時刻50 異変
夕空が紫を経て、蒼い星空へと移り変わる。
過保護すぎる。アルフレドにそう告げられたジョシュアは、クレアと共に玄関でその帰りを待つことができなかった。
自室でしばらく星を眺めていると、今日、二度目となるノックが部屋に響く。
帰ってきたのか? ジョシュアはすぐに扉を開けると、そこにはシグレの姿があった。
「あ、ジョシュア様。アルフレド様がおかえりになりましたのでお伝えに」
「そうか、帰ってきたか。良かった」
無事に帰って来たことにまずは安心を得る。ならば続いて気になるのは、クレアのことだ。
あまりにも帰ってくるのが遅かったアルフレド。今頃、クレアにこってり絞られていることだろう。しかし、それも優しさだ。
ジョシュアはシグレと共に一階へ降りると、彼らがいる食堂へと向かう。だが、到着した食堂の前、システィアが一人浮かない顔で佇んでいた。
「システィア?」
「あ、ジョッシュお兄ちゃん……シグレも」
「どうかなさったのですか?」
「えっと、アルお兄ちゃんが帰ってきたのはいいんだけど……なんだかすごく怖い顔してて、くーちゃんが話してはいるけど――」
途端、食堂から少女の怒号が響き渡った。
「心配していたのよ! 私だけじゃなくジョッシュ兄さんも、しーちゃんもシグレちゃんも!」
「ジョッシュにも言ったけど、たまには僕にも一人になりたいときがあるんだ。分かってくれないかな」
「分からないわ! 違う日ならまだしも、今日はお父様たちが帰ってくる日なのよ⁉」
「……分かった分かった。悪かったよ」
何をやっているんだ、そんな思考がジョシュアの脳裏を駆け抜けていく。
いらざる刺激を与える必要がどこにある。たとえそう思っていたとしても、穏便に済ませるならその言葉は間違いだ。
――帰ってきたと思えばまた厄介ごとを。
心配そうな表情を滲ませるシスティアたち。ジョシュアはそんな二人を安心させるように頷くと扉を開けた。
「ジョッシュ、兄さん……」
「……やぁジョッシュ。盗み聞きとは趣味が悪くなったもんだね」
「生憎地獄耳でな、妹たちが不安がっているのならば尚更だ。悪いとは思ったが、今のお前ほどじゃない」
ジョシュアは歩み寄ると、高慢な態度で椅子に座っているアルフレドを見下ろす。
「クレアの前でそういう態度は出すなと言っていたはずだ。多少イライラしていたとしても、クレアの兄である以上少しは弁えろ」
「またお小言かい? 未来のフローレンス当主様も大層厳しいお方になりそうだ」
「俺だって好きで言っているわけではない!」
感情を逆撫でされる言葉に自然と怒声が孕む。ビクっと跳ねたクレアの肩と表情に申し訳なさを覚えたジョシュアは怒りを押し殺し、話を続けた。
「……俺に対する評価なんて今はどうだっていい。俺よりもクレアとのことだ。お前には――」
「穏便に済ませる手段があったはず、か? ジョッシュも人が悪いな、どうせクレアに期待させるようなことでも吹き込んでいたんだろう?」
「っ……なんで」
「何のこと……?」
向けられるクレアの視線に動揺するジョシュア。
言った。確かに言ったが、それはただアルフレドとクレアの仲を取り持つため、二人を思ってのことだった。
ジョシュアはアルフレドがプレゼントを買ったのか以前に、選ぶ姿すら本当は見ていない。
「君の顔を見ていればよく分かるよ。君なら言うだろう? プレゼントを選んでいたなんて真っ赤な嘘さ」
「アル……」
アルフレドを信じたから、クレアに嘘をついた。だがそれはまるで、過保護にしたこと全てが悪だというようにジョシュアへ返ってくる。
苦虫を噛み潰したようにジョシュアは表情を歪め、同時にクレアに対する罪悪感で胸が塗り潰されていく。
何でも良かった。何かしらクレアに対する詫びのプレゼントがあれば、何もかもが上手くいくはずだった。
どうしてだ。どうしてこうも拗れる、なんでこうも話を難しくする。お前はそんな奴じゃ――
アルフレドは立ち上がると俯いたジョシュアの右肩を押し退け、強引に道を開けさせた。
「……一体何があった、アル」
「何もないよ、ジョッシュ」
互いに背を向けたまま、言葉を交わす。
何もないわけがない。何かがないと、こんな風にはならない。
何が悪かった? 何が不満だった?
思考を重ねてみても、ジョシュアには『過保護』という言葉の先を見つけることができなかった。
「どこへ行くの、アル兄さん」
「屋敷へ戻る。悪いけど、一人にしてくれ」
心すらも冷え切った冷淡な言葉にクレアは押し黙ってしまう。
軋む床の音。食堂の扉を開けたアルフレドは、その先にいたシスティアとシグレに目もくれず通り過ぎていく。
このままでは止められない、妹たちの思いに応えることができなくなる。
どんなに焦りを感じて、どれだけの思考を重ねてみても、今のジョシュアに彼を止める言葉は探し出せなかった。圧倒的に時間が足りなかった。
そしてついに、屋敷からアルフレドの気配が消えてしまう。
「ジョシュア様……」「くーちゃん……」
心配に思ったのか、シグレとシスティアが二人の元へと駆け寄ってくる。ジョシュアはかぶりを振ると、自分よりも深く傷ついたであろうクレアに謝罪を述べた。
「悪かった、クレア。嘘をついてしまって……」
「ううん。アル兄さんのことを思って言ったのくらい分かってるから」
クレアの表情は明らかに沈んでいる。たとえ感情で分かっていたとしても、釈然としないのは当然だろう。辻褄合わせをすればいいと思っていたジョシュアの考えが、透けて見えたのだから。
過保護が裏目に出続けている。誰も傷つかないと思っていたのに、気づけば誰かが傷ついている。まるであの少女が言ったことのように、気づかないと思っているのは自分だけだったかのように。
「私、アル兄さんに嫌われたのかな。いつも口うるさく言ってしまってるから……」
「そんなことないよ。アルお兄ちゃんは、ちゃんとくーちゃんのことが大好きだもん。だってアルお兄ちゃん、くーちゃんのこといっつも笑顔で話すんだから。絶対、ぜーったい嫌いなわけないよ」
システィアから優しく抱きしめられるクレア。
その通りだ。システィアたちを大切に思っているジョシュアにも、それは分かりすぎるほどよく分かる。ならば、どこかにこうなってしまった原因があるはず。
「じょ、ジョシュア様、どちらへ……?」
「アルと話をしてくる」
「え? で、でもアルお兄ちゃんは一人にしてって……」
「それでもだ。お前たちはここで待っていてくれ」
たとえ過保護だと罵られようとも、分からないものを分からないまま終わらせるわけにはいかない。
友人――いや、親友として。本当にこれが最適解なのかは分からないが、心が行くべきだと告げていた。
食堂の扉を開け、先の廊下を歩き、エントランスへと赴く。
時間がない、親たちが帰ってくる前に何としてもアルフレドを――
ジョシュアが玄関のドアノブに手を伸ばしたとき、それは遠のいた。
外から吹きすさぶ風。開かれた暗闇の先には、見上げるほどの長身の男が立っていた。
赤をベースに少量の金で彩られた貴族服、腰には身の丈に見合うほどの大剣。そして、特徴的なのはジョシュアと同じ色の髪、目、若干の初老を思わせる顔の皺と白い髭だ。手にはとても大きく、持ち運びにかなり苦労しそうな革製の旅行鞄をいとも簡単に手提げている。
予定時刻よりもかなり遅れていたとはいえ、なんとタイミングの悪い期間だろうか。
「…………父上」
彼こそが後に英雄と謳われることになるフローレンス家の現当主。ジョシュアとシスティアの父でもある、雷帝ベルナルド・フローレンス。
「ジョシュア、か。ここで何をしている?」
開かれた口から零れ出る、渋みを感じる言葉に上機嫌という文字はない。
ジョシュアは目を逸らし「いいえ」とだけ告げると、ベルナルドの後ろからは同じく赤を基調にした司祭を思わせる礼服を纏う母、テレジア・フローレンス。続いてラーヴェ夫妻が姿を現した。
「……まぁよい、シグレ!」
ジョシュアから興味を失い、視線を外したベルナルドが大声で侍女の名を呼ぶ。
そうすれば否が応でも現れなくてはいけない。システィアたちと共に食堂にいたシグレは、慌ててエントランスへやってくると早々に頭を下げた。
「も、申し訳ございません! おかえりなさいませ……」
「おかえりなさいませではないわ! 侍女としての役目すら忘れたか!」
シグレの身長の半分以上はあろうかという鞄をベルナルドは乱暴に投げつける。
そんな大きな鞄を、ましてや勢い付けられたものなど、普通の少女なら受け止められるはずもない。例に漏れずシグレは上手く受け取れず、派手な音を立てて床へと落としてしまった。
「申し訳ございません!」
「この――」
丈に合わない荷物を抱えようと、しゃがみ込んだシグレの頭にベルナルドはあろうことか鉄拳を振り下ろした。
ガゴッ!
鈍い音。大きな拳は目標にした侍女に到達する前に止まる。
「じょ、ジョシュア様!」
拳を額で受け止めたジョシュアの後ろ姿に、シグレの顔が青ざめていく。
派手な音はしたが魔法障壁がある分、ダメージは分散している。ダメージはそう……ない。
「気は、済みましたか? 父上」
怒声と音を聞きつけた妹たちが慌ててエントランスへとやってくる。その姿を見た母、テレジアはベルナルドの手に触れると静かに呟いた。
「もういいでしょう? システィアたちも見てるわ」
「…………」
見上げるジョシュアの鋭い瞳とベルナルドの険しい眼光。ベルナルドはゆっくりと額から手を外すと、執務室へと足を向ける。
「すまなかったな、ジョシュア」
背を向けたままの謝罪、それだけを最後に執務室内に消えていく。
テレジアは少しだけ困り顔を浮かべるとシグレの肩に触れ、ジョシュアのことを頼むかのようにベルナルドの後を追った。
「……ぐっ」
両親を見送った後、ジョシュアは崩れ落ちるかのように床に膝をついてしまう。ダメージはないと強がってはいたが、流石に堪えた。
「ジョシュア様……!」
「ジョシュア、大丈夫かい?」
「ええ、なんとか……」
シグレは怯え気味に、されど気づかれないよう回復魔法を展開する。ベルナルドほどとは言わないが、ラーヴェ夫妻も融通の利かない人物たちだ。うるさくは言わなくとも、シグレが気を遣う意味はあながち間違いじゃない。
「実は領土拡大の話が上手くいってなくてね。かなり気が立っているみたいなんだ。まさか手を上げるまでとは」
「でも、もう少しで領土拡大できるところまで来ているし、それが上手く王に認められればあのピリピリも抑えられるはずよ」
ラーヴェ夫妻は苦笑ながら語る。
フローレンスの町は着々と大きくなってきている、それはフローレンス家とラーヴェ家が手を取り合い協力しているからだ。ベルナルドは特に野心家で、今以上に権力と領土拡大に勤しんでいる。利用できる物があれば、なんでも利用する勢いだ。
「貴方がたもやはり……領土拡大には賛成なのですか?」
俯いたままジョシュアが静かに呟くと、夫妻はもちろんとばかりに言葉を返す。
「東のエルデヴァイン、西のヴァルヒュリッテ。その両家には負けていられないし、王都から任される領地が多いほど権力も上がる、財政状況もよくなる。その分、人々は豊かになるからね」
「そのためにベルナルドさんとテレジア、私たちは頑張っているのよ」
疑わないラーヴェ夫妻の言葉にジョシュアは押し黙る。
本当にそれだけだろうか。母はまだしも、ベルナルドにはそれ以上の何か大きな野望があるようにジョシュアは思えてならない。
そんな会話をしていれば、執務室から夫妻を呼ぶベルナルドの声が聞こえてくる。
「おっと、どうやら話があるようだ。僕らはいくね」
「お父様、お母様! アル兄さんが――」
「ごめんなさいクレア。遅くなるかもしれないから、今日はシスティアと一緒にいてくれる?」
「違うの、兄さんの様子が――」
クレアの話を一方的に打ち切るように、執務室へと入っていく夫妻。異物として弾かれたクレアの表情は、見ていられないほどに落胆を極めていた。
「申し訳ございません……ジョシュア様、わたしのせいで」
「俺の方こそすまない。俺にもう少し変えられる力があればな……」
シグレからの謝罪の言葉。たとえこんな風に守ったとしても、本当の意味で守ったとは言えない。主従関係上、雇い主であるジョシュアは上であり、侍女であるシグレは下だ。いくら取り繕おうと固定概念は覆せない。
ジョシュアは表情を柔らかく変える。充分ではないかもしれないが、苦痛に歪む顔を見せないように務めることしかできなかった。
「ジョッシュお兄ちゃん、シグレ、くーちゃん……」
皆にそれぞれ起きたことに対して何もできなかったシスティアは、肩を震わせ悔しそうに唇を噛み締めている。
「ジョッシュお兄ちゃん……私、どうしたら良かった……?」
そんな妹の表情を見てジョシュアはシグレに回復を打ち切るよう頼むと、立ち上がってシスティアの頭を撫でた。
「大人は身勝手だ。だからあんな風にもなる」
「……それなら私、大きくなりたくない。シグレに辛く当たったり、手を上げたりしたくない。そんな大人になるなら私、子どものままがいい……」
「システィア様……」
システィアの本心。それに胸を打たれたシグレは、せめて涙を見せぬようにと顔を背けていた。涙すら見せることが許されないなど、あっていいはずがない。だが、そうさせる原因が自分たちにあることを、薄々気づき始めている妹に兄であるジョシュアは胸を痛めていた。
「お前もいずれは大人になる。けれど、そうならないように気をつけていけばいい。優しいシスティアならできるさ」
微笑みながら語りかけると、システィアは目に涙をためたままコクリと頷いていた。
そして執務室、その扉の前で俯いていたクレアの肩をジョシュアは叩く。
「クレア。アルは必ず俺がなんとかする」
「本当……?」
「ああ」
振り向いた彼女の悲しそうな表情に、ジョシュアの胸がズキリと傷んだ。
もうこんな悲しい顔はさせない。そのためにも――
「約束だ、もう嘘はつかない。だからもう一度、アルと話をしてくる。もし今日がダメだったとしても、明日、明後日、明明後日。絶対にまた仲良く話せるときを作ってみせるさ」
「ジョッシュ兄さん…………。うん、分かった……」
願わくは、妹たちには健やかな日々を送ってほしい。それがジョシュアの想い。約束を契ったことでクレアは少し安心したのか、若干ではあるが微笑んでいた。
「それじゃ、ジョッシュお兄ちゃんのために時間稼ぎをしないとね。お父さんたちが『ごはんー』って言う前に」
「えっ⁉ しーちゃ――システィア様⁉」
システィアが「ふにゅー!」と力強く持ち上げたそれ。先程、シグレが床へと落としてしまった巨大な鞄だ。システィアは「早く、早くー」続けてシグレとクレアへ協力を要請する。
「まずはこれを片付けよう! あれだけの料理、夕飯の準備はまだ完璧じゃないでしょ? 私、シグレが怒られるのは絶対やだから」
「うん、私も。シグレちゃんのためにも、お父様たちの足止めをするにも、みんなで動けた方が断然いいわ」
そういうとクレアもその巨大な鞄を持ち上げ、二人体制へと変わる。シグレも慌ててそれに加わると、あっという間に三人体制。鞄は一気に軽くなった。
「で、ですが……こんな――」
「手伝わせてシグレ。私たちはシグレほどお料理が上手じゃないから、この作戦はシグレが鍵なんだ!」
「そうよシグレちゃん。一緒にできることは一緒にするの!」
「システィア様、クレア様……。……分かりました!」
鞄をえっほえっほと持ち上げ、階段を登っていく三人の妹。その姿が見えなくなる前にシスティアがジョシュアに向け、「早く行って!」と口パクで告げていた。
「まったく、たくましい妹たちだ。まさか逆に俺が助けられることになるとは……」
これで時間稼ぎの当てはできた。たとえ執務室から父たちが出てきたとしても、システィアとクレアがいるならばある程度の口裏は合わせてくれるだろう。
けれども、急がない理由にはならない。こんな工作が見つかれば、後々面倒になることは火を見るより明らかだ。
ジョシュアは妹たちに全てを託すと、すぐさま音を立てずに玄関を開き、アルフレドがいるであろうラーヴェ家の屋敷を目指す。
ラーヴェ家の屋敷はこの屋敷の真隣に位置している。赴くだけなら時間はかからない。
門を開け、前庭を歩きながらジョシュアが屋敷を見上げる。
言葉通りアルフレドが帰宅しているのならば、屋敷には一つ、二つくらいは明かりが付いていてもおかしくはないはず。
「……まさか、戻ってないのか?」
目に映るのは暗闇が蔓延る屋敷のみ。寝るにしては早すぎる時間だ。ジョシュアはかぶりを振り、瞳を閉じて玄関の扉に手を触れた。
……居る、若干だが気配を感じ取れる。その瞬間、触れていた手は拳に変わり、ドアを打っていた。
「アル。おいアル、いるんだろ?」
叩いては少し待ち、返答がなければ更に叩いて声を掛ける。元々一人にしてくれと言っていたのだ、簡単に会えるとは思っていなかった。
が、その予想とは裏腹に、エントランスの明かりが点灯すると扉は開かれる。
「ジョッシュか、何のようだ?」
「アル! あ、あぁ……少し話をしたいと思って、な?」
気持ちだけ先行してしまい、話す内容について具体的なことを決めていなかった。しどろもどろになりながらもジョシュアは言葉を続けていく。
「……話したいことはあったんだがな。まさかこんなにも早く開けてくれるとは思っていなくて、ちょっと整理させてくれ」
「その必要はない。僕も話したいと思っていた」
「……? 俺とか?」
アルフレドは頷くと、続けて口を開く。
「なぁ、ジョッシュ。君は自分の力について考えたことがあるか?」
「力? いきなり唐突だな……。それはまぁ、もちろんあるが」
「そうか。なら、ベルナルドさんや僕の両親についてはどう思う?」
「どうって……領土拡大のことを言っているのか? ……俺はあまり乗り気じゃない。領土が増えればその分、人々が豊かになるのは間違いじゃないだろうがそれは一部に過ぎない。どこかで割を食う民が出てくる」
模範的な回答だな。……まぁ、そうかもな。
アルフレドの言葉にジョシュアは苦笑を浮かべ、そう続けた。模範的な回答であれ、当を得ているはずだ。
「……急ぎすぎてるんだよ。俺の父も、アルの両親も」
俯き、沈黙したかのように見えたアルフレド。二人の呼吸が一拍置かれた後、ジョシュアはもう一度質問をぶつけられる。
「ジョッシュ。君の目に、僕はどう映っている?」
「な、なんだ? 今日は随分と質問攻めだな……」
「答えてくれ、君は僕をどう思っている?」
まるで光すらも吸い込む澱んだ黒が、ジョシュアの視線と交わる。
「俺は親友だと思っているよ。血縁を含め、アル以外に心の内を曝け出せる奴はそういないだろうな」
「…………そうか。だが、僕はそこまで想ってもらえる人間ではないのかもしれない」
「……アル?」
「もう戻った方がいい。父さんや母さんたちには、体調が悪いから休んでいると伝えておいてくれ」
ジョシュアに時間がないことを知っているのか、それとも聞き終えたからか。アルフレドはそれだけを言い残すとエントランスの明かりを消し、暗闇の屋敷へと戻っていく。
このままでは何も変わらない、ただ話ができただけだ。ジョシュアは慌てて語りかける。
「ま、待てアル! 明日は、明日は久しぶりに剣や魔法の鍛錬をやろう! な⁉」
「……そうだな」
「よし、約束だぞ! それと、それとだ。明日はクレアとゆっくり話をしてやれ。ずっと、ずっと心配しているんだ」
ゆっくりと閉じていく扉。もうわずかしかない時間の中で、ジョシュアは必死に言葉を紡ぐ。
「なぁ、アル! 俺も聞きたいことがある! お前は俺のことをどう思っているんだ⁉」
質問された言葉を返すように叫ぶ。中へ消えていくアルフレドが振り返り、瞳がもう一度だけジョシュアと交わった。
「親友だ――」
その声と共に、分厚い扉が閉じてしまう。
『親友』。聞き取れた言葉は、アルフレドに対してジョシュアが綴った言葉と同じだった。
場が静寂に包まれる。もういいだろう、わずかだったがもう充分に話した。明日になれば、きっと大丈夫。明日からはまたいつも通りになるはずだ。
踵を返したジョシュアが空を見上げると、月が笑っていることに気づく。
それはまるで優しく微笑んでいるかのように思えて、ジョシュアをあたかもあざ笑っているかのような。
強い悪意が満ちていた気がしていた。
数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。
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