2章 47話 貧乏鍛冶師と不幸な出会い
諸事情によりアラシア大陸改めアルジア大陸に変更します。
修正作業は気が向いた時にします…
それはとある町外れの路地で突然起きた…
いや、起こされてしまった。
「あのガキどもはどこにきえた!!」
「必ず探し出してつかまえろ!!」
男たちの荒々しい怒号が響き渡る中、青年は考えていた。
「はぁ〜…」と深いため息を吐き、何故こうなった?と自問自答しながら走る青年は、真っ赤な髪に前髪の一房の白髪が風に揺れる。
そんな全力疾走をしている青年、オストは頭を抱えたい気持ちで一杯だった。
「いやー、キミこれからどうするの?持ってるその魔導書で暖でもとる?」
「しねぇよ!これが原因で追われてるんだぞ!燃やしたら俺の人生が灰になるわ!」
「お、オストくんうまいこと言うねぇ。案外キミもこの状況楽しんでるな」
「んなわけあるか!」
さらに頭痛を酷くしている元凶、ここらでは珍しい黒髪を編み込んで束ね、整った顔立ちにメガネをかけた青年、シナの馬鹿げたジョーク?にキレる。
軽薄を絵に描いたようにヘラヘラとしている変人だけでも厄介なのだが、この状況の真の元凶は他にある。
それは一見古ぼけたように見える本。
しかし、それは強大な力を秘めているとされ、強力無比な魔法を誰でも扱うことができるようになると言われる魔導具の一種、魔導書。
「これ謝って返しても見逃してくれないよな…」
「百パー見逃してくれないと思うよ」
「はぁ〜…」
偶然の産物で手に入ってしまった強力な兵器とも呼べる本は、強大な力ではなく不幸をオストに与えていた。
ズキズキと痛む頭と、理不尽な状況、厄介な共闘者。
この全てに顔を顰めながら、この先どうするかを必死に考えながらシナにも解決案を問う。
「おいお前、これ本当にどうするんだよ!半分はお前の責任だろ!」
「だからさ、尚のことこれで暖をとって証拠隠滅一択かな」
「いやもう魔導書を俺が持ってるとこバレてるから今更意味ねぇよ!というか、その考えを捨てろ!」
「そうだね、今ならキミの熱で暖を取れる気がするよ。ハハハハ」
「はぁぁ…」
この後に及んでもシナの軽口は止まる事はない。
一応追われている立場である筈なのだが、同じ状況のオストとは雲泥の差だ。
解決策を聞いたら挑発で返って来て、血管のようなものがブチィッ!と音を立てるが微かに残る冷静さがそれを止める。
代わりに絶望的な状況に魂でも出すのではと思える深い息を吐き出し、現状を思う。
あるのは使えない魔導具と使えない同行人。
しかし、今は残念なことにこの馬鹿しか頼れる相手がいないのだが、その事実が本当につらいところだ。
ことの発端は青年、オストが幼馴染である少女のおつかいを任されたところからはじまった…
●
ゴスッ!
暗い意識の中、電流と共に痛みが頭を駆け巡る。
さらにそれだけでは終わらず、続いてコンコンコンと金属を叩く騒音が奏でられる。
これは起きなければまた攻撃されることが分かっているオストは、鈍い痛みと共に騒音により重いまぶたを開き始めた。
そうして、光を得た視界が収めたのは、茶色い髪を束ねていて優しげな顔を怒ったように釣り上げる少女の姿だった。
幼馴染である少女、メルは追い討ちに夢から覚め切らないでうとうとしているオストの布団を奪い去る。
起こしに来てくれるのはありがたいのだが、この文字通りの襲撃をどうにかして欲しいと思いながら、熱が逃げてかないように体を丸める。
「いつまで寝てるの?今日はせっかくオストの久しぶりの休日なんだから働きなさいよ!」
「いや、休日は休むためのもんだろ!ゆっくり休むって選択肢は俺にはないか!?」
「オストに休日なんてあると思ってるの?」
とんでもない暴論だ。
講義を入れるためにバッと起き上がると、そんなのは知らんと一蹴される。
がっくしと頭を垂れるが、力関係がはっきりしているために渋々と諦める。
幼馴染の慈悲のない言葉に従わなければならないのか、と諦めに近い感情を抱きながらも恋しい自分のベッドから起き上がる。
長い付き合いであるからこそ、とうの昔にこの暴君っぷりには諦めもついている。
メルは優しい印象を受ける顔に反比例してこういう性格なのだ。
「早く目を覚ましてきなさい」と言い捨てると、要は済んだと部屋を出ていく。
まるで嵐のようだが、今さら気にすることでも無い。
言われた通り、残る眠気を飛ばすためにフラフラとしながら庭に出る。
顔を水でバシャバシャと洗うとモヤがかかっていた意識がシャキリとするのが分かる。
目が冴えると、忘れていたかのようにお腹が ぐるぐると空腹を訴える。
そうして、足早に朝食が用意されている居間に向かうと、メルが朝食を用意し終えていた。
暇を持て余しているのか、椅子に座って机をトントンと叩く様はまるで急かしているかの様だ。
待たせているのはオストなので、少しの申し訳なさを抱きながらそそくさと空いている椅子に座ると、二人して朝食に手をつけ始める。
「でメル、今日はどんなパシリをされればいいんだ?」
「うん、今日は買い物を頼みたいの」
ある程度お腹も落ち着いてくると、オストは忘れないうちに要件を聞く。
自身の仕事に急なものは無いので、あるとしたらメルに関連するものだと当たりをつけていたが案の定の答えだった。
「買い物?それなら俺じゃなくてメルがした方が早いじゃないか?」
「今日は家でやりたいことがあるのよ。それにスラム街は危ないのよ?オストに行ってもらわないと私が危ないじゃない」
俺なら危ない目にあってもいいのか?という不満を言いたいところだが、この辺りが危ないのも事実。
それに言ったとしても、一蹴されるのが目に見えているので大人しくメルの話を聞く。
「今日は何を買いに行かされるんだ?」
「それなんだけれど、ラフスさんに頼んで取り寄せてもらった魔導具を取りに行って欲しいの」
「ラフスもこき使われてるな…」
ラフスとは昔この辺りに住み始めてからの付き合いで、酔っ払っているところを介抱したことをキッカケで付き合うことになった浮浪人だ。
それに、本人が便利屋まがいのことを営んでいることもあり、いろいろお世話になったりしたりと持ちつ持たれつという感じで何かと関わることの多い男だ。
自分と同じでメルに良くこき使われてることが多いく、またかと言う意味も込めて同情を込めて呟く。
食事が終わると皿を片付け、ラフスのところに行くために手短に支度を済ませて家を出る。
●
リキシア王国は、アルジア大陸の北側に位置する王国で長年に渡り周辺国との戦争を続けており、昔はアルジア大陸の多くの国を征服した大国家だった。
しかし、今や国力は衰え最近は隣国との戦争で逆に侵略を許し、軍事的にも財政的にも崖っぷちの状況だ。
さらに国力の低下に伴い、スラムがリキシア王国に多く出来上がり、治安は最悪なものとなっていた。
職を失った兵士や騎士は傭兵や盗賊になり、そこを隠れ蓑として流れていくのだから最悪の悪循環と言ってもいい。
そうして出来上がったのが、王都の大半に及ぶ大スラム街だ。
そんな悪の塊のような場所には、国内外から闇商人に指名手配されるような組織。
今のリキシア王国に不満を持ち自分たちで国を変えようとする反王国軍、通称革命派などの根城になっている。
そんな魔界とも言える場所な訳なのだが、全てのエリアがそうと言う訳では無い。
むしろ、そんなに危険なのは王城から離れたスラムの奥地の話で、多くの場所はオストの様な一般人の住む普通のスラムとなっている。
今日も今日とて空気の悪い町並み。
オストは護身用の剣を持って外へと繰り出していた。
「徹夜明けだってのに、メルのやつ人使いが荒すぎる…」
などと、悪態をつきながらもメルのことを思い浮かべると、「あれ?」魔道具なんて高価なものを買うお金はどこから出てきたんだ?とふと疑問に思う。
二人はは一緒に住んでおり、オストは鍛冶仕事で、メルは雑事を担当して二人三脚で生活しているので、大まかではあるがお金を把握している。
職のようなものに就いてはいるがあくまでもスラム、さらには真似事をしているだけなので実入はそこまででも無い。
魔導具は非常に高価なもので、今のお財布事情で買えるものでは無い。
一体どこからそんなお金がと思うが、すぐにメルはへそくりを貯めていることを思い出す。
オストが作った物の大半はメルが捌いているので、手間賃のようなものを差し引かれているのだ。
逆に、オストの収入は全て生活費なので自由に使える金は無い。
ここでも二人のパワーバランスが浮き彫りになり、自分にもなにかご褒美があってもいいのではないかと考えてしまう。
最終的には、残ったお金は自分のものにしようと心に誓い、帰りに何を買おうかと少し心が軽くなった時。
少し注意が散漫になり、路地を曲がったるとドンッ!と音を立てて人とぶつかる。
「ってて〜」という声が聞こえると、慌て「大丈夫か?」とぶつかった相手に問いかける。
すると相手は、ハッとして周りを見渡すと安堵したように息を吐く。
「すまない、急いでたもので…迷惑を掛けた!」
オストがその動作を見て、厄介ごとか?と身を固くしていると、ローブを深く被った人は慌てて謝罪を返す。
それに返事を返そうとするが、ローブの人は飛び上がるように立ち上がると、そのまま走り出してしまった。
「あ、おい!」
ぶつかった拍子に落とした本を拾い上げ声をかける。
が、その時にはローブを着た人は遥か遠くであり、すぐに姿は見えなくなる。
「これどうするか」
さてどうしたものかと、拾った本を見て困った様に頭をかく。
正直なところ、オストは字が読めないためにこれがもし貴重な本でもオストには無用の産物だ。
困り果るが、とりあえずはメルから頼まれたことを優先させようと先を急ぐことにする。
そして、あまり時間もかからずに目的地であるボロいテントの目の前に着く。
「ラフスー!品を取りに来たぞー」
オストは大きな声で男を呼ぶと、「ういー」と物凄く気怠げな返事が返ってきた。
「あー、オスト?朝ごはんならそこに置いといてぇ…うっ…オエェェ…」
酷く酒臭い匂いを漂わせる見た目四十代くらいの男性。
焦茶髪は歳のせいもあり白髪が混ざっており、乱雑な髪型の見るからにダメそうなおっさんが顔を出す。
寝起きに加え二日酔いにより、足は千鳥足でフラフラとしていて耐えるように頭を抑えている。
またか、とオストは顔を顰めながら話しかけようとした時、うっとえずくとオロロロロォォ吐き始める。
酒の匂いの時点で眉間に皺がよっていたオストだが、目の前で吐かれて本格的に顔を顰める。
「俺あんたの母ちゃんじゃねぇし、朝ごはんも無い」
「うっぷ…そうなの?じゃあ代わりにこれよろしく」
そう言うと、ラスフはまたボロテントの中に戻ろうとするが、それは許さないとオストが止める。
「ふざけるな。この吐瀉物を片付ける義理ないし、そもそも俺はお前の母ちゃんじゃない!」
ラスフとは長い付き合いの腐れ縁ではあるが、このだらしなさはどうにならないかと思わずにはいられない。
とはいえ、こういうのは慣れてしまっているので呆れながらもがすぐに本題に入った方が良いと考える。
「で、メルが依頼してた魔道具は?」
「あー、あれね、あれ…」
本題に入ると急に、酔いが覚めたようにシャキリと背筋を伸ばす。
そして、すぐにソワソワするラフス。
「あの魔道具ね…ど〜こにやったっけな〜…」と歯切れ悪く言い始めた時点で嫌な予感がし始める。
この視線が泳いで顔色が悪いのは決して二日酔いのせいでは無いと。
「おい、もしかして無くしたとは言わないよな。この酔っ払い…」
「いやー、そのー…」
そんな訳ないよな?と圧力を乗せた問い。
ラフスは体をピクリと揺らした後、酔っぱらいとは思えない機敏な動きでオストに迫る。
まさか、全力で襲いかかってきた…と思いきや。
身構えるオストの前あたりで、体制が前のめりにななると膝をつき、最後に頭を地面につく。
「すんません!すられましたぁぁ」
流れるような動きから出たのは、長年の経験をフルに使ったそれはそれは見事な土下座。
しかし、そんなことはどうでもいいと見せられたオストは、今この呑んだくれのおっさんはなんと言った?と数秒の間思考が停止する。
「ふざけんなよ酔っ払い金返せ!」
ラフスの渾身の心の叫びも虚しく、ピキリッとオストの心に火をつける。
おい何やってるんだと肩を掴んでラフスを立ち上がらせると、そのまま胸ぐらに持ち替える。
「話せば分かる…って本当タンマタンマ。俺の言い分を聞いてくれ!」
両手を前に出して、一先ず待ってくれとポーズをとるラフス。
確かに、何故そうなったのかを聞かないうちに責めるのは良くないと考え直したオストは、一応話だけでも聞こうと思い、無言でその場に座った。
それを見たラスフから安堵の息がもれると、同じ様にその場に座る。
「で、魔道具はどんな奴にすられたんだ?」
「ああ…すられたのは一昨日で俺がメルから頼まれた魔道具を取り寄せて、その前金で酒を飲んでな」
「あんた取引も成功してないのに前金使ったのかよ」
分かってはいたが、かなりなクソ野郎だ。
「まぁまぁ、そこは気にすんな。そんでな酔っ払って眼鏡をかけた身なりのいい奴に絡んじまったんだ。それが俺の運の尽きだったなぁ…その男に返り討ちにあってな」
「あんたが返り討ち!?」
驚いた。
普段は呑んだくれだが、これでも昔はこの国で隊を率いていた騎士だった。
いくら酔っているとはいえ、ラフス倒すのは至難の技だ。
それは、足りなかった護身用の技術を鍛えてもらったオストが一番よく分かっている。
「そんで気がついたら懐に入れてた魔道具がなくなっててよ。昨日は一日中スラムの裏商店街を探し回ったが見つからなかった。すまん」
(はぁ、メルになんて言えばいいんだ…)
やはり、酒に任せて絡みに行ったラフスが悪い、と言いたいところなのだがそう断言がしずらい。
これでもスラムで情報屋をやっている人間だ。
特定の人の名前を出さないところを察するに、身なりの良い男は情報のない人物だったのだろう。
ならば、その人物がどの様な人なのか探りを入れたくなるのも仕方が無い。
ただのカモであれば大きな儲けになるのだから。
そのくらいの理解はあるが、それはラフスが仕事でミスをしただけでオストに関係は無い。
ならば、依頼不成立と言うことでラフスから金を巻き上げれば解決なのかと言われると、そうは問屋がおろしてくれない。
この話をメルにすれば、間違いなく悪くもない自分が長い説教のあとその魔道具を探せと見つかるまで探さなくていけなくなる。
だったらせめて説教だけは回避したい。
ラフスから魔導具を受け取れなかった時点で運命共同体なのだから。
なんていうとばっちりだ。
「分かった、俺も一緒に探す」
「悪いな」
「そう思うならもう少し悪びれろ」
渋々ながら魔導具を探すのに協力するしかない。
それを聞いたラフスは、今までの態度とは打って変わって嬉しそうに謝罪する。
この図太さには呆れしかないが、指摘したところでびくともしない。
「それで魔道具ってどんな魔道具だ?」
「金槌だ」
「金槌?」
メルが金槌?
彼女はオストの仕事を手伝っているので鍛冶についての知識はあるが、実際に作ることはない。
そんな道具何に使うのかと疑問に思った時、ラフスが答えを出す。
「お前へのプレゼントだとさ」
「メルが!?あり得ないだろ!」
そんな、今日は雪か!?
そう思うくらいに、ドケチなメルが自分にプレゼントを渡すと言う話しが信じられない。
それこそ、記憶を掘り返してみても数えるほどしか無いのだから。
あまりの驚き様に、ラフスは腰がひける。
「そこまで驚かなくてもいいだろ。メルに聞かれたらしばかれるぞ」
「お、おう…」
「まぁ無駄話はこの辺にして、とっとと金槌を探しに行こうぜ」
「じゃあ俺は北街の闇市とかを探すからお前は南街を頼む」
「分かった」
話がまとまったならここでウダウダしている暇は無い。
オストもラフスも早いところ見つけなければ、同じ運命を辿ることはわかり切っているのだから。
別れて探すことになった二人は、お互いの担当場所に急ぐのだった。
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