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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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025●第5章●霊写技師と痛い就活…1964年6月16日(火)夜①:奇跡の写真

025●第5章●霊写技師と痛い就活…1964年6月16日(火)夜①:奇跡の写真





●第5章●霊写技師サイコグラファーと痛い就活…1964年6月16日(火)夜



 スマホに輝く、あの場面。

 お付きの巫女にかしづかれ、扉の開いた地獄門の前で、こちらを振り向いた美の女神アフロディテ。“見返り美人”スタイルで火焔土器の壺を抱き、全身がやわらかな光衣ハローに包まれた絶世の美女。

 改めてじっくり見て、久はふと不思議に思った。

 女神様の視線、やはり、こちらを直視している。完璧なカメラ目線だ。

 まるで、久に撮影されることを知っていて、注目したかのように。

 とすると女神様じゃなくて、人間の、プロの女優さんなのだろうか? いや、やはりこの女神様は、間違いなく神様だ。あのとき、頭の中に声が聞こえたじゃないか、なんだっけ? “あとで、大事なことを教えてあげる”みたいな……具体的な証拠はなにもないけれど、きっと本物の神様だ。そんな気がする。

 しかし実際、神様と人間を外見だけでどうやって識別するのか、改めて自問してみると、答えようのない自分に気づく。

 一方、久以外の全員が首を伸ばして、机に置かれたスマホの画面に見入っている。

 気になって、訊ねてみる。

「これって、ホントにナマの女神様なんですか?」

「もちのロンだぜ、正真正銘の生ビール、いや生ビーナス」と舌なめずりする漆田。「しかも総天然色だ!」

「くっ……」と悔し気に拳を握る万城。「俺の苦心の念写でも、いいとこピンボケだったのに。いったい何をどうやったら、こんなに凄い超高精細な撮影ができるんだ」

「ほほーっ」と、魅惑のため息を押さえられない丹賀と真幌場。丹賀がつぶやく。

「歴史上初めて、神様の鮮明な撮影に成功したというのか……肉眼で見る以外の方法で、これほどくっきり、はっきり写った神様の御姿を拝めるとは、わしにも初めての経験だ。いやあ、お美しいお方だなあ。ただ、わしと真幌場くんは本部にいたので、アフロディテ様の実像を拝していない。この画面は本当に本日、撮影された女神様なのかね?」

「間違いありません、ご覧の通りの情景です。女神アフロディテ、まさにそのものです」と、現場にいた万城が丹賀に請け合う。

 そこへ、こよみが口を挟んだ。

「写真、もう一枚あります。女神さまの写真の前に、あの骨格の恐竜さんとわたくしたちが闘っているとき、なぜか私にしつこくベタベタとつきまとって勝手に撮影されました」

 ストーカーな盗撮魔扱いされてムッとする久だったが、ここで喧嘩しても意味がないので、しぶしぶ謝ることにした。にしてもいちいちかんさわる、嫌味で憎たらしい美少女である。

「すみません、こよみさんたちが芸能人の皆様とは思わなかったんです。それに、僕が撮りたかったのは怪獣の方でして……」こちらの、渋面でおっかない顔をした、こよみとかいう鬼女おにおんな様を画面に入れるつもりは毛ほども無かったんです。勝手に画面に入りやがったのはこの美少女型閻魔大王様の方ですから……と続けてやりたかったが、一連の悪態は黙って呑み込んだ。哀しき捕虜の身分である。トラブルはとにかく避けたい。

 その写真は画面の隅に縮小されて、小さなウインドウに収まっていた。指先でタップしたら画面全体に拡大し、代わって女神さまの写真は縮小してウインドウに収まった。

 あの写真だ。前景に、こよみが百式機関短銃モモキを胸に構えた上半身の姿があり、背景には骨格恐竜スケルタルドンが樹々を倒し、牙をむいている。これでタイトルが入れば、まんまB級怪獣特撮映画のポスターだ。セーラー服と機関銃と、ついでに怪獣。

 まあしかし、こうして見れば、セーラー服と機関銃は、おかしな組み合わせではないんだ。もともとセーラー服は水兵さんの軍服なので、戦闘服である。その姿で銃を持って戦争する場面は、歴史のどこかで実際にあったはずだ。昔の海軍の陸戦隊とか。その制服を女学生に着せてJKのシンボルにしてしまったのは、明治のころだかの大人たちの無責任な嗜好にすぎない。そこからセーラー刑事とかセーラー戦士が発生したのは必然的な流れだよな……と、とりとめもないことを思案した久の耳に、丹賀たちが漏らす驚嘆のため息が届いた。

「こ、これは……こんなことかできるのか? 信じられん」と、かすれ声の丹賀。

 何も言えず、ただ息を呑んで見つめる真幌場。

「せ、先輩……」と、社内の年長者に対する尊称で、漆田が万城をこづいた。「これ、とんでもないことじゃないンすか」

「恐れ入ったな。こんな凄いシャシンは、とにかく初めて見た」と声を震わせる万城。「一流の霊写技師サイコグラファーでも、ここまで鮮明な念写サイコプリントができるというのは……」

 何をどう感心しているのかわからない久は、スマホの画面に指を触れて、サービスとばかりに画像のディテールを拡大して見せた。

 まず、こよみの名札を拡大、骨格恐竜の牙を拡大、次いで、こよみの顔を超アップにした。

 画面が鼻だけになる。ええっ、とうろたえて、こよみが赤面、半分口を開いたまま、その口を両手で覆って顔を引っ込めた。毛穴すら確認できる精細画像に、よほど驚いたらしい。このさい鼻毛が見えるのか試してやろうと思ったが、そこまで意地悪を極めるのは良心にはばかられた。

「隊司令」と、写真に心奪われて、丹賀のことをうっかり本当の役職で呼んでしまった真幌場は進言する。「キュウ君の第六感覚野シックスセンサー、継続調査の必要ありと認めます。特に視覚域を密に。それともこのスマホとやらが、私たちの想像を超えた霊視力サイコビュを機械的に備えているのかもしれませんが」

「キュウ君、君は、君は本当の本当に、この……映っている風景が、見えていたんだね?」

骨格恐竜スケルタルドンですか? もちろんです」

 丹賀に直接問われて、正直に答える。見たまま、ありのままに映っているのだから、自分でも疑いようがない。はあ、そうですか……といった顔で、久は首を傾げた。

「スマホの実写に映ってるんだから、実物ですよね」

 適当に撮られたスナップ写真の、どこがそんなにすごいのだろう。

 さっきの女神アフロディテ様の写真は、二十一世紀的には、元アイドルのセクシー女優さんが、野外イベントのステージでアニソンでも歌い終えて楽屋に引っ込むときのポーズ、技術的にはその程度だ。もう一枚の、こよみと怪獣の写真も同じく、何も考えずにパシャッと撮っただけ。

 騒ぐ価値があるとは思えない。

 何はともあれ、この写真が災いの元なら、消すしかないだろう。あの金髪の愛くるしい少女くるみを知ってからは、こよみの超精細ポートレートに未練はない。外見はお嬢様ぶっていても、中身はドSのド閻魔だし。

 幸い画面の下には、消しゴムマークのボタンがあった。これで面倒はおしまいだ。

 久は言った。

「じゃ、画像データ、二枚とも消しますよ。確認して下さいね」

「わっ、たたたたた、たんまたんま!」

「待て、ちょっと待ってくれ!」

 先に漆田と万城が同時に、続いて丹賀があわてて制止した。

「消すなよ、絶対に消すんじゃないぞ!」と、上ずった声を重ねる万城と漆田。

「はあ……」

 付き合いきれないなあ……と思いつつ、スマホを机に置く。

「そのまま、そのまま触るなよ。ちょっと待っててくれ!」

 あたふたと万城は会議室を飛び出した。廊下をドタドタと全力疾走する足音が遠ざかり、寸暇をおかずに再び足音が近づくと、ジュラルミンの輝きを放つカメラバッグを持って現れた。

 その中から姿を現した高級感あふれるカメラは、超合金の塊に黒いワニ柄の腹巻を装ったかのような、無骨な外観。弾丸を発射しない戦闘兵器というべき重々しさが漂い、本体中央には、イージス艦のブリッジを思わせる、箱型の巨大なファインダーボックスが載っている。

 その正面には“Mikon(ミコン)”と“F”の表記。ただしFの右に、錐で引っ掻いたような手書き文字で“Z”を加えてある。万城は説明した。

「キュウ君、この“Z”の印はドイツ語のZauberツァオバーで、魔法って意味だ。Mikon(ミコン)-Fという機種をベースに、霊写仕様に改造した特殊カメラなんだよ。しかし魔法使いの俺がどんなに念じても、神様や魔物の綺麗な霊写が撮れたためしがない。たいていピンボケでね。まあ俺だけでなく、世界中の霊写技師サイコグラファーでも、良くて普通にピンボケなんだ。しかし君は、神様や魔物といった霊界に存在するものをズバリバッチリのジャストピントで撮影して見せた。その偉業の原因がどこにあるのか、今から確認する」

 万城はテーブル面の、照明の当たり具合が良い場所を選んで、高さ五十センチほどの四脚の接写スタンドを置いた。その真下にスマホを置き、特殊カメラ“Mikon(ミコン)FZ”を下に向けてスタンドの頂上にセットすると、露出とピントを調整、レリーズを使ってシャッターを切る。

 パシャッ、パシャッと、ゆっくりと、しかし力強いシャッターの開閉音が繰り返され、スマホ画面の写真を、フィルムに数コマ撮影した。文字通りのスクリーンショットだ。

 久に頼んでスマホの画像を切り替え、二枚ともミコンFZで撮影する。

「霊写用の高感度重光子フィルムでなく、市販のASA400を使っています」と万城。「市販のフィルムに複写できるならば、このスマホの画像は、私たちの脳内の第六感覚野が直接に認識している魔法の幻影イリュージョン……いわゆる“妖精の悪戯”ではなく、この世の物理法則に従った、“光学的な実像”のはず、となります。つまり、普通人ふつうじんの眼でも見ることができる、まれにみる超高精細の霊写だということが証明できるわけです」

「ふむ、その通りだ」と丹賀が認める。

「そしてもうひとつ、これが本物の念写サイコプリントであるとすれば、その霊写力は、スマホというこの機械の性能にあるのか、それともキュウ君自身の魔法能力……脳の第六感覚野にあるのか、これを見極める必要があります。その方法は簡単です。問題は被写体ですが……」

 万城は、確かめるように、こよみを向いた。こよみは小首をかしげて一瞬考え、ちらりと窓の外を見ると、提案した。

「いい人がいます。ちょっと待ってて下さいね。一分の半分で戻ります」

「あ、ああ……いいとも」

 万城はふと戸惑ったが、快く承諾した。こよみが連れてくる人物に、心当たりがあるらしい。

 白鳥を思わせるセーラー服が、羽ばたくように廊下へ走り出ていった。


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