1章 28話 パーシィの騎士道
パーシィはテラクセスの辺境にある村の出身であった。
貧しくはあっても、それなりに幸せな日々をおくっていた幼少期。
「でも、そんな日々は魔物に壊された。スタンピードだったんだ」
パーシィの村は辺境にあるために、常駐する兵士が居なかったことから、スタンピードに対応することが難しかったと言う。
そもそも普段は、兵士が居なくとも村人全員が自衛手段があったことから、それが国含めての慢心を生んだのであろう。
多少の群れ程度であれば村人が問題なく撃退することができ、当時幼かったパーシィですらそこら辺の下級の魔物は退治できていたからだ。
テラクセスにある町や村には、最低でも一人の騎士が派遣されるのだが、パーシィの村には必要が無いと村長と国の管理が判断した。
辺境と言う環境が、生半可とは言え村人に力と自信を与えてしまったからこその悲劇だ。
だからこそ、当時は非常時に対応できる者がおらずにまともな対応がないまま、迎撃と言う悪手を取る以外に出来なかった。
迎撃のために用意した壁や柵は崩れ去り、強い村の大人達は大半が死に絶える。
子供と言うことで村の中心に避難させられていたパーシィの元に、魔物が来た時には終わりを覚悟した。
その時のことは、今も鮮明に覚えていると言う。
その後に起こることも含めて。
死を覚悟したパーシィ少年を嬲り殺さんとオークが棍棒を振り下ろすその時。
一人の鎧姿の男がオークを真っ二つにしていた。
その男は、たった一人で村の中に入り込んだ魔物を相手にしながら、避難誘導をしたのだと言う。
結果、九名程の村人を救うことに成功したのだ。
元の総人口は約四十人だが、それでもあの壊滅した状況を考えるととてつもない所業だ。
その後、隣町まで避難し終えたあとに保護されたパーシィ少年の元にその男が現れたと言う。
そして、会って早々に頭を深く下げ始めた。
幼かったパーシィは、最初は何故そんなことをするのか目を白黒させた。
理由を聞いてみると、全員を助けられずにすまないと、涙ながらに男は謝罪するのだ。
これには、助けられた村人全員には驚きしかない。
幼いパーシィとて、あの状況でそんなことは不可能だと分かっていた。
それどころか、あの絶望的な状況から九人もの村人を救っているのだから大金星もいいところだ。
感謝こそあれど、恨むようなことは無い。
辺境と言う厳しい地で生きてきたのだから、命に対する割り切りなど、とうの昔に出来ているのだ。
だからこそ、村人全員が顔をあげてくださいと慌てる。
この時、パーシィの人生を大きく変える一言が出る。
それは、何故と言う一人の村人の疑問から生まれる。
それを聞いた男は「それは私が騎士だからです。騎士とはこの国に迫る危険から民を守る守護者。その守護者である私はあなた達を守ることが出来なかった…!」
多くの村人は、それは詭弁だと思っていた。
全員を守ることなど不可能であるし、なによりも騎士と言うだけでその責任を全うしようなど何ともアホらしいではないか。
常日頃から死が近い環境にいた彼らはそう思い、逆に騎士を痛ましく思う。
子供も男の言っている意味が理解できず、首を傾けるのみ。
一人を除いては。
その人である少年、パーシィはその男から目を離すことが出来なかった。
どうしようも無くカッコよく見えてしまったからだ。
男は確かに村を守り抜くことは出来こそしなかったが、そもそも来ていなければパーシィ達村人は少人数すら助からなかった。
「その後にもその人を訪ねてね、色々な話をしてもらったよ。だからこそ、騎士じゃなければダメなんだ。僕が憧れて目指すのはああいう騎士なんだってね。ハハッ、恥ずかしい話をしたね」
話し終えたパーシィは、照れ臭そうに笑う。
確かに、いくら子供からの夢とはいえいい歳した大人が、未だに追いかけていると言うのは奇異だろう。
実際にパーシィは、多くの人にバカにされたり、呆れられてきたのだ。
話を聞いている正樹は、何処までも現実的な考えをする少年だとパーシィは思っている。
馬鹿にされないまでも呆れられはするだろうなと思い空笑いをしたのだが、予想外なことにそんなことはなかった。
「恥ずかしくなんか無いだろ。確かに、フワッとした覚悟で騎士になったんなら恥ずかしいだろうが、パーシィは違うだろ。いつでもお人好しを貫いて、騎士であるための努力を欠かしてないだろ」
まさかの返答に目が点になる。
驚きに驚き、振り向き正樹の横顔を見るがそこからは、取り繕ったような者は全く見受けられなかった。
パーシィは、そこまで人の顔色を見分けるのは得意では無いが、これまでの付き合いで正樹の変化は割と見分けられるようになっていた。
基本的にポーカーフェイスを心がけている正樹は、他人に心を読まれることは少ないが心を許した相手には意外と色々な反応をする。
殆どが気怠げな表情ではあるのだが、バリエーションがそれなりにあるのだ。
そこに見えるのは至って真剣な表情のみ。
「逆に、生半可な覚悟で騎士をやってる奴らの方がよっぽど恥ずかしいだろ。そんなのよりも子供の夢を全力で追ってる大人の方が何倍もカッコいいだろ」
まさか、リアリストだと思っていた人物からこのような言葉が聞けるとは考えていなかったパーシィは驚き続ける。
だが、それは長くは続かず笑いに変わる。
「ハハハ、ありがとう。そんなこと言ってくれたのは君が初めてだよ」
「お前今絶対に似合わないこと言ったと思ったろ」
「そんなことないよ。ヒカル君達が君を心から信頼出来る理由を、改めて理解したよ」
それを聞いた正樹は嫌そうな顔を作るが、パーシィはそれは予想できていたことなので改めて抑え気味に笑い声を上げる。
正樹は捻くれていようとも文句を言いながらも面倒見がいいので、それ故に周りが信頼しているのかと考えていたが、どうやら本当のところはこう言う部分に惹かれているのだろうなと、パーシィは思い浮かべる。
「そろそろ寝る。最初の見張りを頼む」
「ハハ、了解。しっかり休むといいよ」
バツが悪くなり、ぶっきらぼうな言葉に了承を言う。
このまま何も無く、無事に脱出出来れば良いなと考えていたその時だ。
ヴォォォォオオオ‼︎
とてつもない音が、突風の様に二人に打ちつける様に通り過ぎる。
弾かれる様に二人は立ち上がると、音がした方に最大限の警戒を向ける。
「パーシィ」
「分かってる。これは不味い。声からしてオーガだとは思うけど、感じる気配が強すぎる」
「そうか。とりあえず急いでここを離れるぞ。こんな状況でアレと鉢合わせだけはしたく無い」
「同感だよ」
オーガと言うのは、大きさが三メートル程巨大な人型の魔物のことだ。
この辺りに住むオーガだと、大体が中級から上級程の戦闘力を持ち合わせており、非常に凶暴な魔物とされいる。
だが、今の声の主は明らかに中級などでは無く、それなりに離れている筈にもかかわらずこの場所まで圧迫感を伴った気配を放っていた。
それに加えて、生息場所としては森や広野などにいるのだが、洞窟型のダンジョンと言う本来であれば生息していない場所に現れたことが、余計に不安を駆り立てる。
すぐ様に、離れた方が良いと判断した二人の行動は迅速で逃げる様に走り出す。
「あれやばいな。このダンジョンってあんな凶暴なの居るのかよ」
「かなり大きいダンジョンだしね。ただ、凶悪なのは相当下の階層じゃないと居ないはずなんだ。上層のここにはほとんどいない筈なんだ」
「殆どね。つまり迷子で紛れ込むことはあるのね。ツイてない」
何とも運が悪いと言いたいところではあるが、それにしては事件が重なり過ぎておりそんなことは二人とも言わない。
ここまで来ると、これも人為的な何かであると考えた方が妥当だ。
それを言わずとも分かっている二人は、先程の会話で緩んだ気持ちを引き締め直すように、顔を真剣なものにする。
「パーシィ!この先に魔物が複数、動きからして逃走中だ」
「分かった、このまま行こう!」
そして進んだ先には、横穴から逃げ惑う魔物が湧き出ていた。
今更後ろに戻ると言う選択肢はないために、そのまま突っ走る二人。
魔物とて生き物であり、逃げている最中にまで襲ってくることは無いだろうとの判断だ。
それに、パーシィはアレくらいの魔物達なら蹴散らせるであろうとの考えでもある。
それでも、油断して襲われたでは目を当てられないので、念のために正樹も抜剣は済ませてある。
魔物達に合流するように進むと、予想通り襲われることは無い。
これならどうにかなりそうだと、正樹が考えたその時だ。
首の裏を刺すような、悪寒が駆け巡る。
「とまれ!!」
正樹の声にそろって急停止し、パーシィが話を聞こうと振り返ると同時に。
前方の壁が爆破した様な音を上げる。
とんでも無い衝撃に、二人そろって受け身を取る様に後退し前方を確認する。
爆破した壁の反対方向には何かが突き刺さっており、パラパラと言う音と共に刺さっていた物体がゆっくりと動き出す。
それはどうやら人型のようで、タックルにより壁をぶち抜いてきた様だ。
土埃で見にくい状況ではあるが、影によりそれなりに大きいことが窺える。
高さは三メートルを超える程で、片手には二メートル程の大剣を片手剣の様に持っていた。
全体像が全部見える様になると、その大きな怪物は二人に振り向き見据える。
その怪物は赤黒い肌を持ち、青黒く光る血管の様な線が身体中に張り巡らせられていた。
それは、形だけを見れば予想通りのオーガではある。
しかし、そのオーガは二人が知っているオーガとはまるで別物だと言うことが、その存在と異質な見た目が示していた。
「ハハ、マジか。これは…」
その身から溢れ出る威圧感に、乾いた笑いが正樹から溢れる。
思い出されるのは、この世界に来てすぐに出会った恐怖。
このオーガから感じるのは、アルガードにすら迫る恐ろしさだ。
つまりは、この化け物の戦闘階級は超越級。
本来の種を大きく超えた、一で全に対抗しうる者。
そんな絶対者はゆっくりと動き、二匹の獲物を眼前に捉える。
標的を定めた化け物は、二匹の獲物に闘志を示す様に、ダンジョンを揺らす様な咆哮を放つのであった。
●
「無事で何よりだ」
「ハッ!救援感謝します」
正樹が小道を爆破してから商隊は、休みなく移動し続けて一日とかからずにダンジョンを抜け出すことに成功した。
テラクセスのダンジョン前の砦には、事前に聞いていた通りに騎士団の一個中隊が待機していた。
フェミルは、責任者である中隊長のところに報告を兼ねた感謝を伝えに行っていた。
丸一日以上移動し続けた皆は、死屍累々といった様に疲労困憊で救援に来た騎士が手当てにあわてる頃。
一角にはその例に漏れる様に光達は揉めていた。
「何で捜索がすぐにされないんだ!」
「言っただろう。我々には君達の護衛の分の命令しか出されていない。騎士団を動かすには上の了承が必要なのだから、それを理解してほしい」
光に胸ぐらを掴まれそうな勢いで詰め寄られているクルガンは、呆れた様な声を滲ませる。
こうなると、いつまで経っても平行線だと言うことは明確だ。
「それなら、オレ達で探しに行く!」
「それは了承できないな、ヒカル殿。護衛とは言ったが、本質は保護なのだ。勝手な行動をされるのは困るよ」
キリがないと見切りをつけて、ダンジョンに向かって反転した光に回り込む様に移動すると、鞘に収まった剣により動きを封じられる。
それに苦々しい表情で睨みつけるが、まるで聞いた様子はない。
「どいてください。私達は行かなくちゃいけないんです!」
「そうだ。このままだと正樹が」
そんなクルガンを説得する様に、目の端に涙を溜めた恋詠と顔を青くする純司が訴える。
だが、それでもクルガンの意思に変わりは見えない。
クルガンとしては、このまま暴れるようであれば気絶させることも辞さないつもりだ。
「僕達が心配であるのなら、あなたがついてきてくれませんか?確か聖騎士様ですよね。それならどうにかなる筈じゃないですか!」
「そうだ、そうすれば護衛だって出来るし問題ないだろ!」
疲労の酷い咲を除く正樹班に加えて、真一と秀司の二人もクルガンを説得する様に取り囲む。
四方からの声に、クルガンの目元が少し細められる。
クルガンがため息を一つして、少し身動ぎをした時に光から「分かった…」と言う。
その言葉にクルガンを含めた全員が顔を向けると、怒りを抑える様に光は続く言葉を絞り出す。
「それなら、せめて、今すぐ聖都に戻らせてくれ。要するに上層部を説得すれば良いんだな?」
「その通りだ。命令が降れば喜んで捜索をしよう」
「なら、オレとヨミの二人で全力で聖都に戻って上層部と冒険者ギルドに依頼を取り付けてくる。それなら問題あるか」
「少々面倒であるが問題は無い。メナス、ミファオス、護衛して差し上げろ」
クルガンに声をかけられ、控えていた二人は礼を取りながら短く「ハッ!」と頷く。
勇者には最上級の対応をしろと命じられている騎士としては、これ以上光に悪印象を教会に持たれるのは問題なのだ。
だからこそ、上の命令に違反しない範囲のことは譲歩された。
命じたクルガンは、「それにしても…」と溢すと呆れた様な目で光を見る。
「上層部の説得はともかく、冒険者ギルドに依頼とは。ヒカル殿は知らない様だが、聖都にあるのは冒険者ギルドとの友好の証に置かれているお飾りしかありはしないぞ。徒労に終わると思うが」
「いつ動く変わらない奴らを頼るより、マサは冒険者ギルドを頼った方がどうにかなるだろうだとよ」
無駄なことと断じられたことに、苛つきを漏らす様に皮肉を言い放つ。
それを聞き、クルガンは失笑でさらに返す。
「それはそれは。どうやらマサキ殿の目はお曇りのようだな。何をどう見たらあの無能達がカケラでも頼りになると思ったのか」
「何だと…?」
正樹の目が雲っていると言った瞬間。
この場だけが凍てつく。
今までは、燃える様な怒りを抑える様にしていた光は、一瞬にして冷え込む様な雰囲気を纏うと低い声を漏らす。
このやりとりを遠巻きに見ていた野次馬から引き攣った様な声が漏れる。
「おっと、何かお気に障ったかな?だがヒカル殿もあの連中を見れば理解してもらえると思うぞ。それでもお気に障ったのなら謝罪しよう」
何かおかしなことを言ったか?と遠回しに言うクルガンに、殺意を覚える。
だが、今この場で問題を起こすのは非常にまずい。
このまま怒りに身を任せた場合、返り討ちにされるのは勿論のことで、今の交渉が無かったことになるのは目に見えている。
本人の気質もあるだろうが、ここまでオーバーに反応を示すと言うことは故意的な挑発だと考えるのが自然だ。
何しろ、クルガン達にとってはただの面倒ごとなのだから、相手が逆上して話が流れることに越したことは無いのだから。
「落ち着け」と低くと光は、フーッと息を吐き出すと純司の肩を叩いた後に俯く恋詠の腕を取ってその場をさろうとする。
この場の雰囲気に固まりっぱなしになっていた真一と秀太の二人は、オロオロとしながらも後を追う様について行く。
その姿に作戦の失敗が分かったクルガンは、残念そうな素振りを見せる。
「準備をしてくる。終わったら出発する」
「了解だ。問題ないな?」
「問題ありません」
「同じく、問題ありません」
去る前に一言かけ終えると、今度こそ用は無いと立ち去る。
五人は咲が寝かされている壁の端まで早足で移動すると、俯き続ける恋詠に声をかける。
「気持ちはわかるが仕込みを台無しにするつもりか」
「ええ、分かっていますよ。心配しすぎですよぉ〜、まったく」
光に顔を向けるとにへらっと笑いかけて何でもないと示す。
この中で一番強い殺気をクルガンに向けていたのは何処のどいつだ、と言いたくはなるが理由が理由なので言及はしない。
それに何よりも時間が惜しい。
「それじゃあ、事前に決めた通りオレとヨミで聖都に行く。ジュンと二人はサキを頼む」
各々が頷いたのを確認するとよし、と言うと行動を開始する。
「あともう少し待ってくれ」
最後に、置き去りにしてしまった一人に対しての願いをダンジョンに向けて呟くと、迷いを振り払う様に護衛の二人の場所に移動するのだった。




