3 ちょ、こんなところでチェーンソー召還するなって
続けざま、
「う、うわぁ”ぁ”ん!!!!! そ、そ、そッ、ソユンーーッ!!!!!」
と、顎が外れかねない勢いで、恐怖に叫ぶドン・ヨンファが、ガバァッ! とパク・ソユンに抱きついてきた。
また同時に、
――ジョビ、ジョバー!!
っと、ドン・ヨンファの下半身のほうから、液体がドバーッ! と流れだした。
「ん? アンタ? 漏らした? ちょっと、離れてくれない?」
「いッ、いやいやいや!? それどころじゃないって!!! ソユン!!!」
「は? 大きい方、漏らしたわけ? ウンコを?」
「ち、ちち、違うって!! いや、あっちを見なよ!!」
と、のほほんとして汚いものを見る顔で話すパク・ソユンに、ドン・ヨンファが必死で訴え、指をさす。
ーーー
※『トランス島奇譚』より
そのまま、続けて、
「で? アンタは、何でここにいるわけ?」
「ああ、僕も、ビジネスと趣味を兼ねて来ていてね。僕が、芸術関係の事業も扱っているのは知っているだろ」
「ぽよ」
「……」
と、パク・ソユンの『ぽよ』に、ドン・ヨンファは調子を狂わせながらも、
「まあいいや。とりあえず、せっかくだから会場を見て回ろうよ。まだ、イベントが始まる前だけど」
「ぽよ」
「……」
と、ふたりは会場内を散策していくことに。
様々な装花とアートが展示される
その装花に用いる花の中には、桜やチューリップといった季節外れのものもあり、
「あれ? 桜? さすがに、早くない?」
と、パク・ソユンが気づく。
桜を中心に用いた、フラワーアレンジメント作品――
コンクリートブロック、それも割れたブロックをまるで金継ぎするかのように、黄緑色や桜色、白色、そして少しの金色といった種石や砂利が浮き出る、いわゆる左官でいうところの洗い出し加工されたアーティスティックなブロックを積み上げたものを土台とし、宝飾やブランド類とともに、インスタレーション作品のように桜などの花々が彩っていた。
その中で、モデルやインフルエンサーたちが、撮影でもするのだろう。
それはさておき、
「まあ、冬桜とかじゃないかな?」
ドン・ヨンファが、答える。
「ああ、冬桜ね」
「うん。それか、何か特殊な保存技術を用いたものか……。僕の関わっている事業でも、フラワーアレンジメント用の流通や保存を扱っているからね」
「はぁ、」
と、パク・ソユンが相槌する。
それから、しばらく見て回る。
スワロフスキーのように、輝くガラスアートのシャンデリアと、フラワーアートのコラボ。
まるで、ファッションブランドの店舗ショーウィンドのようなフラワーアレンジメントなど――
確かに、それらはファッションやアート、各分野の業界人やインフルエンサーや、そのファンや顧客たちにとっても、それなりに来る価値のあるイベントには違いない。
そのようにして、会場を回っていると、
「――あら? 会長じゃないけ?」
「ん?」
「ぽよ?」
と、ふたりは突然に、背後からかけられた声に反応した。
振り向いて見るに、そこには、職人の作務衣に黒のコート姿の、左官偽能アーティストを名乗る中年男こと、る・美祢八の姿があった。
「あれ? 美祢八?」
ドン・ヨンファが、その姿を確認して軽く驚く。
「……」
いっぽう、パク・ソユンもこの美祢八とは面識があるのだが、特に何も反応はしない。
すると、美祢八がパク・ソユンを指して、
「あっ、ぽよーんおばちゃんだ」
「は? 何よ、おばちゃんって? 首落とすわよ」
「ちょ、こんなところでチェーンソー召還するなって」
と、イラっとして異能力で以ってチェーン・ソーを出そうとするパク・ソユンを、ドン・ヨンファが制止する。
「まあ、『ぽよ』って言ってもさ? いまは、設定低めだから、あまり『ぽよ』が出てこないわよ」
「はぁ、逆を言えば、少ない頻度でも『ぽよ』が語尾に出てくることやねか」
美祢八がつっこむ。
その美祢八に、ドン・ヨンファが
「それで、美祢八も、このイベントに?」
「おうよ。ちょっと、招待されての」
「はぁ、アンタの左官と、フラワーアートって、何か関係があるわけ?」
と、パク・ソユンが聞いて、
「まあ、あるっちゃ、あるかのう……? 和室の、床の間なんか、花や活け花を飾るべき場所やしのう。壁とも、充分、親和性のある分野っちゃ、分野やろう。まあ、その他、左官の表現に何らかのインスピレーションを得るためでもあるしな」
「まあ、確かに」
「ちなみに、これ、いちおう俺が手がけたやつやっちゃ」
と、美祢八は指してみせる。
そこにあったのは、オブジェと装華――
灰色のセメント地に、赤や桜色や、金色の細かい砂利・種石を浮き出させた、先ほど見た洗い出しと、さらには剣山などで粗く引っ搔いて落とした、“かき落とし”仕上げという、そのまんまの仕上げ。
それらオブジェと装華の、形と色と、調和とカオスが織り成すアートである。
「これは、あれかい?」
「ああ、洗い出しと、かき落としを少し組み合わせたんやっちゃ」
美祢八は答えつつ、
「で、こっちは、富山ガラスとかなんか言っとるやつ」
「富山、ガラス?」
「おうよ。近代的なガラスアートを、何か格好つけて富山ガラスって、ブランドにしようとしとんやっちゃ」
と、その富山ガラスなるアートを見せる。
そこにあったのは、まるで雪のような質感で、かつ多層的なガラスの柱と、金属製のパイプが、まるでパイプオルガンのように並びつつ、それらを滴れるように彩る装華。
ここも、背景にして写真でも撮れば、なかなか映える写真が撮れるだろう。
そのようにして、会場を回りつつ、そろそろイベントが始まらんとしていた。
各分野の関係者や招待された客、一般客が入り始め、人も多くなってくることだろう。
その時、
――ザワ、ザワ……
と、中央とは外れた、ある一角がざわついていた。
「ん? 何け?」
まず、気づいたのは美祢八だった。
「ん? どうかしたのかい? 美祢八」
「ぽよ?」
と、遅ればせに、ドン・ヨンファとパク・ソユンのふたりも反応しつつ、
「いや、何かざわついてないけ? あっち」
「ああ、確かに」
「……」
と、何か違和感が強まる。
「何か、あったんだろうな。ちょっと、行ってみっけ」
「ああ」
「ぽよ」
三人は、ざわつくほうへと向かう。
そうして、野次馬の合間を縫って近づくと、
「ッ――!」
「むぅ?」
と、美祢八とドン・ヨンファが驚愕し、
「は? 何、これ――?」
と、パク・ソユンも続いて顔をしかめた。
そこにあったのは、“遺体”――
しかし、“それ”は、とても美しいものだった。