財務卿付き書記官は自らの立ち位置を”理解する”
「……ノエル。」
思わずため息交じりの声が漏れた。
俺の目の前で、まるで昼下がりに紅茶でも頼むみたいな顔で、ノエルが口を開く。
「だから、飴の量を増やせばいいんじゃないですかね?」
目の前の会議は、誰もが眉間に皺を寄せていた。重苦しい空気。陛下のお望みに障壁となるであろう財務卿への説得材料の捻出。誰もが頭を抱える難題だ。
──なのに、この男はあっさりとそう言った。
ノエル=レイヴァン。俺が一方的に勝手な劣等感を、そしてそれ以上の尊敬の念を抱いている相手。
高政時代、誰も思いつかなかったことをさらっと実行してきた“天才”だ。
今日もまた、俺の常識を軽々と踏み越えていく。
どーも皆さん。俺はカイル=ドレイモン。高政を上位で卒業してストレートで書記官試験に合格し、財務卿付き書記官として働いている。まぁ俗に言うエリートって奴だ。
さらに、実家はドレイモン公爵家。そう。財務卿のドレイモンは俺の叔父にあたる。
要は、いい所のおぼっちゃまエリートが、この俺、カイル=ドレイモンなのだ。
と言っても、高政に入学する以前の俺しか知らない人は、今の俺を見てびっくりするだろう。何せ、あの頃の俺は『高飛車』『傲慢』『自己中』三拍子揃ったどうしようもない奴だったのだから。
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「今代の陛下は全く政務を行って下さらない。」
「我らがお支えしなくてはこの国は終わりだ。」
我が公爵家は王家の血を引く家系で、陛下の一の家臣。俺は幼いときからそう教わってきた。
当時、王の座にいらしたのは先代の方で、先王は余り政治に興味の無い方だったらしい。大人達の口に登るのは、王の姿勢を嘆く声と「ならばこそ」と奮い立つ声だった。
しかし、その言葉達はまやかしだったらしい。実際に目にしたのは、先王の目がないのをいいことに、自らの立場を強固にするような姿ばかりだった。
地方への支援金を中抜きする。『慣例通り』で、状況が変化しても対応を変えない。挙句の果てに、自分たちが実質的な国のトップだからってバレないとタカを括る始末。
今になって思えば、大人たちの酷い二面性を幼い頃に浴びたせいで、精神が捻くれてしまったのだろう。「パパだってこうしてるもんねー」と苦しい言い訳をする、ワガママいっぱいの痛い子供になっていた。
周りも周りで俺の事をヨイショする自称大親友ばかり。それも当然。子供であろうと、天下のドレイモン公爵家の人間に取り入れればこの先安泰だ。各家の子供は、親からそう言われていたのだから。数少ない良識を持った家の者は、これまた当然ながら俺から距離を置いていた。こうして、性格最悪だった俺の周りはイエスマンばかりで、さらに性根が腐っていく悪循環だったってワケ。
中等部では色々やらかしたもんさ。特にアレ。高位貴族と優秀な下級貴族や平民しか入ることが許されないサロンに、平民の入場を拒否したやつ。当時は本当に自分が正義だと思ってやっていたことに、本当に頭が痛む。やってる事がそもそもみみっちいし、自分の特権意識が透けて見えて今じゃ立派な黒歴史だ。
……じゃあなんで今、俺がこんな他人事みたいに第三者視点から物申してるかって?
それを語るには、高政の入学まで時を進める必要がある。
高政に入学するまではどうしようもない俺ではあったが、成績だけは良かった。家で散々教育されてきたからね。ドレイモン公爵家の者として、学校程度で首席を逃すなどという無様な真似は晒してはならないとされていた。
また、俺は当主の甥だけど、公爵家には直系の男が俺しかいない。そのため、俺は事実上の次期当主、継嗣として育てられた。そんじょそこらの貴族家の子供じゃ受けないような教育を受けさせて貰ってきたと自負している。
しかし、そんな俺を抜かしてきた奴が現れた。そう。ノエル=レイヴァンだ。
はっきり言おう。面白くなかった。
ぽっと出の下っ端貴族が俺よりできるだって?冗談じゃない。学園に賄賂でも送ってズルしてるんじゃないか。
王国が誇る学園がそんな事するわけが無いのに。当時の俺は、本気でノエルのことをズルい野郎だと思い込んでいた。
俺がそんな態度をしていたからか、追従するように周りの生徒もノエルのことを蔑む態度を取っていた中。ノエル、彼だけは何も変わらなかった。ただひたすらに日々の授業を集中して受け、時折教師に質問に向かっていた。
「お前は、何故そこまで勉学に励むんだ?」
ノエルにそう聞いた事がある。
「あ、ドレイモン様。」
彼はなんて事ないように俺の方を振り向いて答えた。
「だって、勉学が最も公平だからです。僕の知らないことを誰かが知ってて、勉強すれば僕も同じだけになれるなんて素晴らしいことだと思いませんか。」
そう答える彼の姿が、とてもまぶしく映った。
「……ははっ。俺も、そう思う。」
気づけば、自然と笑みを浮かべている自分の姿があった。
あぁ、負けたな。
高政に入学してから1年。ついに心からそれを認められた。その間、ノエルはずっと首席で、俺は次席だった。
それからは、俺も今まで以上に授業に励んだ。今までだって勉強はそれなりにしてきたけれど、真剣に身を入れてやれば、段違いに理解が深まった。
それで思った。「あれ、ウチの家が諸悪の根源なんじゃないか…?」って。
だってそうでしょう。このころになると、陛下が代替わりされて、自分で政治を執られるようになっていた。しかし、家に出入りする大人の言葉といったらもう。
「陛下はお若いから我らでお支えしなければならない。」
「宰相殿も経験が足りぬのに、我らの陳情を無視するなど…。国のことを顧みてはいないのか。」
など前王の時代と言っていることが変わらない。言っていることの中身が合っていれば別に問題はないが、勉強すればするほどに今代陛下の政治体制が民に寄り添ったものなのか、俺は理解してしまった。
理解してしまったとも言う。
だからと言って日々が変わることはない。毎日高政に通い、ノエルと切磋琢磨しながらこの国の政治体制を学び続けた。身内の不始末からは目を背けたまま……。
だってまだ俺は子供だ。「違う」と分かっていても行動に起こして彼らにばれれば即、対処される。それが監視が厳しくなるとか再教育とか生ぬるいものならまだいい。でも、俺の頭には常に『廃嫡』『暗殺』の2文字があった。
このまま尻尾を出さずに爵位継承までいけば、公爵家の穏便な改革が俺の手で可能なのでは?
そう自らの心に言い聞かせてやってきたのだ。
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──そして今、俺はノエルの同僚として働いている。
しかし、その立場は同じようでいて全く違う。ノエルは宰相付きで、俺は財務卿付き。それ以上に、俺には【ドレイモン】という家名がついて回った。
高政を卒業して尚、ドレイモン公爵家の継嗣である俺は、ほぼ公爵家の跡取り決定といってもいい存在になった。それでまあ、おべっかを使ってくる奴の多いこと多いこと。俺が財務卿本人ならともかく一介の役人だというのに、何を考えているんだか。大半が「便宜を図ってくれー」と自分のいいように仕向けたいか、「お前の為だ」とばかりにまだ若い俺を懐柔してやろうというものばかりなのがまた。いい歳した大人だろうに……。
でも俺は一書記官に過ぎない。日々財務卿へ回ってくる書類の決裁を行い、それを宰相様の下へ戻す。自分の職責で陛下の助けになれることなんて、財務卿である叔父をなだめすかして決済を早めることくらい。それも幼い時から関わりのある叔父だからできることで、他の大臣方にまで手が回るわけがない。それ以上のことをする気はまだなかった。
ありがとうございました!
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作者のやる気に直結します!
《登場人物紹介》
カイル=ドレイモン(高政在学時)
入学当初は、素行が悪いが学力と実家の爵位の高さで回りの口を閉ざしていた。が、ある時を境に勤勉な学生へと変貌する。知識量の多さは主席であるノエルに及ばないが、分野によっては彼のほうが上回ることもあった。今までの黒歴史+実家への不信感で、結構苦しい時期だったかもしれない。
「アイツがいたから、俺は俺になれたのかもな。」




