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社会不適合者達による成り上がり英雄譚  作者: 鳩理 遊次
二章 貧乏鍛治師と始まりの出会い
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2章 53話 隠れた酒場

なんだって?

オストに突きつけられた無情な現実。

幼馴染にこき使われ、浮浪人の後始末を手伝わされ、革命派という危険な組織に狙われ、謎の教団に暗躍され。

今日一日だけで一生分の不幸が舞い込んでいた中に、一筋の希望が落ちていた。

しかし、それは目の前にあるにも関わらず、手にすることはできなかった。

諦められるか…

これしきの試練は今までに幾度と乗り越えてきたのだ。


「ソボック。俺に構わずやれ!」


「でも…!」


「頼むッ…」


「分かりました…」


ぐぅぅと痛みを堪えるオストに、ソボックはもう無理だと首を振る。

だが、本当に…

本当に俺のことを思っているならやってくれ。

そう伝えても、ソボックの表情が晴れることはない。

やりたく無いのは分かる。

それでも、やってもらわなくてはならないのだ。

誰かがやらなくては。

オストが全力で頼み込むと、ソボックは納得は行っていないが決意を固める。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」


「くぅっ……!!」


顔が真っ赤に染まるくらい、全身に力を入れるソボック。

対してオストは、激痛に苛まれるも歯を食いしばって耐え忍ぶ。

全ては希望のために。


「もうやめなよ…」


「諦めらめ…られるかッ!」


直視できないと、シナは顔を俯かせて震える声でオスト達を止める。

言いたいことは痛いほど分かる。

無理だ、無謀だ。

そんなことはもう気が付いている。

だが、やらなくてはならないのだ。


「ブフォッ!クハハハハ!だから、魔導書の機能で取れないって言ってるじゃん!ハハハハハ!」


もう耐えきられないと、シナは噴き出すと指をさして笑い出す。

ソボックにも限界が来たのか、魔導書から手を離すとバタンと背中から倒れる。

オストもあまりの痛みに屈み込むと、引っ張られて赤くなった肌を擦る。

何故こんな状況になっているのか。

そう思わずにはいられないが、原因はシナの魔導書が取れないよ発言。

どういうことだとオストが聞くと、前にチラッと話した様に魔導書の機能で取れないのだと説明した。

この盗み防止機能とも呼べる所有者から離れない能力だが、その効果一つ取っても数種類ある。

使っている間は手から離れないや、少し遠くに置くと自動的に戻ってくるなど。

そして、肝心のオストが拾った魔導具に付いている防止機能は、まさかの呪いを媒体としたものだった。

呪いとは闇魔法の一種とされているが、その性質はかなり特殊なものだ。

本来の魔法とは魔力無くしては起動しないのだが、この呪いと言うものは魔力を必要とせずに効力を発揮する。

つまり、何をどうしようと離れないわけである。

なら、所有者を辞めれば良いのでは?とソボックが疑問を呈したのだが、それも難しい。

と言うのも、呪いは魂と結びつく為に一度所有者として登録されてしまうと、専門の者でなければ解除出来ない。

なん…だと…とオストは膝をついて落ち込みたい気持ちとなるが、虹貨はそう簡単に諦められるものではない。

どうにかして剥がせないかと悩んだ結果、ソボックのマンパワーでどうにかするという方法を取った。

結果、魔導書は服越しであるにも関わらず、肌にベッタリとくっ付いて離れなかった。

何とかして取ろうとするが、やはり取れる気配は無く、肌を無駄に痛めただけに終わる。

マズイ、非常にマズイ。

大金が手に入らないというのは勿論悔いがあるのだが、それ以上にこの魔導書が離れないとなると、オストが革命派に狙われ続けるということだ。

無駄だとは理解してきたが、それでも諦め悪く本を取ろうとバタつく。

クスクスと笑いを堪える声がする。

いい加減笑うなと言おうとすると、依然としてツボったシナが俯きつつ口に手を当て肩を震わせて大笑いしていた。

ならこの笑い声は?と声のする方を見ると、まさかのソボックも肩を震わせていた。

シナに笑われるのは気にならないが、真面目なソボックに笑われるとなると話は変わる。

メンタルに多大なダメージを受け、落ち込もうとするがいつまで経っても消えない爆笑に意識が持っていかれる。


「テメェ…」


「いやっ、いくらなんでもっ、必死すぎでしょ…フッ」


「笑ってないでこれの外し方を考えろ!」


「まぁまぁ、落ち着いてください」


本気で胸ぐらを掴み始めたオストに、これは不味いとソボックが止めに入る。

そうして、シナは一通り笑い終え、オストは怒りを収めると話を戻す。


「まぁ、オストくんの魔導書は解呪できる人の所に連れてくしか無いね」


「そいつは何処にいるんだ?」


「一番確実なのは、創神教の大きな教会があるとこかな。他の神の教会でもいいけど結構運頼みかな」


「国外か…」


一応取れると言われ一瞬希望が見えるが、教会と聞いて一気に叩きつけられる。

悲しいことに、治安最悪で傲慢な貴族しか居ないリキシア王国にはマイナーな神を崇めている教会は勿論のこと、メジャーで大抵の国にある創神教の教会すらない。


「そういうことだから、オストくんが取れる選択肢って今のところは革命派から逃げるしかないんだよね」


「何か無いのか…何か」


「ボクとしても魔導書を渡すわけにはいかないからね。ちゃんと手伝うから頑張ってよ」


「そうですよ。僕もオストさんのために出来る限り協力しますから、頑張りましょう!」


オストの疲弊した心に、優しい言葉が染み渡る。

泣きそうである。

しかし、事件に巻き込まれただけのソボックを、これ以上深みにハマらせるのは本意では無い。

自分は完全に抜けられ無いが、せめて逃げられるなら逃げて欲しい。


「ありがとな。けど、お前をこれ以上巻き込むことは出来ない」


「そんな水くさいですよ。オストさんには助けてもらった恩があります。それに、さっき会ったばかりですけど友達じゃないですか」


「ソボック…」


「乗りかかった船です。最後までかはわかりませんが、出来る限り協力しますよ!あと、正直なところ僕も革命派に狙われるかもですし…あはははは…」


そこまで思ってくれているとは思わなかったオストは、鳩が豆を食らったような顔になる。

ソボックは協力を約束すると、胸をトンと軽く叩く。

今まで弱々しい姿が多かったが、この時ばかりは頼もしさが滲み出ていた。

しかし、最後に本音を伝えると力無く笑って誤魔化す。

それを聞いたオストは軽く笑ってしまう。

利用されることに憤ってもおかしくは無いのだが、本人の人柄を考えるとそんな思いは無い。


「そうか、そうしてくれ。じゃあ、これからよろしくな」


「はい。よろしくお願いします」


ここまで言われて無碍にするほど、オストは冷徹になり切れない。

それよりも、遥かに嬉しさが勝るとソボックに拳を差し出す。

その意味を汲み取ると、同じように拳を差し出しぶつけ合う。


「悲しいなぁ。ボクも友達のつもりなのに疎外感を感じるよ」


「お前は苦手だ。それに、俺のことを利用するき満々だろ」


「ありゃ、バレた?やっぱ頭がいいね。本当にスラム育ち?」


「お前に褒められても小馬鹿にされてる気がするな」


「本当のこと言ってるだけなのになぁ」


わざとらしくシクシクと悲しむようなそぶりを見せるシナ。

そんな事ばかりしているから、胡散臭さが無くならずに苦手なのんだよとオストは心中にこぼす。

騙すつもりが無いような演技を軽くあしらうついでに、嫌味をぶつけると泣き真似をピタリとやめて楽しそうに笑う。

思惑を当てられて褒めるが、スラムで暮らす以上ある程度の駆け引きを見破れなければ搾取されるだけだ。

確かに、オストはこういった謀の看破には自信がある方ではあるが、スラムの住人であれば必須技能なだけになんとも思わない。

寧ろ、胡散臭さを全面に出すだけではなく、あからさまなヒントを出しているのだから少し記憶力があれば、それくらい予想は付く。

そうでなければ、下水道を出て直ぐに別れるかと言う問いかけをしておきながら、オストの取れる行動が一択など矛盾したことは言わない。

おそらくは、行動を誘導して仲間に入れてもらうか、最悪でも協力者のポジションには収まるつもりだったのだろう。

この怪しい奴の策に乗るのは不安で、どこまで信用出来るかは未知数ではあるが、力になることに間違いはないので今は乗っておくのが得策だ。


「どこまでが本当なのやら。着いたな」


そうこうして喋っていると、あっという間に目的地へ到着する。

ぱっと見他にある廃墟と変わらずに、ソボックが「ここが?」と疑わしげに尋ねる。

そういう反応になるのも仕方が無いが、一応スラムでは珍しいタイプの安全な店だったりする。

大抵が初見では見分けがつかない外装をしているが、それを言い始めればスラムの店はどこも同じ様なものだ。

こうして、突っ立っていてもしょうがないので、唯一利用したことのあるオストは先陣を切って扉を開く。

中は閑散としており、スカスカではあるが棚には色々な種類の商品が置いており、そこが雑貨屋だということが分かる。

続いて、ソボックがおっかなびっくりな様子でキョロキョロとながら入る。

すると、扉の横に控えていた強面の用心棒と目が合うと引き攣った声が漏れる。

最後にシナが入るが、特に何のリアクションも見せずに中に入るのを見て、オストは内心舌打ちをする。

と言うのも、店に入って巨漢の強面男が真横から睨んでくるのは、控えめに言ってかなり怖い。

柄の悪い人には慣れているオストですら、最初に来た時変な声を出してラフスに笑われたのもだ。

そのために、シナも少しはリアクションを取るのかと期待したのだが、残念ながらチラッと見るだけで終わった。

少しがっかりとしたオストだが、この為だけにここに来たわけではないので、さっさと奥に一人の老人がいるカウンターに行く。


「品物を届けに来た」


「物は?」


「拾った魔石だ」


「裏に置いてってくれ」


軽く会話をすると、老人は親指でカウンターの裏にある扉を示す。

最後に一言かけると、二人についてこいと声をかけて裏側に入っていく。

なんのことか、ソボックは首を傾けっぱなしで話しかけたそうなそぶりを見せるが、空気を読んで我慢する。

中に入ると物が乱雑に置かれていた。

しかし、本当に物を届けに来た訳では無いので、オストは物の山を通り抜けてさらに奥にある鉄で出来た頑丈な扉に向かう。

何故こんなところに不自然な鉄の扉が?

ソボックの疑問は深まるばかりだ。

鉄扉も開けると、石畳でできた地下に続く階段が姿を表す。

周りの薄暗さもありおどろおどろしさを醸し出しているが、オストは迷いもなくその古ぼけた石階段を下っていく。

それに続いて行くソボックは早足で隣に行く。


「ここどこなんですか?」


「もうすぐ分かる」


不安そうに声を潜めるソボックに、初めて来た時の自分を重ねると少し面白く感じる。

想像以上に長い階段を下って行くと、入って来た扉と同じ鉄の扉が姿を表す。

オストが手をかけて開いてみると、ソボックは目を見開いて驚く。

開いた瞬間に人の熱気とむせかえる酒の匂い吹きつけ、ここがスラムだとは思えない賑やかな談笑が響き渡る。

地下にこんな酒場があったとは。

オストはソボックの背中を叩いて、意識を向けさせると迷いなく奥に進んでいく。

酒場の中を見渡すと、目的の人物であるラフスが端っこの席で酒を飲んでいるのが見える。


「おい」


「ん?遅えじゃねぇか。待ちくたびれた…ぞ!?」


ラフスはまとわりつく酒の匂いをこちらに撒き散らしながらこちらに振り向くと、一瞬にして酔いが覚めると驚愕の表情を浮かべる。

今まで酒を飲んでいたとは思えない速度で立ち上がると、腰の剣に手を置いて構える。

いきなりのことでオストは一瞬困惑するが、「あっ」と肝心なことを思い出し、その理由を直ぐに理解する

それはシナも同じで、心当たりがあるようでポンと手を打つ。


「あれ、君昨日の酔っ払い?」


「オスト、なんでこいつが一緒にいるんだ」


付き合いの長いオストでも初めて聞く、ラフスの威圧を伴った低い声。

場所が場所なだけに、周りには気が付かれない程度ではあるが、元とは言え騎士団で隊長をしていた男だ。

ソボックは腰が引け、オストもヒヤリとした汗が流れ落ちる。


「まぁ、成り行きってやつだよ。それに最初に仕掛けてきたのはそっちなんだから、そうぴりぴりしないでよ。周りに迷惑がかかるし座って話そうよ?」


二人が気圧される中、シナだけは平常運転で軽く話しかける。

手近な椅子に座ると人好きのする笑顔を作って席をすすめる。

ラフスは少しの間ジッと見つめた後、小さくため息を吐くと元々座っていた椅子にどかりと座る。

それを見た二人は、何事も起こらずに終わってホッと一息つく。

オストは、ラフスがシナに金槌を奪われたことを完全に忘れていた。

そんな出会いをしたのだから、印象が悪いのは当たり前でギスギスした雰囲気になるのは仕方がない。

そう思うと何とも奇妙な縁だ。

ただの金槌探しがここまで発展すると思いもしなかった。

そもそも、オストの最初の目的はメルからのお使いであり、それが金槌探しになった。

さらに誘拐されたり、濡れ衣を着せられたり、一日で起きたこととは思えないトラブルの連続に、オストは我ながら自身の運の無さに辟易とする。

元を辿るとシナが悪くね?と思わなくもないが、ラフスの言っていた通りであれば非がある訳では無い。

何ともややこしい状況をどう説明したものかと、オストは頭を悩ませるのであった。

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