3章 82話 オストvsエレナリーゼ
「アレは何だったんでしょうか…」
「魔法っぽかったけどな」
「いや、大剣で殴りつけたんだ。速さが段違いだっただけでな」
シンイチとシュウタの二人は、目の前で何が起こったのか全く理解できないでいた。
明らかに隙をついていたヒカルが、気が付いたら壁まで吹き飛ばされていたのだから困惑の色が余計に強い。
しかしながら、不可視の攻撃という訳でもない。
オストにはエレナリーゼが何をしたのか、一応ながら見えていた。
カラクリは単純にただただ速い。
それに尽きた。
「はーい。そろそろ二回戦始めたいんだけど、エレちゃんは大丈夫?」
「問題ないわ」
「じゃ、次はオストくんが行こっか」
(そうなるよな…)
シナからの指名にやはりかという思いが強い。
あんな調子でもエレナリーゼが負けると言っているあたり、勝ちをもぎ取りに行っているのだろう。
先発にヒカルを指名したのも、その安定感と万能さからだということだと理解している。
あまり作戦の立案や人を使うことに慣れていないオストにも、狙いがあることくらいは分かっていた。
マサキは情報を知れば知るほど強くなるタイプだ。
手数の多さと絡め手の悪辣さに於いて右に出る者がおらず、アドバンテージを握っていればいる程勝ちを拾えると見て間違いない。
そうなると、自然とオストが次戦になる訳だ。
(魔法かスキルか。どちらにしろ、あの速さの謎が分からないと俺もヤバイな。どうするか…)
分かってはいたのだが、解決策の見出せない状況ではもう少し待って欲しいと思う。
しかしながら、ここでちょっと待ってなど恥以外のなにものでもないし、ハンデを貰っているのにそれを言い出せる状況でもない。
考え事をしながらも自身の最高傑作である魔剣、ラーファを腰に付ける。
「聞いたわよ」
「?」
頑張って解決策を探しているオストへ、エレナリーゼは何の脈絡もなく言葉を放つ。
あまりにも情報がすっぽ抜けすぎていて何の話だか全く理解できなかったが、幸い続きがあった。
「私が負ければアナタの部下になるって」
「…あぁ、シナの話だとそうなるのか」
そういえば、そんな役職を押し付けられていたなと思い出す。
隊長の話など一度しかしたことがないので、自分に決まったことなど忘れていた。
「何で把握していないのよ」
「俺もシナから殆ど説明されてないんだよ。模擬戦をやるって話も昨日聞かされたしな」
「ふぅん。まぁいいわ。アナタ隊長なのよね。なら、さっきの金髪より強いってことよね?」
「そうだな」
場合によりけりではあるが、全力戦闘に限ればオストはヒカルよりも強い。
因みにではあるが、魔法無しの模擬戦ならばトントン、魔法のみであればヒカルに軍配があがる。
エレナリーゼはそれを聞くと、「そう」と少し考え込む様な素振りをする。
「お父様に直々にスカウトされただけはあるわ。昨日の実力不足と言ったのは謝罪するわ」
初めてエレナリーゼから話しかけられただけでも少し意外であったが、まさか謝罪が来るとは思ってもいなかった。
もっとプライドが高く、一度決めたら曲げない性格だと決めつけていただけに驚きも大きい。
しかしながら、特に気にしていなかったオストとしては何とも言えない心境だ。
「実力不足ってのは間違ってないと思うがな」
「あら、謙虚じゃない」
「そうでも無いさ。足りないものだらけだからここにいる」
「何のことかは分からないけど、その答えは嫌いじゃ無いわよ」
別に自己評価が低いから実力が無いと言っている訳では無い。
オストの目指す先は遥か高み。
そこから見れば現状の実力など大したことのないものだ。
全てはメルに会うために。
その覚悟が言葉に乗っていたのか、エレナリーゼはその言葉の重さをなんとなく感じ取る。
自信の持てない人は好みでは無いが、向上心からくるこの言葉が彼女の琴線に響いたことだけは確かだ。
エレナリーゼは澄ました顔の中に初めて小さく笑みを浮かべる。
その会話内容に聞き耳を立てていたシナは「青春だねぇ」と呟くと開始の合図を鳴らす。
「この殺伐とした模擬戦に青春?俺の知ってる青春とは違うと思う」
「安心してください、ジュン先輩。私もそう思います」
遠目かつ余りにも小さな変化は外野には捉えられない。
少なくとも、限りなく実戦に近いこの模擬に青春を見出すのは、一般の感性がまだ残っているジュンジ達には分からない。
合図を受け取った両者は同時に動き出す。
互いの刃が衝撃波を伴いぶつかり合う。
一合目の勝者はやはりと言うべきかエレナリーゼだ。
しかし、オストの方も多少体が崩れただけで、大きな支障は無い。
横凪、振り下ろし、切り上げ。
模擬戦がまだ始まったばかりと言うのに激しい切り合いが繰り広げられる。
エレナリーゼの戦闘スタイルが攻撃型の色が強いのだろう。
相手に防御を強いる戦法であり、だからこそヒカルは何も出来ずに防戦一方になり続けた。
だが、オストは防御の比率が多いながらもしっかりと反撃できていた。
これが初見であれば対処が難しかったであろうが、一度動きを見ていれば多少マシにはなる。
早速シナの言う情報のハンデが生きた。
(とは言っても、どうしようもないのに変わりは無いな)
オストが胸の中で愚痴を吐くくらいにエレナリーゼに隙は無かった。
実際に戦って分かったことだが、この型の完成度が非常に高いということだ。
攻撃に寄るということは、防御が疎かになるということ。
攻防一体と呼ばれるものもあるが、あれらは攻撃と防御が合わさっているという意味ではない。
攻撃と防御の切り替えが早く隙があまりないことを言うことが多い。
例外として極端な攻撃で相手に防御を強いたり、逆に高い防御で押し潰したりすることもある。
エレナリーゼのスタイルは一見攻撃により相手に攻撃させないような型にも見えるが、その真骨頂は防御の巧さだと気付かされた。
一見適当に振られている様に見える一撃も、反撃を取られにくい位置や角度から放たれているのだ。
その技術に持ち前の怪力と敏捷性が合わさると、大剣を使っているにも関わらずショートソードを使っているような切り返しを実現していた。
試合内容としてはキツイことに変わりはなく、情報があるからヒカルよりはマシといったところだ。
「ッ…!」
大剣がオストの腕を掠める。
その情報のアドバンテージも時が経つにつれて無くなっていく。
毎度のことながら、格上との戦いで持久戦は地力の差で押しつぶされることが多い。
オストも攻撃寄りの戦闘スタイルであり、手札が余り多くないので余計にその傾向が強い。
そのことは最初からわかり切っていたために、ここらを潮時だと見切りをつける。
『ファイア!』
超初級魔法の『ファイア』。
教育水準の高い国では一般人でも使えるほどにポピュラーな魔法。
指先に火を出すくらいが普通であり、手から拳大出せるだけでも上出来なくらいの威力だ。
それくらいならば、魔法に耐性のある生き物であればダメージにならないどころか牽制にすらならず、とても戦闘で使える様なものではない。
エレナリーゼもその様に認識していたために、何故そんな魔法をと疑問に思いながらも構わずに踏み込む。
自分ならば耐えられると。
しかし、オストから放たれた『ファイア』はとても初級魔法とは思えない、人一人を包んで余りある大きさで迫る。
「何これッ!?」
エレナリーゼはあまりの大きさに驚きながらも、その場で急停止して大剣を盾にして防ぐ。
肌を撫でる様に駆け抜ける熱に違和感を覚える。
(熱く、ない…これはフェイクスペル?でも、威力なら『ファイア』と言われてもおかしくは無いわ。この魔法は…)
フェイクスペルとは口で詠唱を唱えなるフリをしつつ、無詠唱で別の魔法を使う高等技術だ。
それを即座に疑うが見た目以外は『ファイア』であり、余計に混乱を招く。
距離を取ることに成功したオストは大剣の間合いの外まで離れると、奥の手である魔法を詠唱する。
『イグニッション』
炎が大剣により薙ぎ払われエレナリーゼが姿を現すが、オストの魔法は問題なく発動する。
身体中から魔力が満ち溢れ、外に溢れた魔力は火として燃え出る。
敵の急な変化を目の当たりにしたエレナリーゼであるが、何事もないかの様に大剣を構えて迫る。
オストも応対する様に腰を沈めてから切り掛かる。
助走を付けて余すことなく力を乗せた一撃は、最初の一合の再現のようだ。
しかしながら結果は違う。
「くッ…!?」
力負けしたのがエレナリーゼであり、押し切ったのがオストであった。
直剣が大剣を弾く光景は、本人達よりも観客に大きな衝撃を与える。
姿勢が後ろに流れたのを好機と追撃を仕掛けるべく、オストはラーファを強く握りなおす。
エレナリーゼも少し顔を顰めはするが、即座に立て直すと大剣で迎え撃つ。
重厚な金属音を奏でられる剣戟は、オスト優勢で推し進められる。
このままであれば勝てる。
誰かがそんなことを思わずにはいられない光景だが、相手には隠し球があると言うことを忘れはしない。
ヒカルを一瞬で吹き飛ばしたあの攻撃。
あれが見間違いでなければ…
『雷帝』
異変はエレナリーゼから呟かれた詠唱を聞いてからだ。
パチリと電気が爆ぜた音が鳴ったと思うと、目にも止まらぬ攻撃が繰り出される。
『イグニッション』を使用しているオストは、どうにその一撃を視認するとラーファで防ぐ。
(早いだけじゃなく重い。しかも痺れる…)
腕に走る痛みと痺れ。
それはエレナリーゼの体に纏われている電気によるものだと理解する。
即座に大きく後ろに飛び、追撃に警戒をするがそれは取り越し苦労に終わる。
「驚いたわ。『雷動』は仕方ないにしても『雷帝』まで使うことになるとは思わなかった」
「それが切り札にしてる魔法か」
「厳密に言うと魔法ではないのだけれど、そうね。そんなことより、ここからは全力よ。歯を食いしばりなさいっ!!」
そう言い残すとエレナリーゼが前傾姿勢になったところで姿がかき消える。
(消え…いや、来る!!)
漠然とした予想であったが、体は考えるよりも先にラーファを正面に構えていた。
次の瞬間にはエレナリーゼか正面に現れると、恐ろしい威力をともなった一見がオストをラーファごと吹き飛ばす。
(速いだけじゃ無い。電撃の追撃に力も格段に上がってる。魔法じゃねぇっていってたし俺の『イグニッション』と同じスキルってことか。何にしろ厄介だ)
腕の痺れが少し煩わしいさがあったがダメージは軽微。
オストは引き伸ばされた思考で状況をまとめ上げつつも、相手を油断なく見つめる。
ダンッ!
再びエレナリーゼが踏み込みをする。
(見えないな。ならこうするまでだ!)
己の内から湧き出る熱い魔力。
それを引き出すように念じて『イグニッション』の出力を一段階上げる。
すると、残像しか見えなかった姿をどうにか視認することに成功する。
とは言え、少しでも目を離せば見失いかねない速度だ。
エレナリーゼはまたもや目の前まで迫ると、今度は一度回り込んでから攻撃を仕掛ける。
単純極まりないフェイントだが、そこに超速移動が加わるだけでとてつもない脅威になる。
その証拠に正面で受けようとしたオストは、回り込まれたことには気がつきはするが、対応が一歩遅れてしまう。
(小回りもきくのか!)
あれほどの速度なのだから直進しかできないのではという思い込みが頭の片隅にあった。
オストは膝の力を抜き、重心を逆側にかけて体を傾けることにより避けようとするが、雷を纏う大剣が横っ腹を掠める。
本来は擦り傷で済むダメージだが、ダメ押しの電撃がオストの体を引き裂くように走る。
(くッ…!掠っただけでこの威力か。生身ならこれでやられてたぞ…!?)
少しタイムと言いたいが、生憎とそれに付き合う敵はいない。
体勢を立て直した時には大剣が音を切り裂きながら迫っていた。
オストはさらに魔力を集めると、ミシリと骨が軋む様な幻聴を聞く。
痛み的に骨が折れたか?と思いながらも無理やり腕を動かしてラーファで迎え撃つと雷と火花が散る。
両者の刃が弾かれ、オストが剣を構え直そうとするが、その時にはエレナリーゼは次の行動に出ていた。
その結果、一度武器同士が弾かれればオストはどうにかしてもう一撃を回避しなければならない状況になった。
あまりの速さに完全な形で回避することはできない。
小さな切り傷が増えれば増えるほど、追加の電撃が体を蝕んで行く。
そうして、ダメージが蓄積されていくと、とうとう限界がやってきてしまった。
もう何度目かも分からない武器のぶつかり合い。
オストがラーファを引き戻そうとすると、痺れで腕がうまく動かなかった。
(まずいッ!?)
そう思った時には既にエレナリーゼの大剣が振るわれていた。
間に合わない。
また体勢を崩せば間違いなく切り捨てられる。
敵を切り捨てる雷剣がすぐそこまで迫る。
(クソ、こうなれば仕方がねぇ!)
できればやりたくは無いが、残された手段はこれしかなかった。
その手段とは…
攻撃を受けることだ。
無論剣は間に合っていない。
エレナリーゼの大剣は深々とオストの体を肩から腹の中央にかけて切り裂いた。
まさかの事態に彼女は目を限界まで見開く。
しまった、まずい、こんなつもりでは…
力が等しく、拮抗した実力を持つ同年代に出会い熱くなってしまった彼女は、これが模擬戦であることが抜けてしまっていた。
やってしまった…
人を殺してしまったというその事実が、後悔がエレナリーゼの頭を真っ白に塗りつぶす。
そんな彼女へ、死の間際にいる筈の青年は…
「がぁっ!??」
燃えたぎる拳をエレナリーゼの腹に打ち込んだ。
オスト全身全霊のフルパワーで放った拳は、彼女をくの字にして結界まで吹き飛ばす。
「ゴハッ…」
喉を突いて出る血溜まり。
肺を切り裂かれて呼吸もままならないが、オストは自身の中程で止まっている大剣をゆっくりと引き抜く。
異物が無くなった体は、逆再生でもされているかの様にゆっくり傷を塞いでいく。
咳き込めば肺に溜まった血が吐き出されるが、次第に全てを出し終える。
「試合しゅーりょー!勝者、オスト」
オストが立ちあがれば、シナから試合の終了が言い渡された。




