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7 エピローグ


「前島くん――前島くん!」


「――あれ」


 俺はテーブルにつっぷしていた顔をむくりと上げる。


 ここは職場の休憩室、であることを、俺は眠気まなこのままゆっくりと思い出す。


「……俺、寝てた?」


「うん。やっぱりそうとう疲れてるね」


 会社の同期である箱崎さんの顔が見える。彼女はコンビニのビニール袋を開いていた。


「はい、年越しそば」


「あ、うん、ありがとう……」


 ――そうだ。そうだった。

 コンビニへ買い出しに行った箱崎さんを待っているあいだ、テレビをながめていたら、まぶたが重くなって――いつのまにか寝てしまったらしい。


 十二月三十一日。

 俺は世間一般の人が休暇に入る中、同期の女性社員・箱崎さんといっしょに、某アプリゲームの年明けイベントの立ち上げに追われていた。

 時間ギリギリまで細かなところを調整し、さきほどほぼすべての作業が完了。あとは年を越えてから、正常にイベントが動いているか確認するだけだ。


 気づけば、時刻は午後十一時。

 まだ夕食を食べていなかった俺と箱崎さんは、休憩がてら年越しそばを食べることにした。連日の深夜残業で疲れはてていた俺に箱崎さんは気をつかい、近くのコンビニへ買い出しにいってくれた。俺は職場にある休憩室で、テレビをみながら待っていたわけだけど――


「前島くん、けっこうぐっすり寝てたよ。何度ゆすっても起きないんだもん」


「え、そうだった? ごめん……」


 そういえば、長い夢をみていたような気がする。

 夢の中でも仕事をしていたような……。それに、なんだか不思議な体験をしたような……。

 でも、頭にもやがかかったようで、どんな内容だったか思い出せない。


 箱崎さんがインスタントのカップそばに給湯器でお湯を注いでくれた。俺はそのあいだ、職場にある一杯五十円のバリスタコーヒーを二人分いれた。


 休憩室に戻り、そばを食べはじめるころには、テレビ画面に「ゆく年くる年」が流れていた。年越しまで、あと十五分。


「まさか職場で年を越すとは思わなかったなぁ」


「ほんとね……」


 感慨深げに、俺は箱崎さんと小さく息をついた。

 テレビには、暗がりに浮かぶ日本各地の寺や神社と、おとずれる人々の様子が静かなナレーションとともに映しだされている。

 そばをすすりながら静かにその映像をながめていると、ふいに箱崎さんが声を上げた。


「あっ、これうちの神社!」


「えっ?」


 一瞬、言葉の意味が分からず、俺は訊き返した。


「うちの、って――もしかして、箱崎さんの実家?」


「うん、そう。私のお父さん、ここの稲荷神社の神主をしてるの。会社からわりと近いのよ。今日も神社にいるはず――あ、あれあれ! あそこに映ってるのがお父さん!」


 興奮した様子でテレビ画面を指さす箱崎さんをみながら、俺はなぜか既視感をおぼえていた。

 箱崎さんの実家が神社――。

 初めて聞いたはずなのに、なぜだろう。もうすでに知っていたかのような感覚がある――。


 箱崎さんの実家である稲荷神社にも、おおきな人だかりができていた。みんな鳥居をくぐり、年越しの瞬間を待ちわびている。


「毎年、三が日は私も神社を手伝ってたんだけど、今年は結局帰れなかったから……大丈夫かな」


「手伝う、ということは、もしかして巫女さん?」


 箱崎さんの巫女さん姿。

 ――似合う、ような気がする。むしろいますぐ見てみたい。


「どうしたの、前島くん。急にニヤニヤしちゃって」


「えっ? あ、ああ、いや、なんでもないよ巫女さん。ははは……」


「巫女さんってなによ……。それに私は、巫女じゃなくて退魔師――」


「たいまし?」


 耳なれない言葉を訊き返す俺に、箱崎さんは一瞬、顔をこわばらせてからぶんぶんと首を横にふった。


「ち、ちがうちがう! なんでもない! と、とにかく、神社の手伝いって大変なの!」


 なにやらあわてた様子の箱崎さんは、すぐにテレビに向きなおって平静をよそおう。


「そ、そういえば、自分の神社の初もうでって、行ったことないなー。ふーん、うちの神社、こんなに人がきてたんだー」


 なにか重大なことをごまかされたような気がするけど……。なぜか知らないほうがいいような気がして、俺は追及をやめた。

 箱崎さんの横顔をながめたあと、俺もテレビ画面の稲荷神社に視線を移す。


 大勢の参拝客が、参道を埋めつくしている。

 初もうで。ほとんど行ったことはないけど、みんな一年のはじまりに、なにを願うのだろう。

 もし自分が行くとしたら、たぶん――


『マエシマ、初もうでにきてよ!』


 そのとき――

 ふと呼ばれた気がして、俺は後ろをふり返った。

 だが、そこにはだれもいない。

 空耳だろうか。聞き覚えのある少年の声だったような――。


 テレビ映像が別の場所に切りかわり、除夜の鐘の音が流れてくる。

 低く響きわたる重厚な音。一年のはじまりを告げるその音を聞きながら、俺はなぜかイタズラっ気に満ちた顔をした、キツネのしっぽをもつ少年の姿を連想していた。

 神社に行けば、その少年がむかえてくれる。そんな気がした。


「あの、さ」


 なに? と小首をかしげてみせる箱崎さんに、俺はなんとなく、つぶやいた。


「……行く? 初もうで」


 俺の言葉が意外だったのか、箱崎さんは「えっ?」と訊き返してきた。


「いい、けど……そうね。そういえば、自分の神社の初もうでって、行ったことないかも。あ、でもコンちゃんが出てきちゃったら――」


「こんちゃん?」


「あ……う、ううん! なんでもない、なんでもない……! そ、そうね。行ってみてもいいかもね」


「きまり。それじゃあ、このあと仕事が終わったら――」


 俺は、眠気を吹きとばすように、気勢を張って言った。




「初もうでにいこう!」




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