(ⅩⅢ)取り戻せ、世界を
「私に立ち向かってくる勇気には素晴らしく思うよ。でも今のままだと、命は簡単に無くなる」
一振りした剣を平手で受け止め軽々と壁まで投げ飛ばし、大きな欠伸で平然とした表情で僕の瞳を見据えている。
周囲を寄せ付けさせない恐ろしい瞳でさえも僕は健気に立ち向かう。勝ち目が見えないと、頭で理解しようと。
「君と戦うのは予定に入っていない。素直にルナを取り出す事に同意をすれば痛い目に遭わない。さぁ、渡したまえ」
「断る!あなたという使徒の存在は僕の手で殲滅させる!例え命が尽きようとも!」
「ほほう、面白い。今の君の実力で我らが宿す魔術の力に立ち向かえるか……観察するのも悪くなさそうだ」
また薄気味悪い表情を浮かべている。この顔を見るのは二回目になる。
討ちたい心が僕の中で優先されている……けれどこのまま立ち向かっても確実に勝てる保証なんて無い。
「どうした?もう諦めたのか」
(エイジ、この戦いに勝ちはありません。今すぐにでも退くべきです。命をもっと大事にしてください)
今すぐにでも倒せないなんて……家族の仇を取れない僕はその場で歯ぎしりして呆然と立っていると住民らしき悲鳴が聞こえてくるのと同時に僕の意識はハッと目覚める。イスカリアは……
「居ない?くっ」
それよりもさっきの悲鳴の場所に行った方が良さそうだ。まずは操られてしまっている騎士が近付いてきたので、うまくやり過ごしてから狭い路地を出る。
それからは悲鳴を上げた場所まで歩んでいくとそこには無惨すぎる光景が映るのと同時に大量の雨が僕の身体を濡らしていく。
「そんな、嘘だ。信じーー」
「られないかい?これが君が抵抗する末路。そこらの町でなに知らず生きている人間は我らが生み出す操り騎士によって殺されたのだよ。あぁ、なんて醜い運命。秩序を守る組織が……秩序を崩壊させるなんてね」
「なんで……こんな」
「我らを生み出す人間は都合良く生み出して都合が悪くなるとすぐに焼却炉。私はその慈悲も哀れみもない勝手で傲慢な行いを平気な顔をして実行出来る人間を許せないんだよ。どんな償いをされたとしても!」
この人達の存在は兄さんと決着をつけた付近にあった小さな頃の部屋のパソコンで知ってはいた。
だけど、いくらなんでも容赦が無さすぎる。これは人間に対しての復讐でもなんでもない!ただの惨殺に近しき行為。
「だが、これしきの事は土台に過ぎない。もっと人間には苦しんでもらわないとね……無論、君の母にも」
「母さんをどうするつもりだ!解放しろ!」
確か兄さんは意識を失った母さんの身体を二つに分解して、傷をつけていない本物の身体はイスカリアの元にあると言っていた筈。何とかして取り戻さなければ!
「君達兄弟が望んでいる母なら私の手の内にあるよ。なんなら呼び出してやろう」
指をパチンと弾くと何もない地面から十字架に貼り付けられている母の姿が僕の目に映る。
母は意識が無いのか、目を閉ざしたままである。僕は一歩前に進んでいくとイスカリアは嘲笑しながらも左腕から出てきた緑色の刃で母の首元に当てる。
「君に選択を与えよう。君が……ルナを引き渡せば、母さんの命は私の慈悲で助けてやろう。ただし、断れば母の命は無くなる事を知れ」
こんな無茶苦茶な選択。母と世界。僕の身勝手な判断で世界は破滅の運命を辿ってしまう。
だから、世界を救うべき……いや、駄目だ!僕を大切に育ててくれた母をこの場で処刑されるなんて絶対に御免だ!だからって世界を!
(エイジ)
これでは決められない。僕はなんて未熟なんだ。所詮は母の命と世界を天秤に掛けられるだけで心が動揺するただの……一般人なんだ。こんな事を決められるのは心を持たない人だけ。
「やれやれ、たったの二つの選択も決められないとは。ならば私直々にコインの裏表方式で迷っている君の代わりに選んでやろうじゃないか」
コインの裏表方式?ふざけるな!そんなゲームで選択するなんて正気の沙汰では無い!けれど、実力に違いのある今の状況では何も出来ない。
「では、同意は取れたのでコインで決めるとしよう」
イスカリアは黒の上着から一枚のコインを取りだし、指先を弾くとコインは角度を変えながらも空中を舞う。
「裏は世界。表は母。果たしてどちらが選ばれるかな?」
駄目だ駄目だ駄目だ。こんな事をゲームで弄ぶなんて僕は許せない!
「イスカリアァァ!」
紅きマントを羽織り片手剣から大剣へと姿を変えて一直線上に飛びつくとイスカリアは華麗に僕の攻撃をいとも簡単に退け、僕の顔を硬い地面に叩きつけると思う存分に何回も何回も叩きつける。
「怒りが怒りが怒りが湧いたか!そうだ、その表情!我等もそうだ!お前達、人間に都合の良いように利用され尽くした私も同じく恨んで妬んでいたのだよ!」
「がはぁ!」
「私の復活に50年、長き時を経て復活した際は誰よりも醜い人間を殺そうと復讐を誓った!これは……人間の罰その物!」
何回も連続して叩きつけられた影響か僕の意識は朦朧としている。今でさえ、イスカリアが何を語っているのか段々とおぼろげになっていく自分が居る。
「まだ眠るには早すぎだぞ」
頭を離されたお陰で僕の身体は解放される。先の攻撃は何だったんだ?それに僕の目の前に立っているドクロは一体?
「召還獣デスカル、人間として騙すために作り上げた人工召還獣さ」
その声、その姿に見覚えのある人物はイスカリアに挑発する。
「やっぱり、見ていられないよ。この世界が崩壊する姿をみるなんてさ!今からでも……遅いが俺はやり直させて貰うぜ」
「醜い人間に情が湧いたか。哀れな」
「哀れなのはお前だよイスカリア。こんな復讐をしても結局解決しない。最後に残るのは虚しさだ」
「虚しさ?ヨハンよ、私に楯突くとは。これは直々に後悔が残らぬように殺してやろう」
イスカリアは瞬く間に両手から強大な暗黒属性の球体を見せつけると同時に周囲に風がたなびく。
「ははっ、どうやら説得できる確立は微塵も無いようだ」
攻撃する反応を示すイスカリアに苦笑するヨハンは溜め息を吐くのと同時に後ろに振り返って、涙目で語り始める。僕は……その姿に耐えれそうにない。
「エイジ君、さっきはすまなかった」
「カーネル大佐」
カーネル大佐という名にこそばゆかったのか、少しばかり頭をかくと正面に向き直り
「道は遠い……が取り戻してくれ、この世界を」
「別れは済んだか?」
「別れ?あぁ、ばっちりだぜ!お前との別れは!」
「そうか、なら……目の前で痛くならないよう綺麗に逝かせてやる!」
イスカリアは両手に持つ黒い球体を投げつけるのと同時にヨハンは召還獣べリアルに球体を飲み込むように指示すると、べリアルは素直に二つの球体を跡形もなく綺麗に飲み込む。
僕から見たら勝負は勝ったように思えた……だがヨハンが次の行動を起こす前にイスカリアの右腕の裾から飛び出してきた緑の刃が首もとに直撃すると赤色の液体は地面を赤く濡らす。
だがイスカリアはその行為に止めること無く緑の刃を慈悲無く引き抜くと止めを刺さんとばかりに身体を満遍なく切り裂くとヨハンは不思議と満足した表情で倒れる。
「まだ、終われんよ」
べリアルは主人の口から命令も聞いていない筈なのに、十字架に貼り付けられている母を引き剥がして僕の手元に引き渡す。
「あぁ、母さん」
意識は無いのか身体はやけに冷たい。これは生きているのか不安になるレベル。
「行け……まだ助かる」
カーネル大佐の一言で僕の迷いは遠い彼方へ葬り去っていく。まだ助かるのなら、救える筈だ!だがイスカリアにとって人質を奪われたのに焦ったのか、珍しく怒りの表情を露にする。
「こうなったらエイジ以外は殺す。エイジは無理矢理にでも!」
イスカリアが僕に飛び付くとカーネル大佐に従っていたべリアルは僕を守るためだけにイスカリアの容赦無き攻撃にバラバラと砕け散っていく。
「おのれ、私の邪魔をするか。だが今度こそは!」
カーネル大佐が作ってくれた、この機会を逃すわけにはいかない!召還獣べリアルが助けれてくれた母さんを肩に乗せ、僕は
あの場所まで走っていく。
地面に無惨な姿で倒れているカーネル大佐を後ろ目で見て走り出す。
「カーネル大佐、あなたの言った言葉。必ずやり遂げてみせます!」
「ふははっ、行かせる気は無いーー!?」
「行け……未来を託す」
だから、後悔はしません。この選択に。
※※※※
「最期まで私の邪魔をするか」
「悪いね。今の俺は秩序を守る責任者、カーネル。階級は大佐だから、そう簡単に終われないのよ」
「ふん、私の攻撃にまだ減らず口が減らぬとは。生命は無駄に強いようだな」
「そうでもない……ぜ。立っているのも限界に近いんだから」
「……死ね」
冷たく良い放った一言。イスカリアの裾から伸びた緑色の刃ははヨハンの心臓を貫通すると完全に息を途絶えたヨハネは最後に満足そうな表情を浮かべると一生瞳を開けることさえなかった。
身内を自らの手で殺しても哀れむ事無く冷たい表情で放り投げるとしばらくして背後からユダヤが様子を伺いに姿を現す。
ユダヤは無惨に散ったヨハンの姿を無心で見つめるとイスカリアに問いただす。
「殺したのか?」
「いよいよ計画が始まるというのに裏切り者とは。幸先は悪いようだ」
「むしろ、好都合と考えるべきだ。我等の計画に賛同せぬ裏切りが本格化する前に化けの皮を剥がしたのだからな」
「そうか、なら考えを改めて好都合としよう」
周辺の遺体に集まった雨に濡れている血の液体。イスカリアは地面にへばりついている血を一口舐めて指令を下す。
「エイジを探せ。あの魔術にはエイジの身体に宿るルナが必要不可欠。必要ならどんな手を使っても責は問わない。我が野望のためならば」
「心得た。あなたの指令は私が全員に伝えておきます」
「では、何か進展があれば連絡を入れろ」
伝えるだけ伝えると、イスカリアはどこかへと消え去る。その場に取り残されたユダヤは瞳を開けることさえないヨハンに一言語る。
「愚かな奴。このままイスカリアの理想に従えば、素晴らしき世界を手に入れる事が約束されたというのに」
ユダヤはどこか遠い目で大量の雨が降り注ぐ上空を見上げ、何か決心を着けた様子で元の視線に戻すと明後日の方向へ向かっていく。




