前編
「心無いブリキ 〜セツナイ紙飛行機〜」
桜 薫
紙飛行機を飛ばす――
ソレは大空を自由に飛び回っている様に見えて、その実「飛ばされてる」だけ。だからいずれソレは飛べなくなって地面に墜ちる。なぜならソレは最初から飛ぶことの出来ない欠陥品。
僕と同じ欠陥品――
あぁ、僕はどこまで飛んでいけるのだろうか? そして、僕は何時墜ちるのだろうか?
春が終わり、もう少しすると夏が来る。そんな季節と季節の間の季節。誰も居ない屋上の端。後一歩踏み出せば空、そして地面へと向かうギリギリ校舎の上に腰を下ろして紙を折る。何度も繰り返している為、特に集中せずともいつも通りの形に出来上がる。作り上げた紙飛行機を飛ばそうと構えたことで――
「紙飛行機を飛ばすと一緒に幸せも飛んでいくぞ」
凛としたやる気の無い声に止められた。今の表現は少し矛盾していただろうか? 声自体はとても良いのだが発した人間の感情にやる気の無さが有るというか、喩えるなら凄く高価な楽器を素人が弾くような物だ。
声の表現などどうでもいい。ココには入学してから何度も通っているが、人が来たのは初めてだ。元々こちらの屋上は立ち入り禁止だし、何より今自分が居る場所は学校のどこに居ても死角になって見えないのだ。
「コレは再生紙だ。地面に落ちても地球に優しい」
それだけ答えて再び紙飛行機を飛ばそうと腕を上げる。
「紙の材質も地球への影響もどうでも良いが、とりあえず止めろ。そもそもこんな所で何をしている?」
「オタクこそ何でこんな所に? 立ち入り禁止だぜ、ここ」
「知っててココに来ているのか。別に私も通ってる以上咎めはしないが」
と言って声の主は俺の横に腰を下ろす。今まで声だけ聞いていて相手の方を見ていなかったが、隣に来た顔を見てみると女だ。しかもかなりの美人。華奢な肩から始まり、細く美しい線がつま先まで続いている、少し小柄な身体。少しクセのある髪に包まれた小顔も、一つ一つ全てのパーツが、凜とその美しさを主張している。故に悔やまれるのは唯一目だろうか。いや目も大きくて可愛らしさを十分出しているだろう。只、まるで鏡で自分の顔を見ているようだ。それは希望の無い死人の様な目。他の全ては輝いているのに目だけは闇を写している。
「どうした? 私の顔に何か付いているか? それとも私に見蕩れていたか?」
文字通り目を奪われていたのだろう。そんな事を言われた。
「成る程。見蕩れられるのは慣れてるわけね。自身が有るようで」
「自身など無いよ。私は自分が美人などとは思わんし、何より私は私が嫌いだ」
照れでも謙遜でも無く素直な気持ちなんだろう。それが解ってしまう。
「だろうな」
「ん? なんだお前は私のことを醜い奴だと思って見てたのか?」
「当たらずとも遠からず。でもま、美人なのは確かだろう。ちょっといいか」
彼女の髪を軽くセットして、自分のネクタイを外してリボン代わりに結ぶ。
「ハイ、思いっきりの作り笑顔」
「作り笑顔言うな! 確かにそれしか出来ないが」
それを携帯のカメラ機能を使って撮影して彼女に見せる。
「なっ。可愛いだろ?」
「コレを見せられて私が可愛いなど言える訳無いだろう。お前はどう思う?」
それもそうだな。もう一度彼女の顔を見て。
「ああ。俺個人の意見だが可愛い」
「恋心も下心も無く、世辞でも無い、そんな言葉を言われたのは初めてだ。と言うかお前器用だな」
「ん? 髪か? 素材が良いだけだろう」
「お前それ誤解されないか?」
「誤解? 何で?」
美容師を目指してると思われるとかか?
「まぁいい。それより話を戻すぞ、何故こんな所に居る?」
「そんな事より何故隣に座る?」
俺は先ずそっちの方が気になる。何で初対面、と言うか顔も見ずにイキナリ恋人同士の距離に近づく?
「それは簡単だ。たまたまお前がそこに座っていただけで、私はお前の隣に座ったのでは無く、いつもの定位置に座っただけの事。その隣でお前が座っていただけだ。嫌ならお前が離れろ」
「左様ですか」
「納得したならいい加減答えろ。ココで何をしている?」
別に隠していた訳じゃないし、そんな大した理由じゃないんだがな。
「今日この前の中間テストが全部帰って来たんだ。だからそれで紙飛行機作って飛ばそうかと思ってココに来ました。まる」
「良く出来ました。所で今更だが貴様名前は?」
「ホント今更だな。別にもう名前なんざどうでも良いだろう」
「どうでもいいのなら、名乗れ」
さっきから強引だな。別に名前を名乗る位やぶさかでは無いが。
「東条七海。(とうじょう ななみ)東の条約に七つの海」
「ナナミ? 女みたいな名前だな」
「よく言われるよ。何でも俺を女にするか男にするか迷いっていて、とりあえずどっちでも行けそうな名前にしたんだとか」
「何の話だ?」
「俺の名前の由来だけど」
俺は嘘偽り無く言ってるのに「何を言っている貴様は」見たいな顔をされてしまう。
「私は清見雪那だ」
「清見雪那……?」
初めて聞いた名前の筈なのにその名前は何処かで聞いたような気がした。
「私の名前に憶えがあるのか?」
いや、考えても出てこない。たぶん聞いた事があったとしてもくだらない噂程度の事だろう。
「あぁ。確かテロリストの名簿に――」
「言っておくが私はマイ○ターじゃないからな」
「気のせいだった」
何も思いつかなかったので軽くボケてみたがこの人以外とツッコミ出来るんだ。
「話を戻すが、テストの結果は納得いかなかったのか?」
「あぁ。おもしろくないったらなくてな。飛ばそうと思って」
そう言う俺を見てフッと一つ笑うと、清見雪那はイタズラでも思いついた子供のような顔をして提案してきた。
「そのテストで一つ勝負しないか?」
「勝負?」
「丁度私もココにテストを持ってきていてな。国、数、英、理、社の五教科の合計で勝負して、負けた方は勝った方の言うことを聞く。どうだ?」
清見雪那は自分の持つ数枚のプリントの束と、俺の持つプリントの束を指して言う。
「辞めとく。そんな自身満々なんだ、さぞいい点数なんだろう?それに俺は面白く無い点数だと言っている。そんな奴に勝って嬉しいか?」
俺の意見に対して、「そう言うと思っていた」とでも言いたげな顔で返答する。
「面白い事言うな君は。我が校の入学式、新入生代表の挨拶は、毎年入試の最高得点者に任命される。今年の代表は東条七海。入学式からそう日が経ってない最初の中間テストならば勉強していなくても学年順位の一桁には入ってる筈だが?」
こっちの能力はお見通しって事かよ。
「あんた俺の事知ってたのかよ。何で名前聞いたんだよ?」
「油断させる為だ。それで受けてくれるんだろ?」
「断る。新入生代表を知ってて挑むって事は相当な勝算があるんだろう? 俺にどうしても聞かせたい願いでもあるのか?」
初対面である俺に出来る事なんて他の人でも出来る事だろう。何故この清見雪那は俺に拘る?
「新入生代表の挨拶に対して、歓迎の挨拶をするのは毎年生徒会長と決まっていてな。今年度の生徒会長の名前が清見雪那だったと言う話で」
思い出した。生徒会会長、清見雪那。聞き覚えがあったのはこれか。
「成る程。つまり代表挨拶どころか入学式自体バックレた俺を恨んでいると。やっぱ挨拶だけでもしとくべきだったか」
「そんな事はどうでもいい。些細な事だ気にするな。私も入学式バックレたしな」
おいおい生徒会長だろう。
「じゃあ何でだよ?」
「私はなお前が嫌いだ。たぶん大嫌いなんだ。一目見た時からな」
「俺も嫌われたもんだね。初対面の人にまでとは」
「気を悪くしないでくれ。お前に興味はあるんだがな。だがお前は私と同じ目をしているだろう。まるで生きてない目だ。だからどんな手を使おうとも私の言うことを聞いて貰う」
それは俺も思っていた。同族嫌悪とでも言うのだろうか、最初見た時からこの人は苦手だなと感じてたのだ。それを言われるとこの勝負受けるしか無いか。負ける気はしないしな。
「分かった。受けるよその勝負。ただし条件がある」
「条件?」
「ハンデだよ。先輩なんだそれぐらい認めてくれ」
「お前私の事上級生だと思っていたのか? 驚きだよ」
「悪い。敬語使えないんだ。直した方が良いか?」
「いや。そのままでいい。親しい感じがするしな。それでハンデは?」
「同点の場合は俺の勝ちでいいか?」
「構わんぞ。その程度なら勝敗は変わらんしな」
勝った。これで俺が負ける事は無くなった。
「そうか。ならこの勝負受けよう」
「それでお前は勝ったら私に何をさせたいんだ?」
別に初対面の会長さんにして貰いたい事なんか無いんだがな。
「そうだな。俺が勝ったらキスでもして貰おうか。構わないか?」
「構わんぞ。元より敗者に拒否権は無い。私のは、まぁ勝ってから言うよ」
強気だね。俺が負ける事は無いんだけどさ。美人のキスが棚から振ってきたと思いますか。
「一桁目から順に言っていって最後に百の位を言うでいいか?」
「良いだろう。勝負事を盛り上げるのが美味いじゃ無いか」
「行くぞ?」
「2」
「0」
勝った。清見雪那の一の位は二点この時点で俺の勝ちは確定した。まぁ勝負を仕掛けられた時から俺の負けは無かったのだが。
「次、十の位」
「0」
「0」
どちらも十の位は零点。以外だな「8」か「9」が来ると思っていたのだが。生徒会長と言っても平均点前後なのか。
「最後だ」
「5」
「5」
俺は満点。最初から勝ち戦だったのだ。さらにダメ押しで同点も俺の勝ちにした以上俺に負けは……え?
「ちょっと待て。合計何点だって?」
「502点」
「五教科?」
「ダー」
何故ロシア語?
「なんでロシア後? じゃなくてなんで百点満点のテスト五つで500点オーバーするんだよ?」
「英語のテストの中に一つ、教師のミスでロシア語の問題が有ってな。空白でも全員がその問題の得点を得られる要になったんだが、私はその問題も解いたらさらに得点をくれてな。ほら」
と言って件の英語のテストを出してくる。確かに名前の横には102と書いてあるし。ロシア語の問題もちゃんとあり尚且つ正解している。
「ずりぃ。最初から俺は何をやっても勝てねぇじゃねぇか」
「よく言う。自分も満点で尚且つ。同点の権利も取ったくせに」
それ言われると弱いけど、でも俺のはハメワザのレベルだが向こうは完全にチートだ。まっ、勝負を受けた以上何を言っても無駄か。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
素直に勝者に従うとしよう。
「あぁ。生徒会に入れ」
「は?」
「だから負けたら言うことを聞く。お前は今日から生徒会に入れ」
「断る!」
「役職に希望はあるか? できる限り聞くが」
拒否権無しとは言っても無視はないだろう。
「早く希望を言え」
「副会長」
「なんやかんや言って、会長の次の席を取るのだな」
「副とか、サブとか好きなんだよ。気楽だろ」
会計や書記より上の席かも知れんが、言わば会計「長」や書記「長」な訳だからそれなら副が付いた役職がいい。
「お前は本当に私に似ているよ。つくづく嫌気がする」
「それだよ。なんで大嫌いな俺を側に置く?」
「勘違いするな。私はお前の事は好きだよ。初めて一目惚れというのをしてしまったかも知れない。だがお前は私に似ている。私は自分が嫌いなんだ。だから私がお前を変えてやる」
それはきっと俺に言われていたことで、それが解らなくなるような。まるで自分が消えて。清見雪那が主役の映画を見ているような。それぐらい格好良かった。
「性別が逆だったら惚れてるぜ」
「それは良かった。お前には女として私を見て欲しいから。こんな気持ちを人に思うのは初めてだよ」
「っー。ホントアンタは苦手だ。大嫌いだぜ」
俺がこんなにも人に勝てないと思うなんてな。たぶんこの人には一生勝てないんだろうな。
「ああ。私も今は大嫌いだよ。だからコレはズルをしたお詫びと満点を取ったご褒美だ」
そう言って隣に座っていた。美少女の今まさにそのセリフを言った唇は、俺の頬に触れていた。
「なっ」
「私はきっとお前を惚れさせてやる。私に惚れたら告白してこい。そしたらちゃんとしたキスをしてやろう。それまで私の初めては取って置いてやるよ」
イタズラっぽい、ここに来て初めて見た少女の笑顔で彼女はそう言った。
「ほら行くぞ」
それはすぐに見えなくなってしまい。立ち上がって俺を促した。
「行くって何処へ?」
「生徒会室に決まってるだろう。お前を他の皆に紹介せねばならん」
「今の出来事の後に顔を合わせて仕事するのかよ?文字通り合わせる顔が無いんだが」
隣に立ってみて初めて気付いた。見取れていた俺に気付いたのか疑問を浮かべて聞いてくる。
「どうかしたか?」
「いや意外と小さいんだなって。て言うか細い」
「なんだ線の細い女は嫌いか。少し肉付きの有る方が好みだったか?少し残念だ」
「そうじゃくて、一つ提案なんだがいいか、セツナ?」
「イキナリ呼び捨てか。まぁお前だから許そう。提案ってなんだナナミ?」
「いや、イキナリ呼び捨てかよ」
「当然だ。私はお前の先輩であり、上司であり、勝者だ。それで提案って?」
まぁ呼び方なんて何でもいいか。俺はダメでも勝手に呼ぶつもりだったし。
「今、後ろから抱きついていいか?」
「ふむ。それは私の身体が思わず抱き締めたくなるほど魅力的と言うことか?」
「ダー」
「嬉しいが、答えはニエットだ。私はお前が大嫌いだからな」
左様ですか。さっきのは反則並に可愛さ見せたくせに。
「一気に冷めそうだわ」
「お前も私が大嫌いだからな。まぁでも大嫌いな奴の了解など聞く必要は無いんじゃ無いか?」
と挑発的な笑みを向けられた。
あー成る程。俺はこの人には勝てないんだ。この人は常に俺に対して反則を使ってくるんだ。それでは勝ちようがない。
「我慢しとく。生徒会室行けば解決するし」
「皆の前でやる気か? 意外と大胆だな」
そんな事を話ながら俺達は生徒会室へと向かった。
「ん? 取るんだそれ?」
さっき俺が結ったリボンをほどいていたのでそれを指して聞く。
「さっきのはちょっと自分でも可愛かったからな。お前にしか見せてやらん」
この人はホントにちょくちょく反則技使って来るなー。たまにスゲー可愛い。
「――とか言ったらお前が喜ぶと思って」
前言撤回。やっぱこの人嫌い。
「着いたぞこの部屋だ」
見ると『生徒会室』と書かれている。遊ばれてる内に着いたようだ。まぁ校内だしな。
「入るぞ」
セツナは俺の了解なんて待たずに扉を開ける。聞かなきゃ良いのに。言えば「別にお前に了解を取ったわけでは無い」とか言うから黙ってるけど。
「遅いぞ雪那。君は会長なんだからもっと自覚を持ってだな」
「今鬱陶しく私に話掛けて来た鬱陶しい奴が鬱陶しい副会長の市川俊幸だ」
「彼は?」
セツナの他に俺が居ることに気付いて市川と紹介された男は、イスから立ち上がり俺の前に来る。
デカイな。俺も小さいわけでは無いが見上げる形になってしまう。見上げて顔を見ると、うわぁ俗に言う甘いマスクと言う奴だろうか? 高身長に爽やかフェイス。モデルみたいな男だ。さぞ女子の人気があるんだろうな。
「ああ。今日から生徒会に入って貰う事になった、東条七海だ」
「また君は勝手に……」
「それでそっちに座ってるのが――」
「本気なの? 貴方が生徒会って?」
机の上の書類を整理していた女性――黒川静が声を掛けてくる。俺の事を知ってる人間からすればその疑問はもっともである。モデルみたいな外見と言えばこの静もそれに当たるだろう。出るとこは出て、締まるところは締まった完璧なボディライン。その身体を包み込むような長く伸ばしたストレートの髪。何よりも俺と年が一つしか変わらないとは思えない、大人びた魅力を持つ顔立ち。彼女に片思いをしてる奴は少なくは無いはず。
「どうやらそうらしい」
「どうゆう風の吹き回しよ? 核でも降るのかしら? 今日傘持ってきてないのにどうしてくれるのよ」
酷く驚いている様だが、お前は核を傘で防げるのか? そっちの方が驚きだ。
「俺だって無理矢理入れられたんだよ」
「じゃあどうして入ったのよ? 貴方が生徒の為に〜なんて言うわけじゃないでしょう?」
「ああ、嵌められた」
「貴方が? 確かに会長もかなりのやり手だけど」
教えてやっても良いが、実際にやってみた方が早いだろう。
「なぁ静。今日テスト帰って来ただろう? 五教科の合計テストで勝負しないか? 負けた方は言うことを一つ何でも聞くって事で」
「何よ急に? 別に良いけど、貴方が勝負を仕掛けたのだからもし同点の場合は私の勝ちよ」
そう言うと思ったよお前なら。俺と同じだ。
「それと、私が負けたとしても、貴方の命令が気に入らない物だった場合地獄を見せるけど。それで良いなら賭けをしましょう」
それは賭けと言うのか? コイツも相変わらず絶対負けない戦いをするな。
「同点でも勝ちにするあたりお前も満点な訳か」
「そうよ。つまり貴方が何点でも私の勝ちね」
「所が、頭の良い会長様は満点を超えてた訳だ」
「負け戦を挑んだのね。その代償が生徒会入りと」
「そうゆこと」
「お前等私を忘れてないか?」
静に事の説明が終わった所でセツナからお呼びがかかる。「忘れてました」とか言ったら雷が落ちるな。「忘れてないですよ」と言っても、嘘を吐くなと雷が落ちるか。完全に詰んだか。
「二人は知り合いだったのかい?」
助け船。イケメンは違うね。気が利く。
「静とは中学が同じなんだ。その先輩後輩」
「静ぁ?」
「そんな素っ気ない言い方。あんな事までしておいて。どうせ私はそれだけの女よ」
「随分仲が良いみたいだなぁ?」
「お前はなんで俺との関係を訪ねられた時、毎回誤解を招きたがる?」
「生きがいよ」
俺は他人にどう思われようと構わんが、お前は良いのか?
「シズカの話は冗談だとしても名前呼び捨てじゃ無いか!」
それが貴方に何か問題が?
何だが機嫌が悪いセツナを余所に静は笑顔を浮かべていた。付き合いが長くなると解る。静のこの顔はおかしくて笑う顔じゃない。新しいおもちゃを見つけた時の顔だ。
その笑顔を維持したまま静は俺の手を引き、応接用だろうか? ソファへ行き腰を下ろす。
「貴方もいらしゃい」
「何だ?」
「さっき負けたでしょう。コレはその賞品である命令よ」
静の行動が読めず立ち尽くしている俺に、無効だと思っていた強権を発動させてくる。
「さっ、いらっしゃい」
静の横に俺が座ったの見て、静は横から俺を抱き締めるような形で腕を回し密着してきた。
「会長。この子は私のですの。あんまりイジメないでくださいね」
俺を抱いたままセツナの方を見て、挑発する様に言った。
「何をしてるんだお前は?」
「だからさっきの命令よ。じっとしてて」
「まぁいいか。さっき出来なかったし。オヤスミ」
俺は静に身体を預けて、紙飛行機を飛ばした後で行う予定だった昼寝に移行する。
「成る程。さっきの「生徒会室に行けば」は私ではなくて静だったのだな」
セツナが何か言っているが、静の枕と体温が心地良いので無視して眠る。
「オヤスミじゃない! 起きろ! 立て!」
いつの間にかセツナが来ていた。どうやらご立腹の様なので素直に従って立ち上がる。
「取りあえず殴っていいか?」
「は?」
何だビンタか? 俺怒らせる様な事したか? などと模索していると容赦なく――
「がはっ。コークスクリューブロー!?」
ビンタじゃなくてグーだった。しかも回転が加わっていた。
「ダメじゃ無い七海。会長怒らせちゃ」
心臓を穿たれ呼吸が出来ずに蹲る俺に静が優しく(?)声を掛けてくれた。俺何かしましたかね?
「お前達二人が同じ中学出身で顔見知りであるというのは認めるが、それにしては仲が良すぎないか?」
機嫌が悪いセツナの為、仕方無く俺と静の関係を大まかに説明したのだが、どうやらまだ機嫌が悪い。そもそもなんで俺と静が顔見知りなのがそんなに不満なんだ?
「私もこの子も中学ではあまり話す相手が居なかったから、只の先輩と後輩よりは少し仲が良いかも……と言うのは嘘で、私達は他の生徒には秘密の関係だったり」
静が挑発してるのが原因の一部でもあるのか、一向に治まる気配が無い。
「とにかく! 生徒会室、いやこの学園内でイチャつくのは禁止だ!」
「そんな事言ったって会長と市川先輩だって毎日イチャついてるじゃないですか」
「ん? 二人はそう言う関係なのか」
言われて見れば美男美女でお似合いだな。
「してない。最小限の関わりだけだ。出来れば私に関わるのは週一程度にして欲しいと思っている」
「酷いな。幼馴染みに向かって」
「只の腐れ縁だ」
「……幼馴染み?」
「どうしたナナミ? そんなに目を見開いて?」
「そんなに僕達二人が幼馴染みなのが不思議かい?」
「いや、何でも無い。ちょっと意外だったかなって」
乾いた笑いで誤魔化しておく。それにしても幼馴染み、ね。
「それよりも彼の役職はどうするんだい?」
いい加減に話を進めたかったのだろう。頃合いを見計らって切り出して来た。
「ああ、ナナミは副会長だ」
「即答してくれたのはありがたいんだが、一応今副会長は僕がやっているんだが?」
「ああ。お前はクビだ」
「ウルトラ短い間でしたが今までありがとうございました。では御機嫌よう」
「お前じゃない。お前は今から副会長だ」
挨拶を済ませて部屋から出て行こうとしたらその刹那、セツナに肩を掴まれる。――駄洒落じゃなく本気で。その証拠に肩を掴んでない方の手はコークスクリューブローの構えに入っている。俺がさらに一歩でも外に近づこうとすれば、容赦なくぶちかます気だろう。 その意図をくみ取り俺は素直に着席する。
「生徒会役員の選出は会長に権限があるはずだ。会長である私がナナミを生徒会に入れるのは問題無いはずだが?」
「問題は無いが、副会長は今僕がやってるいるから――」
「そもそも私は貴様を生徒会に任命した覚えは無い」
「別に俺も任命された憶えねぇーんすけど」
「お前さっき私に負けたから絶対服従だ。嬉しいだろう?」
俺は下僕として扱われることに快感を覚える趣味は無いんだがな。セツナも女王様気質なのか?
「まぁ最初から妥協案は考えてある。ナナミを副会長にして、俊幸は会計だ。丁度不在だし、会計の仕事も元々俊幸がやってから問題無いだろう」
「考えてあるなら最初からそう言えば良いじゃ無いか」
「あわよくばお前を追い出せるかと思ってな」
なんかコレで決まり、みたいな空気だな。俺は生徒会に入るしか無いのか?高校生活は「何もしない」を目標に掲げてたんだがな。
「アンタ良いのか? イキナリ来た後輩に席取られて?」
「まぁ雪那が言い出したら聞かないしね。何か考えあっての事なんだろう」
随分と人間が出来てんのな。
「理解しあってんのな」
「決してそんな事は無いぞ。訂正しろ。不愉快だ」
俺が見たまんまの感想を言うとセツナがもの凄い勢いで俺に迫り、否定してきた。意外と色んな顔すんのな。
「良いじゃ無い本当のことなんですから。それより貴方はまたネクタイ付けてないのね」
静がセツナを押し退け俺の側に来ると、俺の胸元を見て言った。
「今日は付けてた筈なんだけどな……無くした」
軽く自分の胸元をまさぐり、そう答える。まぁ何処にあるか憶えていたが、そう答えて置いた。
「まったく。何回目よ。こっちいらっしゃい」
静は自分の鞄から男子用のネクタイを取り出して、慣れた手つきで俺の首にネクタイを締めていく。
「シズカ。お前はなんで男子用のネクタイを持ち歩いているんだ?」
「だってこの子ネクタイ付けていなかったり、忘れたり、すぐ無くすんですもの」
「シズカ。お前は随分とネクタイを結ぶのが上手だな。だいぶ手慣れているようだが」
「だってこの子のネクタイはいつも私がしてあげてるんですもの。旦那の身だしなみを整えるのは妻の仕事ってね」
セツナの言葉は所々から、不機嫌さが感じ取れる。何がそんな不満なんだ?
静はなんだかセツナを挑発しているようだ。別に毎日ネクタイ締めてないだろうに。
「折角ネクタイをしたのに悪いんだが、ナナミは今日から生徒会だから一般生徒様のでは無くて、こっちの黒いネクタイだ。どれ私がしてやろう」
セツナの不満が爆発したのか、仕返しとばかりに静を押し退け、今静が結んだばかりのネクタイをほどいて黒のネクタイを首に掛ける。
「この子はあんまり人に懐かないの。『何度も』やって慣れている私の方が良いわ」
再びセツナを押し退けて静が俺の前に来る。人を猫みたいに言うな。強調するほど何度もやってないだろう。
「いや、コイツは私にメチャクチャ懐いている。ナナミは私の事が大好きだ。それにコレは会長である私の仕事だ」
結局最終的にセツナが競り勝って生徒会役員用の黒のネクタイを結ぶ。
「よく似合ってるぞ。『私が』結んだだけある」
「あら、お上手ですね会長。やっぱり毎朝幼馴染みのをやっているだけあるんですね」
「俊幸になど一度もやってない。男にネクタイを結んでやったのはナナミが初めてだ。喜べ」
「私はこの子には何度もしてあげてるわよ」
意外だ。セツナはこんなキャラだとは思わなかった、出会ってすぐ人を決めつけるのは良くないな。それよりも静だ。こっちは結構な付き合いだが、こんな一面があるとは、高校入って変わったのか?
「それにしてもなんで生徒会はネクタイ変えるんだ?」
「一般生徒及び、外からの来客の方が一目で分るようにだ。そうすれば困ってることがあればすぐ生徒会の人間に聞けるだろう?」
「葬式みたいだな」
成る程。それはつまり生徒会室に居る時以外、このネクタイは外しとかないと面倒だと言うことか。そんな本音を隠す為に適当な事を答えておく。
「そうよね。こっちの方が可愛いのに」
静はさっき俺に付けたネクタイを見ながら言う。生徒会用は黒に対して、一般用は白と空色のツーカラー。だから俺はリボンに代用したわけだが。
そう言えばさっき俺がセツナにリボン代わりに髪を結ったネクタイは、いつの間にかセツナの物だろう鞄にそれこそリボン結びに縛ってある。
「とりあえず、彼の生徒会副会長就任は次の全校集会で伝えるということでいいね?」
「ああ。それで問題無い」
もしかして今期の生徒会唯一の良心は彼なんじゃ無いだろうか? この評価も後に出会ってすぐ人を決めつけるのは良くないと後悔する事になるのだが。
チャイムが鳴り、今日も何の意味があるか解らない授業が全て終わる。つまり放課後である。
「終わったな。今日はどっか寄ってくか?」
いつもの様に俺に話掛けてきたのは、大神智也俺の唯一の友達と言っても問題無い男だ。
「おっいいね。テストも終わったし久々にパァーと」
その隣に居るのは、藤崎茜智也を主人公にした物語のベタベタな幼馴染みメインヒロイン。最近その手の人気は下がり気味だが頑張れ。
「俺パス。二人で楽しんできてくれ」
二人とはガキの頃から一緒で、よく遊んだりもする。俺はいい加減二人の邪魔だと、かなり前から思っているのだが、全然くっつく気配が無い。色々手を回してはいるんだがな……
「ちょっと何変な気使ってんのよ? あっ、ありがたいけど、今日は皆で――」
俺は基本的に、昔からの知り合いと言うことで、事あるごとに茜に協力してやってる。いつものそれだと思い、茜は智也に聞こえないように、小声で話し掛けてくる。
「残念だが今日は本気で用事だ。まだ学校でやることがある」
「用事って何よ? 万年無気力のアンタが学校に用事なんてないでしょ」
凄い言われようだな。コイツは俺に対しては基本的に歯に衣を被せない。この素直さを智也に向けたらどうかね。
「生徒会の仕事があるんだよ」
「「……」」
「じゃあな」
「「ちょっと待て」」
理由を告げたので、無言を肯定と受け取り教室から出ようとしたら二人に止められた。
「今日は三人でどっか遊び行くんだよな?」
「だから生徒会でいけねぇって」
「久々にカラオケとか? それともボウリング?」
コイツ等人の話を聞かない人種だったか? 茜はそうだった気がするが。
「だから生徒会――」
「「嘘だ!!」」
「二人同時に同じネタやんじゃねぇよ」
「そんなに遊ぶのが嫌なのか? 嘘なんか吐かなくてもそう言えば無理に誘わないのに」
「流石にこれは信じないよ」
「嘘じゃねぇよ。ホラ」
俺はポケットに入れて置いた生徒会の証である黒ネクタイを出して見せる。
「うわぁホントだ」
「ホントに生徒会入ったんだな」
「アッサリ信じるんだな」
コイツ等の事だから「どうせ拾ったんだろー」とか言うと思ってたんだが。
「考えてみれば当然だなって。アンタ静先輩ラヴだもんね」
「先輩に頼まれたらお前は断れないもんな」
「たしかに静はラヴだが、静の誘いは再三断ってから入ったから最近静の機嫌が悪くてな」
俺と同じ中学だった二人は必然的に静とも同じ中学になるわけで、二人が静を理由に俺が生徒会に入ったと思うのは無理も無いが、残念ながらセツナの奸計に嵌まっただけである。別にあえて言いはしないが。
「じゃあそういう事だから今日は二人で楽しんできてくれ」
「おう。じゃあな」
「折角だから決めてこい」
「何が折角なのよ。別に何も無いんだから」
耳打ちをしてやったが、茜にチャンスを最大限活かす気は無いようだ。どうやら今日も何も無く遊んで終わるんだろう。
生徒会に行くと言って二人と別れたが、勿論素直に生徒会室に行って仕事をする気などは無い。今向かっているのはいつもの特等席である屋上。生徒会の仕事はそのままやり過ごすつもりだ。俺以外には使ってないであろう階段を登り切り、さらに先に行くためにドアを開けた。
――そして閉めた。今一瞬俺を陥れた魔女が笑顔で手を振っていたような気がした。気のせいだ。うん。「今日の放課後生徒会室に来い」と行っていた本人がこんな所に居る筈が無い。何より彼女が笑顔で手を振る事など無い。
思考を一度整理して深呼吸をする。そしてもう一度目の前のドアを開ける。そこに広がっていたのは見慣れたいつもの屋上でイレギュラーは存在しなかった。
安心して。息を吐く。やはり見間違いだったのだ。最近何かと狂わされていて、うなされているのか?
「それともここに居て欲しかった? 会いたかったとか?」
定位置に腰を下ろして、疑問を口に出してみる。俺は無意識に求めているのか?
「誰に会いたかったんだ?」
隣を見ると我らが生徒会長様が何食わぬ顔でいた。
「もしかしてアレ? 呼吸を止めている間だけ気配を完全に消せるカメレオン飼ってたりする?」
「私は別に蟻討伐に参加してないから安心しろ。そんな物飼っていない。それで誰に居てほしかったんだ?」
「アンタなんでココにいんの?」
「お前こそなんでココに来た? 放課後は生徒会室に来いと言っただろう」
「アンタも居るじゃねぇか」
「お前が生徒会サボってココに来ると思ったからな」
読まれていると。やっぱり欠陥品では勝てないのかね?
「読まれているのでは無くて。通じ合っているのだよ」
やっぱり俺の思考読んでるじゃん。でもそれを言うなら――
「それを言うならアンタにはいつも分かり合える幼馴染みが居るじゃねぇか」
そう。俺何かじゃどうやったって追いつけない素敵な彼氏が。
「勘違いしてるな? それとも妬いてくれているのか?」
「……行こうぜ。生徒会室。やることあんだろ?」
「ん? ああ」
俺は答えられなかった。たぶん俺は嫉妬していて、でもきっと勘違いはしていなかったから。
「今のは何気に答えて欲しかったんだが」
そう言っていつもの無表情に少しだけ寂しさを見せたセツナに、別に励まそうとした訳でもなんでもなく、只素直に伝えた。
「さっきの質問には答えないが、只俺だけに向けられた笑顔は嬉しかった」
「勘違いするなよ。私はお前にしか笑顔を見せないんだからな」
「新手のツンデレ? 100%デレ?」
「ああ。100%デレだ」
そう言って慣れてない笑顔を見せてくれる人に俺はきっと惹かれて行っているのだろう。それが間違いだと理解しながらも。
セツナからはどうやっても逃げられないと感じ始めてきたある日、生徒会室に行くと来ていたのは、静だけだった。
「あら? 今日は素直に来たのね」
「どうも行動が読まれてるみたいでな。上手く逃げられん」
皆が集まるまでとは言わず、今日の生徒会が終わるまで寝ようと思いソファに腰を下ろす。そこで思い出した事を静に告げた。
「て言うかお前、張り出し見たぞ。確かに学年トップクラスだったけど満点じゃねぇじゃん」
「当たり前でしょう。全教科満点なんて取れるの貴方か会長ぐらいのものよ」
確かにそうかもな、満点なんて普通の人は取れないかも知れない。セツナはリッミットブレイクしていたが。
「この前の勝負俺が勝ちじゃねぇか」
別にコレと言って静にして貰いたい事が有るわけでは無いのだが、不正を訴える。すると静はパソコンから離れ、俺の隣に座ると頭を撫で始めた。
「じゃあお詫びに今度の休みにデートしてあげる」
「デート?」
「そう。今良さそうなお店を見つけたのよ。ほら」
と言ってさっきまで自分がいじっていたパソコンのモニターを指さす。そこには小洒落た喫茶店らしき店が表示されていた。
「お前が行きたいだけじゃんかよ」
と言うか、生徒会の仕事とかじゃなくて休日のオススメスポット調べてたのかよ。
「良いじゃない付き合ってくれても。夜はお友達の所に泊まるって事にするわ」
と静が俺の耳に顔を近づけて囁くように言った所で生徒会室の扉が開いた。
「テストの点数で負けたのなら休みの日を使って勉強でもしたらどうだ?」
「あら? 今日も二人で同伴出勤なんてお熱いですこと」
「僕と雪那はスタートもゴールも同じ場所だからね。一緒になることも少なくないよ」
「コイツが勝手に付いてきているだけだ。気持ち悪い」
「あてられちゃって嫌ね。ね、七海」
何今の静!? ブリッ子? 深く考えずにメモリーから消去しよう。うんそれがいい。そんな事よりサボる良い口実を見つけたので乗っかる事にしよう。
「そうだな。二人の邪魔しちゃ悪いし帰るとしよう」
完璧に二人の事を応援している後輩の演技で抜け出そうとしたが今日は、ポジショニングが悪かった。今入ってきたばかりの二人は当然出入り口であるドアの前に居る。俺がドアを通る為にセツナとすれ違った瞬間、腕をがっしり掴まれていた。
「お前にそんな気が利くわけが無いだろう」
「俺ほど他人の為に生きている人間を捕まえて言うのか?」
「さっきから全部感情の無い棒読みだ」
「それにお前、人に、自分が生きている世界に、興味無いじゃ無いか」
聞かせるつもりは無かったのだろう。その証拠に俺以外の皆には聞こえてない。俺は「そうだな」と短く肯定して席に着いた。
「あっ、いや、そういうつもりじゃあ……」
「大丈夫」
分っていると首を振って伝える。それでも空気は少し重くなってしまった。
「なぁに? 何言われたのか聞こえなかったけど、会長に虐められたの? お姉ちゃんが慰めてあげる」
俺の首に手を回しながら静が言う。でもこれはセツナを責めてるわけでは無くて、場を和ませようとしてくれていて。そうゆうのには敏感な人だから。でも俺は無意識に出たのであろうその言葉にまだ慣れずに居て。今日はとてつもなく居心地が悪かった。
「なんの話をしていたんだったかな?」
「私とこの子が週末のデートは何時に待ち合わせにしようかって言う話よ」
「ちょっと待て、いつの間にデートは決定事項になった?」
「最初からよ。どうせこの子休日は予定無いし」
「今度の休日は生徒会に入った歓迎会が入っている。残念だったな」
「ちょっそんなの僕の時無かったけど」
「歓迎してないからな」
「確かに私の時もして貰ったけど。そんなイキナリ」
「黒川はして貰ってたの!?」
「イキナリじゃない前から考えていたことだ。それにシズカの時同様、会長の私と二人っきりでだ」
「そんなのデートじゃない。ダメよ」
「シズカがどうしてもと言うならダブルデートでも良いぞ」
「成る程。私とこの子をダシに先輩とデートするのが本当の目的なんですね会長」
「違う! 私とナナミお前はハズレとだ」
「ハズレってもうちょっと言い方あるよね?」
「残念だけどあの子は人に懐かないの。私だって休日に連れ出すのに苦労したんですからね」
「可哀想に懐かれていないんだな。私は懐かれているから大丈夫だ。なぁナナミそれでいいよな?」
「えっ? ああ、うん」
イキナリ話を振られて適当に返事をする。今まで全く話を聞いてなかった。思考を止めていた? いや他のことを考えていたんだな。
「ちょっと。私より会長のが好きだって言うの?」
「え? 何が? 好きだよ静」
「まぁそうよね。 フフフ、もう可愛いんだから。やっぱり私に一番懐いてるわよね」
今回も脊髄反射のオウム返しで返したが、静が顔を赤らめて喜んでいるから問題無いんだろう。なんかブツブツと言っているが。
「ちょっと待て! 今のは疑似誘導尋問だろう。無効だ。ダブルデートは私とがいいだろ?」
「ダブルデート? それならアンタは幼馴染みの旦那との方がお似合いだろう」
気になる単語があったので反応してやっと正常に答える。
「決まりね。私と七海。市川、清美夫婦のペアね」
「休日は東条七海君の歓迎会をします。会長命令です。意見は認めません」
「ちょっとズルイわよそんなの」
「意見は認めません」
「歓迎会とかダルイんでいいです」
「意見は認めません」
「ちなみに僕の歓迎会は?」
「……」
「無視!?」
無表情のセツナに全員が押し切られて休日の予定を強引に決められてしまった。
「では気を取り直して今日の生徒会活動は部活動を回り、意見や要望などを聞きます」
生徒会で唯一生徒の為に動く副会長様が一度は荒廃した会議を仕切り直す。
「と言うわけで、皆さんこれから部活動を回りますよ。はい動いて動いて」
パンパンと手を叩くのを合図に皆が席を立ち行動を共にする。
「すまない二人は先に行っててくれ。私はさっきの事をナナミに謝らなきゃならない」
生徒会室を出ようとしていた二人はセツナの言葉に振り返る。
「頼む……私はさっきナナミに非道いことを言ってしまったんだ」
「先に行っているから早めに追いついてくるんだよ」
「七海、会長に誘惑されちゃダメよ」
そう言って二人は生徒会長室から出て行った。その背にセツナは「ありがとう」と小さくつぶやいていた。
「それで、なんか話でもあんのか?」
「だからさっきの――」
「別に謝る必要なんてねぇよ。本当の事だしな」
「だろうな。私も別に謝る気など最初から無い」
じゃあなんで引き留めたんだよ。
「用が終わったのなら行くぞ」
「待て、用はまだある」
「なんだよ?」
「お前は本当に私を見ているようだよ」
「自分が嫌いだって話か?」
ならその自分に似ている俺の事がさぞお嫌いなんでしょうよ。
「いちいち口を挟むな」
「これはすいません」
もの凄く不愉快さを表に出したので謝っておく。
「お前は昔の私と同じで人が、世界が嫌いだ」
喋りながら俺の近くに来る。
「だから」
そして座ったままの俺を抱き締めて言った。
「私に興味を持て。全ての人に興味を持てと言わん、世界の全てを好きになれと言わん。だがな、私を好きになれ。……いや、好きにさせてみせる。お前が思っているほど周りはつまらなくないよ」
俺はその言葉を聞いても抱き締めてくれているセツナに身体を預けられずに居た。
「そんな事言って良いのかよ?」
「ああ」
「取り返し付かなくなるぜ?」
「ああ」
「俺、アンタに惚れちゃうぜ?」
「ああ」
「奪い取っちゃうぜ」
「それは誤解だ。私はアイツの物などでは無い」
何も言ってないのにそのセリフが出る時点でどうかと思うのだが、まぁいいか。俺は自分を抱き締めてくれている細い身体に頭を預けた。
「ちょっと……だけ、頑張ってみる」
「ああ。私に惚れて私を惚れさせろ」
もう話は終わっていたのだが、もう少しだけこの腕の中に居たくて、このまま動かないでいた時、それを受け止めてくれたのが嬉しかった。
「それで今日はどこから回るんだ?」
先行していた二人に追いついてセツナが目的地を聞く。俺は俺で追いついた途端に静に捕まっていた。
「七海、会長に誘惑されなかった?」
「んー? されたと言えばされた」
「あの性悪女、情けを掛けてやれば抜け駆けしやがったわね」
「今日は運動部から――」
「フッ、ナナミはもう私にメロメロだぞ残念だったな」
「君から聞いたんだから僕の話も聞こうよ」
「なっ、そんな事ないわよ私の方が好きよね?」
「ナナミは私に惚れているよ。な?」
そんな事聞かれても選ばなかった方に殺されるの目に見えてるじぇねぇか。そんな事を思いながら答えを出さずにいる俺に対して二人はさらなる行動を取る。
「私の方がおっぱい大きいわよ」
と言いながら俺の腕に胸を押し当ててくる静。
「私は魅力的な年上のお姉さんだぞ。それに私だって胸ぐらいある。そっちは意味も無くデカイだけだ」
と言って俺に腕を絡ませるセツナ。
「私だって年上のお姉ちゃんよ。この子は大きければ大きいだけ幸せなのよ」
「それこそ年がより上の方が好きだ」
「はい到着。皆さん仕事しましょうね」
助かった。ナイス爽やかボーイ。このままでは俺に変な性癖を勝手に付けられる所だった。
「剣道部か?」
「そう今日は剣道部からだ」
たどり着いた場所は剣道場。体育館とは別の場所にある建物だ。そこで練習してるのは勿論剣道部。剣道部だって知ってたら今日の生徒会はバックレたんだがな。さてどうやって逃げるか……
「部員が居ないじゃ無いか」
剣道場を覗いてみると、そこには練習をしている部員は一人も居なかった。唯一いた女子生徒がこちらに気付き駆け寄ってくる。
「生徒会の皆さんですね」
「そうだけど君は?」
こうゆう事の対処は決まってウチの爽やか君の担当です。
「私は剣道部の人に伝言を頼まれましてですね」
「伝言?」
「はい。急遽近隣の学校との合同練習が入ったから、今日来る予定の生徒会には申し訳ないけど後日にしてくれ。と伝えてくれと言われました」
「そうか確かに承ったよありがとう」
「では私はこれで」
本来剣道部とは関係無いのであろう女子生徒は他の予定があるのか、用件を伝えると行ってしまった。
「って事は今日の生徒会は終わりか? じゃあ帰るぞ」
「まぁ待て」
さっさと退散を決めようかと思ったが、セツナにがっしり肩を掴まれてしまった。
「なんだよ? 肝心の剣道部が居ないんじゃ話にならんだろう」
「折角だから男二人で勝負してみたらどうだ?」
「それは面白いね」
そう言ってセツナは剣道場にあった竹刀を二本取ってこちらに投げてくる。
「やなこった」
幼馴染み様は受け取ったようだが、俺は無視をしたので竹刀は床に落ちる。
「やっぱり会長には懐いてないのね」
「そんな事無い反応出来なかっただけだ。すぐ拾うさ」
「拾わねぇよ」
「ちなみに勝った方には私がキスしてやろう」
「「勝負だこの野郎!」」
竹刀を拾って向かい合う。
「最初会った時から」
「薄々感じてたんだよね」
「アンタは」
「君は」
「俺の」
「僕の」
「「敵だ!」」
お互い全速力で突進してぶつかった所で竹刀を交合わせてつばぜり合いになる。
「俺は剣道とかよくわかんねぇからよ、ルール無しの真剣勝負でいいか?」
「賛成だね。勝負はどっちかが動け無くなるまでやってこそだからね」
何度が切り結ぶが、お互い一歩も引かない一進一退の攻防が続く。
「罪な女ですね会長」
「何がだ?」
「この人も鈍感体質なのね」
「私はお前に嫉妬しているがな」
「嫉妬?」
「どう見てもお前に惚れてるじゃ無いか」
「あれは違うわ。私の片思い。自分でも分るのよ私は最低な女だって。私は彼にだけは愛される資格は無いわ……」
「訳ありか。私も似たような物だがな」
「お互い大変ですね」
「みたいだな」
戦ってみて分ったけどコイツ色んな意味で完璧に強い。天敵だな。苦手なタイプだ。
「結構やるね。わりと本気出してるんだけど」
「俺も並の人間には負けないように出来てるんですけどね」
「でも、年の功かな」
一瞬で間合いを詰められて持っていた竹刀を弾かれてしまった。
「マジかよっ」
「武器が無くなった以上僕の勝ちかな?」
竹刀は俺の手が届かない場所に飛ばされて落下する。
「しゃあねぇーか」
「降参かい?」
「約束され○勝利の剣」
「え!?」
咄嗟に反応して竹刀で防がれるが、竹刀をそのまま両断して柄だけにする。
「それアリかよ!?」
「真剣勝負って言っただろ―が」
「真剣じゃないだろそれ。回転しながらチュインチュイン言ってるよ」
だってチェーンソーだもん。
「それが伝説の剣だって? かの英雄王は勿論、他の勇者達もそれでドラゴンや魔王と戦ったってのかい?」
「Yesthisis勇者チェーンソー」
逃げ惑う相手に俺はチェーンソーを振り回しながら追いかける。
「フハハハハ。死ね死ね死ね」
「雪那コレは僕も使ってもいいんだよね?」
「まぁ良いんじゃ無い?」
「死ねやぁぁぁぁ」
果てしなくえげつない具合に肉を両断する筈だったチェーンソーの歯は刀によって防がれてた。
「本刀とかふざけんなよ。反則だろう」
「宝具使ってる君が言うかい?」
「こんなのパチモンだよ只の土木機材だ」
「僕だってこんなの修学旅行で手に入れたんだ。君も来年行けばきっと貰えるよ」
よく見ると修学旅行のお土産の木刀宜しく『銃刀法違反』と掘られている。まぁ俺のチェーンソーも平仮名で『えくすかりばー』って書いて有るけどさ。
「まぁいいや、んじゃこっからは本気で行くぜ」
「こっちこそ。まだ解放していないしね」
「お前等そろそろ終わりにしよう」
これからって時にセツナから水を差す声が掛けられる。
「なんだ、幼馴染みがバラバラになんのが怖いのかよ?」
「かわいい新入生が死後の世界に旅立つのが心配なんだね」
「「あぁん?」」
お互いガンを飛ばし合う。
「私もシズカもぶっちゃけ飽きた。最初から剣道じゃないし」
「コイツが負けを認めたら終わってやるよ」
「ほら、先輩の胸を借りられて光栄ですって言ってごらん」
「「あぁん?」」
再びガンを飛ばし合う。
「今日の生徒会はコレで終わりだ。シズカさっきお前が調べてた店行って見ないか?」
「良いわね。これから行って見ましょう」
セツナのコークスクリューブローを受けた死体が二体転がっていたが、この日剣道部は剣道場を使わなかったので誰も知る事は無かった。
「ん? 今日はセツナ一人か?」
授業が全て終わり、生徒会室に行くとセツナが一人応接用のソファに座って居るだけだった。
「ああ。きっとホームルームが長引いているのだろう。シズカのクラスにはよくある事だ」
「ボンクラは? アレは同じクラスだろ?」
「アレはクラス委員もやっているんだよ。そっちの用件で遅れるらしい」
殊勝なことで、マネはしたくないね。陽当たりの良い人気者は辛いねぇ。
「暇なのか?」
セツナは何をする訳でも無く、ソファの上で暇を持て余していた。
「今日の仕事は皆集まらんと仕事にならん」
成る程。仕事も始められず他にやることも無い、と。
「セツナ耳掃除して」
「は!?」
「だから耳掃除。何かおかしい?」
「いや、お前の口からまさかそんな甘えたようなセリフが出て来るとは」
「別に甘えてるつもりは無いんだけどな、今日は授業中にあんまり出来なかったから結構キツイ」
「別に構わないが、生徒会室に耳かきなど無いぞ」
「俺が持ってるから問題無い」
適当な返しをしてソファに倒れ込み、セツナの膝の上に頭を置く。
「ちょっ膝枕なのか!?」
「普通こうでしょ?」
「まっ、まぁそうだよな」
セツナがなんだか焦ってる様だが気にしない、もう誘惑に耐えるのも辛くなってきた。
「……」
「……」
「おい。耳かきは何処にある?」
「そんな物は無い。オヤスミ」
「オヤスミじゃない。まだ私にする事があるだろう?」
一度眠る事に脳を切り替えたので、もはや眠くて脳が働かない。寝ぼけていると言うのだろうか? すでにまともな思考はしていない。もはや考えるのは止めてしまおう。
「何? オヤスミのチュウ?」
「そんな筈無いだろう。甘え過ぎだ」
「セツナは冷たいなぁ」
「ちょっと待て。セツナは? 『は』ってなんだ? 他はオヤスミのチュウをしてくれると言うのか? シズカか? そうか? そうなんだな」
「ごめん。もう無理、限界」
「貴様只寝たかっただけだな?」
「そうだけど」
「今日は授業中にあんまり眠れなかったから、丁度良く暇そうにしていた私の膝枕で寝たい、と?」
「正解。指で髪を梳いてくれると良く懐きます。オヤスミ」
「うぅ、反則だろう。なんで今日はこんなに可愛いんだ?」
セツナの細い指が髪を梳いてくれるのが気持ち良かったからなのか、セツナの膝枕が温かかったからなのか、単に睡魔の誘惑に抵抗するのが限界だったのか、俺はすぐに眠りに落ちた。
「それにしても髪を梳いているだけで、普段の無表情から考えられないくらい、目を細めているな」
「会長遅れてスミマセ――」
「なっ、なんだシズカか。遅かったな」
「今凄い音しましたけど?」
「そうか? きっ、気のせいじゃないか?」
「明らかに目の前でしましたけど」
「何か凄い高所から落ちる夢を見た。……ん、静ー。眠い」
「ハイハイ。何だ貴方が寝ぼけてたのね」
「ナナミはその寝起きが悪いのか?」
「寝起きが悪いと言うか、この子眠いと幼児退行というか、妙に甘えん坊になるのよ。会長もなんかされませんでした?」
「わっ、私は特に何もされなかったぞ。うん。非道いと膝枕をさせられたり、髪を梳いてくれとか言うのか?」
「それぐらいは基本ね、むしろ軽い方。人が居るところでも、胸枕をねだってきたりするわ」
「そうか……シズカ、ソイツをしっかり抑えて離すなよ」
「あらぁ」
「何だ!?フェザー級のベルトを賭けて戦ってる夢を見たぞ」
それに凄い衝撃とダメージ憶えている。それとたいして寝ていないのに眠気も吹っ飛んでいる。何が起こった!?
「貴方、大丈夫?」
「静来てたのか。気付かなかった」
そう言えば静が来た時に一度目を覚ましたような気がするが……夢か?
「起きたか。おはようナナミ」
「ん?ああ。セツナおはよう……なんか顔引きつってない?」
「何を言っている。私はいつも通りだぞ」
「明らかに普通じゃ――ゴフッ」
「私はいつも通りだろ?」
「ハイ。イツモドオリデス」
静でもたまに思うけど、美人って怒ると普通より怖いよね。特にセツナなんてダーク系美人だから余計――
「やだな〜ナナミったら、私は別に怒ってないよ」
そんな事を棒読みで良いながら容赦なくコークスクリューブローを放ってくるセツナ。めっちゃ怒ってるじゃん。
「だ・か・ら怒ってないよ〜」
じゃあなんで必殺技を放つの? って言うかなんで声に出して無いのに解るの?俺、口に出してた?
「うんぶつぶつと。私、チリバツで聞いちゃいました」
貴方は何処の学園のアイドルですか? 折角生徒会長なら甘甘お姉ちゃんが良かったと思ってみたり。
「何だお前は弟くんって呼ばれたいのか?」
今日の俺がおかしいのか? それとも今のセツナが最強なのか?
「私はきっとお前に対してだけ全て100%出せるんだ。私を怒らせない方が身のためだぞ」
今日はパーフェクトタイムですか。セツナにと言うより他の所から怒られそうで怖いわ。
「遅れてすまない。……どうしたんだい? フェザー級チャンピオンとでも戦った様な顔をして?」
「気をつけろ。なんだか今日はセツナの機嫌が悪いんだ。誰かにセクハラでもされたんじゃないか?」
「ナ・ナ・ミくぅ〜んもう一発いく?」
その時のセツナの顔は見たこともないような素晴らしい笑顔だった……
とあるマンションの一室――
「そろそろ起きろ、もう時間だぞ」
何度起こしても起きないので、少し悪いかなと思いつつ掛けてある布団を強引に引きはがす。現れたのは色々と露出してしまっている女性の寝姿。
「はぁ、全く。相変わらずこんな格好をして。起きろ、そして着替えろ」
既に見慣れているので特段同様したりする事は無いのだが。「目のやり場に困る」みたいな反応が正しいのだろうか?
「起きろって、今日は休みだ。まだ寝てても良いだろう」
返事は返したがまだ完全に覚醒していないらしい。どうやら忘れているようだ。
「お前が今日は用事があるから起こせと言ったんだろう。俺も今日は用があってそろそろ出なきゃならない。早く起きてくれ」
「もっと優しく起こせないのか? おはようのキスとか」
やれやれまだ寝ぼけているようだ。それとも起きていて冗談でも言っているのか?
「して良かったなら遠慮無くしたんだがな。お前がそんな乙女趣味だとは思わなかったよ」
「私がお姫様なのもお前が王子様なのも似合わんだろう。水をくれ」
冷蔵庫からペットボトルを出して投げる。水の他にはビールを初め酒類しか入ってない。ミ○トさんでもこれにレトルト食品とつまみ類が入ってたぞ。
「サンキュー。私はもういいわ。用があるなら行きなさい。私もすぐ出なきゃなんないし」
「じゃあ俺はもう行くぞ。ちゃんと身支度整えて出ろよ」
流石にこのまま外に出るなんて事は無いと思うが、下手すると警察沙汰になりかねん。何よりこの姿を他人に見せたく無い。
「アンタが休日に出かけるなんて珍しいわね。友達でも出来たの?」
「面倒な年になりそうだよ、全く」
不意に訪ねられた質問に対して生徒会のメンバーを思い出しながら答える。今までも智也の所になら行ってたんだがな。
「今日もこっちに帰って来なさいよ。久々にご飯でも一緒にさ」
「ああ。了解」
二度寝せずにベットから出て支度し始めたのを確認して部屋を出る。今日は先日決定した歓迎会。面倒だが、セツナと静相手では分が悪い。行かないわけには行かないか。
どうもマンションを出るのが予定より遅れてしまったらしい。待ち合わせには少し遅れそうだ。
「一応連絡入れとくか。たしか静の連絡先なら入ってたはず」
……携帯忘れた。俺も甘いな。詰めが、では無くアイツに対して。どうしても優先してしまうな。間違ってるとも、直そうとも思わないが。それが原因で待ち合わせに遅れたとしても。 仕方が無い。着いたとき急いだとバレん程度に本気を出すか。
目的の店が見えてきたため、速度を標準にまで落とす。結構飛ばしたのだが遅刻には変わりないようだ。
事前に知らされていた場所にたどり着き、その店内へと入る。
「遅いぞ」
店内に入った瞬間セツナからの叱責を受ける。
「悪い。ちょっと出るのが遅れた」
謝りながら店内を見回すと顔見知りしか居ない。貸し切りにしてくれたのか?
「電話ぐらい出なさいよ。何度か掛けたのよ。心配するじゃない」
「俺もお前に連絡入れようと思ったんだけど、携帯置いてきたみたいでな」
皆が囲んでいたテーブル席の奥の通路側に座る。
「なんでシズカになんだ? 私でも良いだろう」
「このメンバーだと静の番号しか知らないし」
「私のも今すぐ登録しろ」
「だから携帯忘れたって」
「貴様学校で会った時憶えてろよ」
携帯を忘れただけで、まるで悪者を成敗したかのようなセリフをはかれる。
「これで終わりじゃないぞ」
「まだなんかあんのかよ!?」
「席だ席! 何故迷いも無くシズカの隣を選んだ?」
「お前の隣には、「一体何連鎖したの?」って言いたくなるようなお邪魔が居るだろうが。それに俺左利きなんだよ。同じ左利きの静の隣じゃ無いと腕ぶつかっちゃうんだよ」
それに、今日は俺が最後で、空いてる席がここしか無かったのだ。迷う必要など無い。それにしても今日はやけに絡んでくるな。遅れたの怒ってるのか?
「私も左利きだぞ。ほら問題ないじゃないか」
「それは今始めて知った情報だ」
「次からだ。まぁそんな事よりも私を見てなんか言うことは無いか?」
少し照れくさそうに言う。こうゆう時は大体、髪切ったのを気付いて欲しいとかだ。いつもと違いは分らないがきっとそうだ。
「髪切った? 顔ちっちゃいね〜」
すかさずコークスクリューブローが飛んでくる。
「サングラスじゃなくて、眼帯キャラにしてやろうか?」
お昼の顔で誤魔化せなかったか。だって見ても何にも分らないんだもん。
「初めて見慣れた制服じゃない姿を見て、ドキッとか無いのかお前は?」
「んな事言っても。見慣れたと言うほどセツナにはあってから日が経ってないし、静の私服はある程度見慣れてるしな」
「その返しは想像出来なかった。ちょっとリアルに泣きそうだ」
いつもの表情の無い顔ながらも少しだけしゅんとしているのが解る。
「雪那見慣れない服だね。新しいのかい?」
「ああ。ありがとう」
それに気付き、隣のでくの坊がすかさずフォローに入る。気が利くねぇ。俺には出来ない芸当ですよ本当に。
「騙されちゃダメよアレは同情して貰おうって作戦だから」
「余計な事を言うな。台無しだろう」
静の助け船にセツナも乗っかってくれたが。今のは俺が悪かったみたいだね。
「今日は歓迎会なんだろ。集まったは良いが何をするんだ?」
「ああ、それに関してはちょっと待ってね。まだ一人ここに来てない人が居るのよ」
「もう一人?」
最初に役員はここに居るメンバーで全部と聞いていたんだがな。
「生徒会の顧問だ。最初から定時に来るとは思ってなかったがな」
顧問? そりゃ居るか。一回も生徒会室に来たこと無いような気がするが。
「噂をすれば来たみたいだよ」
窓から見えたのだろう。そう言ってから少し経って扉が開く。生徒会顧問だと言うからどんな堅物の男がやってくるのかと思ったが、現れたのは女性。しかも美人と言っても差し支えない容姿だ。女性にしては高めの身長に、大胆に開けられた胸元は強くその存在を強調させていてプロポーションは抜群。と言う見慣れた顔だった。
「こちらが生徒会顧問の新堂美鈴先生だ」
「何だ、新しく入ったのってお前だったのか」
俺の事を軽く確認して俺達が座っているテーブル席の近くのカウンター席に着く。
「あら? 七海と美鈴先生は顔見知りだったの?」
「そう言えばナナミのクラスの担任はミスズだったか。それなら紹介はいらないか」
「あっ、そうだ。お前携帯忘れてたぞ。お互い外に出てるのなら、帰りは合流しようと思っていたのに、どうやって連絡取る気だったんだまったく」
「忘れた原因の半分はお前にもあると思うのだが……まぁいいサンキュ」
美鈴から投げられた携帯を取ろうとした瞬間、空中で携帯は消え、セツナの手の中にあった。流石コークスクリューブローを日々乱発してるだけあるな。
「ちょっと待て。なんでお前が忘れてきた携帯をミスズが持っている?」
「そんなのソイツが私の家に忘れて行ったからに決まっているだろう」
「ええい黙れミスズ!」
「お前教師に向かってその言い草はどうかと思うぞ」
「何故貴様の家に忘れる!?」
「充電したままにして忘れたんだな」
「それはあれか? お前の家にナナミが来たと言う事か?」
「しょっちゅうだぞ」
「「そんなの聞いてないぞ(わよ)!!」」
「「言ってないからな」」
そう俺と美鈴はこの中で、それこそ静よりも付き合いが長い。家に行くのはしょっちゅうだ。と言うか俺が行かないとろくに飯も食わんからな。
「それで、美鈴先生と七海とはどういった関係なのかしら?」
「お前等の想像道理の関係だ。ガキのおままごととは違うぞ」
美鈴のカオススイッチが入ったな。美鈴の趣味は人の関係をブチ壊し、場を意味も無く引っかき回す事だ。実に質が悪い。
「シズカ、お得意の胸で勝負したらどうだ?」
「どう見たって私が負けているじゃ無い。会長こそ年上の魅力アピールはどうしたの?」
「あんな大人の色気ムンムンみたいな奴に勝てるか!」
考えごとをしている内にセツナと静を持ってしても既に押されているようだ。やれやれだまったく。
「その辺にしておけよ美鈴」
「「美鈴!?」」
女子二人に以上に反応される。そんなにおかしな事だろうか?
「そうだな。まっ、ぶっちゃけ弟みたいなモンだ」
「弟?」
「静」
静が珍しく少し不安そうな目でこちら見てきたので、目でお前が思っているのとは違うと伝える。
「でも貴方姉弟居なかったはずよね?」
いつもの様に戻った静が穴探しを初めて来る。
「そうだお前には居ないはずだ……たぶん」
セツナも疑っているしこれは隠せそうも無いね。隠す気も無いんだけど。念のために美鈴にアイコンタクトを取る。美鈴の目は「好きにしろ」と言っていた。
「美鈴は俺の後見人だ」
そう美鈴は、身寄りの無い俺をまだ自分も若いと言うのに拾ってくれた変わり者だ。まったくこの借りはどうやっても返せないじゃ無いか。
『後見人……』
各自受け止めて色々考えているようだが、そんなに気にするような事でも無いんだけどな。
「君に親御さんが居なかったとはね」
「同情とかすんなよ」
「別にしないよ」
俺の想いを一言で理解して、尚且つ力になれることがあれば協力するよと。顔に書いてある。こちらの状況も分らないのに、分った風な口を聞かれたり、同情されたりするのはゴメンだ。コイツはそれを理解して、同情でも下に見るわけでも無く、側に居てくれるのだ。だからセツナは――
「だからお前はモテるんだろうな」
「君からそんな言葉が聞けるなんてね」
本人に聞かせる気はないが俺は奴を認めている。認めているし、眩しくて届かないのも解っている。だから気に入らないのだ。
「それより僕と違って二人はそんなに驚いて無いようだけど」
「私はこの子に両親が居ないのも、身寄りの無い子供達の施設出身なのも知っていたから」
「そう言えば同じ中学出身だったね。セツナも知っていたのかい?」
「えっ?いや、私は知らなかった、凄く驚いているぞ。ホントに驚くと言葉が出ないと言う奴だな」
セツナはイキナリ話を振られて明らかに取り繕って言葉を繋ぐ。まぁ今はまだその時じゃないよな。皆も居るし。
「歓迎会なんだろ? こんな話じゃなくてもっとなんか無いのか?」
自分の身の上話でこうゆう空気になるのは慣れては居るもののやはり耐えがたい物があるので話題を変える事を試みる。
「お前が気を使えるようになるとは……高校に入って成長したな」
わざとらしく感動したそぶりを見せる美鈴。この原因の半分もお前だ。
「そうだねじゃあ逆に君が皆に聞きたい事は無いかな?」
ここは受けを狙った方が良いのだろうか?俺のキャラじゃないんだがしょうが無い。
「今日の下着の色は?」
「私はナナミの好きそうな縞パンだ。お前の為にわざわざ買ったんだぞ。好きだろ? 萌えるだろ?」
「私は貴方の好きな白のよ。私は黒とかよりもこうゆう清楚なのがギャップで良いんでしょう?」
「私は……起きた時に見たから言わんでもいいか」
皆さん正直に言うのね。後、俺の好みを勝手に決めんでください。
「ミスズ、起きた時見たってなんだ!?」
「それは一体どういう事なのかしらねぇ?」
「そのまんまの意味に決まっているだろう」
「「この淫乱教師!!」」
美鈴はまた楽しんでるよ。まぁ空気戻ったからほっとくけど。
「今日やらなきゃいけない事とか、連絡事項とか無かったのかよ」
「今日は特にないよ。君はかなり仕事が出来るからね。君が入ってから戦力は随分アップしたよ」
「お褒め頂いて光栄ですよっと」
「そんな事よりキミあれ止めてきてよ」
三人寄ればかしましい(?)三人の美女を指してインポッシブルなミッションを告げられる。
「嫌だよ。と言うか俺には無理だ」
「キミなら簡単な事だろう?」
「出資者は無理難題をおっしゃる……」
俺はここに居る人間には常々勝てないと思っているというのに。
「じゃあ諦めて待機だね。何か頼むかい?」
その後不毛な戦いは永遠に続くかと思っていたがそれもすぐに終わり、その後ガールズトーク(?)に花を咲かせていた。
「さて、そろそろお開きの時間だな?」
話が一段落したのか腕時計を見ながら美鈴が言う。
「そうねそろそろ良い時間ね」
「お前等二人は――まだ日も長いし送らなくて大丈夫だな?それとも野郎二人を付けるか?」
まだ夕暮れ時だ心配は無いだろうが、どっちにしろ俺達と静は同じ方向だし、二人は幼馴染みと言うからには家が近いのだろう。
「いや、大丈夫だ。心配いらないよ」
「そうか……じゃあ七海夕飯どうする? 折角外にいるしこのままどっか行くか、それとも買い物してから帰るか?」
「どっちでも良いな。お前は?」
「うーんそうだな……」
帰り支度をしている皆を余所に、俺と美鈴は今後の取る行動の方針決めをする。
「ちょっと待て。何だその会話?」
「二人はこれから仲良くお食事に行くのかしら?」
「今日は朝からそのつもりで行動していたが、何か問題か?」
「「問題だ(よ)!!」」
「教師が一生徒と必要以上に親密になるのは問題だろう?」
「私は公私混同はしないタイプだ。仕事とプライベートはキッチリ分ける。九分九厘、『私』の状態でな」
「年の離れた男の子を家に上げるのは問題じゃないかしら? 帰りも遅くなると危ないし」
「明日も休みだし私はてっきり泊まっていく物だと思っていたが」
なんだか二人は美鈴の回答に衝撃を受けているようだ。次なる打開策を必死に考えている。そして二人で目を合わせ頷き合う。
「「断固阻止。私達も御一緒するわ」」
「別に構わんが、遅くなっても良いように親御さんには連絡しておけよ」
「「えっ良いの!?」」
「だから連絡しろよ」
「「私は大丈夫」」
「市川は?」
「僕も大丈夫ですけど」
なんだか二人の大丈夫とは違うニュアンスの気がするな。いや、二人が違うのか。まぁどっちの事情も何となく知っている俺としては深く追求しないが。
「さてイキナリ人数が倍以上に増えたが……ずっと黙っていたって事は何か考えてたんだろう?」
特に自分で考えずに俺に振る美鈴。話がこうなりそうだったから考えてはいたんだが。
「そうだな……久しぶりに智也の所に行くか」
「……そうだな園長もたまには遊びに来いと毎日の様に言ってくるしな」
少し考えて肯定した美鈴に対して、他は何一つ理解していない様子。まぁそうだろう、大人数で夕食を取ろうと言う時にクラスメイト、しかも男の名前が出たのだから。
「おいナナミそれはお前の友人か? イキナリ押しかけて迷惑じゃないか?」
「大丈夫だろう。あそこは食材だけ持って行けば後は適当な料理が出てくるだろう」
「そうじゃなくて、親御さんは大丈夫なのかい?」
「泣いて喜ぶんじゃないか? お前等三年には大学に推薦してくれるかもな」
二人の問いに美鈴と共に答える。それでもまだ疑問符を浮かべているようだ。
「……ねぇ会長。会長は料理とか出来る方かしら?」
「ん? まぁ人並み程度かな」
「そう……可愛い後輩の七海にお弁当を作ってあげたりとかは?」
「無いが……どうしたのだ?」
「会長、いずれ分る事でしょうけど一つだけアドバイスを、最大の敵はどんな美人でも、可愛い子でも無く『彼』なのよ……」
智也の事を知っている静だけが遠くを見ていた。大丈夫だと思うが、一応連絡入れておくか。そうだ茜にも連絡してやろう。
適当にスーパーで買い物を済ませた後、智也の家に向かう。それで今目的地である家の前なのだが……
「なんだコレ?」
「武家屋敷? 侍でも住んでいるのかい?」
「いやむしろ、魔法使いとかサーヴ○ントが住んでるんじゃないか?」
まぁ初見の人は驚くか。趣味で造ったため実は新しい武家屋敷風民家。敷地は広く、屋敷は大きい。現在二人しか住んでないのにな。
「とっとと入るぞ」
美鈴が玄関の扉を開ける。
「ちょっと七海。呼んで置いて本人が居ないってどういう事――うわ生徒会オールスター」
気配に気付き出て来たのだろうか? 俺に文句を言ってる途中で予想外の事態を発見する茜。まぁ『智也の家に来い』とだけメールしただけだしな。
「まさかまた二人が何か悪さを? 生徒会のガサ入れ!?」
「またって何だ? そして俺も今は生徒会役員だ」
「玄関で騒いでないで中で話したらどうだ……ってこれはお客さんいっぱいだな」
騒ぎを聞きつけて来たのか、普段とは違って中に入ってこないのを不審に思ったのか、智也も出てくる。
「説明貰って良いか?」
「取りあえず中で落ち着いて」
全員お茶の間として使っている部屋へ集まって貰い大まかな説明をする。殆ど何も伝えてないが、説明するような内容もたいして無いし。
「静先輩お久しぶりです。美鈴さ――先生も遊びに来るはご無沙汰ですね。会長と副会長は初めましてですね」
茜は早速自己紹介を始めている。順応が早いと言うか、ココの家に関わると大抵の事は気にならなくなるのかな?
「僕はもう副会長では無いんだけど……これは早めに生徒に伝えなければならないね」
「私は会長だが、貴様は何だ? 静の後輩か?」
「えーと、そうですね静先輩は中学の先輩で……」
「つまり貴様はナナミのなんだ?」
「……成る程! 大丈夫ですよ会長さん。私、先輩や会長を敵に回すほど命知らずじゃないですから」
「そうか。いや別になんでも良いんだがな」
そして茜は「でも」と言ってからセツナに耳打ちをしたが、なんて言ったかは聞き取れなかった。
「でも、七海の魅力、良いところは解ってるつもりですよ」
「! 私だって知ってるつもりだ……」
結構動揺してるけど一体何を言われたんだ? 別に大して気にならないけど。
「智也、ほれ材料」
「コレは一体何を作ろうと思って買ってきたんだ?」
「それはお前が考えることだろう」
こっちは適当に食材をカゴに入れただけだ。何が出来るかはお楽しみと言うやつだな。
「取りあえず先につまみを軽く作ってくれ」
「うわぁ、美鈴ねぇもう飲んでるの?」
「園長居ないし。待っててもしょうが無いしな」
「たぶんもうちょっとで帰ると思うけど……メニューは取りあえず美鈴ねぇのつまみでも作りながら考えるか」
「何か手伝う事はあるかい?」
「先輩料理出来るんですか?」
「人並み程度だよ。邪魔になるようなら止めておくけど」
「大神、ソイツに出来んことなど基本無いぞ」
智也だけにやらせておくのは悪いと思ったのか、生徒会の良心が申し出る。どうやら会長のお墨付きの様だ。完璧な二人はさすがだね。
「じゃあお手伝いお願いできますか?」
「喜んで」
「智也みたいのなら婿に欲しいな。園長がああなる訳だ」
「悪かったな。料理を初め、家事全般出来なくて。だから最初に俺はハズレだと言っただろう」
「お前は男共の中に混ざらんのか?」
「俺は出来損ないなんで、女子にモテるようなスキルは無いんだよ」
セツナの問いにはこう答えるしか無い。俺には皆を満足させる料理は作れないしな。どうやら俺はここに居てもしょうが無いようだな。
「智也、料理が出来るまで時間掛かるのか?」
「そうだね。この人数だし、少し掛かるかもね」
成る程。メチャクチャ待たされるわけね。なら、久しぶりに行くか。
俺はある程度気付かれないように皆が集まってる部屋の席を立った。
「なぁ、ナナミは何処へ行ったんだ?」
「居ないなら道場じゃないですか?」
「道場?」
「はい。家から――この母屋から出て右側に道場があるんですよ。たぶんそこに居るんじゃないかと」
「会長さんなら是非見に行った方が良いですよ」
「何かやってるのか?」
「見たらきっと惚れちゃいますよ」
精神を集中させる。完全な無へと。常にそうだったはずなんだかな。最近はやけに乱されがちだ。いつもより少し時間が掛かったか……余計な事を考えずに始めよう。
「――ハアアァッ」
集中させた神経を刃の様に一点に集め虚空を斬る。遅れて着いてくる空を斬った音。そして木の割れる音。その後、手に有った重さが無くなった。少し甘くなっているか。久しぶりだと言う事で言い訳しておこう。
「凄いな。何だ今のは?」
道場の入り口から声を掛けられる。やれやれ本当に鈍ってるね。普通は人が来れば解るんだがな。
「何なのか分らないのに凄いのか?」
「意地悪だな。普通の素振りでは木刀は割れないだろう」
「前に愛用の奴無くしたからな。それなら壊れないんだが、慣れないのだとこうなる」
「まぁ何をやっていたのかは分らないが、格好良かったぞ」
「惚れたか?」
「これはたぶん私じゃなくても惚れるんじゃ無いのか?こんなの持ってるなんてズルイだろ」
そのセリフ俺はどう受け取ったら良いんだ? 俺から言わせればアンタの方がよっぽどズルイと思うんだがな。
「頼めばもう一度見せてくれるか?」
「無理だな」
「お前は本当に意地悪だな」
少し甘えたように言ってくる。何それ? 必殺技? まさかウチの会長様が『上目遣い』のアビリティを憶えているなんて。それでも見せられないんだけどさ。
「意地悪じゃなくて。無理なんだよ。身体が持たん」
そこで俺は息を吐いて完全に身体に終わりを伝える。突如として汗が噴き出し、身体は重くなる。
「コレ全力以上で身体を動かす鍛錬なんだよ。言うなら界○拳。あるいわ身体だけ精神○時の部屋。だから一回が限界」
「良く解らないがメチャクチャ疲れると言う事だな。取りあえず汗拭いたらどうだ?」
「このままシャワー浴びてくる。一緒に入るか?」
「お前さっきからちょっと軽いな。どうしたんだ?」
「コレの後はめっちゃ疲れるし、頭一回ゼロにしてから起動し直すからだろ」
「前に眠いと言っていた時も甘えてきたな」
「それは憶えていないが、本当なら失態だな。まぁ俺は風呂入ってくるわ」
「聞いておいて答えを聞いていかないのか?」
「アンタも最近随分冗談を言うようになったな」
俺は言葉を少し間違えたな。と思いつつ道場を後にした。アレは人に見せる物じゃないしね。
「まだかよ智也?」
「もう少しだ。それにまだ星佳さん来てないだろう」
稽古を終えて汗を流してきた言うのに、どうやらまだ食事は完成していないらしい。女性陣は何やら入りづらい会話をしているし、俺を除く男性陣は料理の仕上げ。そして約一名はもうすでに始めていると言った所か。つまり手持ち無沙汰だ。鍛錬は予定より早く切り上げてしまったからな。
「ただいま〜。おっ、今日はお客さんいっぱい来てるのかな?」
「大神誰か来たようだぞ」
「この声は園長だな」
「園長? さっきから美鈴が言ってる園長とは誰なんだ?」
「星佳さんの事ですよ。この家の今の主です」
「つまり大神の親御さんと言う事か?」
この家の事情を知らないセツナが智也に問う。智也の口から答えが出る前にその主はやってきた。
「美鈴ちゃん久しぶり、ってもう始めちゃってるの? 待っててくれてもいいのに〜。七海ちゃんもすっごい久しぶりだよ〜」
「「毎日学校で会っているだろう」」
イキナリのハイテンションに美鈴とハモってしまう。
「お帰り星佳さん。丁度出来上がったしご飯にしましょうか」
料理を作っていた二人が、出来上がった物を持ってきて並べる。
「今日は珍しいお客さんも居るんだね。雪那ちゃんと俊幸くんが来てくれるなんて私は感激だよ」
「「園長って学園長の事だったのか!?」」
「なんだセツナ達も星佳の事知っていたのか」
「私は仮にも生徒会長だぞ。学園長を知らないわけがないだろう」
そう。この帰宅直後からハイテンションな人、この家の主は、ここに居る全員が通っている学園の学園長だったりする。
「学園長だから園長と呼んでいたんだね。気付かなかったよ」
「それは違うぞ市川。学園長は私等の居た児童施設の園長だったから園長と呼んでるに過ぎん」
「そうだよ〜私は皆のお母さんだったりするのです」
と年齢不詳のビッグマザーが言う。見た目だけで言えばここに居る中で一番若く見えるのにな。喩えるなら学園都市に居るアノ先生だ。
「私は七海、それに大神君の事はある程度知っていたけど、美鈴先生までとは驚きだわ」
「私達はガキの頃から一緒だよ。まっ、そんな事より料理が出来たなら始めよう」
「そうだね。久しぶりにお客さんも大勢居るパーティーだよ」
やれやれ。別に俺達は気にしていないんだがな。まっ、あえて空気悪くするのも嫌だしな。この話はココで終わりだろう。
「生徒会役員が皆家に来てくれるとはね。まさか智也くん生徒会に厄介にでもなった?」
「皆さんを連れてきたのは俺じゃないですよ。今日は七海です」
「まさか七海ちゃんが家に友達を連れてくる日が来るなんて……」
「人をコミュ障みたいに言うなよ」
『違うの!?』
「全員で!?」
ここにいるのは、それこそ家族みたいなメンバーと最近学校でずっと一緒の人なのに……まぁ俺はお世辞にも他人が大好きって言える人間じゃあないけどさ。
「でも七海ちゃんも大分変わってきたよね。表情が豊かになったよ」
「そう言えばそうよね。中学時代よりも高校に入ってから……と言うより生徒会に入ってから凄い変わりようよね。会長の御陰かしら?」
まぁ確かにセツナとついでのオマケに主導権奪われがちな気がするな。俺ではどうやっても勝てる気がしない。
「私から言わせれば、静先輩に会ってから大分変わったと思いますけど」
静は依存しているからな。――お互いに。
「それを言えばお前にガキの頃に会ってから少しはマシになったがな」
本人には言わんが、茜にはなんやかんや感謝してる。自分でも言うのもなんだが、こんなのによく愛想尽かさないもんだ。
「そう言われると施設に来た頃に比べるとすっごい変化だなお前」
「自分では変わったつもりはないんだがな」
「まぁ場所が場所だけに色々と抱えてる子も居たけど、七海ちゃんは中でも特に酷い経緯でウチに来たからね」
「そんなもん人それぞれだろ? 俺は別に自分が世界で一番不幸とか思ってないしな」
「でも施設のガキ共ともあまり関わろうとはしなかったな。身寄りないガキ同士仲良くなるモンだが」
『て言うか、人嫌いだよね』
また全員攻撃かよ。
「俺にとっちゃ人なんて関わってもすぐ居なくなっちまうモンだからな。それが嫌で避けてるのかもな。現に施設も無くなったし」
「でも、智也くんとか美鈴ちゃんとは今でも一緒じゃない」
「解ってるんだけどさ。なんて言うか、防御本能的なので避けっちまうらしい。やっぱり人が嫌いなのかもな」
俺がそう言うと、全員顔を曇らせる。皆何を考えてるか知らないが、俺もそうだけど、コイツ等全員何かしら抱えてるよな。たぶん俺が思う同様、向こうも同じ様に気づいているのだろう。同じ傷を持った相手だと言うことを。同じ傷を持つ者として。
「まっ、興味あるなら互いに傷をほじくり合うなり、舐め合うなりすればいいさ。今は飯を食おうぜ」
「そうだね。智也くんのご飯は美味しいからね。皆で食べよー」
お互いに気を遣い合い場を和ませる。そこからの食事は少し不器用なかもしれないが、久しぶりに楽しい物だった気がした。
さて、夕食も終わり結構いい時間になって大人の見本である教師の二人は潰れてしまった訳だが……
「一応男手は足りているか。さすがにこの時間に女の子を一人で帰す訳にはいかんからな」
「そうゆう所は気が利くんだなお前」
「逆にこの子そこだけはしっかりしてるわよ」
「美鈴はここに置いておくとして、ペアは……最初から決まっているか。静は残念。ハズレで申し訳ないが俺だ。後のツーペアは帰り道でイチャつくなり、送り狼になるなり好きにしてくれ」
「別に私は貴方がハズレなんて思ってないわよ。お邪魔になるのも嫌だし。貴方なら最悪襲われても大抵の相手なら返り討ちでしょうからね」
「ちょっと待て。何でシズカとナナミペアで決定している?」
「「消去法?」」
今、俺と静の考えは完全にシンクロしているはず。この面子ではどう見ても最初からペアができているのだ。残り物である俺になってしまった静には申し訳ないが、このペアの間に入って、シャッフルし直すほど、俺も静も歪んでなど居ない。茜のことは静も知ってるしな。
「私はコイツと仲良く帰るなど嫌だぞ」
「何も言ってないのに自覚あるじゃ無いですか会長」
「ち、これは――」
「皆今日は泊まっていけば良いんですよー」
お子様が酔っ払ってなんか言ってきた。
「今日はもう遅いですし。明日はお休みですし。部屋はたくさんありますし。今日は皆でお泊まりです」
「いや、学園長さすがにそれはご迷惑かと……」
「大丈夫ですよ。星佳さんもこう言ってますし、部屋もちゃんとありますよ。勿論皆さんに問題が無ければですけど」
茜を除いて全員が困惑しているようだ。まぁ確かに、後輩の男子の家にイキナリ泊まる事になった。いつも通う学校の学園長の家にイキナリ泊まる事になった。どちらもさぞ困惑する事だろう。しかもそれら二つは今イコールで結ばれている。答えを出すヒントぐらいは出すか。
「こうしよう。問題無いやつはこのまま此処に泊まる。問題のあるやつは俺が送っていこうそれでいいな? 星佳は無理矢理泊めるとか言うなよ」
「えぇー」
「シズカここは公平にお互いお世話になると言うことでどうだ?」
「そうね。考えようによればチャンスだしね」
「これは僕だけ帰るわけにもいかないかな。大神君お世話になってもいいかい?」
「勿論です。俺は部屋の支度をしてきますね」
「じゃあ私は先輩方とレッツ入浴です! その美肌の秘訣教えて貰いますよー」
「僕も支度を手伝うよ」
「ちょい待ち。旦那には悪いが俺に付き合って貰うぜ」
智也を手伝いに行こうとするのを止める。最初から客間は用意してあるわけだし、準備など大したことないだろう。
星佳と美鈴楽しんでいるテーブルから空いてない缶を手に取る。
「飲むかい?」
「いや、そんな自分の身の上話をする魔法少女がリンゴ渡すみたいに言われてもね、僕達未成年だし」
「そうかよ。シラフでする話でも無いと思ってね」
残念ながら誘いを断られたので、俺は缶を置いて、お茶のペットボトルを二本持って、移動する。
「付き合って。ちょっと静かな場所まで」
俺はこの家のお気に入りスポット。学校で言う屋上に当たる縁側まで来て腰を下ろして、ペットボトルを投げる。
「どうも。それで何か話しって?」
「ま、面倒くさいから単刀直入に聞くけど、アンタとセツナってどうゆう関係?」
「? 残念ながら恋人同士じゃないから安心して良いよ。さしずめ君や大神君達と同じ幼馴染みって所かな?」
何を勘違いしてるか知らんが、俺は「高校に入って出会って、お互いに惚れ合って付き合ってます」って言われた方が安心できたよ。
「俺が気になってるのはその『幼馴染み』ってやつだ。具体的には何時から? どうやって? 場所は?」
「それを知って君はどうするんだい?」
少し俺の語気に焦りがあるのに気づかれたか。少し疑い始めたな……
「別に答えなくてもいい。その義務がアンタにあるわけじゃ無い。只、俺も何も答えない。それで、疑心を抱いてもかまわないし、セツナが危ないと思うなら俺を近づけさせないようにしてもかまわない」
「別にそんな事はしないよ。彼女が連れてきたわけだしね。……少なくとも今は」
「そうかい。じゃあ最後にもう一つ質問だ。これも無理に答えなくてもいいし、嘘を吐いても隠してもいい」
俺は縁側の柱に背中を預ける様にして立っている、現時点で最強の敵の目をしっかりと自分の目で捕らえて聞く。
「お前セツナの事どこまで知っている?」
それに対して少し考えてから、俺との目線をそらさないまま答えた。
「彼女には君と同じで身寄りが無いことと、凄く頭が良いとゆう事ぐらいかな。信じるかどうかは好きだけど」
「そうか……俺もまだ100%把握してる訳じゃないんだ。確証が得られたらまた同じ事を聞くよ。その時は答えてもらえると嬉しいんだけどな」
「別に君を信用してないとかじゃないんだけどね。只僕も何も解らないんだよ。僕もできれば彼女の事を救って上げたいんだ」
「……アンタは十分セツナを救っているよ。只……コレは俺が言うことじゃないんだが、あんまりセツナの事は詮索しないで欲しい。そしてもし、全てを知っても、知らなくてもアンタには、アンタにだけは、『清美雪那』と言う一人の女の子として見て上げて欲しいんだ。セツナ自身もそれを望んでると思う。……本当に俺の言う事じゃないな」
「それは君もじゃないのかい?」
「俺には無理なんだよ。アンタと違って自分も光って、他の人も照らしてやるなんて真似はさ。俺に出来るのは、傷を持つ者同士痛みを分かり合うだけさ、そしてそれは決して前には進めない。だからアンタに任せるしかないのさ」
「じゃあ君は一体何を?」
「自分が醜いと思ってる奴にさらに醜い俺の姿を見せて、太陽の下に出ても大丈夫と思わせるだけさ」
「……君は誰よりも強いのかもしれないね」
出会った瞬間に理解した。コイツは俺の真逆に位置する存在だと。故にお互い多くを語らずに理解するのだろう。
「いや、逆さ。きっと一番弱い。只人並みの感情って奴をどっかに落として来ちまっただけさ。少し話し過ぎっちまったな。部屋の準備も出来ているだろう。もう休め。付き合わせて悪かったな」
「今の事は、互いに時が来るまで忘れておくことにするよ。じゃあ僕は先に休ませて貰うよ。お休み」
そう言って。優しい先輩に戻って縁側を後にしていった。
あの無駄話が終わってからどれだけ経っただろうか? 俺は縁側から動かずに只夜が明けるのを待っていた。
「月の位置から見てすでに日付は変わっているか……やれやれまだ夜は長いな」
酔い潰れて眠ったのだろうか? 二人の声も聞こえなくなった。どうせなら暇つぶしに付き合えばよかったか? 少しは時間を早く過ごせただろうか? 馬鹿馬鹿しい。夜が長いことなど今日に始まったことじゃない。いつもの事じゃないか。それでもいつもより長く感じると言う事はあんな話をした所為だろうか? やれやれつくづく相容れぬ存在だな。こんな事なら智也に長編漫画でも借りておくべきだった。さて、どうやって時間を潰そう――
「やはり眠れないのか?」
そんな俺の思考と静寂を打ち破る声が掛けられた。
「ほら。ブラックでよかったか? 甘いのが好きなようには見えなかったんでな」
二つ持ったマグカップの片方を俺に渡して、セツナは俺の隣に座る。
「どうも。知ってたの?」
「前にお前が生徒会室で私を枕にしたときに、シズカが良くある事だと言っていてな。聞けば授業中も寝て過ごして居るようじゃないか。まぁお前からすれば高校の授業などつまらんのだろうけどな。それにしても昼間寝すぎだ。それは夜に眠れないんだろう?」
「正解。授業がつまらないのも、静の膝枕が気持ち良すぎるのも只の言い訳」
「聞き捨てならんのがあるが、今は聞き流してやろう。それでそれは、一般的な精神病か?」
「正解でもあるんだが、その聞き方だとハズレが正解みたいだね。だから答えはNOかな? 心なんて素敵な物持ってないんで」
「だろうな。私もそうだったからな」
「今はもう大丈夫なのか?」
「ああ。ちゃんと眠れる」
「薬無しで?」
「ダー」
時折ソレ入れてくるな……
「やっぱり凄いね……オタクの旦那」
「旦那じゃないし。アイツは関係無い……と思う」
「俺じゃ勝てないわ」
「奪い取るんじゃ無かったのか?」
「さっきさ、ボロボロにやられちまった」
「また、決闘でもしたのか?」
「んー。俺が一方的に攻撃してんのに、全く効いてない感じ? 力の差を見せつけられてね」
マグカップを置いて、なんの断りも無くセツナの方に倒れる俺を、何も言わず受け入れてくれた。様するに今膝枕をしてくれている。
「嫌がらないんだな。せめて何をするか聞くとかも無いんだな」
「今私が少しでも拒絶するような素振りを見せたら、お前のフラグが完全に折れて二度と立たない気がしたからな」
「やっぱお前俺の思考読めるの?」
「どうだろな? 試してみるか?」
膝枕の為、挑戦的なセツナの顔を見上げる形になる。俺はお前が此処に来てから一つの事しか考えていないが……
「素直になるも何も、私はアイツの事など何とも思ってないと言っているだろう」
1、特質系の能力者 2、ギ○スの持ち主 3、とある島の魔法の桜に願った ……どれだ?
「3がヒロインらしくて良いな。他の二つはどちらも死んでるし」
何でも良いけど俺の脅威以外の何者でもねぇ。
「話戻していい?」
「あぁ」
「この縁側良いだろ?」
「そうだな。落ち着く場所だな」
「俺、昔ここで正義の味方になるって誓ったんだ」
「へぇー」
「嘘だけどさ」
「なんでそんな誰も信じない、意味の無い嘘を吐く?」
「お前がさっき言った事と同じさ」
セツナは少し寂しそうに顔を曇らせるとため息を吐く。
「お前が私の事をどう思おうが勝手だがな。余り私の前で口にしないでくれると嬉しい。好きな人に誤解されたままと言うのは、結構辛いよ」
……
「……」
「……」
「どうするのこの空気?」
「どうするって、フォローを入れて私を慰めろ」
「無理だよ。むしろこんな時どんな顔すれば良いのか俺に教えて欲しいよ」
「笑えば良いと思うよ?」
「聞かなかった事にしよう」
「じゃあ落ち込んだ私を慰めろ」
「どうやって?」
「仕方無い助け舟を出してやろう。あー月が綺麗だな」
「んー?」
確かにこの縁側からは月がよく見える。俺は今天を仰いでいる状態なので尚更。
「そこは「君の方が綺麗だね」とか言えないのか!? それとも私はスッポンだと?」
「いや、お前は月だよ。只さ、月って綺麗かなって。太陽の光が無いと自分じゃ光れ無いんだぜ。太陽が居なきゃ真っ暗なままだ。そっくりだろ? 俺も、お前も」
「そうだな。確かに私もお前も月だな。でもな月明かりと言う物も在る。例えそれが人から貰った輝きでも私はきっとお前を照らして見せるぞ」
だからどうして、こう反則的になるかね。惹かれちまうじゃないか、その先は真っ暗だって解ってても。
「て言うか、お前夜眠れるって事は、眠いって事だろ? 大丈夫か?」
「今日はお前に付き合ってやろうと思ってな。そのためのブラックだ」
「じゃあ残り飲めよ冷めちまう。また新しく入れて来てやるから」
俺はセツナにマグカップを渡す。その時、念の為常に持ち歩いている薬を混ぜる。錠剤だがホットだし、すぐ溶けるだろう。ソレをセツナは一気に飲み干す。
「薬を混ぜたのは気づいていたが、私も結構耐性あるからと油断した、お前はこんなに強いの使っているのか? これ映画に出てくるようなスパイもイチコロだぞ」
「俺はそれでも、眠れないんだ。悪いな、部屋には運んでやるし、何もしないから安心して眠れ」
「憶え、てろ、よ……」
目が虚になり、ついに意識を保てなくなったセツナの体を受け止める。悪いな。今日は日が悪い。このままだと俺自身がおかしくなりそうなんでな。勝手にお開きにさせて貰う。 心の中で謝りつつ、俺はセツナを用意された部屋に運んだ。