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135話 はしゃぐ者たち


 鬼界を統べる中山国。その都たる西都せいとの郊外で、今、ふたつの巨大なけいの持ち主が激突を繰り返していた。


 両者がぶつかりあう都度、雷鳴のごとき轟音が都中に鳴り響き、地鳴りのような振動が大地を揺らす。衝突の余波は大気をきしませ、西都の城壁までもが音を立てて震えていた。


 城壁の上に立ち、その戦いを見守っていた巨漢の武人が楽しげに口をひらく。



「カガリめ、はしゃいでおるなあ」



 困ったものだ、と言いたげに武人はあごひげをしごく。


 すると、武人の隣に立っていた白面の貴公子がため息まじりに応じた。  



「確かにはしゃいでいますね。本気で戦える相手を得たことがよほど嬉しかったと見えます」



 カガリが己と空との模擬戦を提案したのはつい昨日のことだ。自分と空の戦いを将兵に見せることで空の実力を知らしめ、人間に対する嫌悪と偏見を取りのぞく、というのが提案の理由だった。


 この提案に貴公子――ハクロは反対しなかった。


 提案に秘められたカガリの本心は見え透いていたが、細かな差配が苦手な弟にしてはめずらしく、将兵への通達から城内の民衆への告知まで手際よく準備を済ませていたので、あえて反対を唱える理由がなかったのである。


 そこには空の実力を自分の目で見てみたい、という思惑も混ざっていた。


 ハクロはかすかに目を細めて言葉を続ける。



「カガリと饕餮とうてつの二重勁打(けいだ)を受けても、物ともせずに戦い続けていますね。並の武人なら今ごろ四肢がちぎれ飛んでいるでしょうに。あれが次兄の報告にあった治癒能力ですか」


「うむ。どれだけ骨を砕き、関節を折ろうとも次の瞬間には治っているのだ。おまけに初めて浴びたはずの勁打けいだにその場で対応しおった。今も、ほれ」



 ドーガは激突するふたりを指さし、感心したようにうんうんとうなずく。



「カガリが放つ初撃は、完璧とは言わぬが相殺そうさいできておる。さすがに饕餮とうてつの放つ次撃までは相殺できておらぬが、こちらは治癒の力に飽かせてその場で治している。おそらく、もう一刻(二時間)もてば饕餮とうてつの攻撃にも対応してくるであろうな」


勁打けいだは鬼人族に伝わる秘伝の技。その奥義である四劫しこうを修めたカガリは歴史に名を残す使い手です。くわえて、心装としての饕餮とうてつの能力はあまりに特異。そのカガリの攻撃に対応するのにわずか一刻ですか」


「空の才もカガリに匹敵する、ということであろうな。実際、少し見ぬ間にずいぶんと力をつけておる。本殿で蛇を葬ったと聞いたが、なるほど、単純な勁量けいりょうだけを見れば、わしはもちろんカガリさえ及ばぬのではないか」



 ドーガの言葉を聞いたハクロが、思わずという感じで顔をしかめる。


 城壁の上にいるのはハクロたちだけではない。カガリの通達を受けた将兵が多く集まっており、眼下の戦いを見守っているのだ。ハクロは周囲を見回しながら兄に苦言をていする。



「次兄。中山最強たる武人が人間相手に負けを認めるような発言はつつしんでください。兵に聞かれたら士気に関わります」


「なんの。事実を事実として認めることに何の不都合があろうか。それで士気を下げるような兵は中山にはいらぬ」



 そう言うとドーガはにやりと笑う。



「それにな、ハクロ。わしは勁量けいりょうで及ばぬと言うただけよ。己がけいをいかにして振るうかが戦いのみょうであり肝だ。そして、相手が空であれ、カガリであれ、武術においても勁の扱いにおいてもわしに一日いちじつちょうがある。まだまだ小僧どもの後塵こうじんはいする気はないぞ」


「それを聞いて安堵しました」



 ハクロは丁寧に一礼し、次兄の武力に敬意を表した。


 ドーガはことさら大言を吐いたわけではない。ドーガはカガリよりも十歳年長であり、それだけ長く鍛錬し、実戦を重ね、武に磨きをかけてきた。その年月の分、兄弟の力量の天秤はドーガの側に傾いている。


 具体的に言えば、カガリの勁打けいだでドーガの防御を抜くことができるのは十のうち一か二だ。一方、ドーガの勁打けいだでカガリの防御を抜けるのは十のうち半分以上。単純に勁量けいりょうだけを見ればカガリが上回るのに、これだけの差が出るのはひとえに練度の差に他ならない。


 近年のカガリは成長いちじるしく、心装との相性も良いことから、互いに心装を励起しての戦闘となると分の悪い場面も増えてくるが、それでもドーガはまだまだ最強の座を弟に渡すつもりはなかった。


 むろん、空を相手にしても同じことが言える。


 空はカガリの勁打けいだを受けるたびに治癒の力を発動させており、これはカガリの勁打けいだを防げていないことを意味する。また、空の心装はカガリに届いておらず、この面でもカガリが上回っていることは明白だった。現時点でカガリに及ばない空がドーガに優る道理はない。


 ドーガは腕を組み、カガリと戦い続けている空を見た。



「おそらく、空はあの膨大なけいで敵を押し切る戦いばかりしてきたのであろう。それだけでたいていの敵は打ち破れる。多少傷を負っても、治癒の力ですぐに回復できるのだから、わざわざけいの扱いを磨く必要もない」


あらい戦い方ですね」


「そうだな。導く師か、競える友がいればまた違ったのであろうが、どちらも得られなかったのだとすれば惜しいことよ」



 何事か思案するようにあごひげをしごくドーガを見て、ハクロはいぶかしむように目を細めた。



「……次兄。まさかと思いますが、わしが師になってやろう、などと考えたりはしておらぬでしょうね? 言うまでもないことですが、あの者は人間であり門番のともがら。今は我らの側に立っていようと、明日には立場を変じるかも知れぬ相手です」


「うむ、わかっておる。わかっておるのだが……」


「だが?」



 ハクロの目がさらに細くなり、ついでに声も低くなる。


 ドーガは、ごほん、とわざとらしい咳払いをしてから言葉を続けた。




「わしやカガリにとって、真っ向から競える相手というのはなかなかに得難いものなのだ」


「それは分からないではありませんが」


「その相手が手の届くところにいる。であれば、師とは言わぬまでも、時が来るまで稽古相手を務めるくらいのことはしてやってもいいのではないか、とまあそんなことを考えたのだ。動員令が完了するまで、短く見積もっても一月ひとつきはかかる。その間、無聊ぶりょうをかこつのを避けるためにもな」



 ドーガは泰然と語ったが、その口調はどことなく言い訳がましかった。


 ハクロはじっと兄の姿を見つめた後、はあ、と聞えよがしにため息を吐く。



「軍の責任者である次兄に無聊をかこつ暇があるとは思えませぬが……まあおっしゃりたいことは理解しました」


「うむ、理解してくれたか」


「言わでものことですが、勁打けいだは鬼人族の秘技です。あの者に手ほどきなどなさらぬように」



 それを聞いたドーガは反論することなくうなずく。いかにドーガが強敵を望んでいるとはいえ、人間相手にそこまで大盤振る舞いをするつもりはなかった。カガリにしても同様であろう。


 しかし――ドーガは城外で戦うふたりの姿を眺めながら口をひらく。



「むろんだ。しかし、それについてはもう手遅れかもしれぬぞ、ハクロ」


「手遅れ、ですか?」


「曲がりなりにもわしやカガリの勁打けいだを相殺できている時点で、すでに空は勁打けいだを扱えているとも言えるのだ。剣術で言えば素振りを始めた程度のことであるが、それでもあの者が勁打けいだのとば口に立ったことは疑いない。これより先、わしやカガリ相手に経験を重ねていくにつれ、勁打けいだの理解を深めていくであろう」


「遠からず我流で勁打けいだを使えるようになる。そういうことですね」



 ハクロの言葉にドーガは肯定の仕草を返す。


 勁打けいだを扱うには精緻せいちけいの制御が欠かせない。空が勁打けいだを使えるようになるということは、けいの習熟においてドーガやカガリに迫るレベルに達することを意味する。


 ドーガは言う。



「わしは亡き師から、カガリはわしから、それぞれ勁打けいだを学んだ。だが、空はいかなる教えも受けず、無数の勁打けいだを身体に浴びることで防御の仕方を体得した。遠からず、それを攻撃に転用するすべを知るであろう。並の者には――いや、わしやカガリとて同じ真似はできぬ」


「たしかに。一度でも勁打けいだを浴びれば肉は裂け、骨は砕け、悪くすれば死に至るのです。そんな攻撃を何十何百と受けとめながら防御の仕方を体得するなど、身体がいくつあっても足りるものではありません。の者の治癒の力があってこそ可能な、力ずくの修得です」


「そうだ。ひとつ付け加えるなら、治癒の力だけでなく意志の強さも加味するべきだな。空の様子を見るかぎり、あの治癒の力は勁打けいだで受けた苦痛までは消せておらぬ。全身を砕かれる苦痛に耐えながら、怯むことなく、折れることなく戦い続ける意志がなければ、どれだけ強力な治癒も宝の持ち腐れよ」



 勁打けいだを扱えるようになった空は、膨大なけいを有し、なおかつそのけいを自在に扱うすべを会得していることだろう。


 そのことを思うとドーガの背筋は震えてしまう。今でさえ十分に厄介な戦士なのに、このうえけいの扱いまで習熟したら、いったいどれほどの戦士に化けることか、と。


 強敵の出現を予感してふるふる身体を震わせているドーガとは対照的に、ハクロは何度目かわからないため息を吐いた。



「災いは芽のうちに摘みとるに越したことはありません。だというのに、どうして私の兄弟たちはこうも災いを育てたがるのでしょうか。それはさておき、次兄」


「む、なんだ?」


「これまでの話をうかがうに、あの者を勁打けいだのとば口に導いたのは次兄に他なりません。そして今も拳を交えたいという欲求に負けておられる。それがあの者を鍛えることになると知りながら」



 問われたドーガはむっと言葉に詰まった。


 ややあって、つつっと視線をそらしながら言う。



「そういう見方もできないことはないのう」


「今後、あの者が中山の敵にまわった場合、戦うことはできますか?」



 続く問いに対しては、ドーガは一瞬も迷わなかった。


 毅然とハクロの目を見てうなずく。



「むろんだ。強者つわものとの戦いを求めるのは戦士のさがであるが、それをもって情に流されるような真似はせぬ」


「それを聞いて安堵しました。であれば、私もこれ以上くどくど申しますまい」



 そう言いながらハクロは着ていた上衣を脱ぎはじめた。あらわになった上半身は厳しく引き締まっており、日々政務に打ちこむハクロが決して文弱の徒ではないことを示していた。


 突然のハクロの行動に、ドーガは大きな目を瞬かせて驚きをあらわにする。


 むろん、ドーガはハクロのことを文弱などとは思っていないので、今さらハクロの身体を見ても驚いたりしない。ドーガが驚いたのは、ハクロが突然服を脱ぎ始めた理由がわからなかったからである。



「ハクロ、どうしたのだ、突然?」


「次兄は先の戦いであの者と戦いました」



 ハクロが今も戦っている空とカガリを指して言う。あの者、というのはもちろん空のことだろう。


 ドーガはなおも戸惑いながらうなずく。



「うむ」


「そして今、カガリがあの者と戦っております」


「うむ」


「であれば、物の道理として次に戦うのは私であるべきでしょう」


「うむ?」



 最後の言葉に関しては、ドーガは首をかしげて疑義をていしたが、ハクロはかまわず城壁の上から飛び降りてしまう。


 どうやらあのふたりの戦いは、思っていた以上にハクロの心に火をつけていたらしい。そう悟ったドーガは苦笑しながらハクロの後を追った。


 ややあって。



「ドーガにい、なんだい? 今いいところなんだけど――げえ、ハクロにい!?」


「カガリ。実の兄に向かって、いえ、兄ではなくとも他者に向かって『げえ』は失礼でしょう」


「そ、それは悪かった。悪かったけど、なんでハクロにい、服を脱いでやる気満々なんだよ!?」


「あなたたちがはしゃいでいるのを見て触発されたのですよ。それに、たまには私も身体を動かしておきませんと、門番との戦いで後れを取ることになりかねません」


「そ、そうか! それなら今度は俺が見学に回ろうかな! 空、ハクロにいは足癖が悪いから気をつけ――」


「わざわざ一対一で戦う必要もないでしょう。あなたたち二人ふたり(わたし)と次兄。二対二で戦いましょう。次兄もよろしいですね」


「うむ、心得た」


「ちょ、ドーガにい!?」



 兄弟間でそんなやり取りが行われた後、それまでに倍する轟音と振動が西都を襲うようになり、西都の住民は兵と民とを問わず戦々恐々とすることになる。


 王府の執務室で政務をっていたアズマは、机の上でカタカタと震えている茶碗を手に取った。このままだと振動のせいで机から落ちてしまいそうだったので。


 耳を澄ませると、彼方から遠雷を思わせる戦闘音が断続的に聞こえてくる。



「皆はしゃいでおるなあ」



 アズマは微笑ましそうにつぶやくと、茶碗の中に残っていた茶を飲み干して、ほぅ、と息を吐いた。




Q、修行編、始まります?


A、始まりません。次話は一か月後の御剣家視点から始まります。

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