20 アナタは、『結婚しよう』って、人生にとって最も重大な決断のひとつを突き付けられた時も、『ぽよ』って答えるの? アナタは?
(3)
そうして、
――ス、タッ……!
と、軍用ヘリからは颯爽と、黒のアサシンドレスに友禅を羽織ったタヌキこと、妖狐の神楽坂文が降り立った。
それを見るなり、キム・テヤンが、
「だぁーッ! うっせぇな! このタヌキ! 時間を考えやがれってんだよ、しかも、こんな町の中の中で。こち亀じゃねぇんだぞ!」
「「中の中で?」」
と、傍らでカン・ロウンとドン・ヨンファが首を傾げていると、
「まったく、貴様たちが望むから、カジュアルに軍用ヘリを持ってきたやったというに、」
と、妖狐が、「やれやれ」との身振りで言った
「しかし、すごいタイミングで、持ってきてくれましたね。タヌ、キさん」
カン・ロウンが言う。
「おい、訂正しようとしてるが、全然訂正できてないが」
妖狐は、タヌキ呼ばわりにつっこむも、もはや諦めているので、それ以上追求しない。
「軍用ヘリがどうだとか話していた、すぐその後に持って来るとはな……、まるで、話を聞いていたというか、予知でもしていたのか?」
キム・テヤンが聞く。
まあ、ノートパソコンと、妖狐の“葛葉”をつなげてあるので、会話は聞いていたのだろう。
「ふむ。まあ、あんな場所に短時間でアクセスするのに何が必要か考えたら、そうなろうな」
「というか、軍用ヘリはいいけどよ? そもそも、お前の妖力で四人とも、『何処でもドア』のようにいけねぇのかよ?」
「おい、人を、ドラえもんみたいなナニカと勘違いしておるのか――? と、いつも言っておるだろ」
「いや、ドラえもんみてぇなナニカだろうが、おめぇはよぉ」
「ごめん、僕も、そう思ってたよ」
「……」
妖狐は、チーンと沈黙する。
少し、間を挟みつつ、
「まあ……、行けなくはないが、そのようなことをすると、フルで妖力を使うことになるからな」
「え? ダメなのかい」
「ダメに決まっとるだろう、そこまでの妖力を使ったら、私は枯れてしまうがい。鬼畜か? 貴様たち」
「あっ……、ごめん」
と、ドン・ヨンファだけが、いちおう謝る。
「それに、妖力でドラえもんみたいに、おおよそ何でもできるとはいえ、貴様たちの、“人間の範囲内”を超えたことをするわけにはいかないのだ。私のいる、異世界の界隈的には」
「はぁ、」
妖狐が補足するに、何やら、神っぽい方々界隈の事情があるとのこと。
何でもあり、というわけにはいかないようにできているらしい。
また、キム・テヤンが聞く。
「それで、よぅ? その、ヘリの操縦は、お前がするのか? タヌキ」
「――に、決まっておるだろう。貴様たちが操縦したら、飲酒運転になるだろうが。いい加減にしろ」
「あっ……? そっかぁ、」
と、ドン・ヨンファが、ハッとする。
というよりも、そこまで気をつかってくれる妖狐であるのに、ドラえもんだのタヌキ呼ばわりだの、まあまあ酷い扱いである。
この三人、いやパク・ソユンふくめて四人も、けっこうクズなのかもしれない。
それはさておき、
「とりあえず、だ。そういうわけで、さっさと出るぞ」
と、妖狐が、三人に出発を促した。
「ああ、」
カン・ロウンが、返事をする。
その横から、
「分かったけど、よぅ? 出るはいいけど、それなりの装備はあんのか? タヌキ? 雪山の、ダムに潜入するとか、007見てぇなことするんだからよ」
「心配するな。“それ”も、用意している」
と、聞いたキム・テヤンに、妖狐は答えた。
そういうわけで、タヌキ――ではなく、妖狐の神楽坂文と、カン・ロウンたち人間三人は、軍用ヘリに乗り込む。
そのまま
――ギュィ、ィイイン……、ババ、バババ!!!
と、プロペラの轟音とともに、雪の降る街中、ヘリは上昇する。
そうして、妖狐の操縦で、山のほうへと向かって行った。
***
少し、時間を前後して。
場面は再び、まるでピーチ姫のように捕らえられたパク・ソユンのいる、ダムの内部へと変わる。
自分をさらった犯人こと、フロリストの花園静華とともにティータイムを送るという、謎のシチュエーション。
飲みかけの、ローズヒップティーを横にしながら、
「そう言えば、さ? ソユンは? 彼氏とか、いるの?」
と、花園静華が聞いた。
まるで、百合モノで揺さぶりをかけてくる御姉さまのような目で。
「ぽよ」
パクソユンが、八ッ橋を咥えながら反応する。
「……」
花園静華が、ニコリとした御姉さまの目で沈黙する。
多くの者が、このパク・ソユンの「ぽよ」で沈黙してしまうが、このフロリストも例外ではなかった。
間を置いて、
「彼、は――? あの、黄色のスーツの……、何て言うのかしら? キノコヘアーの方は? 彼氏じゃないの?」
と、花園静華は、ドン・ヨンファについて聞いてきた。
「さあ、どうなんだろね? 昨夜、エッチしたけど」
パク・ソユンが、ジトッ……とした、眠たそうなガチャピンのような目で、感心なさそうに答えつつ、
「ふぁ~……、あっ……」
と、欠伸をした。
ベタな恋愛モノだと、「そ、そんなっ、彼氏だなんて」などとテンパったり、あるいは「は? 彼氏なわけないじゃない」などと、ツンツンした反応をするところだろうが、たぶんに、本当に関心がないのだろう。
そんな、動じることのないパク・ソユンの様子を見て、
「てか? エッチって、さ? ソユン、絶対、すっごいマグロでしょ?」
と、花園静華が聞いてきた。
まあ、その直感は当たっているのだが。
「ぽよ」
と、またパク・ソユンが、「ぽよ」だけで答える。
「……」
再び、花園静華が涼しい御姉さまの表情で、チーンと沈黙しつつ、
「ごめん。その『ぽよ』、どっちの『ぽよ』か分かんない」
「だから? どっち――、とは?」
「いや、『イエス』か『ノー』でしょ。アナタは、『結婚しよう』って、人生にとって最も重大な決断のひとつを突き付けられた時も、『ぽよ』って答えるの? アナタは?」
「何、その? なんか、若干、デジャブのする問いは、」
と、パク・ソユンは、どこかで似たようなやり取りしたなと思いながら言う。
まあ、お前が全部『ぽよ』で答えるから悪いのだろうが、という話だが。
それはさておき、
「まあ、私は結婚ってのは、特に、人生で過大視していないんだよね。子供をつくるには、若干、もうちょい早かったほうがいいんだろうし」
「ふー、ん……」
「ああ、ちなみに、兄妹が結婚しているからパク家は安泰よ」
と、パク・ソユンは、そこが重要だとビシッとキメるように言う。
「何ていうのかしら? 結婚ていうのは、単なる共同体の、維持のため程度のものってこと?」
「まあ、そなんじゃない? たぶん、そっちのほうが、本来スタンダードだったんだろうし……。あと、結局、人間ってのは寂しさに弱いからさ? 恋愛も、結婚も、友だちをつくるのも、そのための方便のひとつなんだろねって、極端なこといえばだけど」
「……」
と、フロリストは、静かに聞く。
「まあ、そうすると……、アイツと、アイツら一緒にいるってことは、私も、それなりに寂しさには抗っていない人間なのかもね」
「……」
と、そこで、会話は切れる。
空になったカップは、乾いてきて、
「ちょっと……、散歩にでも、行きましょうか?」
「はぁ、」
と、パク・ソユンは気だるそうな相槌をしつつ、花園静華にエスコートされるようにして、ソファーから立ち上がった。




