ep9 その水晶、使うべからず
砂漠のオアシスを後にした一行が辿り着いたのは、古代の廃都『ザルツベルク』
崩れた石柱が複雑に絡み合い、一度足を踏み入れれば方向感覚を失う「石の迷宮」と化していた。
「……暑いし、出口は見えないし……。アキラ、ここ本当に道があってるの?」
マリアが扇子で顔を仰ぎながら不機嫌そうに呟く。
「……焦るなマリア。レオ、そこにある石柱の『苔の生え方』を見ろ。砂漠の風が当たる北側だけ乾燥して色が薄い。これが方位磁石代わりだ」
アキラは地面の砂を指で払い、わずかな窪みを見つけた。
「……さらにこれだ、ブーツの足跡。それも、この世界の軟革靴じゃない。ソールが強化された、軍用タクティカルブーツのソールパターンだ」
「……流石ね、レンジャー。……でも、視覚だけじゃ足りないわ」
セレーナが目を閉じ、長い耳をピクリと動かす。
「……風が瓦礫を抜ける音が、あっちの神殿跡だけ不自然に遮られている。……アキラの言うカヤクとショウエン、タバコの匂い……あいつ、まだ近くにいるわよ」
セレーナの先導で一行は音もなく迷宮を突き進む。そして、巨大なドーム状の神殿跡に辿り着いた。
神殿の中央、魔法陣の傍らに「その男」はいた。
黒いコートを羽織り、ライフルを無造作に肩に担いでいる。
「……動くな、密猟者! 自然保護法違反、および希少魔物殺傷の疑いで拘束する!これが女神様の聖痕入りの令状だ!」
アキラの鋭い声が響く。
男はゆっくりと振り返り、ニヤリと笑った。
「……ハンターを『密猟者』呼びか。心外だな、役人さん……だが、今は遊んでる暇はねぇんだ。…あばよ」
男が足元のスイッチを蹴ると、神殿の天井から大量の砂が滝のように流れ落ち、一行の視界を遮った。
「……レオ、斬れ!」
「おうっ!」
レオが聖剣を一閃し、砂の壁を切り裂く。だが、そこにはもう男の姿はなかった。
「……チッ、逃げられたか! ……ん? 魔法陣が起動してない。……あいつ、転送用の『魔石』を抜き取っていきやがった!」
魔法陣の台座は空っぽで、これでは男を追うことができない。
「……そんな、ここまで来て……。あいつ、空に浮かぶ島へ逃げるつもりだって、足跡の向きが言ってたのに!」
セレーナが悔しそうに地面を叩く。
「……魔石、魔石か……。……なぁマリア。お前がいつも自撮り(水晶通信)に使ってるその『特大の水晶』。……あれ、高純度の魔力媒体だよな?」
アキラの視線に、マリアが「ヒッ」と短い悲鳴を上げて水晶を胸元に隠した。
「ちょっと待って! これ、お父様に買ってもらった、限定モデルの最高級品なのよ!? 予備のバッテリー(魔力)もパンパンに詰まってるけど、これを代用にするなんて!」
「……マリア、頼む。あいつを逃がせば、また次の魔物が犠牲になる」
アキラが真剣な目でマリアを見つめる。
「……ぅ……分かったわよ! もう、アキラには勝てないわね!」
マリアが半泣きで、ピカピカに磨かれた水晶を魔法陣の台座に置いた。
「起動…しなさいよ! この安物魔法陣!」
マリアが水晶に魔力を流し込むと、代用品とは思えないほどの眩い光が溢れ出した。
「ひゃあああ! 凄いですぅ、マリア様! ……あ、あれ? 身体が浮いて……!?」
リリィの悲鳴と共に、一行の視界が白一色に染まる。
「全員、離れるなよ! ……行くぞ、天空の島へ!」
アキラの声を最後に、一行の姿は廃都から消え、遥か上空、雲を突き抜けた先の「浮遊島」へと転送されていった。




