宰相付き書記官、壁の向こうで同期と向き合う
「──お取込み中、失礼いたします。財務卿より本日提出分の決裁書類を預かって参りました。」
締め切られた控室の扉の向こうから声がする。アイツの声だ。……なんと、まぁ。
「いいタイミングですね。」
宰相様の仰る通り。間が良すぎる。ここにいる全員が無言で頷いた。
私もその一人に入らざるをえない。いつもはもう少し遅い時間に来ている気もするし。というか、もう財務卿は今日分の仕事したのか? 普段ゴネてこっちまでシワ寄せが来てるってのに。主に宰相様が。
……何を考えてるんだ、アイツは。
「──入りなさい。」
思考を刺すかのように書記官長から入室を促す言葉が放たれ、一拍。扉が、音を立てて開いた。
「失礼いたします。財務卿付き書記官のドレイモンです。」
そう言ってアイツはこちらへ歩み寄ってきた。
一歩、二歩。
普段から同じように歩んでいる彼は今日も同じように向かってくる。しかし、今日その歩みに注目してしまうのは、一重にこちらの問題なんだろう。
本当に彼は書類提出の為だけに来たのか? さっきまでの話は聞かれてなかったか? もしや、今朝の話がもう財務卿のところまで伝わっているんじゃないか?
各々の猜疑が渦巻く部屋は、異様な空気を孕んでいた。
「こちらが、本日分の書類でございます。ご確認ください。」
そんな中でも、彼はいつもと変わらず、冷静に己の職責を果たしている。
「──はい。確認できました。ご苦労さまです。」
書記官長も普段通りだ。そして、もう一人。
「財務卿の執務室から遠かったでしょう。丁度昼ですし、ここで少し休んでいきませんか。」
「──私で宜しければ是非。」
宰相様も通常運転……いや、これは何か企んでおられるか? でなきゃこんな圧のあるお誘いしないって。疑問文の体裁を取っておきながら語尾が上がらないとこんなに圧があって怖いなんて。知らなきゃ良かった。
******
「──そう言えば、ドレイモンド書記官はうちのレイヴァンと高政の同期だと聞きましたが。」
そう書記官長が切り出したのは、昼食もそろそろ終わり、最後のお茶を嗜んでいるときだった。
私としては『いつくるか、いつくるか。』という感じだったから、ここまで焦らされてとても昼食を楽しめたものではなかった。この戦場で唯一と言っていいほどの楽しみが昼食なのに!王城のご飯だから官吏の食事もそれなり以上だし、何より我々の特権で官吏専用食堂まで行かなくても厨房の人間が食事を届けてくれる。まぁ食堂行けないくらい忙しいだけなんだけど。あ、あと宰相様の食事をお持ちするついでという側面もあるかもしれない。
「はい。書記官長様の仰る通り、ノエル、失礼しました、レイヴァン書記官とは高政で同期でした。」
アイツは、私の内面百面相(外面には出てない筈!ね!ね!!)をよそに実に冷静に返答している。
「ドレイモン書記官とは高政の討論の班が同じだったんですよ。ね、カイル。」
「っバカ、ノエル。今は仕事中だろう!」
私もカイルのその返答を補足しようとしたけど、彼に小声で叱られてしまったからちょっと間違えたみたいだ。
私たちのこのやり取りを黙って聞いていた書記官長や宰相様は、お互いに顔を見合わせていた。よくある、『目線で会話』ってやつだ。この御二方は登用された時期が殆ど同じからか、時折このようなやり取りをされる。心做しか、いつもより少し目を見開いている気がするけど。……え、なんで?
「……ふふっ。君たちは高政ではかなり仲が良かったみたいですね。」
「ええ、そうみたいですね。同班だったとは言え、卒業してからも誼があるなんてなかなかないことです。二人とも、この縁を大事にするんですよ。」
「「はい!」」
どうやら御二方は我々の仲が微笑ましかったらしい。宰相様への返事もカイルと揃ってしまったし、息ぴったりさを示してしまって少し恥ずかしい。
「それにしても、ドレイモン書記官とレイヴァン書記官が討論で同班だったとは。レイヴァン書記官が首席合格だった事を踏まえても、ドレイモン書記官も余程秀才なんですねぇ。」
宰相様が、さらにカイルに向けて話しかけた。
「滅相もございません。レイヴァン書記官は私などとは比べものにならない程努力する奴です。実家が子爵にも関わらず、私を凌ぐほどの知識量を誇っていましたから。」
「そうですか。」
宰相様は、カイルの返答にそれだけ返し、書記官長の方を見た。書記官長はひとつ頷き、口を開いた。
「さて──、」
レイヴァンの友人であり、書記官でもある貴方に少々相談事があるのです。
始まった。
そう、私たち宰相付き書記官は思った。空気が、今日一番という程張り詰めたのを感じる。先輩方、そして書記官長、宰相様までもがカイルを注視した。
カイル、いやドレイモン書記官はここに来てから初めて少し動揺したように見えた。そして、目線のみを左右に動かした。
「……どうしましたか?」
書記官長が、追い討ちをかけるように声を掛ける。
それに対し、ドレイモン書記官は数秒間目を瞑り、その後一つ喉を鳴らした。その姿はどこか覚悟を決めているようにも見える。
「その話をお聞きする前に、大変失礼ではありますが周囲の目と耳の確認をさせて頂きたい。」
そして、そうはっきりと、目線を上げ宰相様を見すえて言い放った。
「ここにはそのようなモノないと私が保証しますが?」
「宰相様のことは信じておりますが、私の叔父は財務卿なのです。ここで話をされるということはそういう事でしょうから、万が一があればお困りになるのは宰相様方では?私にとってもコレが背信に係る可能性がある以上、向こう側に発覚すれば良くて廃嫡、最悪の場合暗殺も有り得ます。」
「ふむ……。それでも貴方は我々の話を聞く意思があると。」
「はい。……叔父であるとはいえ、財務卿の在り方に疑問があるのは確かですので。」
宰相様とカイルのその遣り取りを聞き、書記官長が書記官控室の扉を少し開け何処かに合図を送る。途端、扉の前を警護していた衛兵が向こうの角まで下がった。
「宰相様、人払いは済みました。」
「ご苦労さまです書記官長。」
書記官長の働きに一言労った後、宰相様はカイルの方に向き直った。
「ドレイモン書記官、貴方のことを少々試させてもらいました。」
「いえ、私の所属と家を考えれば当然かと。」
「そう言ってもらえると幸いです。──では、会議を始めましょうか。」
******
「───以上が、今までの経緯になります。」
あれから5分程かけて、書記官長が改めて今までの経緯をカイルに向けて説明してくださった。カイルも真剣な顔をして聞いている。
「ではドレイモン書記官。レイヴァン書記官が言っていたように、貴方の方から財務卿に働きかけることは可能でしょうか?」
宰相様からの問いに、彼は目を閉じて数秒考え込んだ後、口を開いた。
「財務卿の説得は可能です。」
『おぉ』と声にならない声が控室全体に広がった。
私たちの午前中が漸く報われる。良かったぁ。と私も思った、そのとき。
「しかし、全てを宰相様や陛下の思惑通りに進めることは再考する必要があるかと。」
カイルのその言葉に、再び場が静まり返った。
「私もその可能性は考慮に入れています。具体的に話してみなさい。」
「はい、宰相様。財務卿が反対する最大の理由は、閣下方の思い通りに事が進まないためです。そのため、大臣の皆様へも飴を分け与えばいいのではないでしょうか。」
「……成程。やはりそれしかありませんか。書記官長はどう考えます?」
「確かに。これならば流石の財務卿も開催を認めざるを得ないでしょう。ただ問題は……どこまで飴を用意するかです。」
「まぁ元々陛下の飴ですからねぇ。いくら陛下だとしても、それで大臣がのさばって良い理由にはならない。」
「では宰相様──「少々お待ちください。」」
書記官長の言葉をカイルが遮った。そしてこちらを見やった。
こちらというか……私の方をガン見してないか?
「おいノエル。お前、話ついて行けてないだろ。」
「……うぅ。」
「ったく。相変わらず裏の読み合いに弱いのな。」
「これでも昔よりはできてる、と、思うけど……。」
「ま、それはそう。」
流石カイル。私の頭がハテナで埋め尽くされているのが手を取るように分かっていたみたいだ。先輩方も、さっきの会話をふんふん頷きながら聞いていたし、理解できてないのは本当に私だけらしい。……は、恥ずかしい。
私に向かって一通り『はぁ全く。』という風な顔をしたカイルは、その顔を取り繕って宰相様達の方に向き直った。
「宰相様。頭の中に多かれ少なかれこの考えがあったはずのレイヴァン書記官が、全く話についていけていないようです。私の方から、彼へ説明の時間をとっても宜しいでしょうか。」
カイル君や。なんか、トゲをいっぱい纏っていませんこと?
「ノエルはどうして今回の件が上手くいってないかちゃんと分かってるか?」
「え、さっきカイルが言ってたじゃん。旨みが財務卿側にないからでしょ?」
「そこじゃなくて、『旨み』の方。分かってるか?」
「んー……、陛下の立案だから?」
「はぁーーっ。」
私の返答に対し、全くというように大きなため息をついて首を振るカイル。
……そんなに私分かってなかった?
「ノエル……お前ってやつは。分かってるんだか分かってないんだか。」
「いやそこは分かってるにしておいて欲しいけど。」
「しかしな。そりゃ『陛下の立案』が全部の答えだけど。」
そこでカイルは一息溜めて、
「だけど、それじゃあ大雑把に捉えすぎだって。お前高政のときだって同じこと言われてただろ。」
そう言った。
「そもそも、今回の歓迎会は陛下が言い出したことなんだろう?」
「うん。今日の朝ね。」
「という事はだ。叔父上はまだこの件をご存知でない。そしてノエル、今お前達がここで計画を練っているのも、ギリギリまで叔父上達大臣方に動向を悟られないためだ。」
「……そっか。初めから財務卿に話を持っていけば、ここまで頭を悩ますこともない。」
「その通り。」
「なら、財務卿を蚊帳の外にする利点があるってこと?」
「俺はそうだと思ってる。ここからは俺の想像になるけど、陛下のお考えは新人たちを大臣達に囲い込まれないようにすることだと考えている。………宰相様、合っていますか?」
「その通りです。──しかし流石ですねぇドレイモン書記官。」
宰相様は、面白いものを見るような目でカイルのことを見ている。
「ウチに欲しいくらいですよ。ねぇ書記官長?」
「いけません宰相様。彼にはこれから財務卿の下で大いに働いてもらわないといけないんですから。」
「そうでした。漸く向こうにも話のできる書記官が配属されて一安心です。」
……あっ。『コイツおもしれー奴』ってなっているのは書記官長もだった。
続けて宰相様が口を開く。
「ではレイヴァン書記官、ドレイモン書記官。ここからは私が補足しましょうか。他の皆も確認代わりに聞きなさい。」
「「はい。」」
「陛下のお望みは先程ドレイモン書記官が言った通り、大臣方に優秀な書記官を青田買いされないことです。ただでさえ、書記官に登用される人材は高位貴族出身者が多い上に、彼らは皆実家により多かれ少なかれ影響を受けています。レイヴァン書記官のように、実家のしがらみがない人材は貴重なんですよ。」
そうだったのか。噂程度では把握していたけど、私が初年からここに配属された理由を今、初めて聞いた気がする。
「陛下と大臣方のパワーバランスが崩れるのは余り良くないことなので、大臣方にばかり優秀な人材が流れるのは喜ばしいことではありません。ドレイモン書記官のような例は殆どありませんし。──あぁ、ドレイモン書記官。君のことは暫く前から注目していたんですよ。」
「……そうだったのですか。」
「えぇ。財務卿付きの新しい書記官は、よく仕事ができると書記官長からも報告を受けていますし。」
「それは……。」
カイルが黙ってしまったのを見て、宰相様は再び口を開いた。
「すみませんねぇ、話が脱線してしまいました。全く、歳を重ねると余計な話ばかりしてしまって困ります。──、戻しましょうか。早いうちから優秀な人材に唾をつける事が重要だということが理解できましたか?」
「はい。」
「そこで、この歓迎会です。今まで開催されなかったからこそ、上手くやれば大臣の入る隙はなくなりますから。この件に関して、陛下には色々と言ってやりたいことは山ほどありますが、この点については私も同意見です。……まぁ、難航して付け入る隙を作ってるのが現状ですが。」
なるほど。
確かにここに配属されてから、パワーバランスで宰相様が苦労されてきたのを1番近くで見てきた。その身からすると、これ以上の苦労は止めてあげて欲しいと思ってしまう。もちろん、私たち書記官もこれ以上は過労死コース一直線だから同意見だ。
「宰相様、ご説明頂きありがとうございました。──ノエル、という事だ。理解できたか?」
「うん。」
「だからこその『飴』、つまり陛下ばかり利を独占しないで大臣様方にも分けるって事だ。どこまで許容するかってのが目下の議題だけど。」
「え、じゃあさ。用意する飴の量を増やせばいいんじゃない?そうすれば、大臣様に渡す飴が3個だとして、その3個の重みを薄くできない? 大臣様も飴をもらえて満足してくださるでしょ。」
「……ノエル。」
「……何? カイル。」
え、何か私言って不味いこと言っちゃった?
「全くお前ってヤツは……。その話、詳しく。」
そう言ったカイルの周りでは、書記官たちばかりでなく書記官長、宰相様までもが深く頷いていた。
ありがとうございました!
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作者のやる気に直結します!
《登場人物紹介》
カイル=ドレイモン
ドレイモン公爵家の継嗣で、財務卿付き書記官。叔父は財務卿であり、一族が同じ部署に配属されていることに少々()の作為を感じなくもない。同じ一族とはいえ、叔父とは少々思想が異なるようだが……?
ノエルとは高政の同班であり、カイル自身も次席で卒業するエリート。
「いくら叔父上とはいえ、思うところがありますので。」




