3章 76話 念願のアレクレア共和国
ガラガラガラ。
従来、馬車での旅は意外なことではあるがかなり疲労する。
馬の世話は勿論のこと、単純に乗り心地は良いとは言えないので疲れるのだ。
この世界の馬車は技術が進歩しているためにかなりマシではあるが、砂利の上を走れば揺れもそれなりにする。
馬の上もそれは同様であり、オストや日本出身の者は人間離れした肉体を有していても堪えるものがある。
今は幸い石畳で舗装された道路の上ではある。
それでも馬車の中ではうんざりとする思いがあるために、オスト、ヒカル、コヨミ、シュウタの四人は道を歩いていた。
見渡す限りの自然の中にある人工物。
後ろを見れば道の地平で、前もまた同じ地平。
アレクレア最寄の町から続いており、あまりの長さにシュウタが疑問を口ずさむ。
「この石畳どこまで繋がってるんだ…長すぎるだろ?」
「確かに長いですよねぇ。オストさんは何か知りませんか?」
「さぁな。アレクレアは大陸屈指の先進国だってことは知ってるが、よくこんなものを作ったもんだ」
魔物という人類の脅威が闊歩する世界において、道の舗装とは大きな労力と資産が必要になる。
作るのもそうだが、なによりも維持費が莫大なのだ。
そういうこともあり、草が抜いてあるだけの道が殆どで、道が慣らされているだけでも上等な部類だ。
そんな中で、町の中でもない場所を石畳で舗装されているこの道は、オストからすれば異様に見える。
暇つぶしの雑談のために、まともな答えが返ってくると思っていないコヨミだったが、意外にも答えが返ってくる。
「当たり前だが物流が段違いに良くなるからな。アレクレアは先進国って言うし、大陸最強の軍事国家様だ。土木はお手のものなんだろうな」
「あー、そう言えば聞いたことがあるようなぁ。軍事と土木は切っても切り離せない関係なんでしたっけ?」
四人とは違い馬の上に跨るマサキの説明に、コヨミはド忘れしていた記憶を掘り返していくように話す。
唯一、義務教育などない環境で育ったオストは、何の話なのか全く分からずに首を傾げる。
時間は余るほどあるために、モヤモヤとした気持ちを無くすためにもマサキに聞く事にする。
「どういうことだ?」
「細かい話は…まぁ、気になったら他の誰かに聞いてくれ。軍において最重要なのが経路の確保だ。軍人の移動は勿論、物資の補給とか作戦とか」
「そうなのか。食料が大切だって話は聞いたことはあるな」
「それも大切だけど、食料だって経路の確保が出来てなければ持っていけない。道の優劣で運べる量とかも変わるし」
「へぇ、よくそんなに詳しいな」
「元の世界じゃ、それくらいの知識は少し調べれば分かったからな。あとはアレクレアについて多少調べれば予想がつけられる。ヒカルも分かるだろ?」
「まぁな」
戦争とは無縁の日本だったとは言え、それくらいのことであれば割と簡単に学べたりする。
オストは関心するが、義務教育の有無はやはり偉大であり知識量に差が出るのは必然だ。
それに、これでも彼らは地元では有名な進学校に通っていたのだ。
ヒカルに関しては正真正銘のエリートではあったが、マサキの成績はお世辞にも良くはなかった。
それでも、普通の学生から見れば十分過ぎる学力はあるのだから、地球と同じであろう知識であればオストにも勝る。
「マサキは博識だな」
「この中だと学力の順位は一番だったけどな」
「それは冗談だろ」
「いや、学校でならマサの成績が一番低いのは本当だぜ。まぁ、オレ達全員成績が良かったせいで、相対的に見て下ってだけだな」
パーティーでは司令塔の役割を果たしているマサキ。
それはオストが加わってからも変わらず、その的確さや柔軟さなどの優れた部分を多くある。
知識を吸収する勤勉さも知っているので、尚のこと学力が一番下というのが信じられない。
非常に失礼ではあるが、コヨミとシュウタよりも下とはとてもではないが思えない。
そんなオストの視線に気がついた二人は「「何か言いたいことが?」」と、ドスを効かせられ首を横に振るう。
余談ではあるが、テストの順位は上からサキ、シンイチ、ヒカル、ジュンジ、シュウタ、マサキになっている。
コヨミは学年が一つ下のために順位に含まれないが、一年の時の成績参照であればマサキの上というところに落ち着く。
「勉強を一切してなかっただけで、地頭自体はいいから馬鹿ではないな」
「そうそう、てか勉強してたら大分成績良かったろ。確か初等部の時は上位に居たよな?」
「マジか!?マサが普通の勉強をしてたとか想像できねぇ」
「う、嘘ですよね?先輩が成績上位なんて…そんな時代ありませんよね?」
ここに明かされる驚愕の事実。
意外な話ではあるが、一番付き合いが古いのはシュウタであったりする。
ヒカルやコヨミを含むマサキとよく一緒にいる者達は中等部からの付き合いであり、昔のことはよく知らない。
今をよく知っているだけに、そんな馬鹿なと言う二人の思いは強い。
「お前ら失礼過ぎない?」
「学校での生活を見てると信じられないんですよー」
「基本遊び回ってるもんな」
「そうなのか?全くそう見えないが」
オストから見た彼の評価は非常に勤勉。
そのために遊び回っていたと言われても、なかなかに信じ難いものがある。
「今はそう見えにくいが、コイツにとって魔法の鍛錬なんて遊びと同義だぜ」
「他にも薬学とか戦術とかも含まれてる気がする」
「そうですねぇ。戦争系のシミュレーションゲームとか好きでしたし。ラノベも大好きでしたからねぇ」
「否定はしない」
同じ日本から来た身としては魔法など最高の娯楽ということは断定できる。
どれだけ望もうとも使うことの叶わなかった力なのだから。
マサキだけでは無く他の面々も例外では無いのだが、一番エンジョイしているのは間違いない。
「剣術は問題ないが、魔法は細かいことが多くて苦手だからよく分からないな」
「確かに、最初とか殆ど座学だもんなぁ。俺も勉強嫌いだし面倒な細かいこととかあってたまに嫌いなんだよな。魔法が使えるのは楽しいけど」
「あー、その気持ちよぉーく分かります。うちの班私以外みんな頭いいですし、先輩も好きなことの勉強は大好きでしたから肩身が狭いんですよ」
「分かりみが深い。俺のところもオタクが固まったところだったから、周りの熱度が凄かったんだよな。シンイチは単純に勉強できて本が好きだったからすぐに使えてたし」
勉強嫌い同士、通じ合うものがある。
シュウタとコヨミの話を外野で聞いていたオストは、身に覚えのある内容につい首を縦に振りたくなるくらいには共感できる。
「コヨミは置いといても、シュウタはサボってただけだろ。実際、俺とお前の記憶力なんておんなじくらいだと思うぞ」
「元天才様のマサキ様と一緒ォ?ナイナイ」
「よし、お前はガーティアの蹄の錆にしてくれよう」
「ヴルルルル…」
シュウタの言葉に眉をピクリと動かすマサキ。
手綱を少し高く掲げれば乗せている馬、ガーティアが鬱陶しそうに低く鳴く。
「ちょっとっ待って。それに踏まれたら死んじゃうから!」
「安心しろ。ガーティアなら痛みも無くイケるから。ほら、身を任せて」
「すみませんでしたァ!!」
冗談でも看過できないシュウタは、馬の圧もありガバリと大きく頭を下げる。
それを見ていたコヨミはケラケラと笑っていたが、ヒカルとしては自分に置き換えて考えるとゾッとするために、苦笑いを浮かべる。
それはガーティアの馬とは思えない体格と雰囲気が原因だ。
いかにも巨漢の猛将を乗せてましたと言わんばかりの出立。
某世紀末覇者の馬に見えるが、勿論そんなイカつい馬がいる訳もなくれっきとした魔物だ。
グレーター・ウォー・ホースと呼ばれる上級に位置する非常に危険な魔馬だ。
何故そんな馬をマサキが手懐けているかと言うと、答えとしてはパーシィの遺品として貰い受けたからだ。
そうして今はマサキの従魔として連れられている。
「マサキ、それは冗談でも怖えからやめとけ。ガーティアは賢いが、悪ノリをしたら洒落にならねぇ」
「大丈夫大丈夫。ガーティアは木端には興味がないと。というか『私を巻き込むな、振り落とすぞ』って怒られたから、俺がやられかねない…降りていい?」
「マサの自業自得だろ」
「あ!なんか見えてきましたよ!?」
コヨミの声に釣られ、全員が未知の地平線を眺めればちょこんとした建物が数本。
進み続ければ徐々にその全貌が見え始め、視界いっぱいに広がる街並みと城壁を前に、皆が口を開け広げる。
アレクレア共和国は首都以外に町や村などを有していない小国であり、建国にあたりクレメリア王国から譲渡された領土だけである。
そのために他国から見れば非常に小さな国であるが、アレクレアの首都はテラクセスの聖都と比べるとあまりにも大きい。
魔物や天災などの脅威が大きな世界において、ここまでの規模の街並みを維持するのは非常に困難なのだが、そこは大陸最大の軍事国家であり最先進国。
その途方もない国を前に、オスト達は惚けながらも足をすすめることしかできなかった。
「デカいな…」
そうして、初めて見る巨大都市に胸を膨らませ一同が門前へと到着すると、誰からとも無く感想が漏れる。
「これ高さ何十メートルあるんだ?」
「分からないけど、すっごく大きいね」
「この辺りは巨人でも生息しているんですかね?」
「どうやって開けるのか気になるな」
顔を真上に上げるほどに高くそびえ立つ壁門。
重厚かつ巨大すぎるその扉は、そこにあるだけで見るものを圧倒する。
人生の中でここまで巨大な門を見たのが初めてなオストは、語彙力をなくして立ち尽くす。
現代日本にて、巨大建築物を見慣れており耐性のあるヒカル達ですら、困惑と戸惑いがあるのだからその衝撃は計り知れない。
一月以上の長い旅。
オストに至っては一年以上にも及ぶ旅を終え、遂に到着したアレクレア共和国。
その正門に立っていた。
「五人とも、入口はこっちだよ!」
間抜けにも顔を上げて話していたオスト、ヒカル、サキ、コヨミ、マサキの五人へ、シナが大声で呼びかける。
勿論のことであるが、この立派な門は人の出入りのためのものでは無い。
シナの方を見れば、城壁に人の出入り用の小さな扉がしっかりとあった。
小さなとは言ったが、正門に比べれば小さく見えるだけであり、馬車を四台横に並べても余裕で通れる程の大きさだ。
相対的に見て小さく見えるだけで、こちらも十分に大きな部類の扉だ。
「シナ、この国に入国の手続きは無いのか?」
「それならあの扉の先だよ」
「そう言えば、ジュン達がいねぇな」
「オルクスに先に行くように言ったからね。ほらほら、早く行くよ」
シナに先導されるがままに開けっぴろげられた扉を潜れば、これまた長い通路を歩く。
そして、それを抜けるとこれまた広い建物の中へ出る。
多種多様な人々や物が入り乱れるそこは、日本で言うところの空港を思わせる。
他国でも入国をする際には検査や手続きが必要になったりするが、ここまでの規模と効率的かつ細分化されたものではない。
アレクレアに着いてから、オストのカルチャーショックは止まることを知らなかった。
またもや足を止めてしまうと、背後にいたヒカルに背を押される。
「オスト、そこで止まるな」
「あぁ、悪い」
「はいはい、ちゅーもく」
シナは通路を抜けた端の方に移動すると、手を叩いて呼びかける。
全員が向いたことを確認すると、取り出していたカードを一人一人へと手渡していく。
初めて見るそれは、紙でもなければ金属でもないよく分からない材質で出来ており、オストは不思議そうに触る。
「それは入国の時に使う証明書みたいなものだから。地球組にはパスポートって言った方が伝わるかな?」
「ぱすぽーと?」
「それがあれば殆どフリーパスでうちの国に入れるから。ちなみに魔導具で結構高いし再発行めんどくさいから無くさないでね」
馴染みのない言葉にオストだけは首を捻るが、空港に似たシステムを聞いた転移者組は特に疑問もなく頷く。
川の流れのような人々の波に乗りながら移動すると、入国するための窓口らしき場所で止まる。
複数のカウンターがあり、同じ様に複数の人の列がなされており、シナはその内の一つの列に並ぶ。
オスト達も後ろについて並ぶと、それほど時間がかからずに順番が回る。
「認証板をご提示ください」
「これか?」
「はい。それではこちらの方に手を置いてください」
職員に促された四角い枠に手を乗せれば、ほんのりと魔力が動く。
これも魔導具かとオストが思っていると、「もう大丈夫です」と職員が言う。
それからササッと紙に何書いた後に顔を上げる。
「はい、問題ありません。先にお進みください」
「これで終わりか?」
「はい、そうです」
あまりにも呆気なく終わった入国審査。
村などの小さな集落には無いが、少し大きな町であれば多少の質問と物品の確認がある。
都市となればさらに厳しい審査があり、首都となればそれらに加えて身分証を含めた色々なものが必要になることもある。
その為にこういった審査というものは総じて長くなりがちであり、ここまで手短に終わる物では無い。
早すぎる審査に思わず聞き返してしまうと、これまたあっさりとした返答だった。
カウンターを抜ければ、対面側の太い柱の下にシナ達が一塊となっていた。
「なぁ、入国審査はあれだけなのか?」
「あらかじめキミ達の身分証を作っておいたからね。言ったでしょ、ほとんどフリーパスだって」
「そうだが、首都だよな?」
「キミ達のは特別だからね。国民と変わらない扱いだから。そうじゃないと身分証に紹介状とか結構めんどくさい手続きはあるよ?」
「そうなのか」
オストはこれがこの国の審査なのかと思えば、流石に不用心すぎるのではと心配になったが、あくまで杞憂だった。
「あ、シナさん達が居ました!」
人が多く騒がしい中で、どこからともなくシナの名前を呼ぶ声。
そちらを見れば、先に入国審査を終わらせていたシンイチであった。
それに続くようにジュンジ、サキ、シュウタ、ルナエルが姿を見せる。
「あれ、オルクスさんはどうしたんですか?」
「オルクスさんは馬車を引いて先に行きました」
「俺達は先にシナさんに案内してもらえって」
コヨミの疑問にシンイチが答え、引き継ぎでジュンジが説明する。
普通に会話に加わったために最初は気が付かなかったが、徐々に何故そちらにという疑問が湧き上がる。
「あれ、ジュンジ先輩こっちに居ませんでした?」
「ずっと馬車の中だよ…」
「オスト入れて五人だったからジュンが居ないのに違和感が無いな…」
「ジュン先輩って影薄いですよね。割と没個性ですし」
「みんな酷くない?あと、コヨミちゃんは本当にやめて?結構刺さるんだけど」
人数が変わろうが環境が変わろうが国が変わろうが、ジュンジの扱いが雑なのは万国共通なのかも知れない。
そうこうして、最後のマサキで全員の審査が終わると出口へと向かう。
大した時間もかからずに首都の入場をすると、見たこともない街並みに全員が息を呑む。
外から見た巨大な城門に見合う、これまた巨大な中央通り。
道には幾つもの露店が並び、未知の左右には巨大な商店街見渡す限り立ち並ぶ。
どんな町や都市、首都とも比べ用のない活気の良さがそこにはあった。
転移者組もオスト同様に驚きを覚える。
ぱっと見の景観は中世頃だろうか。
しかし、所々に取り入れられている現代を思わせる構造の物達。
さしずめ、中世ヨーロッパをモデルとしたテーマパークと言ったところか。
「改めてようこそ。共和国の首都、アレクレアへ」
そんな全員の驚き顔を見たシナは楽しげに笑う。
大陸最大最強の軍事国家。
魑魅魍魎の住む魔境。
テラクセスでは悪い噂ばかりでどんなところかと内心不安に思う者もいたが、蓋を開けてみればどこまでも発展している平和な国だ。
あまりにも最初の印象からかけ離れていたそこは、シナが楽しそうに笑うのも無理はない。
「まずは案内、と言いたいところだけど、ここは広すぎるし今日はこのままボクの家に行こうか」
未知の土地に発展した都市に、心惹かれていると残念な知らせを聞かされる。
何名かは「えぇ〜…」と口に出して不満を溢すが、確かにこの国は広すぎる。
それに観光に来たのが目的では無い。
コヨミとシュウタが不満を垂れ流しながら、全員は街並みを観察しながら出発した。




