2章 72話 別れの挨拶を鮮やかな灰に
ザクッザクッザクッ。
焼け落ちた廃墟でスコップを地面に突き立てる人影が一人。
「こんなもんか」
作業にひと段落つくと、赤髪の青年は抑揚なく呟く。
額に滴る汗を拭うと、グサリと子気味よくスコップを地面に突き立てる音が鳴る。
土をいじくり回していたために泥だらけな手。
落ちないことが分かりながらも、一仕事を終えた疲労から手をパンパンと払う仕草をする。
そして、両手を見つめるとやはりこれでは全く落ちないなと思い、この手で先の作業をするのが憚れたために一度手を洗いに行く。
そこから休憩を入れた後に、最後の作業に取り掛かる。
とは言っても、残りは仕上げのみであり、さほど時間もかからずに終わる。
「場所も出来も気に食わねぇかもしれないが、これで許せよ」
焼け崩れたオストの帰るべき場所。
庭であった場所にぽつりと作った簡易な墓に話しかける。
勿論、返事を期待した問いかけではない。
墓など作ったことの無いオストには、土に埋めて木を突き立て、ラフスが愛用していた折れた剣を括り付けたそれっぽい墓しか出来ない。
これは一体どこの風習なのか。
少なくとも、オストの慣れ親しんだ埋葬の仕方は土に埋めるだけだ。
しかし、この国ではしっかりとした棺での埋葬をしていることから、頑張って寄せたつもりなのだが、結果として少しユニークな出来上がりになってしまった。
まぁ、素人のにわか知識で作ったにしては上出来だろうと。
その思いも込めての、一種の言い訳のような一言だ。
何はともあれ、本人的には満足のいくラフスの墓を見つめ続けると、嫌でも昔の思い出が出てきてしまう。
仕事に付き合わされてゴロツキに囲まれたこと。
ラフスが酒場のタダ飲みしていたことがバレて、行きつけの酒場のマスターに保護者みたいな立ち位置で呼び出されたこと。
偽の情報をつかまされて変な買い物をして、二人してメルに怒られたこと。
今思い出しても碌な思い出は浮かんでこないが、それでも確かにラフスは親友であり兄であり恩人だった。
「オストくんも律儀だねぇ」
少しの間、感傷に浸っていたところにふと男の声がかけられる。
朝から一人で作業していた為に、人がいることはおかしいはずなのだがここ数日で似た様な状況ばかりなオストは、特に驚くことも無く答える。
「あれでも一応恩人だからな」
「裏切った相手だよ?」
「それでも俺がラフスに世話になった事実は変わらない」
これはオストの中で揺るぎのない事実だ。
普通の人間であれば、いくら親しかろうが一度裏切られれば敵意を向けることがほとんどだろう。
そうでなくとも良い印象が残ることはあり得ない。
しかし、オストにはどう頑張ってもラフスのことを恨むことはおろか、嫌いになりきれなかった。
他の人が聞けば馬鹿だと罵るか、はたまた呆れられるか。
どちらにしろ人は理解ができないと口をそろえるだろう。
シナもそう思ったからこその問いなのだろうと考えていたが、「そっか」とカラカラと笑っていることから憐れみの類ではないのだろう。
愚かすぎる答えが単純に面白いからか、自分にない答えを気に入ったのか。
真意は分からないが、オストとしては理解されずとも問題の無いことだ。
最初の質問以降シナは言葉を話さなくなると、次第に気にならなくなりそこからはじっと墓場を眺める。
そこからいくらか時間が経ち、気がつけば陽が傾き始めていた。
朝から昼過ぎまでは墓作りをしていたので、実際に墓の前にいた二、三時間くらいだろうが、それでも十分な時間思い出に浸っていた。
(まさか、俺がこんなに女々しい奴だったとはな…)
命の軽い世界で生きてきただけに、死には多少なりとも慣れているつもりではいた。
だが、蓋を開けてみればこのザマで思わず自嘲が漏れる。
だからと言ってこの時間は意味のないものかも聞かれれば、オストの中では間違いなく必要なものではあった。
そもそも、親しい人の死を慣れる必要など絶対にないのだから。
「俺はそろそろ行くぞ。次はいつくるか分からないがメルと一緒に墓参りしてやるよ」
いつの間にか下ろしていた腰を上げると、買っておいた安酒を手に取る。
同じく買って置いた木のジョッキを墓前に置き、瓶の中が空になるまで注ぎ続ける。
最後に空になった酒瓶をジョッキの隣に置く。
「世話になったな」
別れの挨拶に感謝だけを述べると、もう未練は無いと墓に背を向けて自宅兼工房から出ようとすると、見慣れぬものが目に入りつい足を止めてしまう。
決意を固めて新しい一歩を踏み出す。
そんな思いのつもりであったのだが、その一歩はどこからともなく持ち込まれた綺麗な机と、そこでお茶を飲む三人組に阻まれてしまう。
その者達の見目も合わせればどこの貴族のお茶会だろうか。
明らかに浮いている。
(いや、そうじゃなくて)
場に馴染めていないのもそうだが、これを今まで後ろでされていたと思うとなんとも言えない羞恥心と呆れが浮ぶ。
そんな風に嫌そうな顔をオストがしていると、シナが「終わった?」と声をかけてくる。
終わったじゃねぇよ…と思わなくも無いが、これに気が付かなかった自分も悪いので言葉を飲み込むことにする。
しかし、何故こんなことをしているのかだけは色々な意味で聞きたいところだ。
「何してるんだ?」
「暇だったからさ」
「暇で葬儀をしてる奴の後ろで茶会をするな」
文句を堪えるつもりだったが、あまりにもふざけた理由であったためについツッコミが出てしまう。
「ごめんごめん、最初は大人しく待ってようと思ったんだけどさ。思ったよりもオストくんが動かないものだから」
「律儀か」
「キミも大概だよ」
意趣返しというわけでもないが、お前に言われたくないなと言う意味を込めて、先程の言葉を返す。
まさか、あの時に声をかけてからずっといるのかと思うと驚きよりも呆れが勝る。
しかし、それはシナも同じ思いでこうも長々と死者を悼むとは思ってない。
互いが互いに難儀な奴だと思うと両者共にクツクツと小さく笑う。
「用事は終わった。帰るぞ」
「それは良かった、このまま日没と日の出を見るのかと思ったよ」
「言ってろ」
待たせたことに思うことも無いが、勝手に待っていたのはシナの方だ。
オストはぶっきらぼうに声をかけると、三人の横を通り抜ける。
すれ違い様にシナから皮肉を言われるも、苛立ちも湧かずに軽く受け流す。
前ならば間違いなく不快に思っていたであろうが、今は日常会話程度の思いしかない。
それにオストが気がつくと、少し驚くと同時に成長したなとも思う。
もう振り返らないと決めている為に墓を見ることは無いが、この先も何やかんやでやって行けそうだと今は亡き大切な人へと心のなかで告げる。
気がつけば巻き込まれていた今回の一件で、幼馴染に恩人が居なくなり一人ぼっちになったと思っていた。
だが、意外にもこの新しい出会いは、得難い友人を得る機会でもあったのだろう。
いつの間にやらオストの後ろから鳴る三つの足音。
「今日のご飯どうしよっか?」「魚…」「それは少し手間ですね…」などの日常会話。
不幸続きでの旅立ちにはなるが、オストの心持ちは意外にも穏やかであった。
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