宰相付き書記官、新年度に陛下の無茶振りを食らう
「今日からお世話になります!」
城内では、定期的にこのような声が響く。特に多いのは年次が変わるタイミング。つまり新年度、今だ。
彼らは、自分の輝かしい未来と新しい職責に思いを馳せ、自然とこのような態度になるのであろう。分かる分かる。私も新人のときはそうだったから。
どうも皆さまお久しぶりです。あるいは初めまして。持ちネタが『配属1日目に盛大()な歓迎をされた件』の宰相様付き下っ端書記官だよ。相変わらず宰相様付きで3交代制のシフトで働かさせてもらってます。はい。
っていう自己紹介は置いておいて、春真っ盛りの今日。自分の配属初日に改めて思いを馳せつつ今年の新人達を横目に今日も山盛りの仕事を進める。ここだけはまるで空気が違う。何せ、新人なんて私以降入ってないからね☆………はぁ。
どことなくフレッシュさを感じられる彼らに対し、フレッシュから最も遠いと自認する宰相様。私たちがいる控室からは執務室にいらっしゃる彼の横顔しか見えないが、微笑ましいような、どこか頭を痛めているかのような顔をされている。
「陛下ってば、外ヅラだけはいいですからねぇ。」
確かに。──ンン”ッ
ガチャ
「宰相ぉ〜。」
「なんですか陛下。」
「みんな集めて歓迎会とかしたら面白そうじゃね?」
「──は?……貴方、新年度の配置換えおよび新規採用者がどれくらいになるかご存じかと思ってましたが。」
「知ってるけど?」
「ならどうして貴方って人はそんな突拍子もないことを言い出すのですか!!第一、そんなことあの大臣の方たちが耳にしたら──っ!!?」
え、宰相様陛下のあの少なすぎるお言葉で話通じるの凄すぎない?てか聞いてる間になんか衝撃を受けてらっしゃいますが?
一同が皆そう思っているとお互いの顔を見つつ再確認している中、陛下と宰相様の会話はさらに進んでいき、
「分かりました。大臣からの上申は宰相である私がなんとかしましょう。陛下の御心のままに取り計らい致します。」
「うむ!」
なんか歓迎会が行われることになっていた。
いや宰相様。貴方、普段から抱えきれているのが不思議な程仕事持っているでしょうに。
そこでくるりと顔を控室に向けた宰相様は、「頼みましたよ」とこちらに丸投げしてきた。
……で、ですよね〜。最終責任が宰相様ってだけで、実務の大半を担うのは書記官。そのために、宰相付き書記官は本来10人の所11人配属されているんだから。ま、宰相様の仕事スピードは半端ないからついて行くのがやっとだけどさ。
──15分後──
「やっと陛下がどっかに行ってくれたので、計画を立てていきますよ。」
自分の書類に目を通しながら陛下をいなしていた宰相様は、陛下が近衛師団長に連行(されてたようにしか見えなかったから…!断じて不敬じゃない!!)されていった後、控室にいる我々書記官の方にいらしてそう言った。実はこの控室、元々大臣用資料室だったのだが、あまりにも利用数が少ないのとこっちの需要が大きいので、正式名称はそのままで書記官の執務室と化している。私も新人のとき、はじめてそれを知って驚いたものだ。
……というのは置いておいて。
「──宰相様、まずは規模と時間。そして場所ですよね?」
「その通りです書記官長。陛下の意に沿うなら、なるべく城内くまなく人を呼びたいですが……。」
「既存と違うことをやるために大臣がなんて言ってくるか読めないですよね。」
「そう。最大の問題は財務卿です。陛下の立案ですから当然のこと国庫を使用することになります。彼の認可なしではできません。それ以外の面々も何かにつけて苦言を言ってくるに違いない。」
「「ですよねぇ……。」」
そう。宰相様はあのときこそ陛下に簡単に「大臣達は自分がどうにかする」なんて仰っていたが、大変さを1番ご存知なのもまた宰相様。そして、先程も仰った通り今回は大臣達の目と耳を掻い潜って開催することはほぼ不可能。いや、できないこともないけれど……。
「許可取りしないとジジィ共に何言われるか、たまったものじゃない。」
その通り。あと宰相様、言葉、言葉が……逆になっていらっしゃいます……。
「──失礼。今の発言は多言無用でお願いします。」
それは勿論。上司の首が変わって仕事をしない無能なんかになったときには我々も困るので。
「勿論でございます。」
我々を代表するように書記官長が言ってくださった。そして、
「では、こちらでそれらの大枠を練り、本日午後一番に報告に上がります。」
「新年度早々に仕事を増やして申し訳ないですが、頼みしたよ。」
「「はい!」」
宰相様に新たなストレスを与えたに違いないこのミッションの開始は、また私たちの仕事の始まりでもあった。
******
「───はぁ。どうしたらいいんでしょうね。」
あれから3時間後。報告時間まであと30分に迫った私たち書記官の作戦会議は、どこからどう見ても煮詰まっていた。
今日中に計画を練り終われれば諸々準備しても1週間後に開催できる。ただ、計画が財務卿の認可を通れば……。
「あ”ーーどこをどう見直しても財務卿のダメ出しが入る未来しか見えませんよ書記官長!」
参加予定人数が人数だから広い場所を確保したいが、舞踏会を開く大広間を使おうとすれば「神聖な場で…!」とお叱りを受けるのは必須。かと言って会場が狭いと対象者全員を招くことはできず、『みんな集めて』という陛下のご意志に反してしまう。「城内だから許可取りが面倒臭いんじゃ。」という意見も挙がったけど、それこそセキュリティとか費用面ですぐに却下された。そもそも、王国であるこの国の王城で、国王である陛下のお望みなのに『許可取りが面倒』ってナニゴト?!って話なんだけど。
打開策が見つからなくて発狂する同僚の気持ちがよく分かる。……はっ、これがいつかの配属初日の状況だった?!なんて。
「落ち着きなさい。」
と宥める書記官長も、昼間にしては疲れきったように見える。
「場所さえ決定できれば、他の全ての準備は整ったと言えるでしょう。料理長や【裏】の侍女長、衛部そして騎士団にも内々に通達済みです。宰相様の認可が降りれば正式に通達書を送付できます。場所は……、宰相様に判断を仰ぐしかないですね。」
正に万事休す。手詰まりだという風に言う書記官長の様子に、部屋は一区切りついた空気に変わっていく。3時間も、ほぼ飲まず食わずで協議を重ねてきたのだ。ちょっとくらいの休憩は許されて欲しい。
遅番の書記官達も出勤してきて少し人数が増えた控室は、先程までとは異なり、早めの昼食を食べる者、出勤後すぐで身だしなみを整える者、眠気覚ましでコーヒーを飲む者と様々だ。私もまた、その場で軽く伸びをした後、少し離れたテーブルに置いてあるコーヒーに口をつけた。
コーヒーは生温くて、少し酸っぱかった。 高政の最終学年で、班討論で煮詰まったときに飲んだ味に似ている。あのとき、班の中で一番冷静だったアイツ。 財務卿の甥で、周囲からは“将来の幹部候補”と持ち上げられていたけれど、本人はいつも一歩引いていた。
「仕組みは変えられない。でも、使い方次第で何とかなる。」
そんなことを言って、誰よりも早く動いた。
……そうだ。アイツ、今どこにいる?
「──書記官長。」
「なんですか?」
「場所の件ですが、何とかなるかもしれません。」
解けていた筈の控室の空気が、私の一言で瞬時にヒリついたものになったのを肌で感じた。
「それはどういう──「その話、詳しく聞かせてください。」──宰相様。まだ時間まで暫くあったはずでは…?」
宰相様が控室に顔を覗かせていた。待ち合わせの時間にはもう少しある筈なのに。
「午前の陛下は騎士団演習場へ視察ですから。他に訪問者も来ませんでしたし、早めに私の執務が一区切りついたんですよ。……いつもこうだったら良いんですがねぇ。」
「お疲れさまです。」
この方には本当に頭が下がる。私と10歳も変わらないし、家柄だって決して良い訳ではない。高政時代にも設立以来の秀才と言われた宰相様に、勝手ながら自分を重ね、目標としていた。
だからこそ、今回も絶対に成功させなければならない。
「──宰相様、まだ私共も詳細を知る前ですので、レイヴァン書記官から宰相様へ直接報告させてもよろしいでしょうか。」
「構いません。レイヴァン書記官、先程の『場所の件』について、詳しく報告しなさい。」
書記官長が、私が直接宰相様へ報告する許可を取ってくれた。
「承知致しました。では、僭越ながら私、レイヴァン書記官から宰相様へ報告申し上げます。まず、先程まで私共が議論していた議題は、歓迎会を行う会場についてです。それ以外の準備につきましては、1週間いただければ開催できる目処がたっております。」
「そちらについては、後ほど私の方から報告いたします。」
書記官長が補足を入れてくれる。いや、助かったー!いくら宰相様付きとはいえ、書記官長でも副長でもない私が直接話をする機会は皆無に等しいからね。顔色こそ変わってないと思うけど、今の私は尋常じゃなく緊張してるから。別に宰相様が私の報告一つでどうこうって訳じゃないのは私だって分かってるけど、先輩方が隣にいるだけで心強い。
「報告を続けさせていただきます。会場については、正直に申し上げますとお手上げ状態でした。」
「……まぁそうでしょうね。財務卿でしょう。」
宰相様も分かったように相槌を打たれる。
「その通りでございます。」
「……ったく、慣習慣習って新しいことしようとするとすぐに難癖つけてくるからあの大臣。自分の思い通りにならないからって──」
……大っ変、よく分かります宰相様。恐らく、ここに居る全員がそう思ったはずだ。いくら宰相様だって愚痴零したいときの一つや二つあるよねーと思いながら拝聴する。
「──すみません。話を戻しましょうか」
一通り愚痴を吐ききってこっちへ戻ってきた宰相様に促された。
「承知いたしました。で、ですね。私も先程まで他の書記官同様、財務卿の許可を頂ける場所の選定に苦慮していたのですが、一つ、策を思いついたのです。」
「策、ですか。」
「はい。財務卿付き書記官に話を通すのです。」
「それは………。」
宰相様は考え込んでしまった。そりゃそうよな。私が同じ立場だったら、絶対に『はい??!』って言ってる自信がある。
「それは難しいでしょう。あそこの書記官は皆、先王の代からいる者ばかりです。財務卿に迎合する者しかいません。」
宰相様の言う通り。あそこの平均年齢はこっちより二回りほど高い。同じ書記官ではあるものの、彼らは順当な出世ルートを辿って来たいわばエリート達。思想が財務卿に近しいのは私だって分かってる。
「あそこには、高政時代の私の同期がおります。彼のことは学生時代同班だった事もあり、よく知っております。彼ならば、財務卿にも上手く取り成してくれるかと。」
そう、あそこにはアイツがいるから。財務卿付き書記官の平均年齢を一手に下げてるアイツなら。若造とはいえ、他の書記官もあまり無下にできないアイツなら。宰相様の助けとなるかもしれない。
「宰相様、発言をお許しください。──レイヴァン、それは些か無謀すぎやしないか?」
「それってドレイモン書記官だろう。向こうの本丸ど真ん中じゃないか。」
「我らの計画をそのまま伝えられて握りつぶされるやも知らん」
書記官長だけではなく、先輩方も口々に制止の言葉を挙げた。分かってる。対外的にアイツがどんな目で見られているか。
でも、私は……。
「──お取込み中、失礼いたします。財務卿より本日提出分の決裁書類を預かって参りました。」
アイツの声が、した。
ありがとうございました!
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作者のやる気に直結します!
《登場人物紹介》
宰相さま
陛下のやらかしの尻拭いをして、上(陛下)と下(大臣たち)の板挟みになっている哀れな漢。城内で怒鳴り声が聞こえてきたらその9.5割は彼によるものである。年々その負担が増えている気がするが、歳のせいだと思っている。なお、それは間違いではなく、無駄に仕事が出来すぎるために、陛下から甘えられている結果であることをまだ気づいていない。
「全く、あのバカは。まぁ心底惚れてるからついて行くんですけど」




