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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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052●第9章●秘密基地の人々…1964年6月17日(水)午後~18日(木)①:算盤ガール

052●第9章●秘密基地の人々…1964年6月17日(水)午後~18日(木)①:算盤ガール




●第9章●秘密基地の人々…1964年6月17日(水)午後~18日(木)




 地下の社員食堂で昼食を済ませると、四谷プロ本社一階フロアへ出勤する。

 二階が独身寮で一階が事務所ということで、「職住一体さ、便利なもんだろ。メシ、風呂、仕事が同じ建物だ」と万城は自画自賛しつつ、「しかし、住み込みで丁稚奉公するのと変わらないから、いいのか悪いのか……」

 とはいうものの、実際は事務所で内勤ばかりしている人は少ないというので、会社というよりも、共用設備の整った住居と考えてよさそうだ。

 南北に細長い建物、木造モルタル造り、屋根はスレート葺き、廊下も床も天井も、木。壁は漆喰か木。

 久の目から見たら、完璧に作り込まれた“昭和レトロ”の博物館だ。

 建物の西側に沿って廊下が走り、東側に、学校の教室みたいに部屋が並ぶ。

 事務所へ入る。出入口の引き戸は開けたままになっていた。窓もすべて開けて網戸になっている。風を通すためだ。学校の教室二つ分ほどの、大部屋になっている。

 天井に棒状の蛍光灯が列をなして吊るされ、LEDは、もちろん存在しない。

 蛍光灯の下に、机と椅子が窓側から廊下側へと向かい合わせで列を作り、こちらも概ね木製だ。

 ニスがしっかりと塗り込まれて、木質ながら表面はてらてら光っている。

 机の並びは、一列十席ほど。列の間に、ところどころスチールキャビネットを並べて仕切りとし、接客と打ち合わせのテーブルが数か所ある。窓際の棚に扇風機がいくつか置いてあり、回っているものもある。

 そうだ、ここにはエアコンがない。とはいえ、久が通っていた小学校もお金のない公立校で、体育館はもちろん教室にもまだエアコンが完備されていなかったので、あまり違和感はない。

 大きな違和感と言えば、机の上にパソコンがひとつもないことだ。そのかわり、ずっしりとした大きさのダイヤル式黒電話が四人に一台ほとの比率で机上に座っている。

 全体に古風、だけど、ふんだんに木が使われたインテリアなので、かえって落ち着いた高級感が漂っているようにも感じる。

 建物の南端が社長室で、そのドアを隔てて、最初に来客対応する木のカウンターがあり、頭上に、“秘書課・総務経理課”と墨書した木の札が下がっている。

 椅子は八人分あるが、席に就いているのは若い女性社員一人だけだ。白いブラウスに紺のタイトスカートで、いかにも事務員な雰囲気。年齢は女子大生くらいか。

 万城が社長室のドアを見ると、ノブに札がかけてあり、“地方出張”となっている。

「トラさんに挨拶したいところだが、新潟の地震視察にお出かけ中だ」

 トラさんとは、魔法自衛隊の隊司令である丹賀鉄虎の社内通称だ。

 そこで総務経理課の女性に久を紹介して、万城は訊いた。

池条いけちゃん、真幌場さんはどこに?」

 四谷プロの受付と庶務係を引き受けている池条イリカは、指を斜め下に向けて、地面のかなり下にいるという仕草をした。

「三角ベースで、ヒル先生と打ち合わせされてます。昨日の上野の怪獣スケルタルドン事件の総括と、日本橋の怪獣ダイハチへの対応作戦の準備ですね、特車隊を総出動されるそうです。それと、神女挺心隊の皆さんも総力出撃が検討されています」

「わかった。キュウ君の撮影も、特訓で間に合わせる。それから……」と、万城は言い、机を見回す。各自が外出している相手先をメモした紙片が置いてある。昼の休憩時間なので“社食”が多く、それから“都庁”“統制庁”“象庁”などとあり、一枚だけ“退社、16日”とある席を見て、小声で、「そうか、ぱくさん、昨日付けで辞めたんだね」

「そうなの」と池条はうなずき、近くの机のひとつに目をやって、ため息をついた。「彼ね、突然、海の向こうの母国へ帰還することになったんですって。急なことで、送別会もできなかったの、新潟にご家族を待たせているんだって。経理のホープが急にいなくなって、寂しいわ……」そこで、申し訳なさそうな顔になった久に気付いて、「あ、キュウ君のせいじゃないのよ。なんか、偶然が重なっただけ」

 魔法自衛隊の定員は四二二名で、一人増えれば、なぜか一人が出ていく……と、久は万城から聞いていた。万城たち隊員にも理由はわからないが、そういった“偶然な必然”が働いているという。

「しかし、すまないね。手伝えることがあれば……」と万城が気遣ったところで、隣の机の列の片隅、学術書らしい分厚い本が積み上げてある席から、手が上がった。

「はいはい! 不肖、漆田。池ちゃんのためなら、喜んで一肌も二肌も脱いで差し上げます。算数数学幾何代数、何でもござれの人間コンピュータでございます」

 立ち上がった男は、リーゼントに剽軽ひょうきん顔の漆田正也。

 爽やかなニコニコ顔で“池ちゃん”に、お愛想をサービスする。

「なんだ、ウルさん、昼飯どきからお熱いモーションだね。ご苦労さん」

「何をおっしゃるマン先輩、誠心誠意粉骨砕身艱難辛苦、池ちゃんのためならエンヤコラの、このまことなる誠意に朝も昼も夜もござんせん」

「それもいいか」と苦笑する万城は“池ちゃん”に、「しばらく、ウルさんに手伝ってもらうかい?」

「お気持ちは嬉しいけど、ノーサンキュ。ウルさんはイアンシュタイン先生とかフレッド・ホイル先生なんかの方程式は得意だけど、複式簿記はチンプンカンプンなんだから。家計簿なんかつけさせちゃダメよ。破産間違いなし」

「言われてみればそうだな。宇宙論は得意でも、釣銭はよく間違える」

「先輩、ひどいなあ。僕の清く正しい純愛のホーマン軌道。ちっとは応援してくださいざんス」と嘆く漆田。

 ホーマン軌道とは、二つの円軌道の間を遷移するにあたって、最もエネルギーロスの少ない合理的な軌道のことをいう。宇宙探査機が惑星から惑星へ旅する時に使われるとされる。

漆田ウルさんの愛は放漫経営ですものね。どっちかと言えばコンピュータよりもカンピュータ」と池ちゃんは手厳しいが、顔は笑っている。漆田君の“モーション”は毎日のことらしく、いちいち気にしていない。「ウルさんは、算盤そろばんを習うよりも、卓上電子計算機を発明してもらう方が早いわね。魔法計算機じゃなくて、ちゃんと電池で動くキカイよ。ぜひ粉骨砕身でお願いしたいわ」

「お任せ、お任せ。ヒル先生からもらった全虎ぜんとら式手回し計算機を只今改良中でして」

「えっ、魔法の計算機があるんですか」と驚く久。

「いえいえ、魔法は使いたくないの」と池ちゃんは愛用の算盤でチャカチャカと自分の肩を叩いて、「十三とか六とか四とか九の忌数いみかずが入ると、魔物が出てきて、勝手に算盤の珠をいじることがあるのよ」

「マクスウェルとか、ラプラスの悪魔っすね」と漆田。

「何回やっても計算が合わないときって、そうなのよね。最初から誤魔化すつもりなら魔法計算でもいいけど、あたしは正しい計算を、魔法抜きでやります」きっぱりと池条いけちゃんは言い放つ。魔法計算を駆使して帳簿を二重にも三重にも粉飾する真幌場女史への対抗意識がメラメラだ。「魔法って、この世界の数学とは、どこか相性が悪いみたいだから……」

池条いけちゃんの悩み、いつか僕が解決して差し上げますよ。IBMに負けてたまるかっす。目指せニッポンのバベッジ、エジソン、いやマネシタ幸之助」と混ぜ返した漆田は池ちゃんに、「でも、大丈夫かなあ。ぱくさんが抜けちゃって」

「なんとかなると思うけど。SADО(さど)へ長期出張していた江戸エリスさんが戻ってきます。つい今ほど、電話があったのよ。トラ司令さんが新潟偵察のあとで佐渡島まで飛んで、彼女を回収してくるんですって」

「あのエリスさんが? なら安心だね、カッパロケットの軌道計算なんか、暗算でスラスラこなしていたと聞くし。でも彼女、江戸所長の娘さんだろ?」と万城。

「そうなの。電話で、SADО(さど)の江戸所長がぼやくことしきり。また愛娘を魔自に取られた。今度カッパが落ちたら、トラさんの責任だって……ふふ、どうせ、落ちそうになったら、いつもの念動力でエイヤッと飛ばすんでしょうけど」

「あの、サドって何ですか」と久。

「うん、スペース・エイリアン・ディフェンス・オフィス……宇宙怪獣防衛事務所のことよ。統聖庁の外郭団体で、佐渡島にメインの事務所があるの。最近ようやく、小っちゃいミサイルみたいなカッパロケットを上げて、電離層の観測を行ってるわ。回収カプセルがときどきグレムリンを連れて帰ってきて、騒ぎになってるけど」と池条いけちゃんこと池条イリカ嬢。

「河童のロケット……ですか」と面食らう久。

「ふふ、カッパは正式にはギリシャ文字のKのことだけど、佐渡島の河童が乗って操縦してるって、もっぱらの噂よ」と笑う池条いけちゃん。「頭のお皿がパラボラアンテナになって、レーダー代わりに便利ですって、それも魔法のうちね」

 この時代の宇宙飛行は、努力と根性と、そして魔法で実現するようだ。

「すごい」と、久は感嘆してしまった。「魔法の力で、ロケット飛ばせるんですか?」

「そうよ」

「そうだよ」

「そうでっせ」

 と、当然のように、この時代の三人は声を揃えて答えた。


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