1章 34話 勧誘
冒険者ギルドを後にした光達は、その後すぐに教会に駆け込んでいた。
すると、学生の監督責任者であるグイネスが対応する。
しかし、自分では判断を下せないとのことで話を上層部に伝えると、光と恋詠は焦る気持ちを抑えてその場は引き下がる事にした。
その場で喚いたところで状況は良くなるどころか、最悪拘束などになりかねない。
そうして、胸を掻きむしるような焦ったさを感じて待つ事一日。
次の日の昼頃に、グイネスに呼ばれて話す事になる。
そこて、光達にとっては望ましく無い答えが言われた。
「マサキ殿の捜索ですが、率直に申し上げますと難しい、と言うのが結論です」
「どういうことだよ!!」
光は机をバンと叩き、グイネスのことを殺気のこもらんとする目で睨みつける。
「こちらとしても、マサキ殿を含めた行方不明者の捜索隊を出したいのは山々なのですが。どうしても直ぐにとはいかないのです」
「理由は?」
どうにか堪えるように、息を浅く吐くとグイネスに低く問う。
「ありがとうございます」と話を一旦聞く気になった光に頭を下げると、その理由を説明し始める。
「まず、捜索隊を出せない理由なのですが、厳密に言うと今直ぐに出動させるのが難しいです」
爆破前の爆弾を前にしたように、グイネスは慎重に話を進めていく。
だが、このままでは日が暮れてしまうために、早いところ話すように目線で話を続きを促すと、そのまま説明を続ける。
「テラクセス教会は、創神教と言う宗教団体であると同時に国を運営しています。これは前に学んだと思いますが、今回の問題というのがこの国に関わる事です。テラクセスに常駐する騎士団は、半数は本国の防衛に、残りの半分で他のことに当たります。そして、国としては目先の脅威である盗賊やスタンピードした魔物の討伐を早急にしなくてはなりません。そうしなくては、民に被害が出てしまいます。そのためにそちらを優先して騎士団を派遣していて余裕がありません」
「つまり、今は出せる戦力が無いから待てってことか?」
「申し訳ないですが、そうなります」
「クソ!どうにかならないのか!?」
「心中お察ししますが、ご辛抱ください。我々も全力でことに当たっていますので何卒」
そう言うと、グイネスは頭を深く下げる。
それにこれ以上強くいいにくくなった光は、舌打ちを一つして不機嫌を露わにする。
しかし、怒り狂う表面に反して内心は冷静だった。
(昨日の話の通りになったな)
光の内心には、やっぱりかと言う思いが占める。
予想は最初からしてはいたが、話の流れがグイネスから聞く前に確定的になったのは昨日。
冒険者ギルドでシナに引き止められた時の話を思い出す。
「と言う訳で、キミ達はこの手紙の内容知ってる?」
ペラペラと手紙を弄ぶシナに聞かれて、光と恋詠の二人は一度顔を見合わせてから首を横に振るう。
「だよね。便箋が切られてなかったし、知ってたらもっと別のこと頼むもんね」
その事に二人は首を傾げたそうな表情を取る。
「じゃあ、取り敢えず読んでみなよ」
「いいのか?」
「うん、問題ないよ。マサキ君はバツが悪いだろうけど、キミ達は知ってた方がいいと思うから」
そう言ってシナは、遊んでいた手紙を光に渡す。
それを受け取り、一体何が書かれているのかと少し恐ろしくもあるが、こう言われては読まないわけにはいかない。
手紙を見ると、予想外に長文が書かれており少し驚く。
そして、読み進めていくうちに光の顔は険しくなっていき、詠み終わる頃には目を見開いて震えていた。
「なんだ…これ…?」
「灰原先輩、どうしたんですか?」
光の豹変に心配をした恋詠が、不安そうに声をかける。
無言で手紙をさしだし、読むように促すと恋詠は恐る恐ると言った感じで受け取る。
読み進めていくにつれて、次第に光と同じように表情が変化して行き、最終的に「そんな…」と呟き放心する。
あまりに予想外な内容に、驚愕を露わにする。
なにしろ、自分の保険だと言っていた手紙の中には、救援に来てくれと書かれていないのだ。
手紙の内容を簡潔にまとめるとシナに取引を求めて、正樹が差し出す物はシナが欲しがっているであろう証拠と証言。
一方で、正樹がシナに求めたのは残された友人達、つまり光、淳二、咲、恋詠の保護と一定期間の生活保障のみだ。
この中に、正樹の保護や助けは文面をいくら探そうと無い。
つまり、正樹はこうなると言うこと、もしくはこうなった時の覚悟を決めていたと言うことになる。
「クソっ!!」大きな悪態とともに、拳が机に叩きつけられる。
音を立てて大破するが、それを咎める者は一人もいない。
一方で恋詠は、血の気が引くとふらふらと倒れるように椅子に座り込む。
それは怒りか。
悲しみか。
後悔か。
色々な感情が両者ごっちゃ混ぜとなり、如何すればいいか我を見失いかける中。
「大丈夫、な訳ないかな。まぁ、流し聞きでいいから。その手紙の返事については、マサキ君の持ってる情報がどうであれ引き受けるよ」
放心とする二人に、決定事項だけをいつも通りの笑みを浮かべながらも淡々と伝える。
この時は、話が耳に入ることは無かったが次の一言で意識が現実に戻されることとなる。
「励ましとか同情で言うわけじゃないんだけど、多分マサキ君生きてるよ?それに、自己犠牲のためにダンジョンに残ったわけでも無いよ」
「「は?」」
今までの感情はどこえやら。
二人して口を開いて声が漏れる。
一瞬そんな事あるかと言おうとなるが、シナからは有無を言わせないような気配が漂い気圧される。
それにより、混乱していた頭が少し冷静になると確かに不自然な点はある。
文面からは、正樹の保護については言及されていなかったが引っかかるところが一つある。
それは、取引材料である証拠を纏めた手帳を二つ用意していると書いてあるのだ。
一つはオストと初めて行った森で、最初に見つけた薬草が生えていた所に。
もう一つが正樹自身が持っていると。
ここでわざわざ手帳を二つ用意する意味はあまり無く、手紙に二つとも書く理由は無い。
と言うことは、証拠は二つで一つと言う可能性が出てくる。
それで、片方の手帳を手に入れるためには正樹の元まで行かなくてはならない訳で。
そして、何よりも引っかかるのが正樹の行動だ。
確かに、たまに人助けをするなどの善人のような面はあるが、基本的には自己利益がなければ行動しない。
前者の人助けも、利益が自分にあることが前提条件で完璧に善意とだけという行動はあまり無い。
そこから考えると、今回の正樹の行動の目的とはなにか?
一人で洞窟に残ったこと。
光に手紙を渡したこと。
オストが助けに行ったこと。
パーティーメンバーの保護を求めたこと。
これだけ揃えば、正樹の目的に気づくことも難しいことでは無い。
「ここで二人に提案なんだけど」
そこまで二人がたどり着いたところで、シナの見計った声にハッと戻る。
「提案?」
「二人に、と言うかキミ達全員に提案なんだけど、僕に雇われない?」
「詳しい話を聞きかせてくれるか」
話が大きく変わり、怪訝な表情をするが、正樹の目的が光達の予想通りならこの話は間違いなく聞くべきである。
今回の事件がどちらの陰謀にしろ、今のまま教会に身を置き続けるのは危険なのだから。
それならば、教会の影響の無い自立できる職場は必要不可欠。
それはシナも分かっての提案だろう。
「キミ達はアレクレア共和国って分かる?」
「あぁ、確か大陸一の軍事大国だっけか?他国をバンバン侵略しまくってるっていう」
「そうですね。講師の人が酷いくらいに話してましたからね。よく覚えていますよ」
「僕、そこの上層部的な相談役をやってるんだよ」
なるほどと思う。
それならば、光達を保護することも口先だけでは無く可能だろう。
それにシナの底の見えなさも納得だ。
力の図れなさで言えば、アルガードよりも上である事から流石は大陸一の軍事国家に所属しているだけはある。
「これで身の安全は保障出来たかな?」
「そうだな。だが、なんでオレ達を雇う必要があるんだ?確か、アルクレアは三国との戦争で正面から勝てるくらいの軍事力があるんだよな?オレ達は確かに特別な力はあるだろうが、それでもこの世界で見たら突出している訳じゃ無い」
光が言うように、転移者で特別な能力を持っているからと言って他を圧倒できる訳では無い。
それは、アルガードなどの聖騎士、目の前にいるシナなどが証明している。
転移者達は色々な才能や恩恵に恵まれてはいるために、スタートラインはこの世界にいる住人よりもはるかに高い。
しかし、勇者などと言っても所詮は才能が可視化されただけで鍛えなければ意味は無く、既に鍛えられている現地人に勝てるわけもないのだ。
そのために、光達学生よりもはるかに強い者などゴロゴロいる。
アレクレアと言う国なら尚のこと多いい筈だ。
にも関わらず、戦闘方面の才能に特化している光達を雇おうとする必要はなのだ。
「うーん、まぁその通りなんだけど。ちゃんと言ったほうがいいか。そもそも、僕はテラクセスには不正の調査を任されてきてる訳だけど、その証拠をキミ達に証言して欲しいんだよね」
これは光達も分かることだ。
手紙からもわかる通り、証拠を探していると言っており、これについてはどれほどの重要性かは計りかねる。
アルクレアの上層部が動いているとなればそれなりの案件なのだろう。
だが、それで雇う理由には少し弱い。
そんなもの雇わずとも、証拠や小言は正樹の提案どおり保護を代償にすればいいことで、他にも方法は色々あるだろう。
シナもそのことを光が疑問視している事は分かっているかの様に話を続ける。
「あと、キミは勇者なんて大したことないって思ってるけど、実際に希少だからね」
「希少でも、今オレが弱い事に変わらないぞ」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、被せるように言う。
これに、シナは初めて笑み以外の、驚いたように少し目を見開く。
その後、すぐに元の表情に戻るとくくっと笑い始める。
「随分と自己評価が低いようだけど、勇者なら勧誘できるならするのは当たり前だよ。最初から強い人間なんていないんだからさ」
「それはそうだけどよ」
「まぁ、納得がいかないって言うのも分かるよ。で、一番大きな理由なんだけど、僕の娘と一緒に働いて欲しいんだよ」
「「娘?」」
はて、娘とは?
予想外の理由ということもあるが、なによりも目の前にいる青年はどこからどう見ても二十台前半ほど。
子供がいてもおかしくはないが、その子供がどれだけおおきかろうが十代がいいところであろう。
働くとはこれいかに。
この男、そんな年端もいかない子供を働かせようとしてるのかと二人は怪訝な視線を向ける。
そんな視線を受けて少し不思議がると「あぁ」と思い出したように、何かに気がつくと頭を掻く。
「この見た目だから勘違いされるの忘れてたよ。僕、こう見えて六十六歳だよ?」
「え…!?」
「嘘…!?」
「本当だよ」
まさかなことを聞かされて、穴が開くほどにシナを見つめる。
長い黒髪を三つ編みにしており、眼鏡をかけた美青年。
顔は整っていることもあり、とてもでは無いが老人と言っても差し支えない年齢には見えない。
驚愕に顔を染める二人に困り、あははと力無く笑うと話を元に戻す。
「とにかく、僕の娘が十九歳でキミ達と歳が近いんだよ。うちに入団したんだけど周りに馴染めなくて扱いに困られてるんだよ。適当な隊に入れるのも問題だし、信頼関係を築けないようじゃ、仕事を任せられないからね」
「ようは親バカか」
「まぁ、そうだね。なまじ才能はあるから扱いにも困るんだよ。才能ある人って、ほら、我が強いからさ」
「そうだな」
「え…?」
心底困ったように言うシナに、そうなんだよ、困るよな、と言ったニュアンスを含めた頷きを光はする。
それに恋詠が、何言ってんだこいつ、と言った風に驚く。
これも盛大なブーメランである。
えてして人間は自分のことには気が付きにくい。
「ちょうどいいことに、キミ達は才能が保障されてるしね。色々都合がいいんだよ。これでいいかな?」
「オレ達を雇いたい理由は、な。だが、まだ聞きたいことがある」
光達を雇いたい理由は分かった。
聞いた話の中には不可解な点は無い。
しかし、この話を聞いて新しく疑問を覚えることがあった。
「なんで、オレ達にマサの手紙を見せた?それを見せなくても、あんたならオレ達を言いくるめて最終的に雇うことも出来ただろ。マサの紹介もあったことだ。信用まではいかなくとも、従わない理由は無かった」
これだ。
これを見せなくとも、最終的な結論は変わらないのだ。
光達は教会から離れるためには、シナの話に乗る以外の選択肢は無い。
現状、光達には抗う術はなく、より少しでも信用できる選択に縋る以外は出来ないのだ。
今回の場合だと、怪しさ以外無い教会と、怪しさはあるが正樹の信用が多少ある共和国。
どちらかを取るなら、かろうじて後者だと言う答えだ。
これに変わりは無かった。
しかし、この手紙を光達に見せたことにより話がややこしくなる。
もし、シナの助言が無ければ、半ばパニックの二人は正樹の思惑に気がつくことができなかった可能性が高く。
なんなら、助言が無くとも気がつけずに暴走する可能性すらある。
見せることによる利点などないのだ。
「それともう一つ。オレ達がこのことを教会にバラすってことは考えないのか」
光から見て、シナの行動は迂闊すぎるのだ。
話し合いと言ってはいたが、この会話の本質は交渉だ。
シナの目的は光達の勧誘でるはずなのだが、それにしては、要領を得ない会話であまりにもリスクが大きい発言が多い。
だからこそ、この質問。
交渉の本質を見抜くために。
「考えてない、と言うかバラされても困らないからね」
「どういうことだ?」
「まず、テラクセスにボクが潜入してるのがバレたとしても、どうすることも出来ないんだよ。武力でボクを倒せる人がこの国にいないからさ」
不意に表に現れた圧に、二人はごくりと唾を飲み込む。
自信過剰もいいところだ。
それを本当にできるのかと鼻で笑い飛ばすところだが、その存在感が否定を許さない。
「あとさ、このことを騒ぎ出すことがそもそも出来ないんだよ。本来、他の世界からの召喚ってご法度だからさ。やましい事があるのに騒ぎ立てる程無能じゃ…」
「ちょっとまて」
話の途中で、光は慌てて待ったをかける。
それに気にした様子もなく「何かな?」とシナは返す。
本来は失礼に当たるのだが、そうも言っていられない。
シナは、それほどまでに重要なことを漏らしたのだから。
「あんたの口ぶりだと、テラクセスが故意でオレ達を召喚したって聞こえるんだが」
「ん?あぁ、そうだね」
「オレ達は神に召喚されたって聞いてた」
「それは無いかな。神って基本世界に影響を及ぼせないから。異世界から人を連れてくるとかご法度なんだってさ。魂なら大丈夫らしいけどね」
「そうか…」
「そう言うことですか…」
これで確定的だ。
正樹含め、パーティーの全員は教会が自分達を兵士にするつもりだと考えていたが、その通りだった訳だ。
そうなって来ると、ますます教会に身を寄せ続けるのはまずい。
またもや話が進まなそうになると察したシナは、手をパンッと叩き注意を促す。
「取り敢えず、話を戻させてもらうけど。キミが心配してるのは、ボクの話が迂闊過ぎて逆に怪しいってことでしょ?」
「まぁ、端的に言えばそうだな…」
自分の考えを読まれ、歯切れが悪くなりながら答える。
「まぁ、理由なんだけどさ。キミ達の信頼が欲しかったんだよ」
「「信頼…?」」
二人が不思議がるのも無理はない。
いきなり出会った人物を信頼するなど不可能だと言うこと。
それは、シナとてわかっているだろうと。
そこまで考えた時だ。
「なるほど、そういうことですか」
「どうした?」
閃いたと言う感じに思案げだった恋詠がポツリと呟く。
今までのシナの不可解な行動が繋がったのだ。
それが分かった途端、固めていた表情から素の表情。
シナに向けてジト目を差し向け「マジですか…」と呆れる。
「灰原先輩。この人、本当に娘のためだけにこんなことしてるんですよ」
「は?」
「手紙を見せたのは単なる誠意ですよ。この人が欲しいのは本当に信頼なんですよ」
「ああ、そういうことか」
ここで光も気がつくと同時に、恋詠と同じような表情になる。
手紙を見せたのは隠し事をしないため。
手紙の内容は、黙っていてバレた場合にリスクが大きい。
本当に娘を任せるつもりなら、信頼をしてもらえないような人と組ませるなど、たとえ実力と年齢が近かろうと論外だ。
そもそも、手紙を見せることによるリスクは光達が暴走するかもしれないというだけで、シナに実害は大してないのだ。
それならば、見せて円満に事が進めば信頼が得られるこちらの方がよほど良い。
こうなってくると、密告するかもと言う話の答えも分かる。
「ボクの誠意は、分かってくれたかな?キミ達疑り深そうだし、後から言われても納得しなかったでしょ?
「「うっ…」」
本人も自覚するところのようで、呻き声がもれる。
だが、確かにシナの言う通りである。
少なくとも今すぐに信用することは無く、後から聞けば更に印象は悪くなっていただろう。
だからこそ、最初から隠し事をせずに話し、さらには本人達がそれに気がつくように会話をしていたのだ。
なんとも回りくどいが、信頼を勝ち取るのには確実な方法だ。
それが分かった途端、光は力を抜くように深くため息をつく。
「わあったよ、交渉成立だ。今のところはあんたのことを信用する」
「それはよかった」
「だから…」
諦めるように話に乗ると言って光に、シナは嬉しそうに笑う。
次に改まった顔を作るとシナの前まで移動する。
そして、体を直角に折って深々と頭を下げる。
「改めて、マサのこと。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
続くように恋詠も、同じように頭を下げる。
全ては大切な友人のために。
今自分達に出来ることなど、人を頼ること以外に無いのだから。
その想いが伝わったシナは、普段浮かべる笑みを仕舞い込むと、同じく真面目な表情で答える。
「任せなよ。こう見えて約束は絶対に果たすタイプだからね」




