2章 51話 シナの実力
この世界において、最も重要視されるものとは何か?
誰も及ばない叡智?
偉大なる権威?
絶対的な数の力?
答えは強さ。
自然に生きる生物を知恵が上回れていない、魔物闊歩する弱肉強食の世界において、絶対的この強さが最も尊ばれる。
だからこそ、戦闘階級と呼ばれる強さを表すものが、人類の中では定着している。
その内訳は弱い順に、凡級、下級、中級、上級、超越級、英雄級、伝説級、神話級、亜神級、神級、覇神級の十一の強さに分類されている。
これらの強さは基本的に絶対であり、上の階級に勝つのは困難とされる程に個の差が出る。
詳しい説明をすると、凡級。
戦闘訓練を積んでいない、平均的な一般人から下全てがこの階級に属する。
下級。
ある程度の戦闘訓練を受けた者がたどり着ける階級て、一般的な兵士などが当てはまる。
中級。
騎士や戦士など闘いを専業にしている戦い慣れた者がここに当てはまる。
上級。
人類の常識に当てはめるなら、達人と呼ばれる境地に到達した者達が多く、部隊を預かる隊長などの歴戦の猛者が属する階級。
超越級。
人外と呼ばれる強さを有した者が属する階級。
それこそ、人によっては地形にすら影響を及ぼすことも可能だと言われている。
英雄級。
限られた者だけが到達出来る極みの境地。
自然災害にすら対抗しうる力を持っているとされており、国に一人いればその国の安泰を約束させる程の影響力を持つ。
伝説級。
人類の大敵と呼ばれる魔物達の王。
魔王に対抗しうる存在とされており、人々が語り継ぐほどの強さだと言われる。
人類では、龍人を除けば数えるほどしか存在していないとされており、文字通り伝説の階級。
神話級。
地上に神がいた時代に存在したと言われている。
大賢者や大優者と呼ばれる架空の中の存在で、現存はしていないとされている。
他にも神級と覇神級が残っているが、これらは人類には到達が不可能なので実質無いものとして扱われる。
これが、一般に知られている戦闘階級なのだが、実際には同階級内でも激しい差が出る。
そのために、上位、中級、下位とさらに内訳されることもある。
しかし、この話は上の階級であればの話だ。
と言うのも、普通の人類同士の戦いとなると、下級から上級が一番身近なものであり、この程度であればそこまで個の差はそれ程ない。
階級や位が上の者に勝つのは、困難であることに間違いは無いが、不可能では無いのだ。
凡級の人が数人居れば下位の者に勝つことができ、中級の人が数十人いれば上級の者に勝つことができたりする。
だが、これが上級の者が超越級に勝つとなると話が変わる。
超越級はその下を寄せ付けない圧倒的な強さがあるからこそ、人外の領域と言われる。
これが上に上がるほどに如実となるからこそ、この世界では強さが最も重要視される所以だ。
しかし、裏を返せばこの話から分かるように、凡級から上級であれば数の力は有効だったりする。
そのために、普通に生きているオストからすれば、世の中が強さを絶対とは言うが、数の暴力の方が身近な脅威だったりする。
「いたぞ!こっちだ!」
「殺すなよ!生捕りだ!」
男の野太い怒声が狭い空間に反響する。
徐々に近づいてくる足音が緊張感を増幅し、背中から冷や汗が溢れ出す。
視界が悪い中でも、ざっと数十人はいる革命派の構成員にオストの足がすくむ。
シナは強行突破と自信たっぷりに言うが、予想以上の人数に策はあるのかと不安になる。
革命派から平然と逃げ回り、二人を難なく助け出したことから弱くはないのは理解している。
しかし、シナの口から工作員と仄めかされたことから、革命派達を無力化したのは種や仕掛けがあってこそだと予想できる。
そもそも、工作員とは正面戦闘をするような役柄では無い為に、過度な期待は禁物だと判断するしか無い。
そうなると、残る戦力は見るからに実践慣れしていなさそうなソボック。
ラフスから軽い手解きを受けてはいるが、本職はあくまで鍛治師であるオスト。
(武器は無し。数は数倍以上。こうなるとシナの仕掛けに頼るしか…)
絶体絶命の状況に、オストは本当に大丈夫なのかと視線で訴えかける。
それに気が付いたシナは、一瞬不思議そうな顔をすると何かに気がつくと「任せといてよ」と笑う。
なんだろうか。
今の伝わってなさそうな無言のやりとりは。
非常に不安になったオストとソボックは、お互いに大丈夫か?と見つめることしかできない。
シナは準備運動がてらに手をブラブラとしながら、散歩でもするかの様に敵へ向かう。
何をするつもりなのかオストには分からないが、何が起きても良いようにソボックを背後に庇う。
(おいおい!?本当に任せていいんだよな?)
あれだけ余裕があるのだから、何かあるのは間違いが無いとは分かっている。
しかし、あまりにも無防備かつ無造作に敵に歩いていくものだから、オストの不安は膨れ上がっていく。
とうとう、革命派の先頭とシナの距離が消えると、構えられた剣が振り下ろされる。
先程の生捕りと言う話だった筈だが、何処からどう見ても殺意しか感じられ無い。
切られる、避けろ。
不味いと思った時には遅く、シナが切られるのが幻視できた。
オストは叫ぼうとするが、言葉が喉を通り過ぎる前に血飛沫が舞う。
剣を振り下ろした男から。
「なッ!?」
「え…?」
今切られるのはシナだった。
しかし、現実は男が切り捨てられる姿だった。
何が起きたかも分からない、一瞬の出来事に理解が及ばない。
それは、敵も同じことの様で、目の前のことを幻の様に惚ける。
分かることと言えば、シナはいつの間にか切り掛かって来た男の剣を奪い取っており、傷ひとつ負っていないと言うことだ。
「うん。このくらいなら問題ないね」
剣の調子を確かめる様に横に振るわれる。
ただの試し切りの一閃は、惚けていた男の首を刈り取る。
今までの勢いはなんだったのか。
殺気立っていた革命派達は、一連のやり取りを見ることしか出来ない。
夢の様に仲間がよく分からない内に二人も死んだ、現実離れした光景に静寂が満ちる。
頭蓋がゴトリと落ちると、男達の時が戻ると共に恐怖が押し寄せる。
「うわァァァァア!!?」
男達からしたら、逃げた一般人を狩るだけの簡単なお仕事だという話だった。
それが、蓋を開けてみれば訳の分からない男に、仲間が二人も切り殺された。
恐怖に支配された男は、がむしゃらに剣を構えて襲い掛かる。
その攻撃をシナは、ろくに目も向けることもなく体をひねるだけで避ける。
さらに、どうせならと男の手首を掴み取ると、そのまま捻りを加えて投げ飛ばす。
ついでに二本目の剣を拝借すると、血糊の付いた方は要らないなと腕の力だけで、手頃な的へ投擲する。
軽く投げるようなモーションから繰り出された剣は、その予想を裏切る轟音を立て革命派の男を貫く。
圧巻。
オストには、目の前の所業をそうとしか言い表せないほどに、その立ち回りは圧倒的に見えた。
振るわれる刃は、全てがシナの体をすり抜け、逆に無造作に振るわれる刃は弱者を両断する。
たったの一振りで切り捨てるその攻撃は、全てが必殺の一刀。
その一刀が振るわれる度に、男達の絶望の色はより濃くなり、下水を赤く染め上げる。
弱いとは思っていなかった。
しかし、強すぎる。
あまりにも強すぎる。
ラフスと手合わせをしているオストだから言える。
これは人が敵わぬ化け物だと。
一般では最強と言われることもある上級であるラフス。
それを油断があったとは言え、撃退したというのだからそれなりの実力があるのは分かっていた。
今はただただ良かったと思う。
人殺しをし続けてなお、ニコニコとした笑顔が変わらぬ様子は死神そのもの。
その鎌が振り下ろされることが無くて。
一人、また一人と秒針が動くたびに人の命が摘まれていく。
もはや作業と化した戦いは、革命派が数えるほどになる頃には、全員が我先に逃げ出すと言う形で終わっていた。
この一連の流れにかかった時はそう長くない。
数分にも満たない短い時間で、数十の死体が積み上がる。
人によっては、その余りにも見事な手並みに見惚れたと言う者もいただろう。
これが演舞の類でなければ、オストとて拍手の一つでも送ったのかもしれない。
だが、これは見せ物などでは無くれっきとした殺し合い。
ソボックは勿論、血生臭いことにも耐性があるオストですら、顔を青めずにはいられない。
「取り敢えずは片付いたし、先を急ごうか。次が来たら面倒くさそうだしね」
あまりの惨劇を目の当たりにし、シナが声をかけるまで二人は一歩も動けず呆然とするしかなかった。
その声かけにも衝撃が強すぎて少しの間ができる。
「どうしたの?」と声をかけてやっとオストは、「ああ、そうだな…」と返すのが限界だった。
それを聞いて問題ないと判断したシナは、一声をかけてか歩き始める。
オストも固まったままのソボックの肩を叩いて先を促す。
初めて見る未知の怪物を前にオストは、少しの戸惑いだけで反応した自分を多いに褒めたい気持ちだ。
別に、人の死を目の当たりにするのは初めてではないし、実際に人を殺したこともあるので人殺しという行為に思うところはない。
いや、全く無い訳では無いが、これも自分達が助かる為の仕方がないことと割り切ることができると言った方が的確だ。
だが、一方的な蹂躙と言っても問題ないレベルでの戦闘を行う人間を前には、思うことの一つや二つはある。
普通の感性であれば怖いだろう、そんなことができる人間に出会えば。
オストは今まで平和とは無縁の世界に生きてきたのだ。
混乱はしつつもしっかりと切り替わる判断力ぐらいはあるが、それでも恐怖は覚える。
再び、シナへの疑念が湧き上がるが、今それを口にする勇気は無い。
ここで何をしようにもシナが居なければ下水道から出るのも一苦労だ。
拉致されてたために、場所の把握も出来ていない。
だからこそ、異常性や得体の知れなさ云々の話を置いておいても、道を知っているシナを頼るのは逃げる上で必要不可欠だ。
もう既に運命のサイコロは振られ、オストはそのゲームの駒に組み込まれているのだ。
そのことを薄々ながらも感じ取っているからこそ、深く考える必要がある。
シナは味方なのか、信用に足るのか。
今ある情報を吟味しながら、オストは彼の後についていくのだった。




