1『街に入れない人外集団』
初投稿です。
これからよろしくお願いします!
「それでは第三回、家族会議を始めます」
パチパチと爆ぜる焚火の音が響く真夜中の森。姉貴――アブシンシアののんびりとした声が、重苦しい空気を切り裂いた。
「一つ目の議題は、私たちが『街に入れないこと』についてです」
炎に照らし出された姉貴の顔は、どう見ても日本人ではない。褐色の肌に銀髪、赤い瞳。そして長く尖った耳。どこからどう見ても、ファンタジーRPGに登場するダークエルフそのものだ。
姿形はすっかり変わってしまったが、纏う空気は以前のまま。こんな異常事態でも、彼女の周りだけはどこか緩やかな時間が流れている。
「ゲームじゃないんだからさ。どこの馬の骨とも知れない怪しい連中を、ホイホイ街に入れるわけないでしょ……」
二番目の姉貴――リリィが、膝を抱えたままぼやいた。
顔を伏せているため今は見えないが、彼女もまた銀髪にピンクの瞳という非日常的な容姿をしている。種族が『純血の吸血鬼』であればアブ姉のように耳が尖っていただろうが、彼女は『ハーフヴァンパイア』だ。
「名の知れた人物からの紹介状か、高額な通行料。私たちはどっちも持ってない」
「そうなんですよね。おかげで、かれこれ数日間も野宿を強いられています」
アブ姉が薪をくべながら頷く。
「商人や貴族を助けることができれば、その恩で街に入れてもらえるかもしれませんが……ここは街に近すぎるせいか、盗賊も魔物もほとんど出ませんし」
「とはいえ、ここから離れるのも怖い。私たち、作ったばかりのサブキャラで転移しちゃったから弱いし……」
リリィがようやく顔を上げた。
転移してからの数日間、いつ魔物に襲われるかと怯えながらサバイバル生活を送っているせいで、彼女の顔はひどくやつれている。
「強行突破は最終手段として、現実的な手段といえば賄賂でしょうか」
「初期装備のまま転移したから、はした金しか持ってないじゃん」
リリィがポケットから銀貨を取り出してため息をつく。三人の所持金を合わせても、たったの銀貨三枚。この程度の金額で、複数いる門番を買収できるとは到底思えない。
「となれば、ここを拠点に行動範囲を少しずつ広げて、手軽に持ち運べる換金アイテムを探すしかありませんね。人助けのチャンスも並行して探りつつ」
「……まぁ、それしかないか」
結局、昨日までと方針は変わらない。そんな結論に落ち着き、二人は小さく息を吐いた。
「では、二つ目の議題に移りましょう」
パンッ、とアブ姉が手を叩く。
次の瞬間、二人の姉貴の鋭い視線が、揃って俺へと突き刺さった。
「2つ目の議題は――『弟が妹になってしまった件』についてです」
「うぅ……っ」
二人の視線に射竦められた俺の喉から、男子高校生とは思えない、か細く高い声が漏れた。
いまの俺の姿は、黒髪赤目の、どこか浮世離れした美少女だ。黒い和服をさらりと着こなし、人好きのする笑みを浮かべる――そんな、かつて俺が「理想」を詰め込んで設定したサブキャラクター。
アブ姉にキャラデザを相談した際、リリィから「ふーん、こういうのが趣味なんだ」と生温かい目で見られた記憶が苦い。まさかその「好み」の塊に、自分自身の魂を放り込まれるなんて、運命の神様は性格が悪すぎる。
「どうです? その体には、もう慣れましたか?」
アブ姉が、こんがり焼けた野ウサギの肉を豪快に齧りながら問いかけてくる。神秘的なダークエルフの美女が、口の周りを脂まみれにして肉をボリボリと貪る絵面は、控えめに言って違和感しかなかった。
「……まあ、数日経ったしな。物理的な違和感より、精神的なダメージの方がデカいけど。でも、姿が変わったのは姉貴たちも一緒だろ」
「そうですけど、カグヤの場合は性別まで反転していますからね。あふっ、はふっ」
アブ姉が慌てて口元を押さえる。どうやら焼きたての肉で舌を火傷したらしい。相変わらずのポンコツっぷりだ。
「性別が変わったことより、環境の変化のほうがよっぽどキツいよ。現代日本から、クーラーもネットもない中世ファンタジー風の森に放り出されて、野宿生活だぞ」
「ふふっ……確かに、自分の体の変化に戸惑っている余裕すらありませんでしたね」
アブ姉がくすりと笑うと、隣で膝を抱えていたリリィが、今日何度目かも分からない深いため息を吐いた。
「ほんと最悪……。お風呂には入れないし、虫は寄ってくるし、生きるために動物の命を奪って解体とか……はぁ」
「まぁまぁ。姉弟……いえ、今は姉妹ですね。三人揃って転移できたんですから、不幸中の幸いでしょう。向こうの世界に、心残りになるような身内もいませんし」
「……三人一緒に転移しないのが一番だったんだけどね」
リリィのぼやきを、パキッと爆ぜた薪の音が掻き消す。
両親が事故で亡くなって以来、すでに成人していたアブ姉が、俺とリリィの面倒をずっと見てくれた。リリィも、まだクソガキだった俺の世話をよく焼いてくれた。
少し変わっているけれど、俺にとっては誰よりも尊敬できる、大好きな姉貴たちだ。
「まぁでも、結果的に上手く回ってるよ」
俺は木々の隙間から覗く満月を見上げながら、わざと明るい声を出した。
「水も火もアブ姉の魔法でなんとかなるし、怪我をしてもリリィの回復魔法がある。ついでにリリィは夜行性だから、見張りまで任せられるしな」
「……夜は暇だし心細いんだからね」
リリィがジト目でこちらを睨んでくる。
「カグヤもアブ姉も、夜になると気持ちよさそうに爆睡しちゃってさ。その図太い神経が羨ましいよ。……その分、昼間は馬車馬のように働いてもらうから」
「わかってるって。どうせ鬼人の俺には、身体能力以外に取り柄がないんだ。狩りでも力仕事でも、なんでもやってやるよ」
この細腕のどこにそんな力が眠っているのか、俺の筋力、体力、反射神経は人間のそれを超越していた。
足場の悪い森の中でも、木々を避けながら疾走できるし、五分近く全力で走り続けても息一つ乱れない。試しに邪魔な倒木を腕の振りだけでへし折った時は、自分でも心臓が止まるかと思った。
『え? は? え? は?』と、目を丸くして半開きになった口から間抜けな声を漏らした俺を見て、リリィが鼻で笑ったのを今でも覚えている。
「あの時のカグヤは傑作だったね。顔だけは美少女なのに、中身がアホな男子高校生のままでさ」
リリィが無表情のまま、淡々とした声で当時の様子を掘り返してくる。
「うるさい。もう寝るぞ」
「うん、おやすみ」
ハーフヴァンパイアになったリリィは、相変わらず表情が乏しい。けれど、数日前の酷くやつれていた頃に比べれば、いくぶん顔色はマシになっていた。なら、あんな無様な姿を晒して笑われた甲斐もあるというものだ。
鬼人の圧倒的な身体能力のおかげで、今は俺が近接戦闘の要になっている。姉貴たちを危険から守れるのなら、男のシンボルを失ったことなど、些末な問題だ。
……いや、今はそう強がって、目を逸らしているだけかもしれないが。
やがてアブ姉の寝息が規則正しいリズムを刻み始め、辺りは焚き火の爆ぜる音と、時折通り過ぎる夜風の音だけになった。
落ち葉を敷き詰めた即席のベッドの上で、寝返りを打つ。鬼人の特性なのか、やけに体温が高くて寝苦しい。耳元を飛び交う羽虫の羽音も、神経を逆撫でする。
薄目を開け、焚き火の光が届かない深い森の奥を見つめた。
蔦の絡まった巨木、湿った苔に覆われた岩、毒々しい色のキノコ。見慣れない植生をぼんやりと目で追っていると――ふと、暗闇の中に奇妙なものが浮かんでいるのに気がついた。
空中に浮かぶ、光を反射する二つの球体。
いや、違う。あれは。
――目だ。
それは、身の毛もよだつような冷たい眼差しで、じっとこちらを観察していた。まるで、ショーケースに並んだ美味そうな肉を品定めするかのように。
全身の産毛が総毛立つ。
「っ! 魔物だッ!」
高く細い悲鳴のような警告を発しながら、俺は弾かれたように跳び起き、傍らに置いてあった刀の柄を握りしめた。
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