」
早足でスタート位置へ。
その途中、終わった狼とすれ違う。
「んじゃ行くよー、よーい……」
陽花の合図を聞きながらも、頭の中は考えている。
『アタシに無いものって何だ』
「ドン!」
走る。
『狼にしかないものって何だ』
助走をつける。
『理由ってなんなんだ』
踏み切り場が見えてくる。
『それがあるから、アタシは狼に勝てない?』
踏み切り場が近付いてくる。
『何言ってんだ』
踏み切り場で、
『そんなの関係無しに』
跳んだ。
『アタシは狼に勝ちたいんだ!」
「うわースゲェ、今んとこ一位だぞ」
「え?」
メジャーで記録を計った藍田が、そう呟いていた。
「なんとか勝ちはしたけど……」
幅跳びは、二位の狼に僅かな差で勝利した。
これで一勝一敗。次の競技で、最後の競技で決着だ。
「はぁー」
しかし全く分かんねぇな。狼の理由。
実力的には一緒だから、違うとしたら……
「……ダメだ、分かんね」
あ、そうだ竜華。次の競技に勝ったら教えてくれるって言ってた。
よし、竜華を探しに…
「探しましたよ。紀虎」
行こうとしら、狼に見つかった。
「なんか用か? まぁアタシもあるけど、今は竜華探さねぇといけないから後で…」
言いながら横を抜けようと歩き出す、
「教えます。理由を」
足を止めた。
「マジか」
「マジです。その方がフェアでしょうし、その程度でワタシは負けませんから」
言ってくれるな、狼。
「じゃ、聞こうか? アタシには無くて狼にしかない理由を」
アタシは分からなくて竜華は分かった理由とやらを。
「……ワタシはですね」
一拍、二拍、もっと間を空けて、狼は言った。
「ワタシは…………ワタシには、彼氏がいます」
…………………は?
「告白は彼からで、ワタシは了承し、付き合いが開始されました。以来回りにはあまり知られないようにデートをして…」
「待て待て待て待て! ちょっと待てぇ!」
いきなり何言い出すんだコイツ!?
「驚きましたか」
「当たり前だろ!」
無表情でサラッと凄いこと言い出したなコイツ!
つかあの一匹狼って言われてる狼に彼氏がいるとかビッグニュースもんだぜ情報委員も知らない情報じゃないかコレ?
……って、落ち着けアタシ。
「そ、それがなんだって言うんだよ」
そりゃ彼氏なんていないけど、たったそれだけで狼に勝てない理由にはならないだろ。
「……紀虎。アナタの勝利は、言わば自分の為です」
「そんなの、当たり前だろ?」
勝って喜ぶのは自分に決まってる。
「しかしワタシは、ワタシには、勝利を共に喜んでくれる人がいます。その為に、共に喜ぶ為に、ワタシは勝利を求めて挑みます……言うなれば、誰かの為の勝利」
「……」
アタシの場合、勝って喜ぶのはアタシ。負けても悔しいのはアタシ1人だけ。
けど狼は違う。勝たないと、勝てないと、悔しがる人が他にもいる。
……そうか、その為に勝利に執着するから勝てるのか。
確かに、アタシには無い理由だ。
「けどな、狼」
「はい」
「アタシも負けないぜ。最後の200m走、アタシは相手に狼を指名する!」
「もちろんです。ワタシも、紀虎を指名します」
ビシッ! お互いに指を突きつけて宣言した。
200m走。この競技の決まりは、一対一。
相手を指名し、200mを走る。3つの中で一番勝負になりやすいのがこの競技だ。
いつからか、アタシ達が入部するより前にこのルールがあり、唯一の学年合同で、副部長が部長に挑んだり、下級生が上級生に挑んだりしてもいい(計るタイムは自分が相手を指名した時だけ)。
「よ〜し、勝負だよひょうちゃん!」
「受けてたとう、リリ!」
今も、女子の部長睦黄と、副部長押川が走ろうとしている。
「……」
アタシ達の順番は次だ。
これで、決着が付く。高校生最後の、最後の勝負。
絶対に、狼に勝つ。アイツにも勝つ為の理由があるけど。
けど、アタシにだって……
「……次の人達」
七ヶ橋の声でスタートラインに移動する。
2つのレーン。隣には狼。
その逆隣、ちょっと高い台の上には、
「紀虎、頑張れよ」
スタートを合図する彰が立っていた。
「彰……」
少し上にある顔を見上げる。
「ん? どうした?」
「……いいや。なんでもない」
……アタシにだって、あるんだぜ。
「勝ってくるぜ!」
「そ、そうか……じゃ、行くぞ」
彰は合図となるスタートガンを上へ上げた。
「位置について……」
アタシと狼は走る構えをとる。
「負けません」
「コッチもな」
一言だけ会話をする。
「よーい…………」
後はただ、前だけを見て―――
パァンッ!
自己満足の為ではなく、誰かの為に勝つ。言い換えれば、誰かの為に勝たなくてはならない。その為に、力を出すことが出来る。これはそういうことを書いてみました。
ようやく、一つの締めくくりが見えてきました。けど、あくまで一つです。
そのあたりは、また、次の投稿で、
それでは、