2章 61話 救出作戦の行方
時刻は深夜零時を過ぎた頃。
空を闇が覆いながらも、赤い月が己を強く自己主張するように輝く。
「旧商業区の巨大噴水…ここであってるのか?」
月明かりに照らされながら、指定の場所近くの目印である広間にある大きな噴水。
以前はさぞ美しかったであろう面影は、風化の一歩を辿り見窄らしく見える。
物陰から隠れる様に場所の確認をするオストは、人の気配の無さに間違えたのではと不安になる。
「いや、そうでも無いらしいぜ。一番デケェ建物見てみろよ」
今回オストの手助け役として付いてきているラフスは、間違いは無いと元役所であった建物に視線を促す。
その先に目を凝らしてみると、確かに人影らしきものがチラリと見える。
どうやら間違いの無いその場所を前に、改めて緊張の汗を流す。
「ソボック、聞こえるか?」
ポケットから手のひらサイズの魔導具、通信機を取り出す。
そして、間も無く「大丈夫です」と抑えられた声で返答が帰る。
「俺達はもう着いたが、そっちはどうだ?」
『どうやらこっちが当たりらしいです。さっきシナさんが分かりにくいけれど、メルさんらしき気配がするって言ってました』
予想していたことではある。
アジトの方にメルが捉えられていると言うことは、相手に約束を守る気は無いことだ。
手段を選ばないことから信じていた訳では無いがこうも反故にされると、怒りがオストの腹をちくりと刺す。
「分かった。そっちは大丈夫か?」
『準備は完了しています』
「なら、行ってくる。建物内に入った時と交渉が始まった時に合図する。メルを頼む」
『はい!オストさんも気をつけて』
ソボックからよ小さいながらも力のこもった返事。
出会ってそれ程経っていないにも関わらず、これ程までに尽力してくれる彼に心のなかで感謝を述べると、魔導具に魔力を与えるのを止める。
通信が切れたことを確認すると、比較的注意が向けられないと予想されるラフスに渡し、最後の確認を行う。
とは言っても、服の下に着た楔帷子に不調が無いか、靴に異常がないか、通信機に手が届くか。
普段であればする必要のない確認。
だが、こんな時はこれくらい慎重で丁度いいとオストは思っている。
伊達にスラム暮らしを長年続けていない。
少しの緩みが命に直結するのだから。
最後に、オストの最高傑作である魔剣の持ち手を触れて、肩の力を抜く様に呼吸を整える。
「行くぞ」とラフスに短く伝えると「おう」と返される。
昔から世話になっている男の返事に心強さを覚え、周囲を警戒しながらも噴水の広間へ足を踏み出す。
薄暗い路地から、月明かりの元で照らされて己を隠していた闇の衣が消えた途端。
周囲から感じる無数の視線。
それは取引場所である元役所からは勿論のこと、周りの至る建物から注がれている。
自分達が完全に囲まれていることを自覚させられる。
(一体、どれだけの人数に囲まれてるんだ…)
口には出さないが、予想をはるかに超える革命派構成員の数。
すぐに囲まれないと言うことは形式上とは言え、交渉はされることに息を吐く。
底知れないプレッシャーの中、覚悟を決めて尚重い足取り。
体感数分にも思える長い道のりを超えて、役所前にたどり着く。
ドアノブに手をかけてから隣のラフスに視線で問いかると、問題無いと言うように頷かれる。
そして、意を決して扉を開き中に入ると、そこには見覚えのある顔が待っていた。
「よぉ、クソガキィ。あん時は世話になったな」
「お前は…」
トサカの様な髪型に強面な顔立ち。
まるで知り合いのような声のかけられ方に、オストは二の句が詰まりながらも思い出す。
思い出…
(いや、誰だ?)
せなかった。
しかしながら、この状況においてあなたは誰ですか?などと聞ける状況でもない。
どう頭を捻っても出てこないが、そのお陰でハッとひらめく。
つまり、目の前のトサカは会ったことはあるが関わりが薄いということで、かつ顔から読み取るにトラブルがあった相手。
つまり…
「お互い様だろ…」
つまり、両方悪いからひとまず水に流そうぜ!とも、俺も許してねぇぞ!とも取れるこの言い回しが正解。
ここで一悶着を起こすのはどうしても避けたいと、内心冷や汗を流しながら祈る様に無表情を貫く。
果たしてトサカの反応は…!?
「ケッ!腹の立つガキだ。着いてこい」
気分が悪いとオストを睨めつけながら喉を鳴らすが、案内するために背を向けて歩き出す。
どうやら正解だったようだ。
まさかのトラブルにいきなり作戦の失敗を覚悟したが、どうにか乗り越えることに成功して小さく息を吐く。
無言の中、ギィギィと古い床が悲鳴を上げる。
加速度的に上がる緊張感を抑えて黙々と足を進める。
入口から階段を上がって行き、少し歩くと元会議スペースと思わしき広い部屋へと通される。
窓は板で塞がれ、月明かりすら通さない隔離された部屋には、おそろしげに明かりである蝋燭が踊っていた。
だが、その陰鬱とした雰囲気よりも先に目についたのが十人もいる武装した集団。
全員が訓練を受けたとおもわれる屈強な男達が、部屋を囲む様に立っていた。
扉を開けた瞬間から噴き出してきた圧倒的プレッシャー。
足を前に出すのを躊躇われるその雰囲気に、オストは自分を叱咤すると鉄の様な足を動かす。
「よく来てくれた。赤髪の君がオストで間違いないかな?」
オストとラフスが入室しきると、この場の代表らしき子綺麗な男がにこやかに問いかける。
しかし、その表情は柔らかに見えても微塵も隙がなく、射抜く様にこちらを見据えていた。
間違いなく強い。
そんな第一印象に身を固くするも、オストは「あぁ、そうだ」と短くぶっきらぼうに答える。
「いつまで経ってもこないから逃げたんじゃって心配したよ」
「御託はどうでもいい。メルはどこだ?」
状況的有利が自らへの絶対の自信か。
小綺麗な男は余裕を滲ませて雑談から入る。
男の言葉をバッサリと切り捨てると、睨みつけながら本題へ入る。
やれやれと言う雰囲気を出され、メルの居場所などすでに知っているが、その白々しさに怒りが募る。
「まぁ、焦るなよ。そっちも魔導書は持って来ているんだろうな?」
「置いて来たくても生憎一心同体なんでな。この通りここにあるぞ」
男の問いに忌々しそうな表情を作ると、腰に下げられた袋をポンポンと叩く。
しかし、それだけで安心出来ないのか男は魔導書を出す様に指示を出し、オストはゆっくりとした動作で取り出す。
少し離れた場所からの確認になるが、その本から滲み出る魔力から間違い無いと確信を得られる。
「お前の望みの物はこれだろ?」
「あぁ、間違い無いな」
「なら、早くメルを出せ!」
「そう騒ぐな。まずはお前の拘束からだ」
引き伸ばす様な男の話運び。
徐々に怒りが溜まって行ったオストは、冷静さを欠いて怒鳴り声を上げる。
ここまで従って来たのだから、次はそちらの番だと言わんばかりの要求だが、男は依然として態度を崩さない。
「ふざけるな。俺は十分命令に従ったぞ。先にメルに合わせやがれ…!」
「おいおい、察しの悪い奴だな。お前は嵌められてるんだよ?大人しく黙って従え。それとも何か。俺達全員相手に出来るとか言い出さないよな?」
よいよにこやかどころかニヤついた表情に変わっていった男。
張り付いたメッキが剥がれ落ちて出て来た本性に、オストは射殺さんばかりに視線を険しくする。
その敵意に反応する様に、無言を貫いていた構成員達は武器を構えられ、肌を刺す様な殺気がオストを四方から襲う。
「そっちがその気ならこっちにも考えがある…」
「ほぉ、それは見ものだ」
今から芸でも見せてくれるのかと言わんばかりに、オーバーなリアクションを持って男は煽る。
周りもニヤついた様な笑みでオストを馬鹿にしていた。
しかし、それは魔導書にオストの剣が添えられた瞬間、一同裏返る様に顔を引き攣らせる。
「こうされてもその余裕が続くか?」
「なんのつもりだ…?」
オストのまさかの行動に、絶対有利と鷹を括り、余裕を滲ませ続けた男達。
それが、まさかこんな形で反撃をもらうとは思いもしていなかった。
驚いているのはラフスも同じで、事前にそんな話を聞かされていない為に心配する様に「オスト…!」と呼びかける。
「いいのか?そんなこのをすれば貴様の大切な女が死ぬことになるんだぞ」
「そうだな。だからメルを早く解放しろ。そうすればこんなクソな本くれてやる」
「ガキがッ…!調子に乗るなよ!!」
魔導書を人質ならぬ本質にとられ、余裕を剥ぎ取られると目に見えて冷静さを欠く。
この行動はシナからの入れ知恵なのだが、確かに効果的だと必死な表情をしながらも思う。
アレの人への嫌がらせ精度の高さは、オスト自身が身を持って体験しているのだ。
余裕の無い演技もそろそろ潮時かと、囮の役目を果たす頃合いになる。
これ以上膠着させても冷静さが戻った革命派に取り押さえられるのがオチだ。
なら、まだ衝撃を受けているいまが好機。
違和感がない様に、オストは飛びかかれるように腰を落とし、注意を引くために魔剣を大袈裟に振り上げ…
「ガハッ…!?」
オストの脇腹に刺さる視覚外からの強烈な一撃が襲う。
あまりの衝撃に踏ん張ることも出来ず、数度転がることになり壁に衝突する。
痛む腹に顔を顰めながらも、立ち上がって攻撃をして来た者を見据え…
「なッ…!」
その人物を目にして声を無くす。
まさか。
そんな。
ありえない。
受け入れ難い現実を前に頭が真っ白になるオストに、その人物は腰に刺していた剣を引き抜く。
「すまねぇな、オスト」
感情の窺い知れぬ声音。
聞きようによっては後悔すら滲ませた低い声は、その態度とは裏腹に闘気を立ち上らせていた。
●
遡ること数分前。
シナ達はオストから作戦開始の合図を受けて、革命派のアジトに足を踏み入れていた。
「こそっと入って、こそっと終わらせるハズだったんだけどなぁ〜…」
これは困ったとため息をつく物言いの割に、いつもの微笑を貼り付けるシナ。
その視線の先にいるのは革命派の構成員達。
裏口から隠れて入ったにも関わらず、まるで侵入場所がバレていたかの様な歓迎の仕方。
「これはどういうことかな?」と、目についた革命派に一応声をかけてみると…
ドスッ
勿論そんな音は鳴っていない。
しかし、そんな幻聴が聞こえる様な衝撃を背中に受けた途端、シナの体を焼ける様な痛みが走り抜ける。
「なるほど、そういうことね」
「あなたは邪魔なんですよ。僕の計画をことごとく潰してくれて…お陰で飛んだ手間を取らされましたよ」
己の体を貫く刃を目にして尚笑うシナは、なんでもない様な態度で己を貫いた張本人…
ソボックに、全てが腑に落ちたと言いたげに問いかける。
それに忌々しそうに答える声音は、口調はそのままにまるで別人の様にも感じさせる。
「このツケはあなたの命で…?」
僅かな憎悪すら滲ませながら、シナを貫く片手直剣を乱雑に引き抜こうとした時。
いくら力を込めようとも剣がピクリとも動かない。
「それはお断りしようかな」
ソボックの顔が徐々に驚愕の色へと変わる。
なぜ動かないのか皆目見当もつかない。
だが、前から見ていた構成員達の驚きはそれを遥かに上回る。
シナは腹から突き出る剣先を指で摘むんでいたのだから。
さらに、引き抜こうとするどころか、寧ろ剣先を強く引っ張ることにより剣はより深く刺さる。
(なんで馬鹿力なんだ!?)
片腕とは言え、ソボックの全力を持って引っ張っているに対して、シナは腹を貫かれている上に指先だけの力で引っ張っているのだ。
彼自身非力な様にも思えるが、オストに黙っていただけで戦闘階級は上級に位置している。
にも関わらず力負けしているのだから、凶行も加わり驚きしかない。
「なっ!?うぐッ…!?」
手を離さなかった腕が強く引かれ、そのままバランスを崩してしまい…
ソボックの顔を肘鉄が襲う。
全く溜めのない、適当に繰り出された様な一撃は、見た目からは想像のできない重さを兼ね備えていた。
しかし、ソボックはどうにか片手を滑り込ませて防御に成功させており、一度転がる様にして受身を取る。
「ハーヴィス様!」
「ぐっ…化け物め」
達人同士であればたわいもないやりとりであるが、そうでない構成員には早すぎるやり取りに安否を確認することしか出来ない。
そんな心配など不要と言わんばかりに流すソボック改めハーヴィスは、痺れる腕に顔を顰めながらもシナを睨め付ける。
「本当の名前はハーヴィスって言うんだ?キミがねぇ」
「僕のことを知っているとは。流石アレクレアの暗部、第八騎士団の工作員と言ったところですか」
シナの探る様な含みを持たせた言い方。
しかし、その物言いから既に調べはついていると言うことが伺える。
それを面白く思わないハーヴィスは、意趣返しにシナの正体を語る。
それを聞いて尚、シナの微笑みが消えることがなくおもしろそうに笑う。
「そこまで調べられてたんだ。凄い…あれ?」
まるで驚いた様子のない顔で、凄い凄いと手を叩いて誉めようとした時。
腕がピクピクと痙攣を始め、うまく動かないことに気がつく。
それでも慌てることなく、「毒かな?」と冷静に当たりをつけると遅ればせながら貫く剣を引き抜く。
「少し焦りましたよ。普通ならとっくに死んでもおかしくない猛毒の筈何ですがね。今も元気そうで本当に驚かされますよ。この先は分かりませんが」
体の調子を確かめる様に少し腕を動かす中で、ここに来て初めてシナの顔から笑みが剥がれる。
それを見て、やっと優位が取れたハーヴィスは獰猛な笑みを浮かべる。
「さぁ、どうします?いくら化け物のあなたでも、その身体でこの人数を相手にするのは骨が折れると思いますが?」
そう言うと、近場の構成員から新しい剣を貰ったハーヴィスは、重心を確認するために一振りする。
止まることなく溢れる血液。
自由の効きにくい体。
毒によるタイムリミット。
数えるのも馬鹿らしい構成員の数。
そんな絶体絶命な状況にシナはやはり「困ったなぁ」と呟くと、一瞬でプランを練り直して再び微笑む。
それを見て、顔を引き締め直したハーヴィスは油断なく構えると、挙動ひとつを見逃すものかと目を細める。
「分が悪いね。まぁ、最低限争わせてもらうよ」
見かけは余裕そうに見えるが、誰が見てもそれが痩せ我慢なのは明らか。
だが、そうとは思えない踏み込みにより、構成員の視線を引きちぎってハーヴィスに迫る。
弾丸の様に一直線で迫るシナに、重傷の体で人間離れしたスピードを出す異常さに戦慄するが、ハーヴィスにとって反応できない速度ではない。
獲物は腹に刺さっていた片手直剣と、腰に刺された魔導具と思わしき湾曲した棒。
他にも、拳や足もあるが注視すべき二つを見極めると防御のために剣を体に引き寄せる。
あと少しで届く!!
ハーヴィスがそう思い、体に力を入れた瞬間。
シナはピタリと止まると、毒の塗られた剣を槍投げの様に放つ。
至近距離で放たれる必殺とも言える一投。
それを、全神経を持って反応すると、どうにか握られた剣によって弾き飛ばす。
だが、攻撃はこれだけでは無い。
次の攻撃は?とハーヴィスがシナに視線を移した時。
(シナはどこに…?)
一瞬にして見失ったシナの影を探そうと、視線を彷徨わせたると不意に爆発音が響き渡る。
振り向くと壁に大きな風穴が開けられており、今のやりとりを理解できない構成員達が慌てふためく。
気配を探るが既に髪の毛一本すら見当たらず、逃げられたことを悟る。
「仕留めるつもりだんですが。まぁ、あの体では助かったとしても当分は動けないでしょう」
そう言うハーヴィスは最低限の仕事はしたと自分に言い聞かせ、湧き出る憎悪を言い包める。
これ以上は無駄な時間だと判断すると、手短に構成員に指示を出し終える。
「これで僕の邪魔をする者はいなくなりました」
全ては僕の悲願のために。
感情の窺い知れぬ顔を作ると、ハーヴィスはその場を後にするのだった。
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