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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻42 あどけない少女の力

 § フローレンスの町 屋敷 執務室前


 システィアとミリアの二人が階段を降りると執務室前に、ある二人の男がいることに気がついた。

 頬から顎にかけて髭を生やしている中年の大男と、色黒で厳つい顔をした男。彼らも降りてきたシスティアに気づいたのか、すぐさま跪いた。


「あなた方は……確か調査隊の」

「はっ。ガンドレッド・ウォルターズと申します。ジョシュア様や皆からはガンズとの愛称で呼ばれています。今回はジョシュア様の命により、近辺の森にて調査をさせて頂きました。そしてこちらは――」

「じ、自分はジョン・リーと申します。し、システィア様でありますね……お目にかかれて、光栄です」


 フローレンスの町の民ではない二人に急に跪かれ、動揺しつつもすぐに体裁を整える。


「それでは私もガンズさんとお呼びしましょう。そして、ジョンさんですね。どうか、おもてを上げてください」


 そう告げられてガンズはゆっくりと立ち上がり少女たちと向き合ったが、隣では未だに跪いたまま、ジョンが固くなっている。


「お、おい、ジョン! す、すみません……こいつ、結構なあがり病でして。システィア様に失礼だ、早く顔を――」


 ガンズが言い終える前に、ドレスを着た少女がシスティアの傍らから離れ、跪いているジョンの手を取った。


「大丈夫、ですか? 痛いところがあったりとか……」

「だだだだ大丈夫です! 問題はありません!」


 だ、が四つ連なるほどの動揺。ジョンがミリアの手から離れると、すぐに立ち上がり気をつけのポーズを取っている。

 どうやら女性に対して極度の恥ずかしがり屋らしい。そんなことを露も知らないミリアは、みるみる内に赤くなっていくジョンをキョトンとした顔で見つめていた。赤くなる彼の代わりにガンズの顔は青ざめていくばかりだが。


「と、とんだ無礼をお許しください! よく言い聞かせておきますので……」

「ふふふ、大丈夫です。ミリアもこっちにおいで? あがり『症』といえど、別に痛いところがあるわけでもなく、緊張しやすい人のことを言うのよ」

「あっ……。あぁぁぁ、そうでした! わたし、勘違いしちゃってたみたいです……!」


 ミリアはジョンと同じく真っ赤に顔を染めると、早足でパタパタとシスティアの後ろへと隠れ、ひょこっと顔を覗かせた。

 大の大人が少女に気を遣わせてしまうとは……。ガンズは頭を掻き、自身の部下について嘆いていた。


「ジョンときたら、まったく……」

「構いません。それよりも、私たちの方の自己紹介がまだ済んでいませんでしたね。既にご存じとは思いますがフローレンス家の長女、システィア・フローレンスです。そしてこっちは――」


 ほら、ミリアも挨拶して。と、後ろに隠れているミリアの背中をシスティアは優しく押す。

 ミリアは自身が侍女だということをハッと思い出し、慌てて前へ出るとシスティアへ謝罪を告げる。


「も、申し訳ございません! システィア様!」

「ミリアも随分と緊張してるわね……。私は大丈夫だからお客様に挨拶を、ね?」


 困ったようにシスティアが笑う。

 その通りだ、気が動転していたとはいえ、お客様にお尻を向けている状態がまともなわけがない。こんなことをシグレに知られてしまえば、叱られて当然のことだろう。

 ミリアはすぐにガンズたちの方へ向き直ると、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません! フローレンス家の侍女をしております、ミリア・アサミヤと申します!」

「いやいや、こちらこそ申し訳ないばかり。システィア様にミリアさん、今後ともよろしくお願いします。それにしても、随分可愛らしいお嬢さんですな」

「可愛いですよね! 私の自慢の妹なんです!」

「し、システィア様……!」


 ミリアの頭を撫でるシスティアに、微笑ましいのかガンズもニコニコと笑っていた。

 侍女でドレス姿というのはなかなかお目にかかれる物ではない、そしてフローレンス家の長女に妹と呼ばれる彼女、相当に大事にして貰っている証拠だろう。

 隣では未だ固まっているいかつい男にガンズは語りかけた。


「お前、女の子相手にもあがるのか……。しょうがない奴だな……」

「だ、大丈夫です。もう緊張はしていません……」


 そんな談笑をしていると執務室の扉が開き、シグレが現れた。システィアとミリアを一瞥し、客である男二人へ一礼する。


「お待たせ致しました。ガンドレッド様、ジョン様、こちらへ」


 そう告げられるとガンズとジョンはシスティアたちに一つ頭を下げ、ジョシュアの待つ執務室へと入っていった。


「トキヤさんは……まだのようですね。システィア様もお先にお入りください」

「ええ、それじゃ」


 彼らに続いてシスティアも執務室へと進む。

 後はトキヤが来れば全員が揃う。シグレは一旦外側から扉を閉めると、この場に残ったミリアを見て微笑んだ。


「よく似合っていますよ、ミリア」

「……! シグレお姉ちゃん、ありがとう……」


 魔術師の正装ウィザーディアドレシャに身を包む彼女を見て、一番喜んでいるのは紛れもなくシグレだった。だが褒められて、嬉しそうに頬を染めるミリアも負けてはいない。

 しかし、この場に残されたミリアは緩んだ顔を真面目へと変え、この後どうするのかとシグレへ問いかける。


「シグレお姉ちゃん、わたしたちはこの後、どうするんですか?」

「トキヤさんが来るのを待ってから入室します。もちろん、ミリアも一緒に」


 その言葉にミリアは少しだけ喜ぶ。子どもだからといって仲間外れにされず済んだと思ったからだ。だが、それがどれほど苦痛を伴うことになるのか、今のミリアには知る由もなかった。

 そして待つ、トキヤが来るその時まで。



 § フローレンスの町 屋敷 トキヤの部屋



 シグレがこの部屋に来て、幾分かの時間が経った。前の戦闘にて破れ、汚れてしまった執事服は一新し、綺麗に体裁を保たれている。

 トキヤはベッドで天井を見上げ、そろそろか……という具合でその身を起こした。


「気が重ぇな……でも、行かなくちゃいけねぇ」


 シグレに告げられていたのは、もうしばらくしてから執務室前まで来いということ。そして告げられてからは充分に時間が経っている。

 部屋を後にし、日の当たる廊下に出ても屋敷からは誰の声も聞こえない。まるで誰もいないかのような……だが、階段を降り、エントランスへと赴けばそこには二人の侍女がトキヤを待っていた。


「シグレ、ミリア……」

「トキヤお兄ちゃん……」

「来ましたね。早速ですが準備はよろしいでしょうか?」

「あ、あぁ……」


 なんて言うが、準備もクソもないのが本音だ。ドレス姿のミリアに対して、何も告げることができないのが相応の緊張の証。置かれた状況が状況だ、それもやむなしというところか。

 シグレはトキヤの相槌に頷くと部屋の方へ向き直り、二度、扉を叩く。


「ジョシュア様、トキヤさんがお見えになりました」

「よし、入ってくれ」


 ジョシュアの声を合図に、両扉が二人の侍女にて開かれる。

 逆光。その中に映るのは、大きな執務机に着席したジョシュア。そして、その左隣には彼の妹であるシスティアの姿もある。

 踏み出しにくい一歩。だが、

 どうぞ中へ――シグレのその言葉に促され、歩むことを余儀なくされる。

 軋む木の床、入室するとガンズとジョンが右に整列していることに気がついた。軽く会釈をして、部屋の中央で足を止める。

 とても重苦しい空気だ。

 トキヤが定位置に着いたことを確認するとシグレとミリアは内側から両扉を閉め、ガンズたちと逆、左側の壁へと整列する。

 ジョシュアはまずトキヤには目もくれず、一際目立つ、純白のドレスを着たミリアへと声をかけた。


「ミリア、その服は……」

「は、はい! 新しいメイド服を用意できなかったため、ししゅ……っ! システィア様から頂き、着させていただきました!」


 ――噛んじゃった。

 緊張。こういった重苦しい場に慣れていないあまり、上手く呂律が回らなかったことに目を潤ませる。だが、ジョシュアは気にせずに、笑顔で返答した。


「そうか、見覚えがあると思えばシスティアの……懐かしいな。とても似合っているよ」

「あっ……はい! お褒め頂き、嬉しいです! ジョシュア様!」


 先程の失敗の涙を撥ね除けるように、パァっとミリアは満面の笑みを浮かべた。だが、コホンと咳払い一つ、シグレは片目を瞑りミリアへと告げる。


「ミリア、嬉しいです! ではなく、恐縮です! ですよ?」

「はわ……そ、そうでした。またやっちゃいました……。ジョシュア様、恐縮です……」


 またも落ち込んでしまうミリア。そんな微笑ましい光景に暗く重苦しい雰囲気だった場が和み、皆が笑う。

 そんな中、シグレは小声でミリアにだけ聞こえるように告げた。


「でも、ミリアのおかげで少しピリピリした雰囲気が解けました。ありがとうございます」

「シグレお姉ちゃん……はいっ!」


 またもミリアは笑みを浮かべ、シグレの顔を見ると彼女もニコリと笑顔を返す。自分自身でも気づかない内に、ミリアは皆に心の癒しを与えていた。

 だが少しだけ和んだ場の中、一切笑みを浮かべなかった男が一人いる。いや、笑みを浮かべることができなかったというのが正しい。トキヤは難しい顔をしたまま、ジョシュアの顔を見続けていた。

 そんなトキヤに彼は口を開く。


「そうか……それでは本題に入ろう」


 その言葉でまた皆に緊張が走る。ミリアの行動は決して意味がなかったわけではないが、またもや空気はピリリと張り詰め始めていた。

 ジョシュアが続けて口を開き、部屋の中央にいる男へ質問を投げかける。


「なぜ、森へ行った?」

「……システィからもらった槍を取りに――」


 トキヤの返答の後、ジョシュアはガンズに目を配らせる。

 ガンズは促されるように一歩前に出ると、森でトキヤに出会ったときのことを話し始めた。


「確かに、森で見かけ話をしたときもそう言っていました。隊員の一人がその槍を拾ったのも覚えています。ただ……トキヤは、まるで武器を持っていなかった。魔導士でも、杖、もしくは魔法書を持っているはず。怪しいと思い、例の件について問いただした次第です」


 聞き終えるとジョシュアは目をつぶったまま頷き、呟く。


「失った槍を取りに赴くにしても武器も持たず森へ……正気の沙汰とは思えんな」


 今度はミリアへと目を配らせるとトキヤに会ったときのことを聞く。ミリアもガンズに倣い、緊張の面持ちのまま一歩前へと歩み出る。


「は、はい! えっと……脱衣所に顔を洗いに行ったとき、トキヤお兄ちゃんに出会ったんですけど……その時も槍を取りに行くって言っていました。わたしは危ないからシスティア様かシグレお姉ちゃんが起きてから一緒に行けば、と告げたのですけど……トキヤお兄ちゃん、急に飛び出して行って、だからわたしも後を追ったんです」


 そこまでミリアの証言を聞くと、ジョシュアは更に彼女へと質問を続けた。


「システィアはともかく……なぜ、そのときにシグレを起こさなかった?」

「そ、それは……え……っと、その……」


 緑海色の瞳が泳ぐ。

 上手く言葉を紡げない、ミリアは明らかに動揺していた。

 あれは確かに間違った行動だった、ジョシュアがどうしてシグレを起こさなかったと尋ねるのも無理はない。ただ、それで自分の気持ちを言ってもいいのかどうか迷い、小さな体が小刻みに震える。

 そんなミリアを見て、隣にいたシグレは表情を辛そうに変え彼女の手を優しく握る。

 しばらく二人を見守っていたシスティアも我慢できなくなり、ジョシュアへ公言しようと向き直ったそのときだ。

 ミリアから言葉が漏れ始める、彼女がどうしてシグレを起こさなかったのかを。


「シグレお姉ちゃん、この頃大変なのか、夜、ベッドに入るのが遅くて。今日の朝、珍しくわたしの方が先に起きたんです。それを見て、わたしはもう少しだけ寝かせてあげようと……思って起こすことができなかった……」

 言葉を紡ぐごとに、ミリアの目からは大粒の涙がポロポロと流れ落ちていく。それでもミリアは、続く言葉に力を込めた。


「わたし、子どもだから! トキヤお兄ちゃんを追うために、町の外へは出られなかったんです! すごく後悔もしました! あのとき追いかけないで、すぐにシグレお姉ちゃんを起こして事情を話していれば、トキヤお兄ちゃんを止められて……トキヤお兄ちゃんが怒られずに済んだかもしれないのに!」


 ミリアの悲痛な叫びはジョシュア、システィア、トキヤ、シグレに大きな罪悪感を与えるには充分だった。ガンズたちですらも、苦々しい顔をしている。

 シグレは膝をつき、泣くミリアを何も言わずに抱きしめた。

 シグレの心から罪悪感が消えない。連日連夜の疲れで深く眠っていた自分を、ミリアは優しさから起こさないでいてくれたのに。対して自分は、心配という言葉を免罪符に屋敷へと帰ってきた彼女を一方的に叱りつけようとしていた。そのことに、今更ながら腹が立つ。

 ジョシュアもだ。シグレにはゆっくり休めと言ったことを思い出す。それでも彼女は、毎日のように働いていた。侍女としての仕事、連日連夜での鍛錬終わりの回復、そして今日の出来事……明らかにオーバーワークだ。知らず知らずのうちにシグレに甘え、彼女がいなければ自身の仕事すらも成り立たないことに気がついた。そんな自分の行いを悔い、恥じる。

 ミリアの行動は全て優しさから来ていた、そんな彼女を誰が責められようか。


「すまないミリア……。ありがとう、シグレを慮ってくれて。ようやく私も目が覚めた」


 ジョシュアは危うくシグレを潰しかけていたのかもしれない。それを気づかせてくれたミリアに感謝を述べる。

 ミリアの行動はこの場の空気を大幅に変えることとなった。それも良い方向へ。

 ふぅっと息をつき、ジョシュアの顔が穏やかに変化する。ミリアの言葉にはシグレだけではなく、トキヤを慮る言葉も入っていた。

 ジョシュアが口を開くと、今度はトキヤへと語りかける。


「お前がミリアから逃げてしまったのには、私にも心当たりがある。……恐らく、ミリアからシスティアの名を出されたからだろう」


 言い当てられる。俯くシスティアと小さく頷くトキヤ、相槌が返ってきたところでジョシュアはだがな――と言葉を続けた。


「トキヤ、もしお前を追ったミリアが町の外へと出ていたらどうなっていた?」

「そ、それは……」


 トキヤの鼓動が跳ねる。今回は運良く門衛にミリアは止められ、町の外に出ることはなかった。だが、もしも出ることが可能だったとしたならば?

 トキヤの知らないところで魔物や獣と遭遇していたら? ヘッドレス・クロウと対峙していたら? トキヤの脳内にフリッツの死がフラッシュバックし一つの答えに収束していく。

 考えついたトキヤの顔色を伺い、ジョシュアは頷いた。


「お前は考えることができない人間ではない。しかし、人間というのは感情だけで動いてしまうことはままある。ミリアは優秀な魔導士(ソーサラー)だが、まだ見習いの域だ。一人で敵に囲まれれば、死は免れない。お前はもう既に分かっているだろうが、私は上に立つ者として言っておかねばならん。トキヤ、今後は自身の行動に気をつけろ。もちろんシスティアもだ」

「はい……」

「反省してます、兄様……」


 町への被害に対して最終的な結果は功を奏したが、システィアも迂闊な行動に出たのは確かだった。そしてミリアも思うところがあったのか、涙ながらにシグレの腕で頷いている。

 幸か不幸か。フローレンス家へ様々な危機を招き入れてしまったトキヤの処遇は、王都行きへの剥奪と厳重注意という通常ではあり得ないほど寛大な処置となった。

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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