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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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051●第8章● 〃 1964年6月17日(水)午前⑦:ハリボテ

051●第8章●四矢女学園、白き魂の少女たち…1964年6月17日(水)午前⑦:ハリボテと校歌




 そして南西角のチャペルは、鐘楼を除いた屋根までの高さは十メートル弱、一般家屋の三階程度の建物を、視覚トリックで倍ほどの規模に見せていることがわかった。チャペル内部の礼拝堂は丸々吹き抜けの一室構造になっているという。

 しかも……

「うひゃあ、これはインチキ……」

 と、近寄った久が落胆の声を漏らしたのも当然で、ゴシック建築の香りもゆかしい正面ファサードを飾るアーチ窓やステンドグラス、その他の格調高い壁面装飾は……

 全て、ペンキで描かれた、“だまし絵(トロンプルイユ)”、つまりトリックアートの一種だったのだ。

 チャペルと名付けているものの、その正体は、トタン板、つまるところブリキでこしらえた菓子缶のような、ただの箱。三角屋根の部分を斜めにカットしただけの、紙工作的な造形だ。美しい鐘楼も角柱と角錐を組み合わせたブリキ細工。

 久は壁をノックしてみた。ベコンベコンと虚ろな反響が、あまりにも安っぽい。

 その四囲の壁を伝う新緑もみずみずしい蔦の葉は……

「これも、ペンキ絵ですか!」

 絵画作品としては、遠くから見れば文句なしに本物といえるほど立派な出来栄えだが、本質は“ニセモノ”、文字通りインチキの施設であることは明白だ。

 チャペルの玄関前の華やかな薔薇の生垣も、きっちりと並べたドラム缶にペンキで描かれた“路上絵画作品”である。

 そしてチャペルに向かって左、東隣の建物は木造瓦葺きの講堂兼体育館に見せているが、実際は、こちらもただのブリキの箱で、鎧張りの白い板の外壁も、窓も扉もみな、描かれたものだ。

 なるほど、特撮映画会社の四谷プロが建てただけのことはある。

「要するに、映画の背景の“書き割り”と同じだよ。学園の中に外部の人を入れることはないから、校門の外からながめて、チャペルや講堂に見えてくれればいいわけで」

 と、久の落ち込みぶりを察して、万城は、すまなそうに言う。

 伝統と格式ある魔法学園のイメージはたちまち崩れ去り、久の目の前にあるのは、二十一世紀で言うところの“ハリポタのお城”どころか……

「ちょっと巨大な、ハリボテ……」

 とでも言うしかない。

「いや、まあ、これはこれで、カントクと制作課の力作なんだけどな」と弁明する万城。

 確かに、目的には合致している。

 道路に面した校舎は本物だが、その奥の背景となる“本物らしく見えればいい”施設は、視覚トリックと精密な描画技術で誤魔化せば、それで足りるのだ。

 なぜならば……

 ここは本物の学校ではなく、戦う魔法少女たちの“兵舎”なのだから。

 理屈ではそうなのだが、久はどこか腑に落ちない。

 でも、あのたちはみんな、学園の生徒だ。記念写真だけで、あんなにはしゃいで喜んでいたじゃないか。「あたしたちの卒業アルバム!」って。あの無邪気さは、ときどき母さんが言っていた“箸が転んでもおかしい”年頃の女の子。そうとしか見えない。

 たとえ、それが演技だとしても。

 なんだろう、この虚しさと寂しさは……

 あのたちも、同じ虚しさと寂しさを、心の奥底に隠しているのでは?

 そんな気分が、じわりと湧いてきた。

 万城に促されて、ブリキの講堂と、本物の校舎に挟まれた小道を南へと進む。と、校舎の建物が西方向へL字形に曲がっており、そこは校舎というよりもアパートのような外観だ。

 玄関の表札に、“四矢女学園学生寮”とあり、その横に、霊界物質エクトプラズムのインクを使い、普通人ふつうじんには見えない文字で“神女挺心隊宿舎”と書かれている。

「知っての通り、ここは男子禁制だ。気をつけろよ。絶対に入るんじゃないぞ」

 万城に念を押されつつ、通り過ぎようとして、足を止める。

 玄関の前に、石碑があった。

 ブリキでなく本物の御影石で、こう刻んである。


   わたくしたちの心は白。

   敬虔の白。高潔の白。

   清純の白。勇美の白。

   白き魂は、重力に親しみ、

   電磁気力を友として、

   強い力もて、弱い力を助け、

   ひとつになって、ひかりかがやく。


   白き学舎まなびやの 白き魂の

   望みはひとつ 世に幸あれ

   四つの矢の光 四つの矢の力

   神よ捧げます かなえたまえ



「これって……」

「四矢女学園の校是こうぜだよ。以前、あのたちに頼まれて、ヒル先生と漆田ウルさんが文言を考えて建てたんだ。俺も協力したけどね。SJTのみんな、できるだけ本物の学園の生徒らしく生活したいから、ということで。下段の四行は校歌になっている。作詞はヒル先生。上手か下手かはわからないけど、みんな不満はないようだ」

 万城の言葉に合わせるかのように、かすかな歌声が流れてきた。

 校舎のどこかで、数人の少女が歌っているようだ。

 ゆったりとした、オルガンの伴奏で。


  ♪しろきまなびやの しろきたましいの

   のぞみはひとつ よにさちあれ


「あれ?」久は首をかしげて思案した。「この曲、どこかで聴いたことがあります。何だったかなあ……」


  ♪よっつのやのひかり よっつのやのちから

   かみよささげます かなえたまえ


「ああ、ありものの曲なんだ。映画音楽だよ」万城はさらりと答える。「十年ほど前の洋画で、“暁の出撃”というタイトルだったかな。テーマ曲を“ダムバスターズ・マーチ”といって、そのメロディの後半部をパクったと、ヒル先生は言っていたね。まあ盗作なんだが、あのたちはあれで、気に入っているみたいだね」

 思い出した。古い戦争映画だ。第二次世界大戦で、英国の爆撃隊がドイツの水力発電所のダムを空爆する話。SF好きの友達にDVDを見せられた。なんでも、スペースオペラの金字塔として世界一名高い傑作映画の名場面で、宇宙戦闘爆撃機隊が、銀河帝国の最強兵器を殲滅しようと、一機また一機と突撃する場面が、この“暁の出撃”のダム爆撃シーンとそっくりというか……これって上手なパクリだよね、と聞かされたのを覚えている。

 パクリかどうかはさておいて、“暁の出撃”のストーリーの大半は忘れてしまい、クラシックな戦争映画の終幕を盛り上げたテーマ曲だけが、記憶に残っていたのだ。

 でも、マーチとして作られたこの曲を、スローテンポなオルガンの伴奏で、しかも少女たちの清凉な声で歌われると、全く別な何かに変貌することを、久は感じた。

 勇壮ではなく、優美な祈りの曲に。

 しかし、その歌声の行間に、ひそやかで鞏固な意志が込められている……

 たとえば、運命にも近い、ある壮絶な定めに身をゆだねるような。

 万城に尋ねた。

「神女挺心隊……SJTのあのたち、みんな……」

「ン?」と応じる万城、その顔から笑みが消える。

「特撮映画に出演するふりをして、魔物を退治するのが仕事なんだから、みんなここへ、働きに来ているんですよね」

「そうだよ」

「ということは、中学を卒業して、すぐに……。みんな、どこから、どうして、ここへ働きに来たんですか? どうやって募集したんですか、どうやってスカウトしたんですか? それに、お母さんやお父さんは、神女挺心隊のことを知っていて、OKしたんですか?」

 僕が魔自に就職したのはわかる、この時代に“遭難”したばかりで、行くところが無いからだ。でも、四十二人もの“あの”たちには、それぞれの実家があるんでしょう?

 そのように、自分の就職と比較して尋ねる久から、万城はなぜか視線を外し、数秒考えて答えた。この件については、嘘で誤魔化すことはやめると決めたようだ。

「いないんだ、彼女たちに家族はいない、みんな、ひとりで……暮らしている」

 どうして? と怪訝な表情の久に顔を戻して、万城は続けた。

「十九年前まで、この国はひどい戦争をしていた。三百万の人たちが死んだ。十九年前に戦争は終わったけれど、苦しみはなにひとつ終わらなかった。空襲の焼け野原、そして飢餓。誰も助けてくれない。終戦直後の酷い時期に、あのたちは生まれた、そしてすぐに親を失い、みなしごになった。そんな子供は大勢いる。その中でも特に酷い思いをした彼女たちは、それぞれが、あるきっかけで、魔法力を身に着けたんだ。……ヒトタマシイに秘められた霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティの、“あの世”とつながるエネルギーの蛇口を開き、脳内の第六感覚野シックスセンサーを爆発的に活性化することで、“この世”の質量保存則を超越した力を発揮し、それを制御できるようになったのさ。で、真幌場さんやヒル先生が何年もかけて、彼女たちを探し集めた。この国のどこかにある魔法少女鑑別所、いわば、魔法少女を収容する孤児院からね……」

 久は息を呑んだ。万城の言葉が真実だと直感できたからだ。

「……俺の立場で喋れるのは、ここまでだな。詳しいことは、おいおい君にもわかってくるだろう」

 説明をしめくくる万城に、久はうなずいた。これ以上しつこく詮索できることではないと悟り、そして思った。

 ここは学園じゃない。学園のふりをしたハリボテだ。

 魔法学校でもない、魔法少女の兵舎だ。

 でも、ただの兵舎でもない。

 あのたちは兵士のふりをしているけれど、ただの兵士じゃない。

 ここは何なんだろう? 本当のところは、何なんだ?

 そして“あのたち”は、本当は、何者なんだ?

 何をするために、ここにいるのだろう?

 そして、校歌にある“四つの力”って、何?

 なにか、大きな謎が、ここに隠されている。

 わからない、でも、知りたい。

 ただ、一つだけ、はっきりとわかったことがある。

 あのたちは、何ひとつ人間関係のない“迷い人”の僕を、なぜか、とても必要としている……

 それも、大歓迎で。

 夢で……そうだ、思い出した、昨夜の夢の中で、あのたちの誰かが僕に叫んでいた。帰っちゃダメ!……と。

 二十一世紀の未来で、僕はこんなに必要とされるだろうか?

 だから……

 ここにいよう、ここで、自分にできることをしよう。

 

 久は黙って決意した。なすべき仕事が終わるまで、ここにいると。


 校歌は三回繰り返され、おしまいに、最後のフレーズがもう一度重ねられた。



   かみよささげます かなえたまえ






※作者注……『ダムバスターズ・マーチ』の作曲者エリック・コーツ(英国)は、西暦1957年に逝去されており、その曲の音楽著作権保護期間は、戦時加算を考慮しても、著作権保護が死後50年から70年に延長された法改正の2018年以前に満了済として、2024年現在、パブリックドメインに帰属していると考えられます。

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